【第13話】スペクトルが広いからといってBAが低ければそれはただの×××
ラクタムのギルドローブに身を包んだチアムが、セリとロフェを連れてボルターの家を訪れたのは、夕日も落ちかけ、水時計が夜を示す藍色に染まり始めたころだった。
ぐずっているロフェを抱きながら戻ってきたセリは、家に着くとすぐに、ボルターへロフェを押しつけるようにして引き渡した。
決してボルターと視線を合わせようとせず、セリは逃げるように自分の部屋に閉じ籠ってしまい、声をかけても出てこない。
ロフェは打ち身ができていたが、それ以外に怪我はない。
ボルターが手当てをすると機嫌も治り、今はレキサと二人で八百屋の家族と一緒に夕飯を済ませてもらうことになった。
セリと暮らすようになってからは、頼むこともほとんどなくなっていたが、急なお願いも快く引き受けてくれる隣人にボルターは感謝した。
子供たちもいなくなり静かになった部屋で、ボルターは机に頬杖をつきながら、チアムの報告を聞いていた。
チアムはガランタの泉周辺の定期巡回中に、たまたま森で眠っているロフェを見かけ、その流れで放心状態のセリと、寄生された形跡のあるラーニが倒れているのを発見した顛末をボルターへ伝えた。
チアムが緊張した声で報告を続ける。
まだ若手のチアムにとって、他ギルドのマスターと接触するような機会は皆無であり、よりにもよってエヌセッズのマスターは、いろいろと悪声の多い人物として有名なだけに、緊張が倍増している。
「お二人に寄生された形跡は見当たりませんでしたが、念のため応急処置を施させていただきました。
勝手な真似をして申し訳ありません。
できれば様子を見たいので、あと数日はラクタムに通っていただきたいと思っています。
はい、そうです。セリさんとロフェさん、二人共ですね。
セリさんですか? セリさんには特別大きな外傷はありませんでした。
現場の状況から、あくまでも私の推測ですが、おそらくあの白い『喰らうもの』の炸裂を見てしまったんだと思います。
そのことによる、精神的なショックが大きかったのではないかと」
「……エイチツービーは何か言ってきたか?」
ボルターの低い声に、まるで自分が脅迫されているような気分になりながらチアムは答えた。
「状況証拠で、ラーニ氏がお二人を襲ったという見解で納得しているようです。
今回の治療費は全て、あちらのギルドが負担すると言っています。
まだラーニ氏本人は昏睡状態のため、早急にギルドの代表者が謝罪に来るとのことでした」
ボルターは鼻で笑いながら、剥き身の大きな戦斧を取り出した。
「当分顔を見せるんじゃねえって伝えとけ」
「え?」
「さっさと謝って、ハイ終わりなんてことにゃあ、させねえんだよ。
俺のところにあいつら通すなよ。ギルドにも勝手に来るんじゃねえって伝えとけ」
声を荒げるでもなく、口元に笑みを浮かべたまま、淡々と静かな口調で話しているのが逆に怖い。
チアムはいまここで、自分があの大きな戦斧の餌食にされてしまうのではと不安になり始めた。
「俺の身内に手を出したこと……時間をたっぷりかけて、充分すぎるほど後悔させてやるさ」
ボルターは大きな戦斧の刃を、目の高さに合わせ、念入りに状態を観察しながら薄く笑った。
チアムは何故か首切り場の処刑人を思いだし、背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。
****
ボルターとチアムの話が終わったようで、セリの耳に玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
そのあとに続くのは、ただ静寂。
セリはベッドに腰を下ろしたまま、ただ焦点の合わない目でどこかを見つめていた。
膝の上が軽い。
今日の朝は、この上にナックが乗っていた。
抱きしめて顔をうずめると、あったかくて安心した。
でももう、二度と会えない。
また、大切なものがなくなった。
いつだって大好きなものは、みんな自分の前から消えてしまう。
でもなぜか『悲しい』もない。『苦しい』もない。
ただ自分の中に『空白』が増えていくのを感じる。
キャラバンのみんなが死んだ時に、もうこれ以上の空白はないと思っていたのに……。
このまま、空白に飲み込まれて、自分も消えてしまえばいいのに……。
「セリ、入るぞ」
ボルターの声がして、ドアが開いた。
全く反応のないセリを見て、ボルターは小さくため息をつくと、セリの肩に外套をかけた。
「ちょっと出るぞ。つきあえ」
強引にセリを立たせ、腕をつかんで歩かせる。
セリはただ、されるがままにボルターについていく。
外はいつの間にか夜の冷たい空気で満ちていた。
家々の窓からこぼれているのは、どれも暖かい色をした灯りの光。
空には闇に浮かぶ細い月と、かすかに瞬く星の青い光。
前を歩くボルターの背中には、二本の大きな戦斧がある。
武装したボルターの後ろ姿を見て、セリはこれから向かう場所がどこなのか見当がついた。
森に行くんだ……どうして……?
