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#3 厄災の再臨

「先生!!」


 アイラは辿り着いた高校の体育館で、担任の女性の教師とようやく顔を合わせることができた。

 アイラはすぐに女教師の元へと駆け寄る。


「フィリスさん!怪我はない?大丈夫?」


 女教師はアイラの体を一通り確認すると膝の擦り傷が見に入る。

 すぐに近くに置いてあった救急箱から、消毒液と、膝を巻ける程度のガーゼを取り出すと、簡単な処置を始める。

 アイラは先にあった出来事と、サツキの安否について話していると、少し遅れてルシフがアイラの元へと歩み寄ってくる。


「あの方は?」


 屈んで処置をしていた女教師はルシフを見上げると、アイラに問う。


「彼が助けてくれたの。ルシフさんっていうんです」


 ルシフは女教師に少し頭を下げる。


「ルシフ・エルバリンデと申します」


 女教師は立ち上がり、ルシフに対して深く頭を下げる。


「お互い危ない場面でしたのに、本当にありがとうございます」


 ルシフは「いえいえ、問題ありませんよ」と少し笑顔を作る。

 顔を上げた女教師はルシフの顔を見ると少し不思議そうな表情を作る。


「エルバリンデって確かバルド国の姓じゃありませんでした?」


 ルシフは少し目を見開く。

 彼の礼儀の正しさが災いを呼んだのか、自分の失態であることは明白だが、それに対する言い訳を頭の中で考えていた。


「ああ……父方がバルド出身でして、今はオーディスに住んでいるのですが、こんな事では父も悲しまれると思います……」


 ルシフが考えた最良の言い訳だった。

 しかし、それは功を奏したようで、女教師はルシフは肩に手を置いて微笑んでみせた。


「大丈夫よ。貴方が生きているだけで、お父さんは嬉しいと思いますよ」


 ルシフは少し胸が締め付けられる感覚がした。

 ドォン!

 突如、地面全体が揺れ動く。

 その場は慌てふためく人々と身を寄せ合う人々で混沌と化し始めた。

 ルシフはバランスを崩したアイラを受け止めると、一瞬窓の外に見える赤い影が目に入った。

 その後に薄い紫色の残留が空中に数秒漂い、キラキラと光を反射しながら消えていく。

『まさか、ズィランか!?』

 ルシフは目を見開いたまま窓の外を凝視していると、数機のズィランが空中を移動しているのが目に映った。

『撤退したはずじゃ……』

 ピピピピッ!

 ルシフのジャケットの右ポケットに入っていた携帯型ホロ端末が耳に痛い警告音を鳴らし始める。

 咄嗟に携帯型ホロ端末を開くと、ホログラフィック画面には、ハイドランド州が縮小された地図が映されており、その一部にピンク色の点から巨大な波紋を描いた反応が示されていた。


「これは……」


 何年も軍に属してきたルシフでも見たことがない程の高ニュートリア反応がそこに鎮座しており、そのピンクの点の隣には下線が敷かれた上に「UNKNOWN」と書かれていた。

 ルシフは少し身震いをする。その反応が自分たちがいる場所から大して離れていないからだ。


「ルシフさん?」


 アイラは怪訝な顔をするルシフを見上げると心配そうに声をかける。


「大丈夫。ここは安全だから」


 ルシフは何の根拠もないが、安心させるために少しの笑顔と落ち着いた声でアイラを諭した。だが、ルシフ自身この状況に落ち着いている場合ではなかった。

『これがもし俺たちが探していたあれだったら、俺たちも、ここも、バルドの仲間も……全てが無くなるぞ』

 なるべく自分を落ち着かせるようにして、ルシフは画面にもう一度目を通すと、右下に赤色で「1」と書かれていることに気がつく。

 そのフォルダを開くと、そこには一通の暗号通信が送られていた。

 ルシフは携帯型ホロ端末の音声を指向性音声へと変更すると、脳内に直接解読された録音音声が流れてくる。


「ガンドリーだ。ズィラン01機の大破、02機の中破を確認したが、生きていたら聞いて欲しい。撤退命令を訂正し、第二種戦闘配備へと移行する。ハイドランド、オーディス特殊軍基地上空に出現した、高ニュートリア反応を示す未確認ゼロフレームの戦闘意思の有無についてを問う」


