出会い、そして物語が始まる。
ぼちぼちやっていければと思っています。
人は失って初めて大切な「誰か」の存在に気づく。とよく言うが、それは誤りであると俺は思う。
どんなに大切に思っていても失ってしまえばそこにあるのはただの虚無感だ。
だから俺はもう決して会うことの出来ない彼女が、人生で一番大切だったなんて絶対に言ってやらない。
◇◇◇◇
「あっづぃぃぃぃぃぃいいい」
今にも死に絶えそうな声で不満を零すのは『木嶋 亮介』。
俺こと、『沢渡 健太』の数少ない友人の一人である。
「うるさい。余計に暑く感じるだろ」
「そうは言ってもよぉ。あっついもんはあっついじゃんかよぉ」
季節は夏。8月の序盤を迎えている現在の気温は32度。
都心の方はもっと暑いらしいが今俺たちのいる横浜もそう離れているわけではなく、太陽に熱せられたアスファルトからはひしひしと熱気が伝わってくる。
「でもよぉ。マイマイも鬼だよなぁ。
なんでこんなクソ暑い時期に夢の長期休暇を消費してまで学校行って勉強なんてしなきゃならんのよ」
「それはお前が休み前の期末で赤点を4教科も出しやがったからだ。わざわざ俺が付き添ってやってんだから文句言うな」
「まぁな。……ど〜せならもっと可愛い娘が良かった。」
「帰る」
「あああ、待て待て、悪かったって!健太最高!神!」
「………」
友人がアホすぎて言葉が出ない。
もうお分かりだろうが、花の高校2年生である俺がなんで夏休みを消費して野郎と一緒にいるかと言えばこのバカがテストでクソみたいな点数を叩き出したために担任であり、数学を担当しているマイマイこと『小坪 麻衣』先生からのラブコールを受けたからである。
ちなみに俺の結果は学年298人中188位と可もなく不可もなくな結果だった。
俺たちの通う高校は、JR大船駅から徒歩20分程度の位置にある、『私立上ヶ崎高校』という所だ。
俺達は小学校からの腐れ縁で、お互い駅から10分圏内のマンションに住んでいる。
そのため、小中高とコイツとはほぼ常に一緒にいると言ってもいいだろう。
なぜ同じ高校なのかと言えば亮介の親御さんに頼むから高校でもうちの子の面倒を見てくれと中3の時に頼み込まれて俺が受験勉強を手伝ったからである。
中学時代の亮介はスポーツはできるのだが勉強はからっきしだった。成績は常に首の皮一枚という所で俺が何とか繋ぎ止めていた。
「-----い、おーーい、健太ー」
「んぉ?何だ?」
「いや、急に黙り込むから…」
「あー、悪い心配させ---」
「おっきい方かと思って!!!」
「…………」
俺は無言で歩く速度を早めた。
「あれ?なんで早い?ちょ、置いてくなって!!」
「……」
焦る亮介を無視して俺は無言で学校まで歩き続けた。
◇◇◇◇
学校に着き、一言「じゃ、俺いつもんとこにいるから終わったら声掛けに来て」と言い亮介と別れた後、俺は真っ直ぐにお気に入りの場所へと向かった。
ガララララ。
扉を開けるとそこは楽園でした。
程よくクーラーの効いている、夏にはもってこいの場所。そう、図書室である。
しかも夏休みということもあり、いるのは俺と司書さんだけ。
静かで、漂う古書の匂いが気分を落ち着かせてくれる、俺にとって最高の場所だ。
俺は司書さんに軽く会釈をしてから何冊か資料となる文献を手に取り定位置である最奥の窓側の席へと腰を下ろした。
なぜ俺が亮介と違って補習もないのにわざわざ学校まで足を運んだかと言えば、もちろん亮介の付き添いということもあったが一番は夏季休暇課題として出ていたレポートの資料集めだ。
選択科目で取っていた心理学で、テーマは「人の心」というテーマなのだが、いかんせん俺には恋人もいなければ友人も少ないため人に聞くということができず、こうして資料に頼るしかないのだ。
1時間ほど経過して、ある程度完成が見えてきた。
俺は別に優等生という訳でもないので数冊の文献をパラパラと軽く読みつつ、それっぽい事を書いて提出すればいいだろうと思っていた。
とにかく提出することに重きを置いて作業を進めていたのでまだ半分ほどだが誰が見ても薄いと思える内容に仕上がったいた。
そもそも心理学を取ったのだって定期試験がないという理由なので、特に思い入れは無い。
無いのだがこの時の俺はこれじゃダメだという思いに駆られた。
重ねて言うが俺は別に心理学の道に進みたい訳では無い。
だが、初めて感じるこの感覚に俺は焦りを覚えた。覚えてしまったのだ。
