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【第17話】失恋による喪失感はドーパミンの低下によるものである。

「やっぱり来ちまったか……。

 お前さんも()りねえなあ、こんな危なっかしい時狙ってくるとは、勇敢というか命知らずというか……」


 昨日会ったときと同じ場所で、セリはエチゾウと対峙した。


 今は逢いたくなかった。

 でも逢えて嬉しい。


 自分が来ることを分かって、ここで待っていてくれたのだろうか。


 こんな切羽詰まった状況なのに、余計な感情が(あふ)れだして、自分の中で激しくせめぎ合っている。

 セリは苦しくなる自分の胸を押さえた。


 この感情は一体なんなのだろう。

 今だかつて経験したことのない感覚にセリは困惑していた。


「エチゾウさま……っ」

 セリの哀願のような声に、エチゾウは穏やかに目を細めると、セリの足元へ目をやった。


「今日はずいぶんと頼もしそうな相棒を連れてるなあ、感心感心」

 セリもナックに視線を落とす。

 ナックはセリの足元にぴったりと寄り添い、セリを見上げていた。


「少し、話そうじゃないか」

 エチゾウは草むらにどっかりと腰をおろして、セリの返事を聞く前に話し出した。


「お前さん、依存ってわかるかい?

 一回だけ、もうこれっきりだと言いながら、一度味を知ってしまったらもう……その味を忘れられなくなっちまって、そこから足抜けできなくなる。

『やみつき』なんて言葉があるだろう? 『(やまい)』が『つく』と書く、そりゃあ厄介な病気さ。

 なかなか治そうたって、簡単に治せる病気じゃない」


 セリはエチゾウの心意が読めず、その場に立ったまま、黙ってエチゾウの言葉に耳を傾けた。


「最初は誰も、自分がそんな目に遭うとは思っちゃいない。

 今回だけ、もう一回だけ。これくらいならいいだろう。

 そんなこと言ってる間に、次第に自分じゃもう制御ができなくなっちまう。

 気がついたら大事なもんが次々と離れていっちまって、それでも止められなくて……自分の頼るもんが、もう依存したものだけしかなくなって、ますますのめり込んで……気がついたら手遅れだ」


 エチゾウは愁傷を帯びた視線をガランタの泉がある方角に向けると、さらに言葉を続けた。


「ガランタの泉もそうだ。あそこは気安い気持ちで近づいていい場所じゃあねぇんだ。

 最初のやつらは、そうと知らずに踏み込んでハマっちまったんだ、しょうがない。

 だから責任をもってビーゼットディで面倒をみるつもりだ。

 俺はな、正直もうこんな泉は早々に潰して、みんなこの泉のことは早く忘れてしまえばいいと思ってるんだ。

 残念だが、汚い大人の話で、だいぶ難航してるがなあ」


 エチゾウは小さく首をふると、長いため息を吐いた。

 それからセリをまっすぐに見つめた。


「だが、お前さんはどうだい?

 親身になって止めてくれるやつもいる。周りにあったけえ仲間もいる。お前さんが傷ついたら、そいつらは悲しむだろう?