『未確認ゼロフレーム?』

 ルシフは顔をしかめると、未確認ゼロフレームが発するニュートリアのエネルギー量と軍基地に現れたという情報で何かを感じ取った。

 ルシフの左側から伝わってくる身体の震えを感じ、支えたままのアイラの方へ顔を向けると、彼女は俯いたままの姿勢で体を若干丸めていた。

 ルシフはアイラの肩に手を回すと少し自分の方へと寄せる。


「2人はここにいて。ルシフくん。フィリスさんをお願いね」


 女教師はルシフにアイラを任せると、怯える他の生徒の方へと駆け出していった。

 実際このままこの場に留まる訳にはいかないと分かっていても、アイラを置いて自分だけ外へ出る訳にはいかなかった。

『戦争を仕掛けにきた訳じゃないんだ!オーディスがあれさえ手放せば、バルドも、他の国々も安静に過ごせるというのに……!』

 ギューンッ!

 ルシフは耳をつん裂くようなレーザー音にハッとして再び窓の方へ目を向けると、薄い紫色の放射型レーザー砲がくうを切っていた。

『バスターライフル!?なぜバルドは地上でそんなものを使っているんだ!』

 放射型レーザー砲、バスターライフルは宇宙戦で使用される圧縮したニュートリアを高出力で噴射し、着弾部分を焼き切るといった兵器になっており、その威力は宇宙戦艦の装甲を切断するほどの熱量を所持している。

 つまり、街中で放てば付近の建物などは一瞬で融解してしまう。

 バルド軍は元々オーディスに攻撃を加える気はなかったことなど、ルシフが一番よく理解していた。

 しかし、その考えはもう通用しそうにない。

 バスターライフルの砲撃から数秒して3機のズィランが、その着弾地点と思われる場所へと突撃していく様子が窓越しに確認できた。



*  *  *



 パラディンは軍基地上空に佇む。

 前方約3キロメートルほど先にバルド軍の宇宙戦艦が飛行しているのが目に入った。

 そこには地上にいたズィランが戦艦へと帰還していくのが確認できる。さらにその下には中破されたフィーゲルが複数機ビルや家の残骸の中で黒煙を上げながら目に痛い光景を生み出していた。

 サツキはパラディンから発せられる指向性音声に従い、簡単な操作を習得していく。


「意外と扱いやすいな、これ……」


 サツキはゼロフレームを予想の数倍簡単に扱えることに驚き、指向性音声が案内する機器類に目を通していく。


「戦えるのか……僕は」


 サツキの心は少し揺れ動いていた。

 すると突然、コックピット内に警告が鳴り響く。

 サツキは左右の操縦桿の真ん中あたりに位置するコントロールパネルに目を移すと、複数のピンクの点が波紋を広げながらこちらに近づいてくるのが確認できる。

 ピンクの点の横には下線の上に「ZIRAN」と表記されていた。

 再び前方を確認すると先程戦艦へと戻っていたはずのズィラン数機がこちらに向かって飛んでくるさまが見えた。


「来る!」


 サツキは操縦桿を強く握りしめると、迫り来るズィランから目を離すことができなくなっていた。

 ピッピッピッピッと音を立てながら、センサーからピンクの点がこちらに近づいている音も耳に入ってくる。それとともにサツキの心拍数も上昇していた。

 200メートルほど離れた場所にズィランが複数機留まると、腰に装着してあったショートライフルを構えてこちらに銃口を向けてくる。


「そこの機体に告げる!戦闘する意思があるのか、あるのであればその目的を答えろ!」


 コックピット内に敵からの無線が聞こえてくる。

 サツキはパラディンの指向性音声によって無線応答の指示が出されるが、それに応えるには少し時間が必要だった。

『戦闘の意思なんてない!ここから出て行ってくれればそれでいいんだ!』

 パラディンは空中に佇んだまま微動だにしない。

 そこから十数秒は経っただろうか。

 サツキは震える声を必死に抑えつつ、指向性音声に従い無線に応答する。


「戦闘の意思はありません!あなた達がここから退いてくれれば、それで十分です!」


 06と書かれたズィランの青年パイロット、ダウエル・ライナーは少し狼狽うろたえる。


「若い?パイロットは10代くらいか?」


 ダウエルはショートライフルを下げるように周りのズィランへ連絡する。

 サツキは自身に向けられていた銃口が下げられたことに少し安堵すると、その無線を繋いだままズィラン各機に問いかける。


「あなた達の目的はなんですか?戦争しにきたのですか!?」


 その言葉にダウエルは若干怒れる声を抑えながら問いに答える。


「違う!そもそも先に戦闘を仕掛けてきたのはそちらからだろう!我々はオーディスが所有するギャラルホルンを破棄するように何度も促してきた。しかし、お前達はそれに答えることもせず、地球も火星も危険に陥れようとしている事実がある!」