膜がかかったようにセリの思考は鈍い。
あぁそうか。ナックのお墓を作るんだ……。
お墓――。それは死んだ人が眠る場所。
キャラバンのみんなのお墓はない。
私が作ってあげなかったから。
どうして私はみんなのお墓を作らずに逃げてしまったんだろう。
――逃げる?
自分の頭に浮かんだ言葉に、セリは頭を殴られたような衝撃を受けた。
――逃げた? 『何』から?
――ちがう。
――『誰』から、逃げたの……?
(――もう、忘れろ――)
これは団長の声? 本当に?
セリの心臓は早鐘のように鳴っている。
思い出せない……!?
あれほど強烈に焼きついている光景なのに。
あのときのことが――。うまく思い出せない。
「そろそろこの辺でいいか。
……セリ? 顔色が悪いぞ。寒いのか?」
振り向いたボルターが、慌てたようにセリの外套を掻き合わせる。
「おい! セリ大丈夫か?」
ボルターの声が聞こえなくなる。
怖い。何か大事なことを忘れてしまっている。
一体、何を――!?
ふわぁさ。
不意に柔らかい感触がセリの頭の上に落ちてきた。
見上げると、見覚えのある白い毛の塊――。
「…………ナ、ック……?」
最初に会った時の大きさのナックがそこにいた。
セリの顔ほどの大きさで、両手で軽々持つことができるサイズの小さな白いふわふわの、温かくて安心する、大切な……。
「呼ぶ前に出てきちまったか。気が早いやつだな。
セリ、ここで見たこと、ロフェやレキサに言うなよ?
ほら、こいつのこと、もっとでっけえ声で名前呼んでやれよ」
ボルターが促すまま、セリはナックの名前をもう一度呼んだ。
ガサ! ガサガサガサ!!
森全体が一気にざわめき、無数の気配に囲まれた。
セリは自分の目を疑った。
闇夜の森の木々の葉が、一瞬にして白く染まっている。
違う。
木々の合間から、無数のナックが呼び声に答えて現れたのだった。
「!?」
思わず腰を抜かしたセリを見下ろし、ボルターが失笑しながら説明を始めた。
「びびったか? ナックは死んでねえよ。爆発したとか思ったんだろ? 無理もねえけどな。
お前が見たのは分裂ってやつだ。
こいつらはみんなナックのコピーでもあるし、ナック自身でもある」
「え? え?」
「俺も初めて見たときゃビビったな」
「ボルターも見たの!?」
「んー、たぶんもう五回くらい見たな。いまだに急に爆発すんのは慣れねえけど」
「五回!?」
「レキサやロフェに言うなよ。我が家にこいつら全員収容する場所はねえ。
こいつらにも、一匹ずつしか家に連れて帰れねえっつうの説得すんの大変だったんだぜ?」
「ねえ……これ全部、本当に全部ナック?」
「疑り深ぇな、『ナックとして俺たちと一緒に過ごした記憶を持っているファージ』っつったらナックだろ? 違うか?」
ボルターはセリの目線に合わせてしゃがみ込むと、穏やかに目を細めて笑った。
セリはもう一度、白い森と化した光景に視線を移す。
無限にも思える黒い瞳が、すべてセリの方を見ていた。
「ナックが生きててちょっとは安心したか?
