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【第6話】シリアス展開いったん終了

「だからさ、そこで一瞬色っぽい目線出せよ。48点」


「……セリ、やりましたけど……流し目……」


 兄弟子のスズシロにダメ出しをされ、無駄だとはわかっていたがセリは一応の弁解を試みた。


「今のはただ目を細めただけだろ、いい女は眼で惑わせてみろ。

『やっべー、絶対こいつ俺に気があるわー、こりゃーこの後お楽しみが盛りだくさんだー』ってな妄想をがんがん膨らませて、ついでに下の方も膨らませといて、頭の中がお花畑になってる間にサクッと昇天だ。

 お前のは隙も色気もない、なさすぎる。それじゃ男は落とせないし、()れない」


「一応セリ、団長の真似、してるつもりなんですけど……」


「お前の目は穴かよ、指つっこむぞ。あれ見ててどうして、仕上がりがこの程度かよ」

 スズシロは大きく嘆息する。


「セリよくわかんないです、色気とか。

 団長の踊り見ると頭がぽわーってなるけど、自分がどうやったら相手をぽわーってできるのかって、やっぱりよくわかんないです」


「そのぽわーって表現がもう色気がない。3点」


「セリはまだ男を知らないからねえ。これから化ける楽しみがあるってもんじゃあないか」

 羽のたくさんついた豪華な扇子を広げて口元を隠しながら、ナナクサがセリの背後からそっと近づいた。


 セリの顔が一気に輝いた。

「団長!」


「まあ、セリに色気がないってことは、組んでいるアンタに(オス)としての魅力が足りてないんじゃないのかい? スズシロ。アンタがセリを惚れさせてれば嫌でも色気が出るってもんなのにねえ」


「セリは兄さまよりも団長の方がすきです!」


「あら、嬉しいじゃあないか、セリあんた百合の方が向いてるのかもねえ」


 ナナクサが扇子を閉じて、セリの頬を両手で包み込む。

 至近距離でナナクサの顔を見るだけで、セリは頭が沸騰して、めまいを起こしそうになった。


「何が百合かよ、よく言うぜ」


「なにさスズシロ、混ざりたいんだろう?」


「その話し方やめろ」


「兄さまダメです、団長にそんな言い方」

 セリがスズシロをたしなめようと顔を向けると、ナナクサがゆっくりと地面に崩れ落ちる。


「え?」

 下に広がっていく、真っ赤な色のついた液体。


「兄さま! 大変! 団長が!」


「何言ってんだセリ、よく見てみろよ」


 バッサリと、胸がはだけ、血をこぼしながらスズシロが(わら)う。


「やったのは、お前だろ?」


 スズシロが指を差した方向に、恐る恐る目を向ける。

 真っ赤に染まった団長の曲刀が自分の手に握られている。


「――なんでっ!?」


 前のめりに倒れながら、スズシロがセリに覆いかぶさる。

 スズシロの首後ろからボコボコと瘤が盛り上がり始める。


 セリはその光景を知っている。

 スタフィロームに寄生されたスズシロの手が、セリの体に食い込んでいく。


「殺しちまえ食ってしまえ全部自分のものにしちまえよ」


「やめて兄さま! 離して!」


「ほら、欲しいものが全部手に入る。全部お前のものだ」


「兄さま! お願い! いや……っ、やめて!」


「ほら、あれも。お前の餌にちょうどいい」


 セリの顔をスズシロが乱暴につかむと無理やりに()じ曲げる。

 その先に小さな兄妹が、手をつないでセリの方を心配そうに見ていた。


 ロフェ! レキサ! 

 ダメ! 逃げて! 



