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世の中白馬の王子様なんてそうそう現れやしない

 


「ということがあったわけだけども」

「ふーん」


 僕の話を聞いた幸福はみかんを丸ごと口の中にひょいと放り込んだ。


 崎森のいじめ事情について聞いた反応がこれである。


「お前もカテゴリー的にはいじめられていたみたいなもんだろう?」


 ベクトルのの向きや大きさがいろいろ違う気もするが、大枠的には同じようなもんだろう。


「まあ似たようなもんかな?」

「何が悪いんだと思う」

「んー。なにが悪いとか、きっと理由なんてどうでも良いんだよ。やり場のないストレスのはけ口が欲しいってだけで。あとは自分たちの絆を高め合うコミュニケーションツールとでも思ってるのかもね。ほら、パーティーゲームでも敵を倒すには協力するでしょ。やってる方からしたら、そんなもんなんじゃない?」


 興味なさげだったわりにはしっかりとした回答が返ってきた。


「ありていに言うなら、運がわるかったんじゃないのかな?」

「それは……どうしようもないな」

「そう。どうしようもないんだよ。確かにきっかけはあったかもしれないよ?でもそのきっかけになった、ここが気に入らないって言われたことろをがんばって直したとするでしょ?でも結局別のあらを探されて、なんにも変わらなんだよ。そのがんばってるってこと自体も気に入らなかったんだろうね、あの人たちにとってはさ」


 「あの人たち」という単語が出てきて、僕はようやく彼女が崎森の件について語っているのではないことに気づいた。さっきから幸福は崎森の件についてではなく、自分自身のことについてを話していたのだろう。どうりで、話に説得力があるはずだ。


 ときたま、幸福の瞳の色が夜みたいに深く、暗くなって吸い込まれてしまいそうだと感じる時がある。それはまるでなにかの宝石みたいにきれいだけど、僕はその目があまり好きではなかった。   


 なぜならその目をしている時の幸福は、決まって彼女の両親のことか、誘拐されていた時のことを思い出しているときだから。


 

「でもそうだなあ。私の場合は、私が生まれてきたのが悪かったのかもね」


 そう言って幸福は笑った。……こいつはこういうことを泣くわけでも哀しげにするわけでもなく、笑いながら言うから反応に困る。


「僕はお前が居てくれて助かってるけどな」


 僕がそう言うと彼女はこてんと首を傾げた


「なにそれ。もしかして励ましてるの?」

「一応そんな感じ」

「励ますの下手クソだねぇー」


 彼女はケラケラと僕を嘲笑った。


「悪いか」

「悪くはないよ。全然、悪くない。ありがとね」


 そこにはさっきまでとは違う、少し大人びたようなやわらかい微笑みが浮かんでいて、なんだか顔がかゆくなった。


「まぁさ、君が白馬の王子様になってあげればいいんじゃないの?」


 幸福は、いつもよりも優しさを感じさせる声音でそんなことを言ってきた。あの、とげとげで、けだるげそうな受け答えばかりする幸福がである。


 自分と似たような、いじめという悪意を向けられた崎森に思うところがあるのかもしれない。


「まあ、顔は仮面かなにかで隠せばいいわけだし」

「暗に僕の顔が醜いと言うのはやめろ。両親に謝れ」

「別にそこまでは言ってないよ。王子様を張るにはただちょっとなんかアレだなーって思っただけで」


 僕の顔はちょっとなんかアレらしい。


「……まぁ、前向きに善処してみるよ」


 


 「白馬の王子様」というその突拍子のない存在は、幸福自身がかつて両親の元にいた時、誘拐されていた時に夢見た願望だったのだろうか。そう考えたらなぜだか針が刺さったように胸がずきずきと痛くなった。僕は彼女の白馬の王子様になれるのだろうか。


 少なくとも、顔を隠す必要があるらしい。



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