悪役令嬢は向いていないので地で行こうと思います
誤字報告ありがとうございます。
「幾ら何でもやりすぎだ!」
誰かの怒鳴り声で気が付くと、目の前にそれはそれは綺麗な男性がいた。
何故かとても怒った顔をしてこちらを睨んでいる。
後ろに誰かいるのかと見渡してみたが私しかいない。
そして気が付いた。
『あれ?私何でドレスなんて着てるの?』
そして今自分のいる場所には見覚えがないし、明らかに自分の部屋ではなく見た事もない、何となく学校っぽい洋風の部屋だと言う事に。
『ここはどこ?』
ズキリと頭が痛み、誰かの記憶が津波の様に押し寄せて来た。
侯爵家の令嬢アスタリカ・ヴェラルーアの記憶が。
そして目の前にいる人が誰かも分かった。
彼は公爵家の令息でアスタリカの婚約者であるハーティシャス・エイブン様。
アスタリカが「ハーティ様♡」と甘い声で追い掛け回している婚約者で、彼に近付く者には容赦のなく食って掛るアスタリカ。
そんな彼女に婚約者はうんざりしながらもとりあえずは婚約解消等もせずにいる。
『これは夢なのかな?それともあの流行りの転生とか転移とか憑依とか言うやつ?』
昔から私は適応力が恐ろしく高い様で、自分の今の状況を何となく理解して受け入れた。
夢なら夢で、現実なら現実で、どっちにしても今私が直面しているこの状況は私が何とかするしかないのだから。
『うーん、何か怒ってるっぽいよね?ここは謝るべきだよね?』
「ごめんなさい」
ハーティシャス様に頭を下げて謝罪を述べた。
人間悪い事をしたらとりあえず謝罪する事が大事だ。
謝っても許されない罪もあるが、幾ら何でもこの体の主であるアスタリカが犯罪まがいの事をしていたらハーティシャス様がこの位の怒りで済ませるはずがない。
「なっ?!アスタリカが頭を下げた?!」
何やら頭上で素っ頓狂な声が聞こえた。
声の主は間違いなくハーティシャス様だ。
『あれ?私間違えた?』
頭を上げてハーティシャス様を見ると酷く困惑した顔でこちらを見ている。
「今謝罪をしたのか?!」
「はい。何かおかしいですか?」
首を傾げる。
「い、いや、おかしくはない…おかしくはないんだが…」
何やらブツブツと歯切れ悪そうに言うと不思議な生き物でも見る様な目でこちらを見ている。
『あー、そうか。アスタリカは謝る様なキャラじゃないのかも』
アスタリカの記憶は流れていていたが情報量が多すぎてイマイチ全容が掴みきれていない。
でも今は私なんだから別にアスタリカがやってた通りになんてしなくてもいいはず。
だって私だし。
多分立ち位置的にはアスタリカは悪役令嬢とか我儘傲慢令嬢みたいな人なんだろうが、正直悪役令嬢ってどんな感じで何をするのか分かっていない。
その手のお話を読まないし知らないのだ。
字面から悪者なのは分かるが、悪い事とか意地悪とかしたいと思わない。
平穏無事に、平和に生きるが心情。
それに限ると思ってる。
「悪いと思ってるのならば僕にじゃなくミーシャ嬢に謝罪をするんだ」
ミーシャ嬢?