「――っ!!!!」


 目を開けると、オレンジ色の西日に照らされた天井があった。

 すぐ傍にいた男が顔を近づけてきたので、慌てて起き上がろうとした。


「急に動くな、傷に触るぞ」


 男が手を伸ばしてきたのを反射的に振り払い、突き飛ばして逃げようとした。


 しかし、男にいとも簡単にその手をとられ、腕を(ひね)られたあげくにベッドに押し倒された。


 そのまま男は馬乗りで覆い被さるような姿勢になり、セリの首に太い腕をあてがうと、ゆっくりと、正確に頚部を圧迫していく。


 ここでセリはようやく冷静になり、男の正体を認識したが間に合わなかった。


 セリを見下ろす男は、無表情のまま宣告する。


「どうするセリ? まだ暴れる気なら、このままいったん絞め落とすぞ、いいか? 5、4、3……」


 カウントダウンとともに徐々にかけられていく負荷。

 セリはボルターの腕を慌ててタップし、降参の意思を伝える。


「看病してたやつにいきなり襲いかかるんじゃねえよ、恩知らずなやつだな」


 ボルターは不愛想に文句を言いながら、セリのベッドの横にある椅子に改めて座り直した。

 セリの右肩にボルターが手を乗せると、痛んでいた部分が温かさで包まれ消失する。


 ――あの時みたいだ。


 森でブラジーキの毒針を受けた時も、ボルターが頭をなでた瞬間に痛みが消えていった。


「ねえそれ、なんなの? 今やってるやつ」

 目線でボルターの手を示しながら、セリは尋ねた。


「『手当て』だよ、て・あ・て。

 痛いの痛いの飛んでけってやつだ。

 エヌセッズの専売特許……とまでは言い過ぎか、十八番(おはこ)ってやつだ。

 俺のは特別よく効く……どれだけ効いてるのか自分の体で試してみるか?」


 そこで言葉を区切って、ボルターは手を離した。

 次第にじわじわと、すぐに内部まで刺すような痛みが沸き上がっていく。


「どうだ? 痛いだろ?」


 ボルターはというと、その様子を静かに冷たい視線で観察している。

 表情から冗談でやっているつもりではないようだが、一体何の嫌がらせか。

 セリはボルターを思わず睨んだ。


「~~~~!!!」


 痛みがピークに達し、顔をゆがめるセリに、冷徹な口調でボルターが続けた。


「見て分かると思うが、俺は今怒っている。理由はわかるな?」


 肩に指が食い込むほど強く押さえながら、セリは歯を食い縛る。

 そうしていなければ、痛みで泣き叫んでしまいそうだった。


 体が委縮し縮こまっていく。ベッドでのたうち回ってしまいそうな衝動を、なんとか理性で抑えつけている。

 脂汗が浮き出て、シーツに滴を落としていく。


 夜中にレキサとロフェを放って飛び出してしまった。

 もし二人に怖い思いをさせてしまったり、自分を追いかけて雨に濡れてしまって風邪をひかせてしまったんだとしたら責任をとるから――。


 痛みをこらえながら、途切れ途切れにセリは謝罪の言葉をボルターに伝えるが、ボルターから伝わってくる空気からは苛立ちが消える気配がない。


「ちげぇだろうが!!」


 ボルターに右肩をわしづかみにされ、セリはたまらず悲鳴をあげる。

 腕から背中までがちぎれてしまうような痛みが走り、息すらできなくなる。


「てめえの心配してんだよ俺は! 死ぬとこだったんだぞ!!

 いい加減にしろ! 何度危ない目に遭えば気が済むんだお前は!!」


 噛みつくような剣幕で怒鳴られ、一瞬セリは痛みを忘れた。

 痛みのせいでもうろうとなり始めた頭で、なんとか言葉を探す。


「……何言ってんの、もともと私は他人だし、いなくなったって、別に……」


 言い終わる前に、顏がはじけた。


 何が起こったのかわからず、セリは衝撃のあった頬に手を添えた。

 平手で打たれたのだと、時間をかけて理解する。


「おい! レキサ! ロフェ! 入ってこい!」


 怒鳴るような声に、部屋のドアが小さく軋みをあげて開くと、目を真っ赤にしたレキサとロフェが入ってきた。


「しぇりごめんなしゃい、しぇりいらないなんていってごめんなしゃい、ほんとうはしぇりがだいすきなの! ろふぇがいぢわるいったの! ろふぇがわるいこだったの! だからもういなくなりゃないで、だからもうケガはダメだよおおぉぉお!」


