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第41話 水の流派

「どうやら勝負あったようだな。ダラークさんよ。この勝負、クレアの勝ちだぜ?」


 俺は、腕組みをしてダラークに向かって言った。しかし、ダラークは焦りと怒りが入り混じったような複雑な表情を見せる。


「くッ! この勝負は無効だッ! インチキだッ! さっき、あの女に何か飲ませたろう。肉体を強化する薬か何かだな!? 俺は、こんな勝負は認めんぞ!」


 まあ、あながち言ってることは間違いじゃないが。でも、別にドーピングした訳ではない。クレアに

飲ませたのは、ただの酒だ。能力は彼女の持っている本来のものなのだ。


「そうかい? 認めないって言うなら、それでもいいぜ。その代わり、再勝負だ! 今度は、俺が相手をしてやってもいいぜ!」


 めずらしく俺は強気な態度に出た。あれだけクレアが頑張ってみせたのだ。俺も少しは男を見せないとな。


「くッ……」


 ダラークは、言葉に詰まる。そして、少し沈黙した後、俺たちに背を向けた。


「チッ! 今日のところは、ひとまず退散してやるよ。次に会った時は、覚えてやがれ!」


 いかにも小者が言いそうな台詞である。ダラークは、仲間たちとその場を去ろうとする。倒れたままのボルドを放ったままだ。俺は、思わず呼び止めた。


「おいッ! 待てよ! 倒れた仲間を放っておいて行く気か?」


「ふんッ! そんな女に無様に負けるようなやつは、俺たちの仲間じゃねえ。好きにするがいいさ!」


 呆れた連中だ。ダラークたちは、本当にボルドを置いて去って行ってしまった。好きにしろと言われてもなあ。どうしたものか?



 それから、数十分後……


「はッ! わ、わたしは…… 痛ッ……」


 ボルドの意識が戻ったようだ。慌てて上体を起こそうとするが、痛みで苦しんでいる。俺は、ボルドに声をかけた。


「おいおい。大丈夫か?」


「それより、わたしは……? ……そう。負けたちゃったのね。わたし……」


 一瞬混乱したようだが、ボルドはすぐに状況を悟ったようだ。しかし、俺は彼に言った。


「いや、勝負は引き分けだよ。強かったぜ。あんたもクレアもな!」


「で、でも。わたしは気絶して負けたはずじゃあ……」


 俺は、後ろでいびきをかいて寝ているクレアを指さした。酒に酔いつぶれたクレアは、だらしない顔をして眠っていた。


「あれが勝者の姿に見えるか? この勝負は引き分けだ」


 ボルドは、眠っているクレアを遠い目で見る。


「ふッ。確かにね。……でも、彼女。本当に強かったわ。最後は手も足も出なかった。ひさしぶりよ。こんな相手と戦ったのは」


「そうかい。それより、あー…… お前さんの仲間たちなんだが。お前さんを置いて行ってしまったんだが…… まったく薄情な連中だ」


 仲間に見捨てられたボルドに少し同情した。しかし、ボルドは全く気にしていない様子だ。


「大丈夫よ。別に、わたしもあいつらを仲間だと思ってはいないもの。ただ、お金で雇われただけよ」


 冒険者が冒険者を金で雇うのか。だが、あのダラークという男ならやりかねない。


「それより、あなたにお願いがあるの。わたしをこの仲間パーティーに入れてくれない? もちろん、お金なんていらないわ。本当の仲間になりたいの! お願いよ!」


 ボルドは、俺の目を真っすぐに見た。そして、頭を下げる。うーむ。俺は、顎に手を当てて上を見た。ボルドはレベル10の格闘家だ。その強さは、先ほど目の当たりしたばかりである。


「うーん。そうだな…… まあ、俺は別にかまわんが……」


「本当!? 嬉しいわ。ありがとうッ!」


 ボルドは感激の言葉を出す。そして、俺に抱きつこうとした。俺は、慌ててそれを避ける。


「あーん! いけずぅーッ!」


 ハグを拒否されたボルドは、切なそうな顔をする。俺は、彼を仲間にしたことを少し後悔した。よく考えたら、そっち系の人だったよな。身の危険を感じる。



 それから…… その夜。


「ねえ、これって…… どういう状況なの?」


 クレアは不思議そうな顔で俺を見る。ボルドがクレアの肩を揉みながら言った。


「クレア様。肩が凝ってらっしゃるわ! よーくマッサージしないと!」


 クレアは、酒に酔ってる間の記憶が無いようだった。確か、前回ゴブリンから村を救った時もそうだった。酔拳を使って戦ってる時の記憶が無いのだ。


「あの時のクレア様は、本当に強かったわ! あれは、風の流派の技じゃなかったわ。たぶん、水の流派の技ね。2つの流派を使えるなんて、100年に1人の天才だわ! そう簡単にできることじゃないのよ」


「あ、あらそう? えへへへ」


 状況をよく飲み込めていないクレアだったが。ボルドから称賛を受けて、まんざらでもない様子である。相変わらず調子のいい女だ。


 しかし、酔拳が水の流派か。確かに、字的にも水の属性はしっくりくるな。


「水の流派はね。数百年も前に、継承する人間がいなくて途絶えてしまったの。とても難しい流派でね。よほど格闘センスのある天才しか、身に着けることができないと言われているの」


「そんな…… 天才だなんて。まあ、確かにそうかもしれないけど。えへへへ」


 クレアはデレデレとした顔になる。うむ。褒め殺しに弱いようだ。


 結局、おだてられたクレアは、すっかりその気になって。ボルドを仲間にすることも快く承諾した。こうして、俺たちはエマに続いて新しい仲間を得た。


 しかし、同じ仲間パーティーの中に格闘家が2人。なんともバランスの悪い気がする。しかし、安定した戦闘要員が増えたのは喜ばしいことだろう。



 次の日の朝。今日も天気は快晴だ。俺たちは、カイン・ギルフォードの城を目指して旅を再開する。そして、3日間歩き続けて…… ようやく城に到着したのであった。



『水の流派』

数百年前に滅んだ伝説の格闘術。

そのかたは、水のごとく自在であるとされる。

相手の攻撃を水のように受け流し、急流のごとくカウンターをとる。

しかし、それ故に習得は困難を極める。

継承者が現れることなく途絶えてしまったとされている。

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