この時にこの感覚を気のせいと割り切れていたのなら俺の高校生活はもっと平凡になっていただろう。
この時にこの感覚を気のせいと割り切れていたのなら
俺は彼女と出会うことも、あの頼み事を引き受ける事もなかったのだから------
初めての感覚に戸惑いつつももっと違う内容にするためにはどうすればいいか考えた俺は、もっと違う方面から見れば少しはマシになるのでは?と考え心理学の棚とは別の図書室の奥にある物語の棚に向かった。
物語はフィクションとはいえ人の手によって書かれているのだから登場人物の心の移り変わりが少しは資料になるのではないかという実に適当な考えなのだが、俺は他にいい方法など思いつかないのは分かっていたので素直に物語の棚へと向かう。
普段昼寝か勉強のためにしか図書室に来ない俺はこっちの方に来るのは初めてだったりする。
目的の棚が見えてきたところで俺は足を止めた。
人がいたのだ。その人物は、たった一つ、ぽつんと置かれている椅子に腰掛けて本に目を落としていた。このクソ暑い夏休みにわざわざ制服に着替えてまでここに来る物好きが自分以外にいた事に驚いて俺は足を止めた。
その時に急に足を止めたためか、上履きと床の擦れるキュッという音を鳴らしてしまった。
その人物は音に気づいて視線をあげる。
咄嗟のことで声をかけることも、平然を装って本棚に向かうこともできずに立ちすくんでいる間に俺は彼女と目を合わせてしまった。
その目はこの世の全てが見えているかのように透き通っていて、俺は柄にもなく見とれてしまった。
「…?」
「ん、いや、あの」
俺がじっと見つめてしまったことを不快に感じたのか、不思議に感じたのかは分からないがコテンと少し首を傾げていた。
それに対して俺はあろうことか言葉に詰まるという完全にド陰キャムーブをかましていた。
「何か、用?」
「あぁ、少しそこの本棚にね」
「そう」
正直向こうから疑問を投げかけてくれてほっとしていた。
俺はできるだけ自然にということを意識して受け答えをすると、彼女は短く返事をしてまた黙り込んでしまった。
俺は素朴な疑問を感じていた。
彼女が読んでいる本はただの物語で、少し前に話題になったものである。
読書に無頓着な俺でも知っているのだから相当人気が出たのだろう。
そんな本を彼女は今読んでいた。
今は夏休みで、こう言うのはアレだと思うのだが、そのようなありきたりな物語の本を読むのならここよりも、快適に、かつより多くの本がある図書館に行くのが普通だろう。
図書館はここからそう離れているわけでは無いので距離的な問題は無いはずだ。
そんな事を考え、一歩も動かずにいる俺に不信感を募らせたのか、彼女が再度声を発する。
「本」
「ん?」
「本、取りに来たんじゃないの?」
「ん、あー、まぁ、な」
彼女は怪訝な顔をして俺に聞いてきた。
そして、俺の歯切れの悪い返事により一層怪しんでいる顔になっている。
それはもう不審者を見る目と変わりないようなものだったので、俺は慌てて弁明という名の言い訳をした。
「なんで夏休みなんかにこんなとこで本を読んでるののか気になった」
そう素直に答えた俺に彼女は一瞬惚けたような表情をしたが、直後には声を上げて笑っていた。
「っ、あっはははは!」
「なんで笑う」
俺が真顔で問うと彼女はようやく落ち着いてきたようで少し息を切らしながらも答えた。
「い、いや、だってこんなに焦らしておいて言うのがそれ?!もっとなんかこう…深刻な話かと思ったよ!」
「はぁ?」
「うん。そうだよ、だから笑っちゃった私、悪くない」
彼女は一人で納得したようにうんうんと頷いている。
俺は訳が分からずに呆然とすることしか出来なかった。
「あんたなぁ…」
正直な話、最初は綺麗でお淑かという架空の人格を作り上げていた俺としてはもうコレはギャップ萌えを通り過ぎてただの二重人格だったのだが、思わずそれを口に出しそうになり慌てて口を閉じる。
「で?夏休みにこんなとこでなんで本なんて呼んでんの」
「んー、そーだねぇ」
俺が聞くと彼女は少し考えるような素振りを見せてからヘタクソなウィンクをしながら
「ナイショっ♡」
などと答えるので俺は思わず小さく吹き出してしまった。
「ちょっと、なんで笑うのよ」
「ウィンク?ヘッタクソだなお前!」
「なっ!」
俺が頬をヒクつかせながらそう言ってやると、彼女は心底心外だとばかりに顔を顰めた。
「だったら---っ…」
それから何か言いたげ俺を睨みながら何かを言おうとしては口を閉じてと、何か悔しそうな、苦しそうな、そんな表情を浮かべるので俺は自分から彼女に問いかけた。