 大きな声で泣きながら駆け寄ってきたロフェとは対照的に、レキサは黙って静かに歯を食いしばって涙をこぼしていた。


 思わずセリは痛くない方の腕をあげ、ベッドの横で立ちすくんでいるレキサの腕をなでて、そのあとベッドにしがみついて泣いているロフェの髪をなでた。


「ごめん」

 謝りながら、セリは何がごめんなのかを考えた。


 自分がいなくなっても、誰も困らないと思っていた。

 二人がこんなに泣くなんて、思ってもみなかった。


 この二人に、自分と同じ気持ちを味わわせてしまったのだろうか。

 大切な人が、傷ついて、失ってしまうという絶望を。


 だとしたら、私は最低だ。


「ごめん。心配……かけてごめん。大怪我して帰ってきてごめん。あと、ごめん……泣かせちゃって」

 セリは兄妹に声をかけた。

 胸が熱くて苦しくて、うまく声が出なかった。


「ごめん、ボルター。ごめん……なさい」


 ボルターは分かればいい、と一言だけ言うと、扉に目をやった。

「あとはあいつに感謝するんだな、お前が生きてるのはあいつのお手柄だ」


 セリがもう一度扉の方へ目を向けると、硬い触手がドアを押し、ナックが姿を現した。

 が、しかし。


「――!? でかっ!?」


 ロフェの身長を超すどころか、レキサよりでかい。

 超巨大な白い毛玉へと変貌を遂げた怪物を目の前にしてセリは目を見開き、驚愕した。


「ちょっと待って! あれナックじゃないよね? でかすぎでしょ? え? なにまた拾ってきたの?」


「しぇり、あれはなっくだよ、おっきくなったんだよ」

「そうだよセリ姉、ナックだよ」


 兄妹はまったく疑っていないが、セリの方はどうしてこんなメタモルフォーゼが起きたのか不可解でしょうがない。

 あまりに衝撃的すぎて涙が引っ込む事案だ。


「ボルター! なんなの? 私が寝ている間にナックに何があったの?」


「心配すんなセリ。あれは紛れもないナックだ」

 決してセリと視線を合わせずに、しかし自信満々にボルターが断言する。


「ちょっとどうして目を合わせないの? なんか知ってんでしょ? ちゃんと私の方見てもう一回言って!」


「いいことを教えてやろうか」

 半ばかぶせ気味に、ボルターは説明を始めた。


 セリの枕元に手を置いて、見下ろすような体勢で顔を近づける。

 これだけの至近距離は必要ないよね、とセリに文句を言わせる隙を与えない。


「よし、そうだな。お前が寝ていた3日間にかかった経費を教えてやろう。

 スタフィロームをお前から剥離する作業に800y、剥がした後の傷口の応急処置に690y、その後の再発予防に使った薬代が450y、あとは3日間俺が手当てした代金が身内割引込みで2500yだ。