 それでもこの泉にこだわるのはどうしてだ? お前さん、まだ泉の中毒にはなっちゃいないんだろう?」


 真正面から静かに諭される。

 エチゾウの温かい声を聞いていると、気持ちが負けて、従ってしまいそうになる。


 そうしますと素直にエチゾウの言葉に従えば、この人は優しい笑顔で自分を誉めてくれる。

 この人に褒められたい、撫でてほしい、抱きしめてほしいと渇望している自分がいることを、セリは認めざるを得なかった。


 なぜこの人にこんなにも惹かれてしまうのだろう。


 抗いがたい誘惑に負けそうになりながら、セリは唇をかみしめ、キャラバンのみんなが惨殺されていた場面を思い出そうとした。


 一面が真っ赤な血の海。

 血の臭いが、自分の肺を満たしていく。

 その光景と臭いは、しっかりと自分の体に刻まれている。


 頭と心が一気に冷えた。


 はっきりさせなければいけないのだ。


 あの場に、誰がいて、誰がいなかったのか。

 あの場で団長に自分は何を言われたのか。

 本当に生き残ったのは、自分だけなのか。


「……どうしても、思い出さないといけないことがあるんです」

 セリは自分の弱い気持ちを絶ち切るつもりで、強い口調でエチゾウに訴えた。


「言っただろう? つらいことを忘れても、誰もお前さんを責めたりしねえよ。

 今が幸せならそれで満足できねえかい?」


「ダメなんです。逃げたら……ダメなんです。

 このまま逃げても、絶対に幸せになんかなれないんです。それだけは分かる。

 だから、自分が逃げた何かを思い出さないと……決着をつけないと、私はずっとその何かに怯えながら生きていかなきゃいけない。それは、嫌なんです。

 でないと……」


 許してもらえない。


 ふいにそんな言葉が浮かぶ。


 頭のどこか片隅には残っているはずの記憶。

 どうして思い出そうとしても思い出せないのだろう。


「人の心の奥底にはな、おのれでさえわからぬ魔物が棲んでいるものだ。

 もちろん俺の心にも、お前さんの心にも、誰の心の中にも『それ』はいる。

 そいつらは、ある日ひょっこり顔を出してくる。戦うのは、そのときでいい。

 心の中の闇のひとつやふたつ、いちいち気にするな。

 そんなの持ってるのはお前さんだけじゃない。あまり背負い込むな。

 忘れちまったのは、たぶんそれが忘れた方が良いことだからだ。時が来て、自分に受け止められるだけの余裕ができたときに、きっと思い出せるさ」


 聞き分けのない子供をあやすように、エチゾウは辛抱強くセリを説得する。


「嫌です! 逃げたら――みんなに顔向けできない。

 どんなに怖くても、あの時のことをちゃんと思い出さなくちゃ、私は……っ」


 セリの言葉を遮って、エチゾウが穏やかに語りかけた。


「どんなにいい薬でも、過ぎりゃ毒になる。

 記憶だってな、受け止め切れないもんを、無理やり思い出せば、器が壊れちまうことだってあるんだ。

 俺たちビーゼットディのギルドはな、そんな壊れたやつらを世話するような仕事をしている。

 俺は、悪いがお前さんの世話をしたくねえんだよ。分かってもらえねえか?」


 眉をわずかに寄せて、エチゾウはセリに頼むように説きつけた。


「俺たちのスキルは、人の心の中に潜む痛みや苦痛を取り除いてやることができる……って、若い頃はずいぶん調子に乗ってた時期があったよ」

 自嘲の表情を浮かべ、エチゾウは呟いた。


「だが実際はなぁ……『痛い』や『つらい』を感じないかわりに、空がきれいだとか、虫の音が風流だとか、人の繊細な感性や、感受性……そんな大事なものもみんな取り上げちまって、ただ感覚の鈍い人間にしちまうだけのスキルだった。

 おまけに、心の弱いやつは、もう俺たちなしじゃ生きていけなくなっちまった。

 それが俺たちのスキルの弊害、『依存』だよ……。

 人を助けたかったのに、手を出せば出すほど、俺たちが毒になっちまった。

 一度できちまった依存は簡単には消せない。

 一番いいのは、最初から出会わないこと。

 お前さんにも悪いことしちまったなあ。必要もないのに食らわせて。

 今更悔いても遅いが、お前さんとは逢わねえ方が良かった。

 もうこれ以上余計な接触を増やして、お前さんまで依存にしちまったら、俺は俺を許せねえや」


「そんなこと言わないでください。私、エチゾウさまに逢わなければ良かったなんて絶対に思いません!」


「そりゃあもう、依存が始まってるのかもなあ。まともなら俺みたいなやつにゃ興味も持たないだろ。

 歳も離れすぎてるこんなおっさん……」


「依存じゃないです!! そんなこと言わないでください!!」


 セリは頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。


 母親なのに子供から離れたいと言うメフェナのことや、大好きなエチゾウから逢わなければよかったと言われたこと、ボルターに夫婦でもないのに踏み込んでくるなと言われたこと……。


 セリは自分の顔を思い切り両手で叩いた。


 しっかりしろ!! 私!!


