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【第22話】たまにしか働かないくせに高給取りな野郎がいたら、そいつは絶対嫌われる。

 リリーパス観光初日。


 前夜から引き続き、ご機嫌がななめなロフェと、それが気になってしまっているレキサがお互い楽しめるように、メトトレイ・レキサチームとセリ・ロフェチームで別行動になった。


 宿屋から出るタイミングで、メトトレイがセリに手のひら大のカードを手渡した。


「街の大概のお店ならこのカードを見せればなんでも買えるから、これが使えるところならぜひこれで買い物して頂戴。

 いいのよ、私の気持ち。私はこういうことしかできないのだから。

 遠慮なんて一切しないでガンガン使って頂戴ね。

 変に遠慮して使わなかったらあとでちゃんと分かるんですからね? ちゃんと使うのよ?」


 そう言ってメトトレイは、半ば強引にカードをセリに押しつけた。


 そのカードには、何の模様かは分からないが、二つ並んだ六角形と少し離れた六角形が、幾何学的な線でつながれており、その上に重なるようにメトトレイのサインが刻印されていた。


 ――どうしよう、買い物無双のできるアイテムを手に入れてしまった……!


 よく分からない緊張感に襲われながらも、セリはロフェと手をつないで街へ出た。


 ボルターが教えてくれたように、街の中は人が多い。

 これならスリが紛れていてもおかしくはない。

 セリは少しだけ人に酔いそうになりながらも、周辺への警戒は(おこた)らない。


 ロフェにも、絶対に繋いだ手を離さないようにと注意する。

 もちろんあの無双カードも厳重管理だ。


 昨日、街に到着したときに同じような印象を受けなかったのは、あの制服の若い男二人に守られていたからだとセリは気づいた。

 街の住人が意識的に距離をとって近づかないようにしていたのだろう。


 ディマーズというギルドが、この街でどういう立場なのか、セリは興味を持ち始めた。


***


「ロフェ、ボルターにお土産でも買おうか?」

 適当な土産物屋に入ると、ロフェは白いふわふわのぬいぐるみをじっと見つめていた。


「ナックと似てるね」

 セリが言うと、ロフェはそのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。


「私もナックとぎゅーって、したいな」

「しぇりも?」


 セリもナックの温もりが急に恋しくなった。


 流浪の身の上だったときは、過ぎた町や人のことなんて、すぐに忘却の彼方へ消えていった。

 離れた誰かが恋しいだなんて想い起こす感覚は、セリにとって初めてのものだった。


「買っちゃう? それ」

 セリの言葉にロフェはパッと顔を輝かせた。

 一応値段を確認して、もし無双カードが不発だった場合、セリの持ち金で購入可能か確認する。


「すみません、このぬいぐるみ、これで買えますか?」

 カードを店員に見せた時、一瞬顔色が変わったのをセリは見逃さなかった。


「あ、ええ。使えますよ。包みましょうか? そのままでいいですか? ええ、どうぞそのままお持ちください。

 のちほどメトトレイ様にご請求させていただきますので」


「……ありがとうございます」


 とりあえずセリはそれ以上は何も言わず、店を出た。


 店を出てから、店員の浮かべた表情、目線、笑い方を総合的に判断し、セリが思い当たった感情は以下の三つ。


 緊張。委縮。値踏み。


 セリはそのあと、ロフェの負担にならない程度に歩き回り、安価なものをちょこちょこと買い足ししながら、店員の反応を見て回った。


 反応は様々だが、緊張は共通して見られる現象のようだ。

 ディマーズというギルドは、少なくともエヌセッズのような気安いノリのギルドではないことだけはよく分かった。


「へえ、あんたたちメトトレイさんのお知り合いなのかい?」


 パンの屋台売りをしている夫婦が、割と好意的で話好きな反応を見せてくれたので、セリは話を聞くことにした。


 ロフェが選んだ、見るからに甘そうなパンを、手が汚れないようにと包み紙でくるみながら、ご主人が説明してくれた。


「ディマーズがどういうギルドかって?