「ギャラルホルン……?」


 サツキは無意識にその単語を復唱していた。


「とぼけるな!貴殿も軍人なら、その危険性をよくご存知のはずだ!」


「違います!僕は軍人じゃありません!」


「なに!?」


 ダウエルはサツキの言葉を聞いてさらに混乱する。

『軍人ではない者を雇用して、ゼロフレームを操作させているのか?』

 そうこう考えている内に、06機のコントロールパネルに戦艦からの通信が入る。

 ダウエルはその通信内容に目を疑う。


「前方に見える白い機体、17年前の戦争で使用されたXフレームだと!?」


 通信を受け取ったのは周りにあるズィランも同じであった。

 すぐに別の機体から06機に向けて無線通信が入る。


「ダウエルさん!戦艦ネオサイガからの通信で確証に至りました。新装備が実装されていて資料とは少し見た目が異なっておりますが、あれは間違いなくパラディンです!」


「パラディンだと!?」


 ダウエルはまだ信じなれなかった。

 確かに資料にパラディンという記述はあるが、ヴァルハラ戦争の際に現れたパラディンとは見た目が違い過ぎているのだ。

『パラディンはあんなに装甲を纏っていなかったはず……』

 ゆっくりとパラディンが発するニュートリア反応を見るが、そこにはやはり「UNKNOWN」と書かれているだけで、その莫大な反応を前にレーダーは唸りを上げているだけだった。

 ダウエルはパラディンへと無線を繋ぎ直す。


「パラディンに搭乗している者に問う。所属部隊と、その目的を応えよ!」


 サツキはただただ06機を見つめるだけであった。

 戦いを起こしたくないその一心で、自分が少しでも動けばバルド軍は一瞬にして警戒態勢をとることなど、考えなくても理解していた。

 数秒経ってもパラディンからの返答は無く、ダウエルは再び警告を発する。


「繰り返す!所属部隊と、目的を応えよ!そうでなければこちらも……」


 ギューンッ!という音とともに、薄い紫色の放射型レーザーが06機の真右を通り過ぎていく。

 ダウエルの反応が追いつく間もなく、放射されたレーザーはパラディンのコックピットへと着弾する。

 しかし、ダウエルは待機命令を破った隊員を叱咤する前に、その着弾地点を凝視することしか体が許さなかった。


「これは………」


 確かにコックピット付近に着弾したレーザーは、しかし着弾地点から屈折し、軌道を変えて空高く打ち上げられている。

 この異常な光景に場は一瞬凍りつき、スラスターの出力音しか聞こえない空間と化した。

 そこで一つ、彼は思い出した。

 17年前に制作されていたが、莫大な予算と圧倒的な技術不足により、完成が困難とされていたゼロフレーム戦において最も強力かつ全てを蹂躙するとされていた装甲を。

『反ニュートリア装甲……?いや、馬鹿な……。そんな物が存在していれば、世界の均衡を変えかねないぞ』

 ゼロフレームによって抑止力が働いているこの世界で、ニュートリアを主な武器のエネルギーとするこの戦闘において、それを無効化するとなればそれはもはやほとんどの火器が通用しない完璧な防御力を誇る兵器が生まれたことを意味する。


「こいつは早く落とさなきゃあなぁぁぁ!!」


 08と書かれたズィランのパイロット、ザッシュ・スクレアは06機の右側からスラスターの出力を上昇させ、パラディンの方へと加速していく。


「待てザッシュ!戦闘を仕掛けるな!!」


 ダウエルは08機のザッシュに向けて怒鳴りつける。

 しかし、ザッシュはズィランの加速を止めず、銃口が少し赤めいた巨大なバスターライフルを地面へ投げ捨てると、腰に携えたZブレードを引き抜き、目標をパラディンのコックピットへと固定する。


「帰ったら名誉勲章モノだぁ!」


 ズィラン08機がパラディンに接近するに連れてパラディンのコックピット内部で警報が鳴る速度が早まる。

 全周囲モニターには赤い枠で囲われたズィランに、「DANGER」と赤い文字で表示され始める。同時に、コントロールパネルのモニター右下に「Connection completed」と緑の文字で写し出されているのが確認できた。

