第73話 チーズバーガー
俺たちは、亡者の谷を出ると街に向かう。街までは徒歩で3時間はかかる。日が暮れて周囲は次第に薄暗くなっていた。
「エミリア? 大丈夫か?」
俺は、エミリアの様子を伺った。エミリアは、ニコっと笑って返事をする。
「平気ですわ。ジョージ様」
そう言っているが、亡者との戦いでかなり消耗したのだろう。疲れの色が見える。このまま街を目指すのはよろしくない。
「仕方ない…… 今夜は、この辺で野宿しよう」
「でも、ジョージ様。わたくしは、まだ歩けますわ!」
エミリアは強がって答える。俺は、エミリアの頭を優しく撫でた。
「無理はしなくていい。疲れた時は、疲れたと言えばいい」
「ごめんなさい…… ジョージ様」
エミリアは、急にしおらしくなった。俺は、周囲を見渡す。大きな岩があるのを見つけた。岩に向かって手をかざす。そして、スキルを発動させた。岩は、一瞬にして酒に変わる。その場に大きな水たまりができた。
「さてと……」
次に、俺は水たまりに向かって手をかざす。そして、頭の中にイメージを浮かべる。材質や構成など具体的にイメージして、スキルを発動させた。
水たまりは青白く輝き、その場には小さな小屋ができた。
「ふむ。まあ、こんなものか……」
俺は、小屋を触って確認する。強度などは心配だが、1日寝泊りするだけなら十分だ。屋根もあるし、夜露に濡れる心配もない。
俺は、前回のレッサーデーモンとの戦いで新たなスキルを得た。厳密に言うと新しいスキルを覚えたのではなく、持っているスキルの制限が解放されたのだが。
それによって、水以外の物を酒に変えることができるし。さらに、その酒を色々な物に変化させることができる。
俺は、まず大きな岩を酒に変えた。そして、その酒から木製の小屋を作り出したのだ。
「よし。寝る場所はこれでいいとして。次は、夕飯だな……」
俺は、近くの岩を再び酒に変える。そして、その酒に手をかざして、もう一度頭にイメージを浮かべる。自分が昔よく食べていた味を思い出す。
その場に、ハンバーガーが作り出された。もちろん、ポテトもつけておいた。
「さあ、エミリア。夕飯にしよう! 腹が減ったろう?」
俺たちは、小屋に入るとハンバーガーを食べる。
「ジョージ様。これは……?」
エミリアは、ハンバーガーを見て戸惑っている。この世界に、ハンバーガーという食べ物は存在しないだろうが、パンに具材を挟んで食べる物はいくらでもありそうなものだ。しかし、お嬢様育ちのエミリアは見るのも初めてのようだった。
「これはな。ハンバーガーと言って、こうやって食べるんだ」
俺は、ハンバーガーにかぶりつく。チーズとパテ、そしてソースの味が口の中に広がった。久しぶりに食べるので美味い。
「わ、分かりましたわ。いただきます!」
エミリアは、俺の食べる様子を見て。大きく口を開けて、ハンバーガーにかじりついた。そして、目を丸くする。
「んんッ! お、おいひいッ! ふごく、おいひいですわ!」
驚きのあまり声を上げるエミリア。彼女は、夢中になってハンバーガーを食べた。前の自分の世界の物をこんなに喜んで食べてもらえるとは。悪い気はしない。今度は、ラーメンでも食べさせてみるか。
夕食を食べ終わり、しばらくくつろいだ。エミリアは、うっとりとした顔で笑った。
「うふふふ。こうして、ジョージ様と2人きりで美味しい物を食べて、一緒に過ごせるなんて。野宿というのも悪いものではございませんね。いいえ。むしろ、とても楽しいですわ」
まあ、スキルを使って小屋を建てて食事まで作っているからな。本来の野宿とは、かなりかけ離れたものだが。
俺は、外に出てスキルを発動する。岩を酒に変えて、その酒を布団に変えた。ふかふかの羽毛布団だ。それを小屋の中に持って入った。
「エミリア。この布団で寝るといい。今日は、疲れただろう? ゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます。……でも、布団がひとつしかありませんわ。ジョージ様は…… はッ! これは、あれですね! 私たちは夫婦ですものね! 同じ布団で愛を確かめ合うのですね! 分かりましたわ! このエミリア! 妻としての務めをしっかりと果たしますわ!」
突然、興奮し始めるエミリア。頬を赤らめているが鼻息が荒い。俺は、エミリアに同じくスキルを使って作り出した枕を投げつける。
「落ち着け! エミリア。俺は、外で見張りをしている。何かあったら起こすから、それまでゆっくり休んでいろ!」
「あーん! ジョージ様ーッ!」
俺は、寂しそうな顔をするエミリアに背を向けて小屋の外に出た。
火打石を使って火を起こし、小さな焚き火を起こす。その火で暖を取りながら、ポケットに入っていたモルズの干し肉を取り出し口に入れた。
うん。固い。それに塩が効きすぎている。だが、美味い。
スキルを使って作り出した先ほどのハンバーガーは、前の世界で食べた味を忠実に再現していた。俺の好きなチーズハンバーガーだ。
しかし、何というかありがたみが違う。こうして、この世界でちゃんと作られた干し肉の方がよっぽど美味く感じられる。
現在、俺はこのスキルを使ってあらゆるものを酒に変えて、さらにそこからあらゆるものを作り出す事ができる。
しかし、何でも作れる訳ではなかった。
自分の中で材質や構造を、明確にイメージする必要がある。さっき作った、簡単な小屋とか布団などの構造が単純な物は問題はない。
しかし、例えば銃火器などは作れなかった。
一度、ハンドガンを作ろうとしたのだが。前の世界でも俺は本物の銃を見たことも触ったこともないし、内部の構造もよく知らない。
結果、できたのは外見だけ再現したモデルガンであった。もちろん弾は出ない。
構造が単純な、例えば火縄銃ぐらいなら頑張れば作れるかもしれないが。それをイメージするためには、まだ知識や経験が不足しているのだ。




