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5.ライオンとフクロウ

 そこは山を流れる川の景色よりもずっと幻想的で、清らかで、神聖な場所に見えた。


 薄暗い森の木々を抜けた先に現れた大きな湖は、周囲の景色を逆さに映して青々と輝いている。まだ流れ星を見たことがない俺にとって、短い生涯で見た全ての景色の中で飛び抜けて特別な景色だ。


「わあ……」

「あそこにいるのがレオンだよ、相変わらず大きいや、この距離から見てもライオンだってすぐ分かる、森の外れの崖の上に住んでるんだ、開けたところで空が良く見えるから流れ星見たことあるかもね」

「へえ……」

「その向かいで木に止まっているのがハントーム、見える? フクロウだよ、フクロウって人間には森の精霊なんて呼ばれてるんだって、確かに守り神みたいなところあるんだ、それにね、すごいのはね、ご先祖からずっと記憶を引き継いでるらしいよ」


 景色の美しさにも浸らせてはくれない。

 でもこれはかなりいい情報だ。どちらかでも知っていてくれればと思う。そう願う。


 湖に落ちないように気を付けながら、反対側にいるライオンのレオンとフクロウのハントームの元へ向けて進んでいく。足をつく度に小枝や木の葉を踏んで、パキパキガサガサと音がする。こんなに綺麗で静かな場所で、俺が立てる音だけが響いている。

 無性に不安になって顔を上げれば、驚いたように目を丸くするレオンと目が合った。

 ここまで騒がしくしたら走っても同じだろう。急いで彼らの元に駆け寄った。


「キツネ?」


 息が額の毛を揺らす。遠くから見ても大きかったけれど、目の前にすると今すぐにでも逃げ出したいような気にさせられる。

 ロイが話し始めてくれるのを数秒待ってみたものの、今は話さないらしい。頭をしゃんと上げて、真っ直ぐレオンとハントームの姿を見つめる。


「あ、の。フォクス、です。山に住んでます。赤茶毛うさぎのラビーに拾われて、一緒に暮らしてます」

「やっぱり。お前がフォクスか」


 レオンは驚き顔から力を抜いて、目尻を下げる。


「話は聞いてる。でもどうして森に?」

「それは」

「流れ星について知りたいんじゃろう?」


 説明する前にずばり言い当てられて驚いた。

 黒い頭に白いお面をつけたような姿のハントームは、丸い黄色の目が光って見える。少しかわいらしくも見えるけれど、どこまでも見通しそうな力強さに喉が引きつりそうになった。


「何も驚くことはない。朝から山が騒めいておるから何かと小鳥たちを呼んで聞いただけじゃて」


 朝早くから山を駆け回ったせいで、鳥たちを驚かせてしまっていたようだ。悪いことをした。

 すでに事情を知っているということで、安心して改めて流れ星のことを聞いてみるとこんな答えが返ってくる。


「何度か見たことはあるな。でもそんなに頻繁に見られるものではなかったような」

「流れ星に願いをかけるとそれは叶うと言われておる。滅多に見られぬ景色であるからこそ、心を惹きつけるのであろう」

「ハントーム、あなたの記憶は世界の記憶。 何か起きる法則のようなものについて、知恵を授けてはやれませんか?」

「天のことは天にしか分からぬ。分かったとて、わしらがそれを再現することは不可能であろう」

「そうですか……」


 結局何の情報も得られなかった。がっかりする気持ちを映すように空が陰り始めていた。

 所詮はまだ子どものキツネ、大人でもできることは限られているのに、俺の力で何ができるだろう。

 流れ星を見せてあげたいという思いはどうにもならないらしい。


 お礼を伝えて山へ帰ろうとした時、ハントームに呼び止められた。


「待たれよ。流れ星は天に任せるしか術はないが、自分にしか作れぬ景色を見せられたら良いのではないかの?」

「自分にしか作れない景色?」

「あれは美しきものを好む純粋な娘じゃて。心のこもった贈り物の価値を見誤るような無粋な心ではなかろう」


 突然、光の筋が目の端を流れ湖面に降り注ぐ。曇天を飛んで行ったオスのクジャクが落とした飾り羽が、ひとつ水面を漂っていた。青い模様に雫が乗って、雲間から差す光にきらきら輝いている。

 ふと想像した景色が口を伝ってこぼれ出た。


「輝くものを集めて降らせたら、流れ星みたいに見えるかな……」

「完璧に真似る必要はなかろう。己が見せたいものを信じるのじゃ」

「見せたいものを、信じる」

「信じる心が見るものをより美しくする。それがなければどのような美しさも記憶に残らぬ」


 喜ばせたいという思い以上に大切なことなどない、とハントームは付け加えた。

 俺はラビーを喜ばせたい。俺のための傷を負ってくれたラビーのために、俺だけが見せられる景色を贈りたいんだ。

ハントームはメガネフクロウを想定しています。

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