 ザッシュに影響されたズィランが他に2機ほど接近しているのが目視で確認できる。

 サツキはパラディン内部に赤いランプが軽く点滅していることが目に入ると、ゆっくりと操縦桿を握り直す。

 さらに、08機につられた数機のズィランがパラディンに接近してくるが、落ち着きを払ったサツキの瞳には大量の視覚情報と文字、指向生音声によるデータが表示されている。

 サツキは目を瞑り、一呼吸する。


「分かってるよ、パラディン。全部、理解した」


 見開いたその瞳の、黒があるはずの場所には美しい青色が存在していた。全てを魅了するような、輝く青色が。

 パラディンは背部に左右に装着してある、機体とほぼ同等の大きさを持つパラディンブレードを左側片方取り外すと、機体を水平軸に半回転させるようにして、パラディンブレードを接近するズィラン08機に向けて投げつける。


「へ……?」


 ズガァン!!

 ザッシュはそれを理解しようとする間もなく、コックピットに飛んできたパラディンブレードはとてつもない音とともに08機を抉るようにして切断させる。

 パラディンブレードは刃の箇所がパラディンの装甲と同じ素材で覆われている為、切断用として使用することはできず、またその装甲を取る手段も見つかっていない。

 しかし、遠心力をつけて投げつけたその“打撃武器"は、潰すという方法で、08機を切断させることは容易に可能だった。

 勢いが弱まらないパラディンブレードは08機を爆散させた後も宙を舞う。

 サツキはパラディンのスラスター出力を7割ほど上昇させると、Zフレームとは比べものにならないほどの速さでパラディンブレードの元へ辿り着き、その柄を掴むと接近するズィラン2機の内1機のコックピットに突き刺し、それを阻止しようとしてきた他1機の頭部に蹴りを入れると、ズィランの頭部パーツは破壊され、粉砕した頭部だったものは鉄屑と化して宙に散っていく。


「接近する敵機体3機を撃破。停滞するズィラン複数機から距離を置く」


 サツキは操られているかのようにそう呟くと、再び基地の方へ後退し、先程と同じ場所で空中に佇む。

 無表情のサツキの青く輝く瞳のその網膜には0と1のみの数字が左右ランダムに流れ続けている。

 ダウエルは言葉を失った。

 軍人ではないと言っていた、あどけなさが残る少年のような声がした機体が30秒もかからず、Zフレーム3機を最高効率ともいえる速さで撃破したからである。


「これがヴァルハラ戦争を拡大させた白騎士の力なのか……」


 交戦が起こってもおかしくない距離で停滞するパラディンを目の前に、数で圧倒しているバルド軍は動くことすら許されない、そんな状態に置かれていた。

 その静寂を破るかのようにズィラン全機にネオサイガ(戦艦)から通信が入る。


「全隊員に告げる、直ちに撤退せよ!」


 ガンドリーからの撤退命令だった。

 それを聞いた他の隊員が通信に割って入ってくる。


「良いのですか大佐!?こちらの方が勢力は上です!奴を抑えるなら今が妥当だと!」


 その声にガンドリーは声を荒げて返答する。


「ここは敵の軍基地付近だ!いつ増援が来てもおかしくない!それを忘れるな!!」


 大佐と隊員のやりとりにダウエルは無理やり微笑む。


「正直、それを待ってたんだよ」


 06機から全ズィランに通信を繋げる。


「全機撤退!ネオサイガへ帰投せよ!……あいつには勝てない」


 その声とともに多くのズィランが後方に佇んでいるネオサイガへ一斉に帰投していく。

 全ズィランの格納が終了すると、ネオサイガは大気圏外へと加速していき、巨大な戦艦はあっという間に姿を消した。

 取り残されたパラディンは静かに着陸すると、サツキの瞳は元の黒色へと戻り、首が疲れるほど辺りを見回す。


「……!敵機が消えた!?」


 サツキは先程までの戦闘した記憶が完全に抜け落ちており、大勢いたズィランが一瞬にして居なくなったかのような感覚に陥っていた。


「僕は一体何をして……。!?」


 サツキは理解が追いつかなかった。

 足元に粉々になった3機のズィランが転がっている。サツキにとってそれは唐突に現れた撃破機体だったからだ。

『誰かが僕を守ってくれたのか?』

 しかし、ズィランを食い止めていたファーゲルが全滅していることを確認すると、軍が応援に来るはずもないことなど、サツキ自身理解していたが、混乱しているこの状況下では無理やり自分を納得させることしかできなかった。

