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1.こんなことになるなんて

『月ふる夜と光とぶ朝のあいだで(冬童話2015)』『混じりけのない白より好きな色(冬童話2017)』の世界から数年後のお話。つまりシリーズ作品です。

今作品単体でお読みいただけますが、この2作を読んでからですと「おお、あの子が!」と成長を感じていただけるのではないかと思います。

色んな動物が総動員です。相変わらず名づけは安易です。

 もう終わりだ、と思った。


「だい、じょうぶよ。かすり傷なん、だから」


 ツケが回った、とも思った。


「すぐに良く、なる……うぅ、から」


 苦しげに細められた黒い目に頭上から漏れる光が当たって、少し茶色く見える。大木の幹の中をくり抜いてできた巣穴に、頭ひとつ分の穴を作ってしまったのは俺だった。それを「おかげで月がよく見えるのよ」と微笑んだのは彼女だった。


 こんなお人好しはいつか割を食うと思っていた。馬鹿みたいとさえ思っていた。それでも誰よりも居心地の良さを感じていた相手だった。初めて夜中の寂しさに気付かないまま、朝を迎えられた。母親が生きていたらこんな風だったのかな、なんて柄にもなく思えた初めての相手だった、それなのに。


 彼女を傷つけたのは、俺だ。


「ラビー、そろそろ休もう。あまりしゃべると傷に障る」

「コニーロ……大袈裟ね。でも、少し寝るわ」

「ああ、それがいい」


 彼女――赤茶毛うさぎのラビーは、同種の夫・コニーロに促されるとすぐに寝息を立て始めた。きっと起きているだけでも傷が痛むのだろう、それでも彼女は俺を安心させるための言葉をくれる。

 どうして。俺が、俺が悪いのに、どうして。


「フォクス、おいで」


 コニーロの後に続いて巣穴から出る。うさぎとキツネ、圧倒的に俺の方が身体は大きいが彼らの方が素早くて、行動的で。今の俺の迷いの多い足取りではコニーロの颯爽とした――けれど彼にとっては遅いくらいの――スピードに身体二つ分遅れて付いていくのが精いっぱいだった。

 見かねたコニーロの足が止まり、それから俺の方へ戻って来た。責められる。そうでなきゃいけない。だって彼の大切な相手を、あいつらの大切な母親を苦しませているのだから。

 謝りたいのにうまく言葉が出なくて、ただ地面に座り込みコニーロの目を見つめた。彼女よりももっと深い黒の瞳は、太陽に当たっても明るく見えることはない。誰よりも分かりやすい彼女の表情を思い、先ほどの苦しむ顔を思い、傷のない体の奥が傷んだ。


「何を泣きそうな顔をしているんだ」


 コニーロが笑う。困ったように、喧嘩するあいつらを宥める時みたいな顔で。


「自分を責めるのはやめだ。君がそうしていると、ラビーもいつまでも気に病むからね」

「でも、俺が」

「違うよ」


 はっきりと否定したその声が、悪いことをしたあいつらを叱る時みたいで。場違いに胸の奥が熱くなった。


「あれは偶然が重なっただけ。元はと言えば狩猟が禁止されているこの山で銃を使った人間が悪いのだし、フォクスは追いかけられたから逃げただけ。それを助けたいと思って飛び出したのはラビーだよ。それに幸い弾はかすっただけだから、ちゃんと清潔にして安静にしていたらすぐに治るよ」

「本当……?」


 もちろん、と言ってコニーロは俺の頭を撫でてくれた。彼女がする苦しいくらいのハグとは違ってあっさりしたものだけれど、同じように温かかった。


「おとうさーーん!」


 聞き慣れた声に顔を上げると、遠くから3羽の子うさぎが走って来るのが見える。ラビーとコニーロの子どもたちだ。

 両親が大きなオオカミの群れに襲われてから、独りぼっちになった俺を助けてくれたのはラビーだった。巣穴へ連れて帰ってくれて、突然のキツネの訪問に驚くコニーロに話してくれて、それから一緒に暮らすようになった。だからあの3羽は、兄弟みたいな友達みたいな存在だ。


「リエーヴ、レブラ、イーツ。元気の出る実は見つかったかな?」

「うん!」

「ぼくがいちばんにみつけたよ!」

「あのね、ちょっとだけね、ぶちゅってなったの。これ、だめ?」

「大丈夫だよ、イーツ。いい子だ。さぁ、みんなでお母さんのためにお料理しよう」

「はーい!」


 それは完成された家族の姿だった。うさぎの、うさぎだけの。そこに混じっているキツネは、どこからどう見ても不釣り合いだろう。


「ほら、フォクスも行こう」

「はやくー」


 だけど。それでも。

 迎え入れてくれたことを否定したくない。

 このまま終わりにしたくない。

 俺にできることって何だろう。


 俺は、君に、何ができる?

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