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【第19話】さみしさを癒すオキシトシンは触れ合うことで分泌される。

 夕食を作り終え、食事の時間までセリは子供たちと遊んだ。


 ロフェを背中に乗せてお馬さんごっこをしていると、ボルターがギルドから帰ってきた。

 思わずセリの体がぎくりと強ばる。


 朝のやりとりでのショックは、まだ癒えていない。

 ボルターの方は、そんなセリの様子を知ってか知らずか全くいつも通りで、家族へ声をかけている。


「お、ロフェいいな! お馬さんごっこか?

 よし、じゃあ次は俺がセリに乗る番な!」


 何を言い出すかと思えば、子供の遊びに混ざる方向がおかしすぎる。


「……あんたが私に乗ったら潰れるでしょうが」


「ん? 別に俺はお前が上でもいいぜ? 下からめちゃくちゃに突き上げるけどな?」

 意味深な笑みを浮かべ、ボルターが自分の唇に妖しく舌を這わせる。


 いつもなら変態と(ののし)ってもいいのだが、正直今のセリは、ボルターと直接会話をするのがつらかった。


「……ロフェ、ボルターが暴れ馬やってくれるって。ロデオだよ。ロデオ」


「やったあ! 乗るぅ!」


「はい、このムチを持って。言うこと聞かなかったら思いっきり叩くんだよ?」

 以前にロフェが折り紙で作った、馬の調教用の鞭を手渡す。


「お前こんないたいけな子供になんてことを教えてんだよ!?

 ……女王様、初心者なんで優しくしてください」


 よく分からないがボルターは嬉しそうだ。

 いつもの変態なボルターで変わりはないように見える。


「レキサも一緒に乗ったら? ボルターなら二人で乗っても大丈夫でしょ」

 レキサにも同様に調教用の折り紙鞭を渡すと、ロフェとボルターに遠慮しているレキサの背中を押した。


 遠慮がちにおずおずと、でも嬉しそうにボルターの背中によじ登るレキサを見届け、セリはその場を離れ、食事を温め始めた。


 仲良く遊ぶ三人を少し離れた場所から眺めていると、改めて思い知らされる。

 自分は他人なのだと。


 ……これが、正しい距離感なんだよな。


 分かっていることなのに、なんとなく寂しい。


 でも、と思い直す。

 自分も肝心なことは何一つ、この家族には伝えていない。


 相手を受け入れていないのに、相手に自分を受け入れて欲しいなんて、そんなわがままが通るはずもない。

 だから、しょうがないのだ。


 セリの考えていることが伝わったのか、気遣わしげにナックがやってきて、セリの足にすり寄った。


 大丈夫だよ、ナック。私は平気だよ。


 そう心の中でナックに話しかけるが、死に別れて離ればなれになってしまうのと、傍にいるのに心が離れていると感じるのは全く別の寂しさがあることにセリは気づいた。


 完全にひとりぼっちになることより、誰かと一緒にいるのにひとりと感じる方がつらい。


 セリは目の前の鍋を見ることにだけ集中することにした。

 これ以上、余計なことは考えたくなかった。


****


 今夜も無事にレキサとロフェの寝かしつけが終了し、セリは寝落ちしかけた体をなんとか起こして子供部屋から出た。


 その先に、いつものようにボルターがいる。

 机に頬杖をつきながらセリが部屋から出てくるのを待っていたようだった。


「二人とも寝たよ。じゃ、おやすみ」

 無言で去るのも感じが悪いと思い、一応声をかけて自分の部屋に戻ろうとすると、案の定ボルターに呼び止められた。


 一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)した表情を読まれてしまったのか、「頼む」まで付け加えられてしまう。


