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第13話 それは愛

「やったぞ! 俺たちの勝ちだ! 村を守ったぞ!」


 村人たちは、次々に歓声を上げた。抱き合って涙を流し喜んでいる。


「クレア! やったな! お前のおかげで……」


 俺は、そう言いながらクレアの方に振り返ると。


「ぐがぁー。ぐがぁー」


 クレアは、大きないびきを立てて地面に寝ていた。だらしなく口を開けて、せっかくの美人が台無しである。これは、簡単に起きそうにないな。


「今日の英雄ヒーローは、疲れて眠っちまったみてえだな。兄ちゃん! この姉ちゃんを運ぶの手伝ってくれ」


 近くにいた酒場の店主が、俺に声をかけた。俺と店主は、2人で酒場の2階にある客室までクレアを運んだ。


 2階にある客室は6畳ほどの広さで、ベッドがあるだけの質素な部屋だった。俺たちは、クレアをベッドの上に寝かせた。クレアが起きる様子はない。店主は「ふーッ」と息を吐く。


「よし。兄ちゃん! 兄ちゃんも疲れたろ。ここの隣の部屋が、兄ちゃんの部屋だ。兄ちゃんもゆっくり休みな!」


「あ、はい」


 俺が返事をすると店主は、背を向けた。


「ゴブリンたちが、また襲ってくることは無いと思うが…… 一応、俺たちで警戒はしとく。まあ、今日はゆっくり休んでくれ」


 店主は、そう言いながら部屋の出口まで行くが。ピタリと止まった。そして、俺の方に振り向いた。


「ああ。それと…… 兄ちゃん。銅貨20枚でどうだ? 悪いけど、うちに出せるのはそれが限度だ」


「えッ? 何のことです?」


 銅貨20枚? 俺は、何のことか分からず首を傾げた。店主は、俺を指さした。


「酒だよ。兄ちゃんが持って来てくれたあの酒だ。俺に売ってくれるんだろう?」


「えッ!? あの酒を買ってくれるんですか? でも……」


 確かに、俺はこの酒場に酒を売りに来た。『水を酒に変える』魔法で作った酒だ。しかし、信用できない者からは買えないと断られたのだ。


 店主は、俺の顔を見てニヤリと笑った。


「兄ちゃんは、この村のために命がけでゴブリンと戦ってくれた。その兄ちゃんが売ってくれる酒だ。信用できない訳ないだろ?」


「あ…… あ、ありがとうございます!」


 店主は、俺のことを信用に足る人物だと言ってくれているのだ。俺の胸は、じーんと熱くなる。


「じゃあ、また明日の朝な。おやすみ。兄ちゃん!」


 店主は、手を振って去っていった。よかった。これで少し余裕ができる。


「ぐがぁー。ぐががが…… うーん」


 クレアが毛布を蹴とばして、だらしない格好で寝ていた。彼女も疲れたのだろう。俺も自分の部屋で休むことにしよう。


 異世界に転移してこの1日、色々なことがあった。森の中を歩き回り、盗賊たちに出会い。やっと村にたどり着いたと思ったら、ゴブリンの群れに襲われる。思えば散々な1日だった。