 セリは気持ちをしっかりと持ち、自分の考えていることをエチゾウへ伝えた。


「私は、ガランタの泉を潰すのには反対です。

 私みたいに、もう死んじゃったお父さんやお母さんと会えることで、救われて、また頑張ろうって気持ちで生きていける人だって絶対にいる。

 嫌なことがいっぱいあって、もう全部が嫌になっちゃっても、楽しい記憶をガランタで思い出せたら、楽しい気持ちが戻ってくることだってあると思う。

 それって必要なことだと思うから」


 ここに来る前に、メフェナに言われた言葉が思い出される。


「つらいときは誰かに頼ったり甘えたりしても、悪いことじゃないのなら、心が壊れた時くらい、誰かに依存しても、それは悪いことじゃないと思う。

 エチゾウさまは、なんでも許してくれそうだし、笑って受け止めてくれそうだから、だからきっとみんな甘えちゃうんです!

 だからその人にとったら、エチゾウさまに逢えたことはすごく幸運なことなんです。

 だから、私はエチゾウさまに逢わない方が良かったなんて、思わないし、そんなこと言われたら悲しい……!」


 エチゾウは穏やかだが、少し困った顔をしてセリの言葉を聞いていた。


「何かが必要だと感じて、その必要なものを自分で選んで決めることって、毎日みんなが普通にやってることですよね?

 うまくいくこともあれば、失敗することもある。

 子供は、どんなに大人がやめろって止めても、自分が納得するまでやめたりしないじゃないですか?」


「お前さんは子供だから止めても無駄だって言いたいのかい?」

 エチゾウが面白そうに上目遣いでセリを見上げた。


「忠告したのにそれでも強行を通すようなやつは、もし中毒になってもビーゼットディは助けない、それでもいいんだな?」


「構いません。ボルターに頼んで、柱にでも縛りつけてもらって、中毒が抜けるまで耐えます」


「しょうがねえ強情なお嬢さんだ。……わかったよ、俺の負けだよ」


 そう言うとエチゾウは筒のようなものを懐から出すと、セリへ放り投げた。


 セリが受け取ると、それは昨日セリが落とした水筒だった。しかも、その水筒は空ではなく、中身が入っている。


 セリが困惑した表情でエチゾウを見つめていると、エチゾウが口の端を上げて、立てた人差し指を自分の口元にあてた。


「ん? 俺はなんにも知らねえよ? 昨日落ちてた水筒を持ち主に返した、ただそれだけだ。

 さ、もうここに用はないな?

 じゃあな。お前さんのためにも、もう会うのはこれが、最後だ」


 少し寂し気に、目尻に皺を寄せて微笑んで、エチゾウが立ち上がった。

「エチゾウさま……っ」

 エチゾウは温かく微笑みながら、セリの言葉の続きを待っていた。


 何か言わなければ、これで最後なら、何か言わなければ。

 限られた刹那の時間の中で、セリは必死で言葉を探した。


「……最後に、ぎゅーって抱きしめてもらっても、いいですか…?」

 考えるより先に口をついた言葉はそれだった。


 セリが泣きそうになりながらエチゾウを見上げると、暖かい陽だまりを連想させる表情で、エチゾウが苦笑した。

 

 この笑顔が好きだった。セリは涙をこらえてエチゾウの笑顔を目に焼きつけた。


「しょうがねえなあ、最後だからな」

 セリはエチゾウの胸に飛び込み、顏を押しつける。

 胸いっぱいにエチゾウの香りを吸い込むと、独特の芳香のある、煙の匂いがした。



********



「だからよ……お前ら二人が抱き合ってんのは、もうただの犯罪行為だって言っただろうが。パパ活現行犯だろうが。見せつけたいのか? 何プレイだ? 俺に恨みでもあんのか?」


