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第4話 逃亡者

 チチチチチ……


 木の上から鳥の鳴き声が聴こえる。のどかな昼下がり。相変わらず俺は森の中にいた。もう、かれこれ2時間くらいは森の中を歩いている。疲れてクタクタだ。腹も減った。


 所持品は、葉っぱで包んだ魚が1匹。焼いて食べる事もできない。このままでは、いずれ餓死してしまう。焦りと恐怖が徐々に俺を支配していた。早くこの森から脱出しなくては。


「ん? おや…… あれは!?」


 そんな時。俺は、向こうに2人組の人影を発見した。人だ! 助かった! 俺は、安堵して人影に向かって走り寄って声をかける。


「おーい! あのー! すみませーん!」


 俺の声に、2人組が振り返った。1人は、顔に大きな切り傷のある鋭い目つきの男。革製の鎧らしき物を着ている。腰には短剣を差していた。そして、もう1人はスキンヘッドの大きな男。眉毛がなく恐い顔をしている。


 2人は、俺を睨みつけた。俺は、すぐに後悔した。声をかける人間を誤ったようだと。


「……ああ? 何だ? てめえはよう」


 顔に切り傷がある目つきの鋭い男の方が、俺を見ながら言った。とてもフレンドリーとは言い難い。


「いや、あの…… 俺、ちょっと迷子になっちゃって。困ってるんです」


 俺は、頭を掻きながら答えた。なるべく目を合わせないようにする。スキンヘッドの男の方が口を開いた。


「兄貴ー。こいつ、俺たち兄弟を追って来た領主の犬じゃねえか? っちまうか?」


 スキンヘッドの男は、腰に差した短剣を引き抜いた。キラリと刃が光る。俺は、背筋が凍った。顔に切り傷がある男が、大男を制止する。


「まあ、待て兄弟。追手なら、呑気に声なんかかけてこねえよ」


「そ、そうです! 俺は、怪しい者じゃありません! ただ道に迷っただけなんです!」


 俺は、ここぞとばかりに主張する。顔に傷がある男の方が、ニヤリと笑みを浮かべた。明らかに悪人の顔だ。


「俺たちはよぉー。この辺じゃあ、ちょっと名の知れた盗賊よ。最近、何人か殺しちまってなあ。それで逃亡中って訳よ」


 人殺し……? ガチの犯罪者じゃねえか。俺は、恐怖で足が震えだす。


「兄貴ー。どうする? 顔を見られちまったし。殺っちゃおうか?」


 スキンヘッドの大男が再び短剣の刃をこちらに向ける。


「まままま待ってください! 俺、あなたたちのこと誰にも言いませんから! そ、そうだ! よかったら、これ差し上げますんで!」


 俺は、慌てて持っていた魚を包んだ葉っぱを男たちに差し出した。顔に切り傷のある方が、それを受け取る。中に入っていた魚を見る。


「ほう…… こりゃあ、立派なマスだなあ。焼いて食ったら美味そうだ。なあ? ひゃひゃひゃひゃ!」


「ですよねー? あははははは!」


 俺も男と一緒に笑った。しかし、男は魚を地面に叩きつける。


「ふざけるんじゃねえッ! こんな魚いるかよ! 金目のものを出せよ!」


「ですよねー?」


 やはりお気に召さなかったらしい。しかし、その魚の他に持っている物は何も無いのだ。スキンヘッドの大男が短剣を向けて1歩前に出る。


「兄貴―! めんどくせえよ。もう殺っちまおうよ! なあ!」


 しかし、兄貴と呼ばれた顔に切り傷のある男は、スキンヘッドの男の胸をドンッと叩く。


「馬鹿野郎ッ! てめえは、すぐに殺すことばかり考える。てめえのせいで、俺らは追われる身になってんだろうが。もう少し頭を使え! 馬鹿野郎ッ!」


「うう…… すまねえ。兄貴。じゃあ、どうするんだ?」


 顔に切り傷のある男は、顎に手を添えると値踏みするように俺をジロジロと見た。


「そうだなあー。ちいと線は細いが、若いし健康そうだ。奴隷として町で売れば、いい金になりそうだぜ」


 奴隷? 今、奴隷って言いました? いやいや、俺の基本的人権は無視ですか? いや、ここは異世界だ。本当に奴隷にさせられかねん。このままではマズイ!


「あッ! あそこに追っ手が来てますよ!」


 俺は、突然大きな声を出して男たちの後ろを指さした。男たちは「何ッ?」と言いながら振り向く。


 よし。今がチャンスだ。


 俺は、男たちに背を向けて一目散に走り出した。そう、三十六計逃げるに如かず。捕まって奴隷なんかにされてたまるものか!


「こらぁ! 待ちやがれッ!」


 すぐに背後から男たちの声が聴こえる。もちろん待つ訳がない。何としても逃げきらねば。


「ハァッ! ハァッ!」


 俺は、すぐに息を切らす。横っ腹が痛い。肺が苦しい。だけど、止まる訳にはいかない。馴れない森の中を全力で走る。しかし。


「あッ!?」


 木の根っこに足が引っかかった。俺は、前のめりに盛大にこけてしまう。


「手間かけさせやがって…… この野郎! もう逃げられねえぞ!」


 起き上がろうとした俺の喉元に、短剣が突きつけられた。顔に切り傷のある男の方がニヤニヤと笑っている。これまでか……

 

 スキンヘッドの大男の方は、足が遅いのか。まだ向こうの方から走って来ている。あいつだけなら逃げ切れたかもしれなかったのに。


「ま、待ってくれ! お、俺は本当に!」


「うるせえ! これ以上、抵抗するなら本当に殺すぞ!」


 目の前に突きつけられた短剣を見て思いだす。そうだ。俺は、短剣で刺されて殺されて、今この森の中にいる。あんな思いはもうたくさんだ。


「嫌だッ! 死にたくない! 死にたくない! 死ぬのはもう嫌だーッ!」


 俺は、死の恐怖であの時の記憶がフラッシュバックして混乱していた。



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