 俺は、自分の部屋に入るとベッドの上に寝転んだ。今日は疲れた。目をつむると、そのまま泥のように眠りについた。



 ☆  ☆  ☆



「お師匠様ーッ! はぁはぁ」


 私は、息を切らしながらお師匠様の元に走り寄る。お師匠様は、丘の上にいらした。何か考え事がある時は、いつもここにいらっしゃるのだ。


「どうしたのですか? エリダ」


 お師匠様は、私の方を振り向いた。ライトブラウンの長い髪が、そよ風で揺れている。整った顔立ちは、穏やかで優しい表情かおだ。思わず見とれそうになる。


 私は、思わずうっとりしたが「はッ!」と気づいて首を振る。今はお師匠様に萌えている場合ではない。私は、慌てて話す。


「あ、あの! お師匠様にお願いがあるのです! この前のように水がめの水を葡萄酒に変えていただきたいのです!」


 先日、カナの村で行われた婚礼の儀式。その場で、お師匠様は水がめのに入った水を極上の葡萄酒に変えてみせてくれた。


「ほう。どうしてですか?」


 お師匠様は少し不思議そうな顔で私を見た。私は、胸を張って答える。


「はい! その葡萄酒を売ろうと思うのです!」


 それを聞いたお師匠様は、眉をひそめた。


「私の能力ちからをお金儲けのために使おうと言うのですか?」


「い、いえッ! 違うのです! 普通に売るのではありません! 貧しい人々でも買えるように安い値段で売るのです! そうすれば、皆は葡萄酒が安く手に入り喜びますし。私たちもお金が手に入り、活動が楽になります! 良い考えだと思うのですが……」


 私がそう言うと、お師匠様は足元に落ちている石を拾った。こぶしくらいの大きさのある石だ。


「エリダ。あなたの言いたいことは分かります。しかし、それは問題があります」


 お師匠様は、拾った石を見ながら私の名前を呼んで言った。何が問題なのだろう? 私は首を傾げた。


 お師匠様は、片手に持った石に手のひらをかざした。そして、静かに何かをつぶやいた。すると、お師匠様の手のひらが青白く光を放つ。光で照らされた石は、輝きとともにパンへと変わった。丸い焼きたてのパンだ。


 突然、お師匠様が起こした奇跡に私が驚いていると。お師匠様は、優しい表情で私を見る。


「もし、私たちが葡萄酒を安く売れば、一生懸命に葡萄酒を作っている職人たちはどう思いますか? 葡萄を作っている農民たちは? 酒屋の商人たちは?」


「あッ……」


 お師匠様の言葉で私は気づいた。


「もし、私たちがこのパンを安く売れば、普通にパンを作って売っている人たちはどう思うでしょうか?」


 お師匠様は、さっき石だったパンを私に見せて言った。私は、なんて愚かなことを考えてしまったのだろう。お師匠様は、優しい声で話を続けた。


「私たちの理想は、神の教えを全ての人に伝えることです。神の前に、全ての人は平等であり。そこには、身分や貧富の差も無い。男女の区別すらありません」


 お師匠様は、ゆっくりと私の側まで歩いて来た。


「私のこの力は、神から与えられた大切な力。しかし、この力だけで全ての人を救うことはできません。私がこの力を使うのは、目の前の困っている人々を救う時だけ…… そう決めているのです」


「も、申し訳ありません! 出過ぎたことを言いました!」


 私は深く頭を下げてお詫びした。お師匠様の思いを踏みにじるようなことを言ってしまった。


「いいのですよ。エリダ。私たちが生きるのにもお金が必要ですからね。そのために、エリダに苦労をかけていることは分かっています」


 お師匠様は、優しく私の肩に手を置いた。


「さあ、顔を上げてください。このパンは、エリダにあげましょう」


 そう言って、顔を上げた私にお師匠様は持っていたパンを手渡した。先ほど石からパンに変えてみせたものだ。温かい。


「ありがとうございます!」


 私は、そう言ってまた深く頭を下げた。


 お師匠様は、ただの水を葡萄酒に変え、石ころをパンに変えてみせた。この力は『奇跡』と呼ぶには安すぎる。そう、これは『愛』だ。お師匠様の『愛』、神の『愛』の為せるわざに違いない。


 手の上のパンの温もりを、私はそのように感じていた。



『銅貨』

フォークライト大陸で広く流通している硬貨。

「金貨」「銀貨」「銅貨」の3種類の貨幣がある。

金貨1枚は銀貨100枚分の価値があり、銀貨1枚は銅貨100枚分の価値がある。

また、日本円に換算すると銅貨1枚は約1,000円程度と思われる。

まあ、現代日本とは物価が全然異なるので、あくまで参考程度の話だが。

ちなみに、読者の皆様からいただいたブクマや評価には金貨100枚。

いや、1,000枚以上の価値があると私は思っています!

これからも頑張って書くのでよろしくお願いします!

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