 空を飛び回る車もいない綺麗な空中と青空が憎らしくなるほど、サツキは今日というこの日を忘れることはないだろう。

 気絶しそうなコックピットの中を切り裂くように、一定の機械音を上げながら突如レーダーに何かしらの反応が近づいてくる。

『後方からだ!』

 サツキがパラディンを振り向かせる前に直径3メートルほどの球体が頭上に落下してくる。

 その球体は下半分が開くと、中から細かな球体に繋がれたワイヤーが広がり始め、その球体上部から炎が吹き出すと落下速度を早める。


「………!?」


 着地した最端の球体が地面に杭を打ち、網状となったそれはパラディンを空中から地面へ叩きつけて固定させる。

 突然のことにサツキは焦りながらスラスターの推力を上げたり、機体を動かそうとするが、押さえつけられている力はその小型の球体が地面に固定しているとは思えないほどの力がかかっていて微動だにしない。

 さらに、今までより大きなスラスター音が聞こえたかと思えば、パラディンの頭上にネオサイガより一回り巨大な戦艦が徐々に姿を表し始める。

 光学迷彩によって姿を隠していた戦艦の下部ハッチが複数開くと、そこから6機のフィーゲルが降下しているのが確認できた。その内の1機は通常の青色とは異なりさらに濃い紺色の機体が混ざっている。これはフィーゲルゼロと呼ばれている、フィーゲルの隊長機だ。


「フィーゲル?オーディス軍か!」


 サツキは安堵して網から逃れる抵抗を止めると、操縦桿から手を離して座席にもたれかかる。

 やっと味方が助けに来てくれた。回収して、その後は家に帰れると、そう思っていた。

 フィーゲルは拘束されたパラディンの周りを囲うように着陸すると、紺色のフィーゲルから音声のみの無線がパラディンに接続される。

 パラディンのコックピットには凛々しくも柔らかい女性の声が響いてくる。


「パラディンに搭乗しているパイロットに告げる。これは命令です。30秒以内にコックピットから出てきなさい。私たちはパラディンを破壊する許可を得ています」


 サツキは耳を疑った。

 少し手荒な救助かと考えていたが、それはパラディンを拘束して、自分をここから引きずり出すことを目的としていたからだ。


「破壊って、死んじゃうじゃないか!いや……それも構わないってことか……」


 全周囲モニターを舐めるように見ると、周りではZブレードを引き抜いたフィーゲルたちがこちらに刃を向けている。

 地面にひれ伏すように拘束されているパラディンは、立ち上がることもできないため、サツキに残された手段は残り15秒となったその命令に従うか、このまま破壊されるかの2択だった。

 サツキは考える間もなく、ハッチを開き、地面へと降りる。

 横を向くとすぐそこにはパラディンの頭部が見えた。

 それは下から眺めていた時とは感覚的に違うものがあり、カッコいいなどといった感情よりも、恐怖の方が際立っていた。

 フィーゲルゼロのパイロットはパラディンから降りてきた少年を拡大して確認すると、息を呑んだ。


「あの子は!」


 女性パイロットは即座にフィーゲルゼロのハッチを開ける。

 サツキはハッチが解放されたフィーゲルゼロを下から睨みつけるように見上げると、中からパイロットスーツによって美しいボディラインが現れた女性がヘルメット越しにこちらを見ている。

 ハッチが完全に開き、コックピットが前方にり出すようにして女性が現れる。

 日光に反射してヘルメットのバイザー越しでは顔が確認できないが、女性はコックピットから降りることはなくその場で立ち上がると、サツキを見下ろしたままフィーゲルの拡声システムを使って質問を投げかける。


「なぜ貴方がパラディンに乗っているのかしら」


 サツキは照り尽くす日光を右手で隠しながら、声を上げる。


「あなたは誰なんですか!まるで、僕のことを知っているかのようですけど!」


「質問をしているのは私の方よ!その問いに答えないならば、貴方を処分する権限も持っているわ」


 サツキは一瞬だけ歯軋りした。


「何機もいたズィランを抑えたんだ!僕だって質問する権利はある!僕を処分するというのなら、今すぐすれば良い!」


 正直虚勢を張っているだけだった。

 サツキはすぐに後悔した。

 脚は震えが止まらず、嫌な汗が首元を垂れて背中に落ちていく。

 無駄な場面で虚勢を張ってしまうのは、アイラという同年代の女の子にいじめから助けられたという事実からのことであり、自分の情けなさからくる自己防衛であって、癖というか、むしろ性格の一部となってしまっていた。

