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第23話 アローン商店

 俺は、通りを歩いている人に貧民街スラムの場所を尋ねる。


「おいおい。あそこは一般人が立ち入るような場所じゃないぞ。やめとけ!」


 通行人は渋い顔で忠告するが、なんとか貧民街スラムの場所を教えてくれた。俺は、教えてもらった方向に向けて街の中を歩く。


 今までの綺麗な街並みから、打って変わって陰鬱な空気が漂い始める。建物は壁が剥がれていたり、ドアが壊れていたり。昼間だというのに、人通りも全くない。ここが貧民街スラムなのだと、すぐに分かった。


「さて、盗品マーケットはどこかな?」


 貧民街スラムにはたどり着いたものの、肝心の店の場所が分からない。周囲を見渡すと、向こうの壁際にボロボロの服を着た男が座っている。物乞いのようだ。俺は、男の方に近づいて行った。


「すまない。盗品マーケットがどこにあるか知らないか?」


 俺が尋ねると、男は虚ろな目で俺を見上げる。無言で何も返事がない。俺は、財布から銅貨を1枚取り出してもう一度尋ねた。


「盗品マーケットの場所を教えてくれ」


 男は、俺から銅貨を奪うように受け取る。そして、無言のまま路地の先を指さした。あっちの方向にあるぞという意味だろう。


 俺は、男の指さす方向にある狭い路地へと進んだ。2階から洗濯物を干していたりと、やたら生活感の漂う狭い路地を抜けて、ようやく1軒の店にたどり着いた。


 『アローン商店』と文字が消えかかった字で書かれた看板。見た目は、かなり古ぼけた建物だ。ここが盗品マーケットだろうか? 俺は、恐る恐る入口のドアを開けて中に入る。


 店内は、ごちゃごちゃと色々な物が陳列されていた。武器や防具、骨とう品など様々だ。奥にカウンターがあって、目つきの悪い老人が黙って座っている。俺の方をにらむように見つめてくる。接客する気は全く無いようだ。


 俺は、カウンターに向かって進む。店の隅に、鎧を着た男が立っている。腕組みをして、ジッと俺のことを見ている。店員というより、この店の用心棒だろう。


「何の用だ?」


 カウンターに座っていた老人が俺に向かって第一声。仮にもお客さんに向かって、その対応はいかがなものだろうか。だが、俺は平常心で答える。


「これを売りたいんだが……」


 カウンターの上に短剣を置いた。盗賊から奪った短剣である。まずは、これで様子を見る。


 老人は短剣を手に取り、品定めをする。その後、俺をにらむように見た。ていうか、にらんでいるよね。


「ふん。『盗賊の短剣』か…… 銅貨10枚だな」


 老人の言葉に、俺は内心ほくそ笑む。高い値段ではないが、この『盗賊の短剣』を買い取ってくれるということは、この店が『盗品マーケット』に間違いないということだ。『盗賊の短剣』は普通の店では買ってくれないのだ。


「あと、ついでにこれも売りたいんだが……」


 俺は、背負い袋から例の壺を取り出す。酒の入った壺である。そう、俺が『水を酒に変える』魔法で生み出した酒だ。


「何だ? ただの壺じゃねえか。ダメだ。これは、銅貨1枚の値打ちもない」


 老人は眉間にしわを寄せて答えた。そうくるだろうと思って俺は説明した。


「ただの壺じゃないぞ。見た目で判断しないでくれ。この中に酒が入っている。もちろん、ただの酒じゃあない。その辺では売ってないような高級酒だ。試しにひと口飲んでみてくれ」


「……酒だと?」


 老人は、明らかに不審な顔つきで俺を見た。俺は、背負い袋からお猪口のような小さい陶器の器を取り出した。壺を買った雑貨屋で見つけたのだ。この世界には、日本酒もお猪口も存在しないのだろうが。お猪口に似たものはあった。試飲する時にちょうど良いので買っておいたのだ。


「OK。じゃあ、まずは俺が先に飲もう」


 そう言って、お猪口もどきに壺の酒を注ぐ。そして、俺はひと口で飲んでみせた。


「ほら。毒なんて入ってないだろう。美味い酒だぜ。飲んでみてくれ」


 俺は、もう1回お猪口に酒を注いだ。老人は、渋々といった感じで口をつける。しかし、ひと口飲んだ瞬間、老人は目を丸くした。かなり驚愕した表情になる。


「こ、これは…… 美味い! 確かに、美味い酒だ。こんな酒は飲んだことがない。何だこれは?」


 よしよし。いい反応だ。


「この酒は、とある貴族の家に置いてあった酒でな。銀貨1枚くらいの値はする高級酒だぜ!」


 俺は、適当に嘘をついた。まさか『水を酒に変えました』なんて言える訳はないし。老人は、しばらく黙っていたが口を開く。


「いいだろう。銅貨5枚で買い取ろう」


 そう言って、片手を上げる。銅貨5枚か…… 思ったより安く買いたたかれている。まあ元手は、無料の水と銅貨1枚の壺だ。損はしていないが、さすがに利益が少ない。


「冗談言っちゃいけないよ! さっきも言ったろう? 銀貨1枚の値打ちはある酒だぞ。それを銅貨5枚っていうのは、いくらなんでも酷くないか?」


 何とか値段を交渉しようとするが、老人の表情は変わらない。


「酷いと思うのなら、他の店で売ればいい。だが、それができないからここに持って来たんだろ。わしの店はな、それなりのリスクを背負って商売してるんだ。だから、普通の店と同じように売れるとは思わんでくれ」


 ううむ…… 完全に足元を見られているようだ。俺が、言葉を失くして黙っていると、老人は「はぁ」とため息をついた。


「分かったよ。仕方がない…… 特別だ。銅貨10枚で買い取ろう。これ以上はびた一文出さんぞ!」


 おや? 値段が上がった! 5枚から10枚にって、2倍じゃねーか。やっぱり、最初は安く買いたたこうとしてたんだな。


「OK。交渉成立だ!」


 俺には、これ以上の交渉をするスキルは無い。下手につついて、へそを曲げられても困る。老人は、いったん店の奥に行くと、またすぐに戻ってきた。俺に、銅貨の入った袋を手渡す。


 結局、『盗賊の短剣』が銅貨10枚。酒の入った壺も銅貨10枚。計20枚の銅貨を手に入れた。まあ、最初はこんなものだろう。


 俺は、金を受け取ると早々に店を後にした。



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