「だったら、何だ?俺と片目だけ上手く閉じる練習でもしてみるか?」
「しないわよ!そんな事!」
「じゃー俺は何をさせられるので?」
「そ、それは…」
「えっ…そんなに言い淀む事したいんすか…」
「はっ?!バカじゃないの?!」
「じゃーなんだよー」
「ああ、もう!良いわよ言ってやるわ!」
「お、おう」
語調を荒らげて高らかに宣言する彼女に俺は若干引き気味で答える。
そして、彼女が俺に告げたのは
「あんた今からあたしの世話係になりなさい!!!」
という実に訳の分からないものだった。
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読書少女の訳の分からないご命令から数分後、とりあえず落ち着いて話そうという事で合意した俺たちは俺が使っていた図書室の机で向かい合っていた。
両者ともに言葉は無く、ただただ気まずい空気だけが漂っていた。
だが、そんなこの状況を打開してくれる存在がすぐに現れた。
唐突にガララララと図書室のドアが開く音がした。
着る崩したスーツに染め上げられた金髪の彼女はこの学校で教師をしている『加賀 涼子』。
先生はきょろきょろと中を見回した後、俺を見つけて怪しげな笑みを浮かべた後、向かいに座る奴に気づき驚いた様子を見せた。
「霞?!なんでこんな所に?!しかもこんなバカガキと一緒に!」
「え?なんで俺急にエグイけなされ方されたの?バカなのは亮介なのに」
「黙ってなバカコンビの片割れ、あたしからすりゃどっちもどっちさ」
「なになに、涼子おばさんとあんた知り合いなの?」
「私はまだお姉さんだよ!」
「普通に教師と生徒の関係だ。てかお前霞とかいう名前だったのか」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。あたしは『間山 霞』ここの2年よ。あんたは?」
「俺は沢渡 健太。2年だ。お前と加賀先生は?」
「叔母と姪よ。あたしのお母さんが涼子さんの姉」
「あぁ、そういう」
「で、よ。なんで霞と健太が一緒にいるのよ?」
俺たちが自己紹介すら済ませていなかったせいで脱線しかけていた話を加賀先生が元に戻す。
「いや、さっき知り合ったばっかなんすけど、私の世話をしろ!なんて言われたもんで」
「ちょっ、沢渡!」
「健太でいいよ。俺も霞って呼ぶから」
ためらいを見せる霞の返事を聞く前に横やりが入った。
「あ?待て、霞がそういったのか?」
「何がです?」
「だから、霞が自分で世話をしろと言ったのか?」
「そうですけど」
さっきよりも驚きの表情を露わにしている加賀先生を不思議に思い俺が霞へと視線を戻すと、彼女は頬を赤らめて居心地の悪そうな表情を浮かべて黙ってしまったので、またも場が沈黙に包まれる。
しかし、今度はそう長く続かなかった。
何かを考えているのだろう、俺たちに聞こえないぐらいの小声で一言二言呟くと、「よし!」と言って顔をあげた。
「霞は今日は帰って姉貴に色々と話しなさい。バカは話があるから今から生徒指導室な」
「え、ええ?」
「はぁ?!」
「分かったな???」
「「はい。」」
身長は俺とさほど変わらないが、謎の威圧感に負けて俺も霞もとっさにうなずいてしまった。
その返事に満足したのか、表情を緩めて霞に一言「またな!」と言って俺の襟をつかんだ。
ずるずると引きずられていく俺を、霞は少し悲しそうな表情で見ていたのがすごく気になった。
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図書室を出たところで加賀先生が俺の襟を離す。
そしてそのまま真っ直ぐにツカツカと歩いているのを俺は慌てて追った。
いつになく真剣な先生の顔に俺が何が何だか分からずに戸惑っていると、すぐに目的の生徒指導室に着いた。
「ん」
先生が扉を開けて俺に入るように促してきて、俺が入るとあとから先生も入ってきて「カチャリ」と鍵を閉めた。
「な、なぜ鍵を?」
「今からする話は万が一でも誰にも聞かれたくないんだ」
「はぁ、分かりました」
「すまんな」
「いえ、それで話とは?」
「まぁとりあえず座れよ」
先生がそう言うので俺は近くにあったパイプ椅子を開いてそこに座った。
先生はこちらが座ったのを確認して話を始める。
「まずあの子から何を言われたのか教えてくれ」
「いえ、ただ世話係になれと。もしかして先生のお姉さんて金持ちで家にメイドがいるとかそんなんだったりしますか?」