 ツケにしといてやる。しっかり返せよ」


 急に言われた数字たちに、しばらくセリの頭が追いつかない。


 私の一日の収入が、3食作って50yだから…。


「何その値段! ぼったくり! 特に最後の手当て代! 一番高いじゃない!」


「深夜手当、早朝手当、時間外手当で割増料金だ。今も痛いだろ、延長するか?」


「我慢するに決まってんでしょ!!」


 正直、叩かれた顔も腫れてきていたし、何より右肩から背中にかけては、もう切除した方がマシなんじゃないかというレベルで痛い。


 本当だったら今すぐに手当てを再開してもらいたかった。

 ただ、治るまでずっと手当てを受けてしまうと、一生ボルターに借金を返し続ける人生になってしまいそうだった。


 そっちの方が何倍も怖い。


 結局、手当ての延長は(かたく)なに拒否した結果、だったら一人で寝てろと言われ、みんな部屋を出ていった。


 痛みで意識を失い、今度は痛みで覚醒することを繰り返しているうちに、すっかり部屋が暗くなっていた。


 もうろうとした意識でベッドの横を見つめていると、クッションだと思ったものが巨大な白い毛玉の化け物に変身した。


 ……違う。ナックだった。


「ナック、なんか圧がすごいよ。どうしてそんなに大きくなったの? 成長期なの?」


 ちょうどベッドに横になったセリの顔の位置と、ナックの目線の高さが同じになる。

 暗がりでも、わずかな光を受けて、黒い瞳が自分を見ているのが分かる。


 ナックが角を伸ばしてセリの手を握ってくれた。

 成長したせいか、角の感触も以前より太く、頑丈になっている気がする。


 角が冷たくて気持ちいいのは、自分に熱があるせいかもしれない。

 痛みは日中よりも、幾分かマシになっているような気がする。

 熱感としびれがあって麻痺しているだけかもしれないが。


「ナック、もし……もし傷口にまだあいつが残ってて、私のことを乗っ取っちゃうようなことがありそうだったら、ナックはすぐに気づいてくれる?」


 大切な人を自分が殺してしまう夢。どうか、ただの夢であってほしい。


「もし気づいたらすぐ、私のことを殺してね」

 本当は、死ぬときは団長に殺してもらうのが夢だった。


 心も体も絡めとられて、吸い尽くされて、最期に魂もみんなあの人のものになる。

 頭の中をすべてあの人でいっぱいにして、死の直前――死の瞬間も、あの人とつながっている。


 最高に幸せな最期――。


 ナックの角が、セリの手を強く握る。


 ナックがセリの思考を読み取ることはできているようだったが、セリにはもう、森の中にいた時のようにナックと意思の疎通はできなかった。


「お話、できなくなっちゃったね。あそこに行けばお話できる? また、行きたいな、あの泉……」


 声がかすれた。軽く咳込むと、傷にひびいた。

 何を察したのか、ナックはスッとセリの傍を離れ、部屋を出ていく。


 もしかして水を持ってきてくれたりするのかな? 