アスタリカの記憶からミーシャ嬢の記憶を引っ張り出す。
ミーシャ・バロー。
同じ学園に通う彼女は男爵家のご令嬢で、この所ハーティシャス様にベッタリくっ付いていてアスタリカの逆鱗に触れた様だ。
婚約者がいる男性に近寄るな的な事を注意したのに全く聞く耳を持たず、今日はアスタリカの目の前で転んだふりをしてハーティシャス様に抱きついた事でアスタリカがブチ切れてミーシャ嬢を引っぱたいた。
その上ミーシャ嬢を口汚く罵りまくった。
確かにアスタリカも悪いがその令嬢もどうかと思う。
貴族の世界に詳しくはないけど婚約者のいる人に言い寄ったりするのは色々とよろしくなかった気がする。
そしてハーティシャス様もハーティシャス様だと思う。
幾らアスタリカが性格がよろしくないご令嬢だったとしても自分に張り付く男爵令嬢には注意せずにアスタリカだけを責めるなんてちょっとおかしい。
そう考えると目の前の男にムカついてきた。
「謝罪はします。でもその前にハーティシャス様もおかしくないですか?婚約者がいるのに他の女性を侍らすなんて神経を疑います」
「は、侍らす?!」
「そうじゃないですか?最近は常にミーシャ様が腕に絡み付いていて、婚約者の私の前でもそのまんまだったじゃないですか?その状況は普通に考えておかしいのに私だけが責められるのは違うと思います。確かにやり過ぎたけど、それ以前にそういう事がなければ私だってこんなに怒ったりしません」
「そ、それは彼女が」
「ミーシャ様だけの責任ですか?違いますよね?振りほどこうとすれば出来たのにしなかった。婚約者がいるからこういうのは止めて欲しいと言えば良かったのにそれもしなかった。それはハーティシャス様の責任ですよね?それとも何ですか?そういう事は私が全て何とかしなければならないんですか?」
「僕が悪いと言うのか?!」
「自分は何も悪くないとでも言いたいんですか?誰に聞いてもハーティシャス様にも悪い所があると答えると思いますけど?何ならハーティシャス様のご両親にでも聞いてきますか?」
「両親に?!」
「ええ。私の両親に聞いてもらっても私可愛さに答えがブレるかもしれませんから、ハーティシャス様のご両親に聞いてみた方がいいと思いますし」
「どうしてそうなる?!」
「だってハーティシャス様は自分が悪くないと思っているんでしょう?だったら客観的にこの事を正しく判断してもらった方がいいでしょう?私も謝罪すべき点は謝罪するつもりです。でも私だけが悪者になるのはどう考えてもおかしいと思いますし」
「君は本当にアスタリカなのか?」
「私が私じゃなかったら誰だって言うんですか?」
まぁ中身は違うけどね。
上記のやり取りで分かるかもしれないが私はちょっと気が強い。
言われっ放しで相手が間違ってても黙っていられる性格はしていない。
自分が悪い事はちゃんと認めるが相手にも自分の悪い所は認めてもらわないと気が済まない性格をしている。
それで嫌われる事もあったけどおかしい事はおかしいと言わない方がストレスだ。
ストレスは溜め込むだけ無駄で体にも悪いから溜め込まない主義である。
自分に正直に生きるのが一番主義である。
アスタリカはハーティシャス様が大好きで嫌われたくなくてハーティシャス様には何も言えず、その代わりにハーティシャス様に絡んで来る者を牽制しまくりだった。
でも私は別にハーティシャス様を好きではない。
嫌われようが正直どうでもいい。
アスタリカが元に戻った時に私を恨むかもしれないけどそもそもこういう状況になっちゃったんだからしょうがないと思う。
私は悪くない…多分。
「そういう事で失礼します。ご両親とのお話はまた後日に」
「ちょっ!ま、待て!」
うん、待つわけない。
面倒くさい。
私はハーティシャス様を無視してその場を去った。
さて、次はミーシャ様の所だ。
アスタリカも悪かったがそもそもはミーシャ様が悪い。
ちゃんと注意したのに止めないとか普通に考えて有り得ない。
しかもアスタリカを軽視してるとしか思えない態度からして有り得ない。
廊下を歩いているとすぐに目的の人物は見つかった。
私達の様子が気になったのかウロウロしていた様だ。
ミーシャ様は私を見ると露骨に嫌な顔をした。
多分だけどこの子は男の前でだけ良い顔をするぶりっ子タイプだと思う。
「ミーシャ様、さっきはごめんなさい。少し言い過ぎたしやりすぎました」
私が謝るとミーシャ様は面白い位にビックリした顔をした。
「こ、心にも無い癖に!」
「いいえ、やり過ぎたと反省してます。本当にごめんなさい。…でもミーシャ様にも謝っていただきます」
「はぁ?!私が何か悪い事した?!」
「私、ハーティシャス様には近付かないで欲しいと言いましたよね?ハーティシャス様は私の婚約者だから、と」
「だ、だから何?まだ結婚してないんだから別にいいじゃない!」
「良い訳がないでしょう?!そんな事も分からないんですか?」
「す、好きなんだからしょうがないでしょ!それにハーティシャス様だって私を好きなはずだし!それに私ヒロインだし!そもそもあんたって悪役令嬢でしょ?謝るキャラじゃないじゃん!」