――ん? どうした? やっぱりまだ顔色よくねえな? 寒いか?」
「……いや、なんか、ちょっとこの光景、なんか怖い……」
この発した言葉を、セリは後悔することになった。
***************
「ねえ、あんたさ。元気だしなよ。そんないつまでも暗い顔してちゃ良くないよ?」
魔法ギルドのラクタムに向かう途中、セリとロフェを迎えに来たチアムは、セリの沈んだ表情を見て声をかけた。
昨日森で保護されたときもそうだっだが、チアムはセリと歳が近いせいか、割と砕けた口調で話しかけてくれる。
セリは少しだけチアムの顔を見ると、唇を強く引き結び、また下を向いてしまう。
チアムは事情を知っているのか、ロフェの手前で多くをしゃべるわけにもいかず、困りながらも言葉を選んでフォローしてくれている。
「人間生きてるうちにショックな出来事なんてたくさんあるんだからさ、いちいち自分のリアクションに一喜一憂してたらこの先の人生大変だよ?」
一生懸命セリを励まそうとしてくれているチアムにも申し訳ないと思いながら、セリはこらえきれずため息をついた。
ナックが生きてる(?)のは分かった。
あの場の全員がセリのことを覚えていてくれたことも分かった。あとから嬉しさが湧いてきたが、あの瞬間は純粋にショックの方が大きかったといえば言い訳になってしまうのだろうか。
不用意にセリが『怖い』と発言してしまったことで、あの場にいたナックが全て蜘蛛の子を散らすように一斉に隠れてしまったことが、今のセリが頭を悩ます案件だった。
森でセリの頭に乗ってきたナックを一応家に連れて帰ってはみたが、その子も元気がなく、今はセリを見ると少しつぶれたような形になって背を向けてしまう。
「だ~から言ったろ? 男ってのはデリケートな生き物なんだよ。
ありゃ、だいぶご傷心だな。見ろよ、つぶれちまってるぜ?
わかるわ~、堪えるよなあ、その気にさせるだけさせといて、絶対いける確信があったのに、いざってときに『怖いの…』とか言い出されちまうと……。
あー、最悪のおあずけパターンだぜ! あー、ナックかわいそ! あー、ひでぇ女!」
傷口に塩を塗るように、執拗にそのことを責めてくるボルターの言葉も重なり、セリはナックの分裂を見てしまったときよりも沈んでいた。
さらに追い打ちで言われたことも要因だ。
「まあ、ちょうどいいやセリ、お前その被害者面、続けられるだけ続けてろよ。
特に外出た時は笑うな。そのままヘコんでろ。
慰謝料つり上げんだからな。協力しろよ? うまくいけばお前の借金の返済の足しにしてやるよ」
大人って、汚い……。
セリとしては、ナックが生きてた(?)ことで、そこまで大事にしなくてもいいのではないかとは思っている。
昨日、ラクタムで応急処置を受けた時にも、寄生の可能性はほとんどないと言ってもらえているから余計にだ。
セリは少しだけ、ラーニとエイチツービーのギルドに同情した。
ラクタムの看板を下げた怪しげな雰囲気の店に入ると、チアムと同じギルドローブを着た、真面目そうな青年が待っていた。
「すみませんね、うちの未熟者のせいで、ご足労おかけしました。
そいつが低年齢者にも魔法が使えれば、ここまで来ていただかなくても良かったんですがね。
来ていただいて感謝しています。
ではどうぞ。先にロフェさんから、こちらに座ってください」
お愛想程度にもならないような、乾いた笑顔で青年があいさつすると、チアムがセリにしか聞こえない声で小さく毒づいた。
「うるさいんだよ、カーペン。低BAのDU野郎が……」
聞き慣れない悪口にセリは首をかしげた。
なんだろう、BAとかDUとか。ギルド内用語なのかな?
チアムは、壁にかかった短い杖をとると、奥の部屋に入って行きがてら、振り返ってセリに声をかける。
「順番待ってる間、暇なら私のやってる仕事見ていく?」
セリがついていった先の個室には、拘束されてベッドに横たわるラーニの姿があった。
「意識はまだ回復してないんだけど、急に暴れる可能性もあるから、一応ね。
でも、助けるのが早かったから、たぶん遅くないうちにここから出て、普通の生活に戻れると思うよ。
こいつ、この先あんたに頭が上がらないね」
セリを元気づけるように笑うと、チアムは杖をかかげ、長い呪文を唱え始めた。
――(6R,7R)-7-[2-(2-Aminothiazol-4-yl)acetylamino]-3-[1-(2-dimethylaminoethyl)-1H-tetrazol-5-ylsulfanylmethyl]-8-oxo-5-thia-1-azabicyclo[4.2.0]-oct-2-ene-2-carboxylic acid dihydrochloride――
すごい、かっこいい……。
セリは間近で見る魔法と、聞き慣れない呪文の詠唱に感動した。
昨日の応急処置でも魔法を見ていたはずなのだが、ショックも重なり、あまり覚えていなかった。
呪文を唱え切ると、杖の頭の部分にある石がぼんやりと光始め、チアムは叫んだ。
「ちぇぇぇぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
ど……っっすっ。
チアムの杖がラーニの太腿に激しく突き刺さった衝撃で、ラーニの拘束された体が大きく痙攣する。
セリはあまりの痛々しさに思わず悲鳴をあげ、顔を覆ってしまった。
「ねえ! その杖、刺す必要あるの? なんかめちゃくちゃ痛そうだよ!