 女性のパイロットは肩をすっと下ろす。それはため息をついた仕草だった。


「いいわ。貴方の質問に答えましょう」


 それ先程までの堅苦しい声とは違い、近所に住む知り合いのような口調へと変わっていた。

 女性はゆっくりとヘルメットを外すと、その中に隠れていた長いブロンズのポニーテールが舞うように揺れる。

 サツキは日光の眩しさなど忘れて目を見開いた。

 彼女を見たことがあったのだ。しかもつい最近。地下シェルター内で。


「ミーナ・ザンバード少佐よ。気絶してた貴方を地下シェルターまで運んだのは私なの」


 サツキは情けない声しか出なかった。

 自分を助けてくれた人物を目の前に、感謝より先に怒声を浴びせてしまったからだ。

 恥ずかしさと申し訳なさに駆られるが、なんとか声を振り絞る。


「す、すいません!その……あの……この節は、お世話になりまし、た?」


 自分でも何を言っていいのか、思考が言葉を発するまでにかなりのタイムラグがあることに気づく。

 サツキはおそらく赤面したであろう顔を隠すためにフィーゲルゼロの足元へと視線を変えた。

 ミーナは少し呆れたような表情を見せると、フィーゲルの拡声システムを切り、口の周りを手で囲って手動で拡声させる。


「いいのよ気にしなくて。でも、貴方には聞かないといけない事は山ほどあるし、軍の機密兵器を勝手に持ち出すことは軍法会議ものよ!少しは覚悟しておきなさい!」


 サツキはその言葉に自分がしてしまった事柄に対して全ての責任を感じ嗚咽しそうになるが、それは目の眩む日光のせいだと自分に言い聞かせた。

 コックピットを収容させたフィーゲルゼロは他のフィーゲルに指示して、サツキを03と書かれたフィーゲルの手の中へと移動させると、「しっかり捕まってろよ!」とパイロットの男性が一言だけ言い放ち、上空に佇む戦艦へと上昇していった。



*  *  *



 同時刻、大規模な回線ジャックと共にある声明が発表された。

 その音声は男性とも女性とも区別がつかないように声のピッチがランダムに変更されており、テレビには不気味な音声のみが流れ始めていた。


「地球、火星、そしてコロニーに住まう諸君。突然ではあるが、先程発生した小規模の戦闘をご覧頂こう」


 街中の巨大モニターや、テレビ、そして携帯端末に白い一本の線が入ると、直後に真っ黒だったモニターが突然先程のズィランとパラディンの戦闘を映し出す。

 ズィラン3機を相手に引けを取らず圧倒するパラディンがフォーカスされ、ループで何度も再生されている。


「こちらはオーディス合衆国が所有するXフレーム、パラディンだ。白騎士と呼ばれたヴァルハラ戦争の厄災である。そして、このパラディンが護っているとされるのはギャラルホルンと呼ばれる兵器。我々は知っている。それがどれほど恐ろしいものなのかを。詳細は言えないが、これはヴァルハラモーメントを用いて作られた“超兵器”である、ということだけは理解して頂きたい」


 街中は一気にざわつき、それを観ている家庭からは不安の声が上がり始める。無論、ハッキングされ強制的に映し出されているアイラとルシフの携帯型ホロ端末にもその放送が流れている。

 ルシフはギャラルホルンという単語に一気に引きつけられる。

『ギャラルホルンの詳細を知っているのか!?バルド国だって総力を上げて突き止めたオーディスの最終兵器だぞ!』

 しかし、ルシフはそれ以上の疑問が頭をよぎった。

 なぜ今なのか。このタイミングなのか。

 突如戦闘が始まって、バルド軍が撤退し、戦闘が落ち着き始めたこの状況で。

 それはまるで図っていたかのような、この瞬間を待ち望んでいたような、そんな感覚に陥った。

 携帯型ホロ端末からはまだ不規則な音声が流れている。


「勿論、このギャラルホルンを排除することは重要であるが、それを生み出したヴァルハラモーメントこそ、最も排除すべき対象なのである。忘れてはならない。片割れだけでも超兵器を創造できる地球、そして火星に存在するこの永久機関ヴァルハラモーメントこそ、我々が最も危惧しなければならない存在であるということを」