「悪役令嬢?ヒロイン?何言ってるんですか?頭大丈夫ですか?」
「おかしいのはそっちでしょ?!あんたは私とハーティシャス様の恋を燃え上がらせる為に動くだけの悪役キャラなんだし!」
どうやらこのミーシャ様も転生とか憑依をして来た中身別人の様だ。
そして話の流れ的にここは小説かゲームの世界なのかもしれない。
だから何だ?って話だけど。
「お2人が想い合っているのは構いませんがまずは私とハーティシャス様の婚約が解消してからにして下さい。この婚約は私とハーティシャス様の間だけで決めた事じゃなく家同士の利害が一致した事で結ばれた物です。それを解消するとなればそれ相応の慰謝料も発生します。その点も含めて考えた上で行動してますか?何も考えてないでしょう?」
「慰謝料?!」
「当然でしょう?うちは侯爵家、そちらは男爵家。男爵家が侯爵家に砂を掛けるんですからそれ相応の対価は払ってもらわないと」
貴族世界の事なんてよく知らないから何となくの知識で言っただけなんだけど、ミーシャ様の顔色が見る見るうちに真っ青になった。
「婚約解消となれば私は傷物になるんですよ?そんな事になるのにミーシャ様には何の咎もないなんて普通に考えて有り得ないでしょ?」
「だって、私はヒロインだし、ハーティシャス様は私に落ちる設定だし」
「ヒロインだか何だかは知りませんがそれはそれ、これはこれです」
「そんなのおかしいじゃん!ヒロインが慰謝料払うなんてどこの世界の話よ!」
「貴族の世界の話ですけど?それ以外何がありますか?」
「おかしい、おかしい、おかしい!」
ミーシャ様が取り乱し始めた。
「アスタリカ!」
背後からハーティシャス様の声がしたので振り返る。
顔色を悪くしたハーティシャス様が慌てた様にこちらに駆け寄って来た。
「ハーティシャス様…」
ミーシャ様がハーティシャス様に今にも泣き出しそうな顔で擦り寄って行ったがハーティシャス様はスルリと躱した。
「何の話をしてるんだ?」
「ミーシャ様がハーティシャス様と想い合っていると仰るのでだったら婚約が解消してからにして下さいと話していただけですけど?」
「お、想い合っている?!誰と誰が?!」
「だからハーティシャス様とミーシャ様が、ですけど」
「どうして?!」
「どうしてと私に聞かれても困ります。ミーシャ様がそう仰るので」
ハーティシャス様がギロリとミーシャ様を睨み付けている。
「え?ハーティシャス様?」
縋る様な目でミーシャ様が見ているがハーティシャス様は表情を変えない。
『アレ?この2人って想い合ってないの?』
「僕はアスタリカと婚約を解消する気はない!何でミーシャ嬢と想い合っていると言う話になるんだ!」
「え?だってハーティシャス様って私の事好きでしょ?」
「いつ君を好きだと言った?頭がおかしいのか?」
「え?何で?ハーティシャスって私を好きでしょ?え?何?バグ?アスタリカもハーティシャスもバグった?」
「何を言ってるんだ?!そもそも君を無下にしなかったのは生徒会長に頼まれたからだ!君があまりにも浮き過ぎているから君が懐いてる僕に何とかして欲しいと頼まれたからだ!でなければあんな事許したりはしない!」
「嘘!」
「嘘なもんか!性格は少々キツいが僕はアスタリカが好きなんだ!君になんて心を奪われる筈がないだろう!」
『あら?!アスタリカちゃんと想われてるんじゃん!良かったね、アスタリカ』
「何それ?!信じらんない!」
ミーシャ様が凄い顔で私とハーティシャス様を見ている。
折角の可愛い顔が台無しだ。
「信じらんない!完全バグじゃん!ハーティシャスがバグったんなら他のキャラに行くしかないじゃん!最っ悪!」
そう言うとミーシャ様はさっさと去って行った。
「ハーティシャス様は私の事が好きなんですか?」
「そ、それはその…うー…あー…もう!好きだよ!大好きだよ!」
「でもいつも迷惑そうにしてましたよね?」
「だって、それは…恥ずかしいじゃないか…」
「そういう事はちゃんと態度にしてくれないと全然伝わらないですよ?」
「…その、ごめん」
「じゃあ婚約解消は?」
「しない!絶対しない!アスタリカはしたいの?」
「いえ、特には」
「良かったー」
ヘナヘナとその場に座り込んだハーティシャス様。
若干キャラ変わったよ、この人。
まぁこっちの方が私は良いと思うけど。
その後私が元に戻る事はなく、今日もまたアスタリカとして生きている。
夢なのかもしれないけどこんなに自分の意思で動ける夢ってきっとないと思う。
あれからハーティシャス様は私に甘々になった。
いつも「可愛い」とか「好きだ」とか言われる。
そういう事を言われ慣れていない私はドキドキしっ放しである。
少しの間私の性格が変わったと周囲がザワついたが今では誰も何も言わなくなった。
友達も出来てそれなりにこの生活を満喫している。
ハーティシャス様は女友達にすらヤキモチを焼く。
最近ではそんな所も可愛いと思う自分がいる事に気付きちょっとビックリした。
どうやら私もハーティシャス様を好きになっている様だ。
そもそもハーティシャス様が無駄にカッコよすぎるのが悪い。
王子よりカッコイイって何なんだろう?