 ヘロッヘロに脱力したセリを抱きかかえてエチゾウがボルター宅を訪れたのは、昼前だった。


 セリが全然戻ってこないので、ボルターは仕方なくメフェナからロフェを回収し、レキサも連れて家に戻った。

 そして、これから昼飯の準備、と思った矢先の出来事だった。


「まあ、これが最後だ。大目に見てくれ。な?」

 大らかに笑いながら、エチゾウがくたくたのセリをボルターに引き渡す。


 セリは自力で立てないため、ボルターに抱きとめられるような格好になり、そのままボルターの胸に顔をうずめて何やら子供のようにぐずっている。


「女はなにより、傍にいて肌身に添う男といるのが一番だ。達者でな。セリ。

 お前くらい芯の強い女なら、俺は……安心だよ」


 大きな手でセリの頭をなでて、エチゾウが去っていく。

 玄関のドアが閉まる音がした。


 初めて名前を呼んでもらえた嬉しさと、もうこれで本当に最後なんだという悲しさで、セリはまた涙がこみ上げ、ボルターの胸に顔を押しつけ、嗚咽(おえつ)(こら)えた。


「……レキサ、ロフェ。ちょっと、子供部屋に行って遊んでてくれるか?」

 ボルターが顔だけ動かし、子供たちに指示を出す。

 ロフェは「は~い」と素直に返事をし、レキサはうかがうように父を見上げた。

「……仲直り、するの?」


 ボルターはなんとなく、レキサの直視に耐えられず視線を外すと、

「ああ、するする。だけどな、大人ってのは、子供の前だと照れちまって素直に仲直りができねえんだよ。だから、ちょっとでいいからそっち行ってろ、いいな」


「わかった。ちゃんと仲直りしてね」

 心配と安心が混ざり合ったような表情で、レキサはちらちらと二人と気にしながら部屋へと入って行く。


 レキサが部屋のドアを閉めた音を確認すると、ボルターは大きくため息をついた。


「……さて、と。

 お前、状況分かってるか? 男に振られて帰ってきて、朝に顔を引っぱたいた別の男に抱かれてるって、なかなかだぞ?」


「……叩いたのは悪かったけど、あれはボルターが私のこと押し倒そうとしたからだもん」


「馬っっ鹿っ! 本気で襲うわけねえだろ!」


「……そうだよね、ボルターは大人の女の人がいいんだもんね、私みたいな子供なんか相手にしないでからかって遊んでるだけなんだもんね」


 ますますぐずるセリに、ボルターは怪訝な表情でセリの顔をのぞき込もうとする。


「……おい、どうした? らしくねえぞ?」

 しかしセリはボルターから顔を隠すようにさらに顔をボルターの胸に押しつけた。


「うぅうううぅぅぅ……っ」

 そのままセリはボルターの背中に手をまわし、鼻をすすり始める。

「お前それ、泣いてんのは俺の件か? エチゾウにふられた件か? どっちなんだよ」


 そこへノック音がし、誰かが中に入る気配がした。

 ボルターが苛立たしげに舌打ちをする。


「……なんだよ。まだこの町にいたのかよ。

 悪いが今は激しく取り込み中だ。帰れ帰れ。つーかそのまま行っちまえ」


 口調からエチゾウが入ってきたわけではなさそうだ。

 セリが顔を動かして様子を見ようとすると、ボルターの腕がセリの頭を自分の胸に押さえ込んだ。

 セリの泣き顔を隠すように。


「……へえ、意外。守備範囲拡張したんだ?」


 インディの声だった。


「まあな。つうわけで昨日も言ったが、こいつは俺のお預かりだ。

 お前は今まで通り気ままな一人旅を楽しむんだな」


 インディはボルターの言葉に、軽いため息で応じると、セリに声をかけた。


「横暴な保護者の意見だけじゃなくて、本人の意思を尊重したいね。セリちゃん?」

 インディに呼びかけられ、セリはボルターの腕の隙間からわずかに顔を上げる。


 セリの目に映ったこの部屋には、当然ながらもう、エチゾウの姿はない。

 もうエチゾウには逢えない。二度と、逢ってはもらえない。


 とてつもない孤独感と焦燥感がセリを襲った。


「うぅううぅぅぅっ、エチゾウさまぁ……っ、やっぱり、やっぱりセリは寂しゅうございますぅぅうっ!」

「げ! またか!?」


