4.オオカミとの対面
全速力で走った。
ロイの指示通り、右に左にと駆け巡って、たくさんの木々の間をすり抜ける。
森の入口であんなに怖かったのに、独りぼっちになってからもうどこも走れないって思っていたのに、この早口な仲間がいてくれるおかげか、足が軽かった。
「おい! そこの奴、止まれ!」
「キャインッ!」
だけど誰かに呼び止められた。驚いてひっくり返りそうになったけど、何とかロイを落とさないように踏ん張る。
後ろを振り返ると、二匹の白いオオカミがいた。一匹はつり上がった目をしていて、ニヤニヤしながら舌なめずりをする。もう一匹は大きく開いた口でハアハアと荒く息をしながら、だらしなく涎をボタボタと垂らしていた。
明らかに凶暴そうなオオカミだ、体も大きく襲われたら逃げられる自信がない。
「んあ? 何だよちっこいキツネかよ。もっと大きい奴が良かったけどしゃあないか」
甲高い声が耳を刺す。やっぱり俺を食べようとしているのか?
警戒していると、もう一匹の方が涎をまき散らしながら跳ねる。
「ロイ、ロイがいるゾ!」
「わ、まじだ。ジャッキーお前本当にロイのこと好きだなあ」
「食う、食う、今日こそ食いタい!」
まずい、ロイの方もターゲットになってしまった。どうしたらいいんだ!
するとロイが俺の背中にしがみ付いたまま、頭をゆっくり横に倒しながらオオカミたちに話しかける。
「やあ、おしゃべりシギーにかみつきジャッキー、元気だった? オイラはね、この前木の上でトカゲを捕まえようとしたら落ちちゃって大変だったよ、落ちた時にジャッキーがそばにいなくて良かった、ついにうっかり食べられるところだったもんね、オイラのどこがそんなにおいしそうなのかな、あれちょっと今何してたんだっけ、そうそうあれだあれだね、ねえそういえばウォールは一緒じゃないの?」
「あのさあ、いつも思うけど何でそんな早口でしゃべんの、噛み千切りたくなるんだけど? あ、いや、違うぞ、今のは質問じゃねえから答えるな!」
あの甲高い声でよくしゃべるオオカミがおしゃべりシギーだろう。向こうがロイのおしゃべりに圧倒されているけど。そしてロイを食べたがっているのがかみつきジャッキー。そして仲間に「ウォール」という名前のオオカミもいるらしい。
「騒がしいな」
「あ、ウォール……」
シギーの声が一気に小さくなる。鬱蒼とした茂みから現れたのは、シギーとジャッキーよりも美しい白い毛並みを風にそよがせた雄々しいオスのオオカミ。彼がウォールのようだ。その後ろには白い体に灰色のぶちのあるメスのオオカミもいた。
ウォールは俺たちの存在に気付き、一度鼻を鳴らした。
「また子どもを脅かしていたのか」
「いやあ、ものすごいスピードで走ってたから大きさ分からなくて……」
「ウォール、ロイ、食ってイイ?」
「おいおい、ジャッキー空気読めって!」
そんなやり取りを無視して、メスのオオカミが俺たちに近づいて来る。顔つきは優しそうだけど、襲って来るかもしれない。小さな歩幅で後ずさる。
「大丈夫よ、あんたたちのこと食べたりしないから」
彼女はチャッカと名乗った。そして、驚かせてごめん、とも。
「あいつら――シギーとジャッキーのことよ――は中身がお子ちゃまなんだ。でもウォールがいる限り間違っても子どもを殺させるなんてしないから、安心しな」
「あ、ありがとう」
「それで、急いでたんだって? そろそろ暗くなるけど大丈夫?」
目尻を下げた表情に心配の色が見える。本当に優しいオオカミなのかもしれない。俺が返す前にロイが話し始めた。
「チャッカ、いいところで出会ったね! このキツネくんはフォクスっていうんだけど、森の入口で会ったんだ、珍しくオイラの話を遮らずに聞いてくれる子なんだよ、走るとねビューンって感じで速くて、それで流れ星について知りたいんだって、何か知ってる?」
「……んん?」
「要するに、次にいつ流れ星が見られるか、それか自分で起こせるのか知りたいんだ」
俺がまとめた言葉を聞いて、チャッカは首をひねる。流れ星自体噂には聞いたことがあるけど見たことはないそうだ。
チャッカはウォールに呼びかけて聞いてみてくれたけど、彼も知らないと言う。
「夜は狩りの時間だ。上を見上げている暇はない」
「そうだよねぇ。ごめん、力になれなくて」
「ううん。親切にしてくれてありがとう」
お礼を言うと、チャッカが微笑む。ウォールはじっとこちらを見つめていった。
「知っているとしたらレオンかハントームくらいだろう。さっき湖にいるのを見かけた。ロイ、案内してやれ」
「もちろんだよ、安心して任せてね、そうそうウォール、今度またあそこ連れて行ってね、何て言ったっけ、ほらあれだよ、んと、フォクス何で止まってるの? 早く行かないと陽が落ちちゃうからさ、湖はねここからそんなに遠くないん」
「ここを抜ければいい」
「ウォール、ありがとう!」
まだ何かしゃべり続けているロイを背中に乗せて、俺はまた走り始めた。