 そりゃあ、この街の治安維持に尽力してくれてるすごい人たちだよ。

 ここは人も多い分、犯罪も多いし、悪人も紛れ込みやすくてね。

 こういっちゃなんだけど、けっこう物騒なんだ。

 でも、ディマーズの人たちはそういう悪者を片っ端から捕まえてやっつけてくれるのさ。

 メトトレイさんはそこのリーダーで、女帝なんてあだ名で呼ばれてて、すごくおっかない人だって陰で言われてるけど、人の命を預かる責任の重たい仕事だからね。

 厳しい人の方が自分たちも安心してこの街を任せられるってもんさ」


 ――女帝。

 そして、元夫であるボルターのあだ名は双翼の帝王。(昔の話らしいが)

 帝王と女帝の(元)夫婦。冗談みたいなカップルだったわけか。なんか、すごいな……。


 ご主人から手渡された、バターたっぷりのパンをロフェと半分こしていると、小さな男の子が走り寄ってセリにぶつかった。明らかにわざとらしかった。


 小さな手が触れる感覚にセリはすぐに気づき、持っていたパンをすぐに口にくわえると、空いた手で走り去ろうとする少年の首根っこをつかんだ。


「んだよ! なにするんだよ!!」


 セリは無言で少年の懐へ手を突っ込むと、盗まれたカードを取り出す。

「返せよ! それは俺んだよ!!」


 セリはカードを裏返し、記名された文字を少年に見せてから自分の懐にしまった。

 くわえていたパンを手に戻すと、小さく笑って少年に問いただした。


「私とこの子の名前が書いてあるの。あなたの名前は? セリ&ロフェって言うのかしら」


 少年は憎々し気に舌打ちし、目を背けた。


「そいつはこの辺をたむろしてる家なし子らだよ。

 悪さするならそれこそディマーズにつき出しちまいなよ! でないとこの先ろくなヤツにならないよ!」


 パン屋の奥さんが汚いものを見るように少年を見る。


 セリは思わず眉を寄せ、奥さんを睨みかけ、何とか踏みとどまった。

 奥さんから発せられた言葉も、視線も、不愉快で胸がざわついた。


「これは人から預かってる大事なものだからあげられないけど、これで何が買いたかったの?」


 セリが声をかけると、噛みつきそうな顔でパン屋の奥さんを睨んでいた少年が、セリに唾を飛ばしながら怒鳴った。


「んだよ! 食い物に決まってんだろ!! 仲間がみんな腹減らして待ってんだよ! ちっ、離せよ」


 セリは手を離さない。


「何が食べたいの?」


 セリの問いかけに、少年は何を訊かれたか理解できない様子でセリを睨んだ。


「その場しのぎだけど、今日はそういうことするのやめておきなよ。

 そこのパン屋さんのパンでいい? おばさん、今ここにあるパン、全部買う。お願いします」


「あ、ああ。そのカードにつけといていいんだね」

 物好きな、という目でセリを見ながら、パン屋の夫婦が屋台に並んでいるパンを袋に詰め始める。


 呆気にとられ、逃げることを忘れた少年からセリは手を離す。

 セリは自分の手に持っていたパンの半分を、すでに完食してしまったロフェに食べる? と尋ねて手渡した。


 奥さんからパンを詰めた大きな袋を二つ受け取ると、それを少年の前に持っていった。


 下手に優しい表情や声は出さない。

 こういう子に同情をかけたりは逆効果だとセリは知っていた。

 あえて淡々と接する。


「はい、これ。独り占めしないでちゃんと仲間と分けてね。

 できればこんなことしないで、どこかで優しくてちゃんとした大人を見つけて、仕事とかを教えてもらった方がいい。

 悪いことは言わない。あんたこういうの下手。向いてない。早く足を洗った方がいい」


「う、うるせー! おせっかい女!」


 少年はセリの手から袋をひったくると、走ってすぐに姿を消した。


「あのこ、おれえいわないのダメだよねえ! わるいこだねえ!」


 ロフェが顔をパンパンに膨らませて怒っている。

 パンパンなのは怒っているのが半分と、もう半分はパンを口いっぱい頬張っているからだ。

 セリはロフェの素直な感情に少しだけ癒された。


「ロフェ。実はね、私もあの子と同じだったかもしれないんだよ?」


 セリの言葉にロフェが驚いたような顔をする。


「お父さんお母さんがいない子は、生きるのがとっても大変なんだ。

 食べることも、寝る場所を探すことも。

 いい大人と、うまく巡り会えればいいのだけれど、そうじゃない子は悪いこともしなくちゃいけなくなることがあるの。

 あの子だって、好きで悪い子をしてるわけじゃない。誰も助けてくれないから、悪いことをするしかなくなっただけ……」


 最後の方は、パン屋の夫婦にも聞いてほしくて話していた。

 奥さんの方が気まずそうに屋台の片づけを始めた。


 キャラバンにいたころ、セリを嫌っている女の子がいた。


 キャラバンに拾われるまでは、親からひどい目に遭わされて、逃げだして、その先でもまた悪い大人にひどい目に遭わされて、大変な思いをしてきたらしい。

 