 映像が戦闘シーンから切り替わり、1つの画像を映し出す。

 真っ黒な背景に、若干のノイズとともに白い朽ち果てた髑髏どくろの左目から3本の川が流れ、頭蓋骨を破壊するように虹の橋が貫いている紋章が浮かび上がる。


「ここに宣言しよう。ヴァルハラモーメントを破壊し、この世界に均衡をもたらすと!」


 その画像はより鮮明となる。

 迫力はより増し、アイラとルシフを含む、その放送を観ていた地球、火星、コロニーの人々は穴が開くほどモニターを凝視していた。


「我々は“惑星”と“人類”の為に産まれ落ちた神の民にして第3の勢力。アースガルズである!」


【用語紹介】


⚪︎Xフレーム


人類が開発した最終人型戦闘兵器の通称名。

正式名称は『X-数字(型式番号)』で表される。

その他フレームとは比にならない性能を秘めており、一つ一つが精密なパーツで出来ている為金銭面や技術者の数、作り終えるまで長い期間を要する為量産する事ができない。


フレームの外装にそれぞれの目的を持った装甲を着させることによって様々なバリエーションを作ることが可能。それにより一機ずつ特徴的な機体が生まれる。

型式番号が同じであれば基本性能に変わりはなく、その他性能は外装や後からXフレームに組み込まれた内部システムによって変化する。


全ての領域に対して活動可能であり、高い機体性能を持つため戦場では最も恐れられる存在だが、無論最重要な破壊対象となる。

敵側にXフレームが存在しない場合、Xフレーム所有側に勝利があると言われるほどのポテンシャルを持つ。


Xフレームのみ眼光の色は固定されていなく、警告色として緑以外の色にするまたは変更されるケースもある。


指向性音声や網膜投影、また生体接続された脳に直接データを送ることで操作や回避行動、最も効率的な立ち回りなどといったあらゆる情報を瞬時にパイロットへ転送し、理解させることができる。この機能はパイロットの任意によって各々解除することが可能。



⚪︎輸送型宇宙母戦艦ネオサイガ


バルド軍が所有する宇宙戦艦。

最大30機のゼロフレームを格納可能な大きさを誇るが、母艦型宇宙戦艦の中では小柄な方である。

主砲であるニュートリアルレーザー砲は直撃すれば小惑星を粉砕する程度の威力を持つ。



【機体紹介】


⚪︎パラディン


パイロット: サツキ・カミシロ

大きさ: 25.7m

(パラディンブレード 装着時 31.2)

重さ: 38.2t

(パラディンブレード2刀 装着時 47.2)

型番: X-00

メインカラー: ホワイト

形態: ノーマルモード、UNKNOWN...

製造国: オーディス合衆国

別名: 白騎士、ヴァルハラ戦争での厄災


オーディス合衆国にて、どんな兵器よりも機動性に優れ、迅速に、正確に、意思を持って目標を達成することを目的として作られた最初のXフレーム。

Xフレームの最高傑作と呼ばれており、各国ではこれを超える機体を作ることを目標とされている。


本作の主人公サツキが搭乗するメイン機体。

着座時の生体認証によって起動シークエンスロックが解除される為、特定の人物でなければ操縦できない。また、初出撃の場合はパイロット名、機体名、出撃の意思を声に出すことによって生体認証と声紋認証のデータを整合させ、全てのシステムロックを解除させる。


Xフレームの外装は白騎士とも呼べるような美しい装甲に包まれている。

後方からの攻撃を防ぐ為、背部には腰から頭部を隠すほどの巨大な剣が機体半分左右1刀ずつ柄が下向きに装着されており、また腰から足先までを保護する為にくるぶしまである先端が三角型の長方形の装甲が何枚も連なり腰マントのような形で装着されている。

これほどの重装備であるにも関わらず、見た目はスッキリとしており、スリムな白装甲はフレームと調和してみえる。

パラディンブレードは刀身がボディと同じ装甲で覆われており、切断で用いることはできないため、その大きさを利用して盾や打撃武器として扱う。

刀身の装甲を剥離させる際は、[非公開]を使用する必要がある。


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