第8話 赤髪の冒険者
テーブル席に座って、待つこと10分ほど。店主が料理を俺の元に運んできた。
「ほらよ。モルズのステーキだ。熱いうちに食いな」
テーブルに置かれたのは、香ばしい肉の匂いがするステーキだった。モルズの肉か…… そういえば、森の中で食べた干し肉もモルズの肉だったな。モルズとは、いったいどんな生き物なのか。
それはさておき、俺はさっそくナイフとフォークを使ってモルズのステーキをひと口食べた。噛むと口の中に広がる熱々の肉汁。
「あ、美味い! 美味しいですね!」
俺がそう言うと、店主はニヤリと笑みを浮かべる。
「だろ? うちのソースは特別だからな。あと、これは俺のおごりだ。飲みな」
店主は、テーブルに木製のカップを置いた。中にはビールのような炭酸の液体が入っている。俺は、不思議そうな顔で店主を見た。店主は微笑んでいる。
「さっきは美味い酒をごちそうになったからな。そのお礼だ。安物のエールだが。肉を食いながら飲むエールは美味いぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言うと、店主はカウンターに戻って行った。俺は、木製のカップに入ったエールをひと口飲む。味は、やはりビールに近い。少し苦みがある。そして、冷えていない。常温だ。
「うん…… しかし、これはこれで美味いな。確かに肉料理に合う」
こうして、俺はエールを飲みながらモルズのステーキの味を楽しんだ。肉も300グラムくらいのボリュームがあり、お腹いっぱいになった。
…………30分後。
ステーキを食べ終えた俺は、銅貨1枚を払ってもう1杯エールを頼んだ。そろそろ夜になった頃だろうが、寝るのはまだ早い。もう少しまったりしよう。
隣のテーブルには、常連と思われる2人組の村人が座って、酒を飲みながら話している。作物の出来がどうだとか。そんな話をしているようだ。
さて、俺の方はこの世界でどうやって生きていくかを考えなくてはならない。宿代と晩飯代、エールの追加を頼んだので、所持金の残りは銅貨14枚。もう2泊くらいはできるが。この村にずっといても仕方がない。
この村で酒を売るのは失敗したが。もっと大きな町ならばどうだろう? 俺のことを信用して酒を買ってくれる人が見つかるかもしれない。あるいは、信用がなくても買ってくれる人もいるかもしれない。
そんなことを考えると、店の扉が開き1人の女性が入って来た。赤い色のショートカットの髪。キリっとしてて、少し気が強そうに見えるが、かなりの美人だ。服は、ノースリーブで腰に帯を巻いている。なんか道着っぽいファッションだ。
赤い髪の美女は、俺の方を見ると近寄ってくる。そして、口を開いた。
「この席、相席してもいいかしら?」
俺は、この店に2つしかないテーブル席のひとつを1人で占領していた。さすがに悪いなと思ったので。慌てて答える。
「あ、もう。これ飲んだらすぐに行きますんで!」
カップに残ったエールを慌てて飲み干そうとすると、美女はクスっと笑った。
「いいのよ。そこに居てちょうだい。ちょうど話し相手も欲しかったの。それとも、私じゃお邪魔かしら?」
「い、いえ! そ、そんなことないです!」
「じゃあ、決まりね。マスターッ! こっちの人にエールをもう1杯ちょうだいッ! 私には、モルズのミルクを頼むわ!」
美女は、少し大きな声でカウンターにいる店主に注文する。そして、俺の向かい側の席に座った。手を頬に当て、テーブルに肘をついて俺をジッと見る。
「あなた…… 見かけない顔ね。旅の人かしら?」
「え? え、ええ。まあ、そんなところです」
俺は、ドキドキしながら答えた。こんな美人とこんな距離で話すのは初めてだ。ちなみに、俺は彼女いない歴25年なのだ。女性に対する耐性は皆無である。
「ほらよ! エールとモルズのミルクだ!」
店主が俺たちの元に酒を運んできた。俺の前にエールを、そして彼女の前にミルクを置いた。これは、俺にエールを飲めということだろうか。
俺が、そわそわしていると。赤い髪の美女はニコリと笑う。
「それは私のオゴリよ。お近づきのしるし。さあ、乾杯しましょう!」
俺は、ぎこちなく彼女と乾杯した。彼女は、美味しそうに木製のカップに入った白い液体を飲む。
「くーッ! やっぱり、疲れた時はモルズのミルクに限るわね!」
肉が食べれて、乳まで出る。モルズとは、いったい…… 牛みたいな生き物かな?
「自己紹介がまだだったわね。私の名前は、クレア。こう見えても冒険者なの。ちなみに職業は、格闘家よ! よろしくね!」
「あ、はい。よろしくお願いします! えーと…… 俺は……」
向こうが名乗った以上、こちらも名乗らねばならない。俺の本名は、天野譲二だが。そのまま言うと、こちらの世界には合わない気がする。
「お、俺の名前は、ジョージ。ジョージです!」
「ふうん。ジョージね。いい名前じゃない!」
クレアと名乗った美女は、ニコっと笑う。よかった。あまり違和感はなかったようだ。クレアは、ミルクを少し飲むと話し始めた。
「私はね。街にある冒険者ギルドの依頼を受けて、この村の周辺を調査しているの。これが、なかなか大変な仕事なのよ」
「へぇー。何の調査をしてるんですか?」
たいして興味もないが。話を合わせるために、一応聞いてみた。クレアの顔から笑みが消えて、少しマジメな表情になる。
「実は、この辺りにゴブリンが棲みついているらしくってね。私は、やつらがどこを根城にしているのか調べてるって訳」
「ほう! ゴブリン退治ですか!」
ゴブリンなら前の世界でもよく聞いた名前のモンスターだ。RPGゲームなどの序盤に出てくる雑魚モンスターだ。まだ出会ったことはないが、今の俺でも倒せそうな気がする。
俺の言葉を聞いて、クレアは面白そうに笑った。
「あははは。私1人で退治なんかできる訳ないじゃない! 私は、あくまでやつらがどこに棲んでるか調べるだけよ。私にできるのは、ただの偵察任務。それだけよ!」
俺は、眉をひそめる。冒険者ならゴブリンくらい倒せばいいのに。そう思って尋ねてみる。
「でも、ゴブリンって弱いモンスターなんでしょ? 倒せるんじゃないの」
クレアは、フンッと鼻で笑う。
「そりゃあ、1匹だけだったらね。レベル1の冒険者でも倒せるでしょうね。でも、ゴブリンは恐ろしいモンスターよ。あなたは、分かっていないようだけど。ジョージ」
そう言って、クレアはミルクの入ったカップをあおる。少し馬鹿にされたような気分だ。
この店には、窓がついてない。たぶん夜なので、外はもう暗くなっているだろうが。入口の扉の隙間から少しひんやりとした空気が流れてきた。
『モルズ』
ハイランド牛みたいに、長い毛の生えた牛みたいな生き物。角は3本ある。
鳴き声は「モルモルモルモル…… モォォォルルルルゥゥゥゥッ!」と激しい。
肉は食用に適しており、乳も栄養価が高い。
モルズは、この世界の人々に欠かせない生き物なのだ。