そんなカッコイイ人が私(正確にはアスタリカだけど)に甘々で、好きだとか可愛いとか綺麗だとか甘い台詞を吐きまくるんだもん、そりゃ好きにもなるでしょう。
いつもの様にランチを一緒に食べているとハーティシャス様が真面目な顔で口を開いた。
「何で君は食べてる姿まで可愛いんだ?」
真顔で問う事か?!
「何馬鹿な事を言ってるんです?」
「僕は至って真面目に聞いてるんだが?」
「そんな事真面目に聞かないでください」
顔が熱い。
本当にこの人どうしたんだろう?
アスタリカの記憶の中の彼はこんな感じじゃなかったのに。
いつもつっけんどんで記憶を見た限りいつ婚約解消を申し出られてもおかしくない雰囲気すらあって、そのせいもあっていつも余裕がなかったアスタリカ。
こんな風にアスタリカに甘々で積極的ならアスタリカだってもっと可愛くいれたんじゃないかな?
元々アスタリカは少しキツめに見えるけどすごく美人なんだから。
ランチを食べ始めたハーティシャス様に目をやる。
見蕩れてしまう程に美しい。
「ハーティシャス様こそすごく綺麗じゃないですか」
ボソッと呟くとハーティシャス様が目を丸くしてこっちを見た。
「そんな言葉久しぶりに聞いた」
そう言うと息を呑む程に美しくも蕩ける様な笑顔を向けて来た。
「その笑顔、反則です」
赤くなった顔を見られたくなくてそっぽを向いた。
「アスタリカ、こっちを向いて」
「嫌です」
「赤くなったアスタリカが見たい」
「駄目です」
ガタッと椅子の音がしてハーティシャス様が立ち上がったと思ったら私の横に来て顔を覗き込んできた。
「うん、やっぱり可愛い」
両手で頬を包まれてしっかりと赤い顔を見られている。
「恥ずかしいから止めて…」
顔が益々熱くなる。
多分茹で蛸みたいに真っ赤になってるだろう。
「僕の婚約者は本当に可愛い」
熱の篭った目で見つめられながらそんな事を言われて心臓までもが爆発しそうな程にバクバク言っている。
恥ずかし過ぎる。
「僕の愛しいアスタリカ」
極上の笑顔が迫って来ておでこにチュッとキスが降って来た。
あまりの恥ずかしさに思考が停止してしまった私を、更に熱の篭った目で見つめると今度は頬にチュッとキスが降って来た。
「も、もう無理!」
慌てて突き放そうとしたがガシッと抱き締められてハーティシャス様の胸の中にすっぽりと収まっている。
「アスタリカ、僕から逃げないで。僕を拒まないで」
切ない音色を含んだ声が響く。
「キミがとても好きだよ」
もう観念するしかない。
私もこの人が好きなのだと。
本当の意味で自分に向けられた言葉ではないけど、アスタリカの中の人の私だけど、私もこの人が好きなのだ。
「私も好きです」
そう呟けばそれに答える様に抱き締める腕に力が篭った。
心臓の音がバクバクと耳にまで響いて来て騒がしい。
アスタリカの耳には届かなかった。
「良かった…僕好みの中身が召喚出来て」
と言うハーティシャスの言葉は。
感想を頂けるのは嬉しいのですが手厳しい感想は酷く凹むのでお手柔らかにお願いします。
全てがゆるゆる設定なのでその点を指摘されても「すみません」としか言えません。