 そこまで言われると無下にもできず、ボルターのいるテーブルへ近づくと、小さなケーキが皿に乗せられて待っていた。


 ご機嫌取りのアイテムだ。しかも前回よりもグレードが高い。


 セリは立ったまま、ケーキとボルターを交互に見やった。


「…………朝は、悪かった。完全にただの八つ当たりだった。

 お前が何か気にするようなことはなにもねえから。

 ……これ、良かったら食ってくれ。ホント、悪かった」


 神妙な面持ち頭を下げながら、セリの方へ皿を押しやる。


 セリの記憶では、ボルターがこんな風に頭を下げて詫びるのは初めてのことだった。


「いいよ、そんな……ちょっとビックリはしたけど。もう気にしてないから」

「いや、俺が悪かった。座って、ちょっと待ってろ」


 そういってセリの好きな飲み物も用意してくれる。

 至れり尽くせりだ。


「本当にもういいって」

「そうか? じゃあ朝のことはこれでチャラでいいか?」

 明らかにほっとした表情をしてボルターが笑った。


 その表情につられて、セリも笑う。

 笑いながら、セリは自分の単純さにあきれてしまう。


 あんなに落ち込んでいたのに、もうどうでもよくなってしまうなんて。

 すっかりボルターのペースに巻き込まれ、振り回されている。

 でもセリは、そのことが嫌ではないと感じていた。


「別にいいよ。家族のことでしょ? 部外者には知られたくないことだってあるもんね。

 それくらい私にだってわかるよ」


「部外者? なんだよ、お前がか?」

 なにを今更とボルターは笑うと、セリの方をまっすぐに見つめ、意地の悪い笑みを浮かべた。


「お前、自分は他人だから関係ないなんて言って逃げようたって、そうはいかねえよ?

 前にも言ったと思うが――お前が自分をどう思おうが勝手だが、俺はお前がここに来た日から家族だって思ってんだからな。

 家族である以上、お前にも協力してもらわねえとな。

 なんてったって今回の件はお前がいないと成立しねえんだ」


「え?」

「まあ、ちょっと待て。俺にもなんか飲ませろ。

 ……お前の機嫌が直るかどうか分かんなくて、すげー喉が乾いちまったぜ」


 ボルターは自分のグラスに例によってウィスキーを注ぐと、勝手にセリのグラスにぶつけて乾杯し、ほとんどイッキ飲みのように飲み干した。


「え、ちょっと大丈夫なの? そんな飲み方して」


「かーっ、沁みるわー! んだよ、別に外の店で飲み潰れるわけじゃねえんだし、(かて)えこと言うなよ」


「……で、なんなの? 私がいないと成立しないって」

 セリは、ボルターがもう一杯飲みきるのを見届けてから声をかけた。


「ん……、ちょっと子供たち連れて、旅行に行ってくれねえか?

 旅費の心配はいらねえ。何日かわからねえけど、数日泊まったら帰ってきてくれ」


「は? ボルターは行かないの?」


「俺は止めとく」

 ボルターは目も合わせず答えると、グラスをあおった。


「なに……それ。ねえ、まさかボルターまでたまには子供と離れて一人の自分に戻りたいとか言うんじゃないでしょうね?

 そんなの勝手だよ。子供って何? そんなに子供って邪魔な存在なの? 家族なのに! みんなが一緒にいれるってことは、すごく幸せなことなのに、なんでわざわざ離れようとするの? おかしいよ!

 ずっと一緒にいるのが普通だから、大切だってこと分かってないんじゃないの!?」


 ボルターは驚いた顔をしてしばらくセリを見つめていたが、困ったように笑った。


「そんなんじゃねえよ。俺だってあいつらと離れたくねえさ。

 ただ……今回はついていかねえ方が良さそうだって思って、それでお前に頼むんだ」


 静かに視線を下げて微笑するボルターの表情に、セリは一瞬で頭に上った血が下がっていくのを感じた。

「……どこに、行けっていうの?」


「ここから南西の方角にでっけえリリーパスって名前の街がある。

 そこにいる女が突然、自分の子供たちに会わせろってハガキを出してきやがったのさ。今まで音沙汰なしだったってのによ。

 あそこに行くには、さすがに遠いし日帰りは無理だ。ましてや子供だけで行くのもな」


 そこにいる女――、自分の奥さんだった人をそんな風に呼ぶのってどうなんだろう。

 疑問はあるが朝みたいな顔をされるのが嫌で、セリは黙っていた。


「俺がついてったんじゃ、気まずくて母親に甘えらんねえだろ?

