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第9話 ゴブリンの恐怖

 クレアは、人差し指を立てて言った。いつの間にか、真剣な表情をしている。


「いい? ジョージ。ゴブリンはね、低いけれど知能を持ったモンスターなの。そして、一番恐ろしいのは…… やつらは、集団で行動するモンスターってことよ!」


 確かに、ゲームでも集団で現れるイメージはある。


「それも、ひとつの集団には最低でも50匹以上のゴブリンがいると言われているわ」


「50!? そんなに……」


 いくらゴブリンが雑魚モンスターとはいえ、それだけの数がいるならば、さすがに1人で戦うのは無茶である。素人の俺でも分かり切ったことだ。


「そう。それだけのゴブリンが一斉に襲いかかってきたら、こんな小さな村なんてひとたまりもないわ。分かるでしょ?」


「は、はい…… 分かります」


「さらに、100匹、200匹の大集団になることもあるわ。そういった時は、騎士団が出動することもあるのよ。ゴブリンを決して侮ってはいけないわ」


 俺は、クレアに「ゴブリンくらい倒せ」と軽率な事を言ったことを恥じた。俺が、シュンとした顔をすると。クレアはきびしい表情を緩めた。


「ごめんなさい。ちょっと怖がらせちゃったわね。大丈夫よ! 大抵は、そんな大集団になる前に退治しちゃうもの。そのために、私みたいな冒険者が偵察任務をしてるのよ」


「でも、偵察するだけでも危険なんじゃないですか?」


 俺がそう尋ねると、クレアはフンと鼻を鳴らした。


「ご心配なく! 私の職業クラスは格闘家。武器や防具を身に着けていない代わりに、音もたてず素早く動く事ができるわ。偵察は、お手の物なのよ。もし見つかっても逃げきる自信はあるし……」


 クレアは、そう言いながら突然ヒュッと拳を突き出した。俺の顔に少し風圧がかかる。


「2、3匹なら、この拳で楽勝よ! 私はね、ジョージ。街の武術大会で優勝したこともあるのよ。女だからって甘く見ないでね」


「へえー。すごくお強いんですね!」


 俺は、素直に誉める。クレアは、どんどん自慢げに話すようになってきた。


「そうよ! 小さい頃から、才能を認められて天才格闘少女とよばれたわ。それに。うふふふ。私は、勇者パーティーにいたこともあるのよ!」


「勇者パーティー?」


 俺は、きょとんとした顔をする。勇者パーティーとは何ぞや? パーティーピーポー的なあれだろうか?


 クレアは、俺の様子を見て眉間にしわを寄せる。


「ちょっと! あなた。まさか、勇者パーティーを知らないの? 魔王を倒すために勇者様が結成された戦闘集団のことよ。一流の戦士や魔術師しか仲間に入れないの! つまり、私は一流の格闘家って訳! お分かり?」


「ふーん……」


 この世界には、勇者とか魔王がいるらしい。ますますファンタジーのゲームみたいな世界だな。


 それから、しばらくクレアは自分の自慢話を話し始める。女の自慢話ほど退屈なものはない。エールも3杯以上飲んだし、俺はだんだん眠くなってきた。そろそろ部屋で休みたい。


 しかし、クレアの話は止まることなく30分以上続いた…… その時だった。


「ん? 何かしら?」


 クレアは、話すのをやめる。店の外が何やら騒がしい。何か声が聴こえる…… これは、悲鳴?


「た、大変だッ!」


 突然、店の扉を勢いよく開けて1人の村人の男性が入って来た。真っ青な顔をしている。かなり取り乱した様子だ。


「ゴブリンだッ! ゴブリンの集団が襲ってきた!」


 それは、衝撃的な言葉だった。ちょうどタイムリーに、クレアからゴブリンの話を聞かされたばっかりだというのに。


「何ですって……」


 村人の言葉を聞いたクレアは、立ち上がって青ざめた顔をする。村人は、大きな声で叫ぶ。


「今から逃げても間に合わないッ! 女子供は、教会に避難しろ! 男は、命がけで戦うんだッ!」


 村人の言葉を聞いて、酒場の店主も包丁を持ってカウンターから出てくる。そんなもので戦う気だろうか。隣のテーブルにいた村人たちも慌てて店の外に出る。


「クレア! 俺たちも……!」


 俺も立ち上がって、クレアの方を振り向いた。しかし、そこには誰もいない。


「あれ? クレア?」


 どこに行ったんだ? よーく見るとテーブルの下にうずくまっているクレアがいた。ガタガタと震えている。


「何してるんだ!? クレア! 俺たちも外に出て戦おう!」


「ダメッ! 無理ッ! 無理よ! 絶対に無理!」


 俺の呼びかけに、クレアは情けない声で答える。さっきの威勢はどこに行ったのか?


 俺だって戦うのは恐い。今日は1日中森の中を歩いて疲れているし。それでも、今は戦わざるを得ない状況だ。


「あんた、強いんだろう!? 武術大会で優勝したことがあるって言ってたじゃないか!」


 クレアは、泣き顔で俺の方を見た。鼻水まで垂らしている。


「だ、ダメなのよ…… 人間相手なら戦えるけど。恐いの…… モンスターが恐いの!」


「ええッ!?」


 モンスター恐怖症? それで冒険者なんかできるのか?


「あ、あんた。勇者パーティーにも居たことがあるって言ったじゃないか!? あれは嘘か?」


「本当よ! でも役に立たないからって2日で追い出されたわ! 冒険者ギルドでも誰も仲間にしてくれない! モンスターと戦えない役立たずの格闘家なのよ! 私はッ!」


 クレアは、泣きながら叫ぶ。それを聞いて俺は呆然とする。少しでも頼りにしようとした俺が馬鹿だった……


「チッ!」


 俺は、舌打ちすると店の出口に向かった。彼女の相手をしていても無駄だ。腰から短剣を抜いた。森の中で会った盗賊から奪った『盗賊の短剣』だ。


 刃物を持って戦うなんて初めてだ。恐怖で震える。しかし、勇気をふりしぼってドアを開け、店の外に出た。


「ギャギャギャギャーッ!」


「うわー! く、来るな!」


 外に出ると戦いは既に始まっていた。村人たちは農具を武器にしてゴブリンたちと戦っている。しかし、戦いに馴れていないのだろう。ゴブリンたちに押されている。


「くそッ! やるしかない!」


 俺は自分を奮い立たせると、首から下げたプレートに触れる。俺のステータス情報が頭に流れてくる。


 〇 ステータス


 名前:ジョージ

 種族:人神族

 性別:男

 レベル:1

 HP:50

 MP:10/20

 腕力:15

 敏捷:12

 魔力:10

 スキル:物質変換魔法 レベル1


 MPの残りが10しかない。物質変換魔法は使うのにMPを2消費する。あと5回しか使えない。それに、MPが0になると気絶してしまうので、実際はあと4回しか使えない。


 昼間、森で会った盗賊たちに使った『体内の水分を酒に変える』という技。これが、ゴブリン相手に通じるか分からない。しかし、今はこの魔法だけが頼りだ。


 俺は、短剣を握りしめる。まだ足が震えていた。



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