 ぼんやりドアを眺めていると、ボルターがトレーに灯りと食器を載せて部屋に入ってきた。

 どうやらナックが呼んできたらしい。


「だいぶ汗かいたな。熱は……まだあるか」


 大きな手が額に当てられる。

 一瞬、痛みが引いてくれるのではと期待するが、手当てではなく、すぐに手は離れてしまう。


「少し何か食え、体起こすぞ」


 返事も待たずにボルターはセリの背中に手を入れ、上半身を起こさせた。

 セリは悲鳴をあげまいと、歯を食いしばって痛みをこらえる。


 水を飲もうと利き手を上げかけ、諦めて反対の手で水を飲んだ。

 相当喉が渇いていたらしく、グラスの水はあっという間に空になった。


「ほら」

 声とともに、口まで差し出されたスプーンを見て、セリは固まった。


「え? なに?」


「食わせてやるっつってんだよ。口開けろ」


 深皿に盛られたスープを持って、ボルターがさっさとしろとせっつく。食べさせてくれる気らしい。


「いいよ、やだよ。自分で食べるから置いといてよ」


「水も持てねえのに一人で食えるわけねえだろ。スープが嫌いか?」


「いや、スープは食べたいよ。食べさせ方に抵抗があるというか」


「なんだよ、これじゃなきゃどういう食べ方が……あ、お前」

 ボルターは参ったなと首を振りながら、なぜかとても嬉しそうな笑いを浮かべている。


「わかった口移しで食わせてほしいんだろ? 具入りでやろうなんて、お前、結構上級者か?」


「は? 何言ってるか意味わかんないんだけど」


「『待ってボルター、もう無理。これ以上入んないよぉ……!』

 セリは切なげに眉を寄せ、ボルターを見上げた。

『なんだよ。お前が欲しいって言ったんだろ? 遠慮すんなよ。欲しいんだろ?』

『ぅん……っ』

 ボルターは抵抗するセリの唇を塞ぐと、セリの中に熱い液を移していく。

 セリは苦し気にそれを飲み込んでいくと、ねだるようにボルターの口の中へ舌を絡ませる。

 ボルターもセリに答え、お互いの舌を深く絡ませあって……」


「ストップ! なんでいきなり朗読? あとその顔と声! 気持ち悪いからやめて」


「ん? 『おっさんが少女に口移しでスープを飲ませる状況を妄想したらこうなった』って話、興奮したか?」


「いきなり朗読始めるから、頭がおかしくなったのかと思って普通に心配した」


「いや、まったく正常だから心配すんな。で? どうする? 食うか? それとも続きを聞きたいか?」


 セリは当初あったはずの食欲が一気に減退したのを自覚していたが、食べるのが一番穏便(おんびん)に事が運ぶような気がしたので、あきらめて口を開けた。


 ボルターが呆れながらスプーンをセリの口に突っ込む。


「本っ当に素直じゃねえな、お前。で? うまいか?」

 セリは無言でうなずく。


 少し具の大きさがまばらで大きいものも混じっているけど、柔らかくなるまで煮てあるし、味は薄めだけど、数日食事を摂れていなかったセリにはちょうど良かった。


「レキサとロフェがお前に食わせるって言って作ったヤツだから、朝二人が起きたら礼言っとけよ」


 驚いてセリが顔をあげると、ボルターは珍しく目元を少し緩ませ、父親らしい表情をしながら説明してくれた。


「俺が皮むき、レキサが輪切り、ロフェが型抜きした。

 煮崩れて形がほとんど残ってねえけど、これ、よく見るとハートを抜き出した残骸な。

 ハートがなくなったっつってロフェがすげえ泣いてたわ」


「ボルターってロフェが泣いたときっていつもどうやってご機嫌とるの?」


 セリはいつもなだめるのにてんてこ舞いになるが、実の父親がどう対処しているのかは興味深かった。


「食えばみんなぐちゃぐちゃで形なんて残んねえんだよって言ってやった」


「……ひど」


「ひどくねえよ。だってあいつ、『あ! しょ~か! じゃあいいや~!』ってそのあと鍋の具がほとんど溶けてなくなる勢いで混ぜまくってたからな。

 今食ってるでかい具は俺が慌てて投入した増援部隊だ。

 だいたい食感がねえと食った気しねえし、俺は具がでかめの方が好みなんだ、覚えとけよ」


 覚えておくかはわかんないけど、と一応釘をさしながらも、セリはその賑やかな光景を想像して微笑んだ。


「いいね。仲がいい家族って。すごくうらやましい」


「なんでお前はいつもそこで自分と線を引くんだ? お前も家族だろ」


「私は、違うでしょ? 血がつながってないもん」


「血がつながってなくても、家族にはなれる」


「そうかな?」


「汝、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときもっていうだろ?」


「なあに? それおまじない?」


「家族になるときの誓いだよ」


 そういってボルターは目を細め、セリの腫れている方の頬に触れた。

 ボルターに触れられると、セリはつい条件反射で手当てを期待してしまう。


「よっぽど俺の手当てがお気に召したようだな?」

 言い当てられて、セリは顔に熱が集中するのを感じた。


「――っちが……!」

「俺に触られるの、嫌がらねえもんな? 気持ちいいんだろ? 素直に『気持ちいいことしてください』って言ってみろよ?」


 またセリをからかうときのキメ声を出しながら、耳元へささやこうとする。


「ちょっと、近い、近いってボルター! 私、お風呂も入ってないし汗臭いからあんまり近づかないで!」


「ん? そうか?」

 そういうとボルターはセリの胸元に顔を押し付けた。


「……にっ、においを嗅ぐんじゃない――っ!! ばか――っ!!」


 半泣きになりながらボルターの後頭部を殴るセリ。

 さすがに子供たちが起きると悪いので音量は低めで叫んでいる。


「なんだよ、別に俺からしたらお前もレキサやロフェとそんな変わんねえって。

 ムラムラしたりしねえから安心しろよ。なんなら着替えんの手伝ってやろうか?

 脱がしてやんぞ、ほれバンザーイ」


 セリはもう疲れ切って首を振った。

 もうヤダ。もうほっといて。もう寝る。ぶつぶつつぶやきながらベッドに横になる。


 ボルターの苦笑する声が聞こえた。

 肩にボルターの手の重さがかかる。


 ――ずるい。もっと早くして欲しかったのに。


 嘘みたいに体の重さや緊張が緩んでいく。呼吸もずっと楽になる。


「今更だけどよ、レキサが他のギルドのガキどもにからかわれた時、ガキどもに灸を据えてやったんだってな。だから()()は、その礼な。今夜分だけタダにしといてやる」


 いつもより優しい声をかけられたような気がしたが、セリはボルターの顔を見ることができなかった。


 痛みが引いた安堵で、そのままベッドに沈んでいくように、セリは深い眠りに引き込まれていった。


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