 でも子供らだけで行かせるなんて、とてもできねえ。

 そこでお前の出番だ。付き添い、頼まれてくれねえか?」


 ボルターが真面目な口調と顏で、じっとセリの目を見た。


「……ボルターが一緒に行って奥さんと仲直り、家族みんなでまた暮らそうねっていう風にはならないの?」


「ならない」

 はっきりと断言して、ボルターはグラスを傾けた。飲み干してすぐ続けざまに酒を注ぐ。


「……あの女は仕事人間だからな。家族といる時間なんて数日が限界だろう。

 だから、何日か一緒の時間を作ってやって向こうが満足したら、また二人を連れて帰ってきてくれ。

 ……ダメか?」


 真剣な表情で告げられると、断れなかった。


「……ダメじゃないけど……」

「助かる。ありがとよ」


 穏やかな表情で笑みを浮かべるボルターを、セリは黙って見つめていた。

 ありがとうなんて、ちゃんとボルターにお礼を言われたことなんて、今までなかったような気がする。


 どう声をかけていいのか分からず、セリはとりあえずせっかく用意してもらったケーキに口をつけた。


 きっとおいしいのかもしれないけれど、味がよく分からなかった。

 しばらくはお互い黙ったまま、セリはケーキを食べ、ボルターは酒を飲み、静かな時間が流れていく。


「……なあ、やっぱり子供は母親がいなきゃダメなのか?」

 ボルターがふいに口を開いた。


「どんなに親父が一緒にいて、遊んで、世話しても、遠くにいて姿も見えない母親の方が勝っちまうもんなのか? じゃあ親父って必要ねえのか? 親父の必要性ってなんなんだ?」


 眉を寄せ、口を尖らせ、上目遣いでセリに質問攻めしてくるボルターの顔が、一瞬ぐずっている時のロフェの表情と重なり、セリは思わず不覚にもそれを見てかわいいと錯覚してしまった。


 いや、おっさんにかわいいとかないけど、なんだろう、このぶすくれた顔とか、仕草とかそっくり。

 うわー、やっぱり親子なんだなあ。うわー、うわー。


「なんだよ聞いてんのか? 俺は真面目に聞いてんだぞ?

 なあ、やっぱ親父じゃダメなのか?

 お前、父ちゃんと母ちゃん、どっちが好きとかあったか? やっぱ母ちゃんなのか? なあ、父ちゃんは何でダメなんだ?」


 妙に子供っぽい口調なのは、もしかしたら酔っているのかもしれない。

 すでにかなり飲んでいるからしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないが。


 セリは苦笑しながら答えた。


「……私は、お父さんもお母さんも、小さいころに死んじゃったから自分に親がいた記憶もないし、よくわかんないけど。

 どっちも自分の親なんだから、生きてるって分かれば、逢いたくなるのが普通なんじゃないかな?

 どっちが好きとか嫌いとか、勝ち負けとかじゃなくて。

 死んじゃってたら逢えないのはしょうがないけど、逢うことができるのならとりあえず逢いたいって思うのって、私は当然な気持ちだと思うけど?」


 ボルターは口を尖らせて小さく唸っている。

 今日のボルターは子供みたいだ。


「でもよ……、俺に隠れて……あいつに手紙とか出してたのってよ……」


 いじけた仕草で呟く言葉に、セリは優しく尋ねた。

「なあに? お母さんに手紙を出したらいけなかった?」


「……俺とじゃなくて、あいつと住みたいとか……書いてたのかも。

 …………もう俺のこと、嫌いとか……」


 これは最大級に珍しい弱気モードのボルターだ。

 机にだらしなく突っ伏してグチグチと呟いている。


 セリはどうしてか分からないが、さっきから口元が緩んでしょうがなかった。


 かわいいという表現は決して似合っているわけではないのだが、図体もでかいから決して子供に見えるわけではないのだが、さっきから胸がキュンキュンして仕方がない。


「イジケんぼ!」


 セリは腕を伸ばしてボルターのおでこを指ではじいた。

 ボルターはおでこを押さえながらセリを睨むが、今のボルターに睨まれてもセリはちっとも怖くなかった。


「レキサがどうしてボルターに内緒ねって言ってたのかよ~く分かった。

 そうやってボルターがイジイジするからだったんだね。

 さっすが親子。レキサ、よくわかってる」


 腕組をして大きく何度もうなづくセリを、ボルターが睨んでいる。

 酔いのせいか、その目元が少し赤くなっている。


「……んだよ。いじけてねえよ!」


「いーえ、とってもわかりやすくいじけていますー」


「じゃあ慰めてくれよ!」


 むすっとしながらボルターは立ち上がると、セリの真正面の椅子から、隣の椅子に場所を移った。

 乱暴にセリの手を取ると、自分の頭に乗せる。


「頑張っても報われない俺にちょっとは優しい言葉をかけてくれよ」

 