「いや、よくある一般家庭だよ」
「じゃあなんで世話係なんて…」
「そう。ここからが大事な話なんだが…」
そう言って先生は俺に頭を下げた。
「ちょ!ちょっと、急にどうしたんですか」
「頼みがある」
「…とりあえず頭を上げてください」
俺がそう言うと先生はゆっくりと頭を上げて俺の目を真っ直ぐ見る。
「それで、頼みってなんですか?」
「ああ、あの子のお願いを聞いてやって欲しい」
「と言うと、世話係って奴ですか」
「ああ、事情は私の口からは話せないが、あの子がお前を選んだのと私からも頼もうと思っていたからだ」
「先生からも?」
思いがけない言葉につい聞き返してしまった。
しかし、いつに無く真剣な先生の目には後がないとうような焦りも感じさせられた。
「頼む。お前しかいないんだ」
「そんな事言われましても…人付き合いなら俺より亮介の方が適任なのでは?」
「そういうことじゃないんだよ間山。少しの間だけでいいんだ。霞の相手をしてやってくれないか」
「…夏休みの間だけでいいなら」
「本当か?!」
「その代わり現国の課題免除して下さい」
「むっ」
俺の返事を聞いて喜びを表した先生だったが、続いた俺の要求に言葉を詰まらせてしまう。
とはいえ、課題という壁があり、かつ先生の頼みという形で夏休みを消費するのだからここは譲れない。
というか譲ってもらわないと時間なんて割けないのだ。
「俺の現国の担当なんだから難しくは無いでしょう」
「んー、分かった。その代わり夏休みの間、霞の事を頼んだぞ」
「はぁ。分かりましたよ」
こうして俺の高校2年の夏休みは不思議な形で過ぎていくことになるのだった。
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「どーすっかなぁ」
あの後図書室で置いて行かれたと不貞腐れていた亮介を拾って、家に帰ってからもこれからの事を考えて部屋でゴロゴロしていた。
「お兄ちゃんごはーん」
「あいよー」
結局何も考えなんてまとまらず、妹である『間山 暁』に呼ばれる。
俺が重い腰を上げてリビングへ行くと、母と妹が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「何?」
俺が席に着きながらそう聞くと、2人は顔を見合わせて「だって」と暁が答えた。
「だってお兄ちゃんバカなのに悩み事あります!みたいな顔してるんだもん」
「は?」
「だから病気でもかかったのかと思って」
「あのなぁ.....」
俺があまりにもな言いように物申そうとしたところで笑い声がリビングに響いた。
「がはははは!母さん、暁、確かにけんは病気だがそれは恋の病ってやつよ!!そっとしてやんな!」
「「えぇ!」」
言い切ったこの人は俺の父『間山 悟』。ちなみに母の名前は『間山 瑠美』だ。
父の言葉を真に受けたのか、母さんと暁がぎょっとした目でこちらを見た。
「健太、その子の名前は?!いつ家にお呼びするの?!」
「落ち着いてくれ母さん」
「落ち着いてなんていられないわ!あの女っ気の全くなかった健一よ?!孫は暁に期待するしかないと思ってたもの!」
思ったよりも息子にやさしくない母さんだった。
その母さんの言葉に反応したのは暁だ。
「ちょっとお母さん!私が男好きみたいな言い方はやめてよ!」
「ああ、ごめんなさいね」
「適当すぎ!!」
「まあ妹がビッチ予備軍かはともかく...」
「お兄ちゃん????」
「ごめんなさい。」
俺が場を和ませようと一世一代のジョークを言ったのだが妹に射殺さんばかりの視線で睨まれたので素直に謝る。
暁は空手で黒帯を持っているので怒らせると怖いのだ。
「とにかく、俺と霞はそんなんじゃないって」
「霞ちゃんね!お母さん覚えました!」
「あ」
「息子よ、墓穴を掘ったな。こうなった母さんはしつこいぞ.....」
俺が余計なことを言い父さんが遠い目をしている。
暁は無言で箸を進め母さんは何かメモを取っていた。
収拾がつかなくなった我が家の食卓を見て俺は諦めて食器を下げ部屋に戻った。
部屋に戻ってからもしばらく世話係について考えていたのだが、結局俺が何をすればいいのかは本人に聞かないとわかんねーなという事で早めに眠りについた。
何話までやるかは未定ですが温かく見守っていただければ幸いです。
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