 必死で頼み込んでようやくキャラバンに拾ってもらえて、自分はようやく人間になれたとその子は言っていた。


 だから、何の苦労もしないでナナクサに気に入られたセリが許せない。


 ずいぶん勝手な言い分だが、セリも同じような目に遭えば同じ考えを持ったかもしれない。

 両親を失った直後にナナクサに出会えた自分は幸運だった。ただそれだけだ。


 たとえ、その拾われた先で暗殺術を教え込まれたとしても。

 兄弟子から毎日、死んだ方がマシかもと疑うようなしごきを受けても。


 いまのところセリは、ただの踊り子として、人の血を浴びずに済んでいたその女の子を恨むような気持ちは持っていない。


 きっとこれからもないだろう。名前も顔も思い出せないくらいなのだから。


 今も、どうして突然思い出したのか不思議なくらいだった。


***


 街を歩いてしばらくすると、セリはいくつかの気配に気がついた。


 どうやらあちこちでカードを使いまくったせいか、()()を釣り上げてしまったらしい。

 さっきの少年よりも、何倍もたちの悪そうな気配が、四方から自分たちをうかがっているような気がしてならない。


 カードを狙っているだけなのか、それともカードの持ち主に対して良くない感情を持っているのか、ディマーズというギルドそのものに不満を持っているのか。


 もちろん、その全部もありうる。


 だが使用すると狙われる可能性があるようなカードを、メトトレイが渡すだろうか。

 少し考えにくい。


 別の要因が関わっているのかもしれない。


 例えば、あのスリの子供が、自分のグループの親玉にリークしたとか……。


 そうなると、自分は余計なことをしてしまったかもしれない。

 ロフェもいるのに軽率すぎたと反省するが、やはりあの少年を放ってはおけなかったとも思う。


 安全面を考慮して、なるべく人通りの多い道を通りながら、宿屋まで帰ることにした。

 その途中、不自然に大通りの中央だけが(ひら)けていた。


 人々が避けるように開けた道の向こうから、いかにも雰囲気の悪い男が数人こちらに向かって歩いてきている。

 その真ん中にいる男が、ボロボロの大きな人形のようなものを抱え、引きずっていた。


 セリは目を凝らす。


 ボロボロにされ、引きずられているのは、セリがパンを買ってあげた少年だった。


 顔色を変え、思わず道の真ん中に立ち止まったセリに、男たちは笑いながら少年の顔を上げさせた。


「よう、もしかして、お前がしぶとくだんまりを決め込んで守ろうとしてた『優しいお姉ちゃん』はこの女か?」


「……う、あ……」


 少しだけ持ち上がった少年の顔は、ひどく腫れ上がって、原型を留めていない。

 青紫色に変色した顔のあちこちに、赤黒い血が固まっていた。


 セリは怒りで震える声を絞り出し、ロフェに声をかけた。


「ロフェ、ちょっと離れてて。私、ちょっとこいつら……ぶっ殺すから」


 しかし、ロフェの手を離したことを、セリはすぐに後悔した。

 頭に血が上り、冷静な判断を欠いた自分を呪った。


 人混みの中にも、仲間がいたのだ。


 ロフェを乱暴に捕まえると、群衆に紛れ込んでいた男は勝ち誇ったように下卑た笑みを浮かべた。


「人質が二人だ。どうする勇敢で優しいお姉ちゃん。黙って俺たちについてくるよな?」

 

 セリの返事を待たず、男たちはセリを取り囲んだ。

 無抵抗でつかまったセリを見て満足そうに笑うと、男は聴衆たちに向けて高らかに叫んだ。


「ディマーズのマスター、メトトレイとの交渉を要求する!!

 まずはディマーズで拘束している、俺たちの仲間を解放しろと伝えろ!

 だが用件はそれだけじゃねえ!!

 後で指定する場所に一人で来いと伝えろ!

 その他の要求はその時に伝えてやるとな!! 来ないなら人質の安全の保証はしない!!」


 何が面白いのか、下品な笑い声を上げながら騒ぐ男たちを、セリは歯を食いしばりながら睨んでいた。

 怒りと表現するにはあまりにも(くら)く不快な感情の渦が、セリの内側からあふれ出しそうになっていた。





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