 うんざりしたボルターと、突如激しく泣き出したセリを、インディは交互に見比べた。


「エチゾウ? エチゾウってあのエチゾウさん? ビーゼットディの? あちゃー」

 インディは思わず、顔を手で覆った。


「分かったか、だから激しくお取り込み中なんだよ。

 お前もあんまり出発が遅いと次の町につく前に夜になるぞ? 行くなら早く行けよ。船便だったら余計にもう時間ねえだろ」


「ごめんなさいぃぃぃ、インディさぁぁん……っ」

「なんか、そのシチュエーションで泣いて謝られると、俺が告白して振られたみたいな構図に見えて嫌だなあ」


 インディは苦笑いしながら、玄関のドアにもたれた。


「ま、ビーゼットディとの恋愛沙汰は別れ際がゴタゴタするのは仕方ないところはあるよね。

 俺も覚えがあるよ。

 残念だけど、この状態のセリちゃんを連れて旅に出るのはいろいろ危険だし、今回は保護者さんにお任せするしかなさそうだなあ。

 あーあ、こんなことなら考える時間なんてあげないで(さら)っちゃえば良かった」


「……お前だからそれ犯罪だろーが」

「でもまた、近いうちに寄らせてもらうよ。セリちゃんに逢うためならいつもの倍速で仕事こなせそうかも。じゃあね、セリちゃん。すぐ逢いに来るよ」


「うぅぅぅぅうぅ、ごめんなさいぃぃぃ、インディさぁぁん」

「……なんか、やだなあ。この見送られ方、すっごい心が折れそう」


 肩を落として去っていくインディを見送ると、ボルターが仕切り直した。


「さてと、セリ。

 もう依存の離脱症状なのか失恋のショックなのかはこの際どうでもいい。

 どっちにしても立ち直るには代替行動が必要だ。

 うまいもん好きなだけ食え。何食いたい? 買ってきてやる。遠慮しねえで言え」


 セリはしばらく考え込んだあと、小さな声で呟いた。

「…………きのうの、タルトと。あと……きのう飲んだやつ1杯目の方……」


「メシものは? 勝手に選んでくるぞ?

 おーし、レキサ! ロフェ! 出撃だ! パーティ編成するから出てきて整列しろー!

 ミッションは仲直りパーティーの買い出しだ! お前らも何食いたいか決めてくれ!」


 ボルターが子供たちに号令をかけながら、ヘロヘロのセリを椅子に腰かけさせ、セリの耳元で囁いた。


「しばらく一人にさせてやっからその間に好きなだけ泣いてろ。

 そのかわり帰ってきてみんなでメシ食うときくらい、楽しそうに食おうぜ? 自分で言ったんだ、お手本みせろよ?」


 朝のケンカで自分がボルターに言ったことを返され、セリは恥ずかしくなった。

 力の入らない体をなんとか動かし、顔を上げた。


「ボルター……朝、顔、叩いてゴメン」

「あれぐらいどうってこたねえよ。もっとひどい目に遭ったこともあるしな」

 ボルターは大人の余裕を思わせる笑みを浮かべ、セリの頭を撫でた。


「おい? ナック! お前なに部屋の隅っこで潰れてんだよ? あやうく見逃すとこだったぜ。

 ん? ああ、お前もご傷心か。残念だがこいつはそういう女だ。諦めるしかないな。

 さ、お前も一緒に行こうぜ? ここにいてもつらいだろ?

 よーし二人と一匹そろったな! 最初の作戦は【ガンガンくおうぜ】だ!

 途中で【おかねだいじに】に変更したら速やかに従うように!

 じゃあセリ、留守番頼むわ」


 にぎやかに家の外へ出ていくみんなを、机に突っ伏した状態でセリが見送る。


 玄関の扉が開いた拍子に、どこかから哀感のあるギターの旋律が流れてきた。

 広場で誰かが奏でているのだろう。


 セリはその音色で無性にエチゾウへの恋しさが増し、机に突っ伏して泣き崩れ、一方のボルターは急に蕎麦が食べたくなって露店を目指した。



鬼平のエンディングで締めてください。


潰れたナックの爆発的後日談の短編あります。完全に下ですが……。

↓  ↓

【番外編】(after.17)男は一緒のお風呂にも憧れがある。


良かったらどうぞ。

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