第39話 クレアの意地
お昼前の晴れた空。周囲は見渡す限りの平原である。さわやかな風が吹き、草原の草を揺らしていた。
「さあ、どこからでもかかってらっしゃい! おブスちゃん! 存分に痛めつけてあげる」
レベル10の格闘家ボルドは、オネエ口調でクレアを挑発する。ボクシングのようなかまえをとっている。
「ふん! 私のスピードについてこれるかしら? 痛い目に合うのは、あんたの方よ!」
対するクレアは、小刻みに体を揺らして軽快なフットワークを見せる。重量級のボルドをスピードでかく乱する気だろう。体重の軽いクレアには、それしか戦法はない。
「行くわよッ! このオカマ野郎ッ!」
先陣を切ったのは、クレアの方だった。素早い動きで間合いを詰める。先手をとった方が有利。しかし。
バッシィーン!
ボルドの強烈なミドルキック。ムチで叩いたような打撃音が響く。クレアは、辛うじて防御していたが、その表情が苦悶に歪む。
「あら? ごめんなさい。あまりにも遅かったから、つい。それが本気のスピードなの? あくびが出ちゃうわ。おほほほ」
「ふん! 全然、効いてないわよ!」
強がってみせるクレアだが。あのキックをまともに喰らえば、そこで勝負がつきそうだ。ボルドは大柄な見た目だが、蹴りのスピードは速い。
「クレア! 気をつけろ!」
俺は大きな声で叫んだ。クレアは、こっちを見ずに答える。
「分かってるわよ!」
クレアは、先ほどフットワークをやめて今度はジリジリと間合いを詰める。中国拳法のようなかまえをとった。さすがに本気を出したようだ。
クレアのかまえを見て、ボルドがニタリと笑みを浮かべた。
「あら? そのかまえは、風の流派『クインズ流』のかまえかしら? うふふふ」
「よく知ってるじゃない。ここからは、本気で行かせてもらうわよ!」
クレアは、スゥゥーッと息を吸った。そして、地面を蹴って飛び上がる。
「行くわよッ! 飛翔ッ! 風神の舞いッ!」
2メートル近くあるボルドの頭の高さまで、クレアは大きくジャンプする。そして、さらに空中で連続して蹴りを繰り出した。
「あたたたたたたたッ!」
ボルドの頭部目がけて連続キック。しかし、ボルドは両腕で堅く防御する。やがて、クレアの攻撃が終わると……
「馬鹿なブスね! いきなりそんな大技出したって当たる訳ないでしょ。とんだ素人だわ。死になさい!」
着地しようとするクレアに、再びボルドのミドルキック。今度は防御できる体勢ではない。鋭い蹴りがクレアの横っ腹に突き刺さる。
「ぐえッ!」
クレアは、カエルの潰れたような声を出した。慌てて後ろに下がって距離をとる。
「うふふふ。今度は、こっちの番よ! ボコボコにしてあげる!」
ボルドが素早く間合いを詰めてくる。大きい体のわりに動きが速い。クレアのスピードを上回っている。
「ほらほらほらほらほらぁーッ!」
ボルドは素早いジャブを連続で繰り出した。クレアは、最初の数発は何とか避ける。しかし、徐々に避け切れなくなる。そして、ついにボルドの拳が顔面を捉えた。
ビシッ!
クレアは「キャア!」と小さな悲鳴を上げて、後ろにのけぞった。
「クレア! 大丈夫かッ!?」
「クレアさん!」
俺とエマが叫ぶ。クレアは鼻血を出しているが「大丈夫よッ!」と答えてみせた。
「あら? 鼻血なんか出しちゃって。可愛い顔が台無しよお? もっともっとブスな顔面にしてあげるわ」
ボルドが冷酷な笑みを浮かべて前進する。しかし、クレアも怯まずに前進した。しかし、その距離はボルドの得意な距離だ。居合斬りのような鋭いミドルキック。
「そんな蹴り。何度も喰らわないわよッ!」
クレアは、ミドルキックよりさらに低い位置まで身を屈める。そして、ミドルキックを避けると同時に、地面に片手をついた。
この技は、水面蹴りだ! 地面に片手をついたアクロバットな体勢から、相手の脚を刈り取るような回し蹴り。地面に倒してしまえば勝機はある。
バシッ!
肉を打つ音。クレアの水面蹴りが決まった。しかし…… ボルドは倒れない。
「何それ? そんな攻撃で私が倒れると思ったの? 残念ね。死になさいッ!」
ボルドはミドルキックで出した脚をそのまま切り替えて、クレアに向かって振り下ろすようなローキック。クレアの顔面を捉える。
「きゃああああーッ!」
クレアは、後ろに地面をゴロゴロと転がった。そして、止まるとそのままうずくまって震えている。
「く、クレア! 大丈夫か!?」
「クレアさん! もうやめてください!」
俺とエマは悲痛な叫びを上げる。クレアは、うずくまった状態でピクピクして、なかなか起き上がらない。
ボルドは、その様子を見下ろすと「はぁーッ」と長いため息をついた。
「本当、全然大したことなかったわね。一人前なのは口だけかしら? だから女は嫌いなのよ……」
ボルドは、かまえを解いて両手を大きく広げた。
「ぎゃははは! 勝負は俺たちの勝ちだな! さあ、土下座してもらうぜ! 全裸でなあ!」
ダラークがいやらしい顔で笑った。その時だった。
「……誰が? ま、まだ…… 降参してないわよ。はぁはぁ」
クレアが震えながら立ち上がろうとしている。顔は鼻血だけでなく、口からも出血している。痛々しい顔だ。それでもヨロヨロと何とか立ち上がろうとしていた。
「クレア! 無理するな! もうよせ! ギブアップするんだ!」
「そうです! クレアさん! これ以上、戦ったら死んじゃいます!」
俺とエマが口々に止めようとするが、クレアは震える脚で立ち上がってみせた。
「私にだって…… 意地があるのよ! こんなやつに…… 死んでも負けるもんですかッ!」
しかし、膝がガクガク笑っている。こんな状態で戦えば、本当に死ぬかもしれない。体を張って止めるべきか。いや、クレアは命を賭けても戦おうとしているのだ。
俺は、腰に付けていた水筒を取り外す。そして、手のひらをかざしてスキルを発動した。『水を酒に変える』魔法だ。これで、水筒の水は酒になった。
ダンジョンの時に、クレアに飲ませていた水で薄めた酒ではない。普通のアルコール度数の酒だ。
「クレアッ! これを飲めッ!」
俺は、クレアに向けて酒の入った水筒を放り投げた。
『クインズ流』
風の流派と呼ばれている、この世界の格闘術。
多彩な飛び技などを有する。
いわゆるスピードとジャンプ力を活かした戦い方が主流。
以前、クレアが使った『風壁の陣』もこの流派の奥義であり。
他にも風を操る奥義が存在する。