 なんだろう、頭をなでろということだろうか。


 口を尖らせているボルターを見ていると、いつものように「そんなことするわけないでしょ!」と一蹴するような気にならず、セリはせめてもの抵抗で棒読みで声かけしながら頭を撫でてやった。


「……よしよーし。頑張ってるよー、いいこですよー」


「もっと心を込めて言えよ。日頃の感謝と俺への溢れる愛をちゃんと言葉で表現してくれ」


「ハイハーイ。おつかれさまですよー、ありがとーですよー、だいすきですよー」


 とりあえず適当に返事をして頭をなでてやると、ボルターは満足したように腕を枕にしながら机に伏せる。


 うん、たぶんこの人、実は相当酔っているのかもしれない。


 セリはだんだん楽しくなってきた。

 口元が緩んでしょうがないので、バレないように唇に一生懸命に力をこめておく。


「……そういやぁ、お前が俺に自分の話したのって、初めてだな」


 唐突に言われ、セリはしばらく時間をかけてから、そういえば自分の両親の話をしたんだったと思い出した。


「お前は……親が生きてたらとか、親が欲しかったとか、思ったことねえの?」


 すこし気だるげな表情でボルターがセリを見る。

 酔っぱらっているからなのか、眠たいのか、それともどっちもなのかもしれない。

 セリは無意識に、またボルターの髪に手を伸ばし、なでていた。


「小さいときの記憶って、ほとんどないの。気がついたらもうキャラバンの一員だったから。

 キャラバンのみんなが……家族で、仲間で……。

 私のこと嫌っている子もいたから、誰とでも仲良くってわけではなかったけれど……それが当たり前で、それが普通だった。

 『親』って存在は、キャラバンにはなかったな。

 年上の人は、兄さまか姉さま……そんな感じ。

 親なんて存在はよく分からないっていうのが正直なところ。

 ボルターには偉そうに言っちゃったけど……」


「なあ、『そこ』と『ここ』、お前……どっちが好き?」

「え?」


 キャラバンのみんなと、ここの家族。

 どっちが好きか?

 そんなの……どっちなんだろう。


 片方はもう、ないものだから。

 戻ることは叶わない。


 でももし――、キャラバンの誰かが生きていて、私を迎えに来てくれたら――、私はここを出ていくんだろうか。


 例えば、団長や兄さまが実は生きていて、来いと命令されたら――、私はすぐにでもここを発つのだろうか。


 そんなこと、考えたことなかった。

 いつも私は全部を失って、そのあと誰かに拾われて、ただそこにいるだけだった。


 自分がいる場所を選ぶことなんて……してこなかった。


 ――ここか、キャラバンか。


 もし選択を迫られたら、私はどっちを選ぶんだろう。


 安らかな寝息が聞こえる。

 セリが視線を落とすとボルターがすっかり眠ってしまっていた。


「ボルター? 寝ちゃった? 風邪ひくよ」

 ゆすっても起きる気配はない。


「もうしょうがないなぁ」

 セリはボルターの寝室から掛け布団を運んでくると、ボルターの肩にかけた。


 なんとなく離れがたくて、しばらく寝顔を見つめる。

 よく見ると顔だけじゃなく、腕にも手にも、古傷がたくさん残っている。

 

 この人がどんなことをして、どうやって生きてきて、前の奥さんとどうやって知り合って、どんな風にお父さんになっていったのか、自分は知らない。


 知らないけれど、知らないということは別に、人と人とを阻む壁ではないのかもしれない。


 もう、さっきまで感じていた寂しさを、自分は感じていない。


 すっかりボルターの作戦通りに、ケーキ一つで機嫌を取られてしまっている自分に対して、単純だなあと呆れてしまう。


 もう一回だけ、ボルターの髪を撫でてみた。

 レキサやロフェのような細くて柔らかい髪ではなく、ちょっと硬めの、大人の男の人の髪を――。


「……いい子いい子、なんちゃって」

 ふふっと笑い、灯りを消すとセリは自分の部屋に戻った。



 それからしばらくして、真っ暗な部屋でぼやく声がした。

「……おやすみのキスくらいしてけっての」




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