意識ないはずだけど、ラーニさんの目から涙が流れてるよ?
これ魔法じゃなくてただの攻撃なんじゃないの?」
チアムはやりきった表情で額の汗をぬぐうと、セリに爽やかな笑顔を向け、親指を立てた。
「これが効くの! 余すことなく魔法がしっかり体内に入るから!
ごめんね、本当ならあんたの治療、私がやってあげたかったんだけど私の魔法、小児禁忌でさ!」
よかった……っ! まだ子供でよかった……っ!
セリはラーニの体についている、丸いあざの数を目にして、心の底から自分の年齢を感謝した。
***********
ラクタムで治療を終えての帰り道、チアムがセリに言った。
「ねえ、あのさ。私ギルドに年の近い同性がいなくてさ。
……いるのはみんな、さっきのカーペンとか、真面目腐った愛想のないオタク野郎ばっかりなんだ。
ねえ、あんたさえよければ友達になってくれないかな? 治療終わってからも、会いに行ってもいい?」
断るはずもない提案だった。
セリもキャラバンの頃から年の近い同性の友人はいない。
普通の踊り子の女性たちと、暗殺術習得を期待されたセリとは自ずと距離ができてしまい、疎遠になるならまだいい方で、嫉まれることもことも多かった。
「……うれしい。私も年の近い女の子の友達って初めてかも」
「チアムって呼んでよ。私もセリって呼ぶから」
嬉しくなり、思わず口元が綻んでしまいそうになった時、ボルターの忠告がよぎった。
……おうちの中でなら、楽しくお話とかしてもいいんだよね?
セリはチアムに折角なので家でお茶でも飲んでいかないか誘ってみた。
チアムは二つ返事で承諾した。親指を立てるのは癖なのかもしれない。
「モチよモチ♪ さっそく二人で女子トーーク! しようしよう!」
家に帰るとボルターがまだ家にいた。今日はギルドには行かずに家に一日いるつもりらしい。
セリにはそれが慰謝料対策の一環であることが、なんとなく分かった。
せっかくなのでボルターにロフェを任せると、チアムと自分の分のお茶をいれて部屋に行く。
怪訝な顔をするボルターに、セリは「友達になったの」と少し照れながら説明した。
横から「二人っきりで女子トーーク! するんでお構いなく!」とチアムもボルターに挨拶とも言えない挨拶をしてセリの部屋に入って行った。
「んじゃ早速だけど! あのインディ氏とデートした話、めっちゃ教えてほしい! 詳細に! 精密に! 事細かく!」
ベッドに並んで腰を下ろして、わずかしか経っていないにも関わらず、血走った目で詰め寄られ、セリは飲みかけていたお茶を吹いた。
「えぇえっ!? なんでそんなことがもう知れ渡ってるの?」
「あの伝説の男、インディ氏とデート、羨ましすぎる! どんな感じ? すごかった? やばかった? 良かった?」
インディさん、ハンターの実績があるって言ってたけど、そんなすごい人だったんだ。
伝説とまで言われる人と知り合いになれたという事実に、セリは今更ながらに感動を覚え始めた。
「竜王にさらわれたお姫様を助けた後、お城にすぐに返さないで宿屋に連泊して、『そんな、ひどい……』って言わせた伝説がある男とデートしたら、そりゃあもうタダで帰してもらえなかったよね!
どこまでした? うまかった? 気持ちよかった? そんな、ひどいって言わされた?」
ものすごくうれしそうな顔をしながら親指を立ててくるチアム。
「ちょ……っ! え? 何? 何の話?」
どんどん詰め寄られ、押し倒されそうな勢いだ。
そこにノックが響く。
「お前ら、昼間っからでかい声でエロトーーク! してんじゃねえよ。ご近所さんに聞こえちまうだろうが!」
『お前ら』じゃない! チアムだけ!
突如乱入してきたボルターに向かって、セリは首をふるが相手にしてもらえない。
「ボルター氏、やっぱり伝説の男のあの伝説は本当なのですか!?」
エアーマイクを持ったチアムの質問にボルターは興味なさそうに頭をかくと、
「『そんなひどい事件』だろ? あいつだけのせいにしてやんなよ。
俺はよく知らねえけど……、お姫さんがもうガキじゃねえ歳なら自己責任ってのもあるんじゃねえ?
そうじゃねえんなら、やっぱり親がちゃんと……娘親なら男に体を許すってことがどういうことなのか、教えとかねえとだろ?
やっちまったってんなら、やれる歳だったってことなわけで、そうなる前に早めに親が大事な話は済ませとくもんだろ?
子供産んで育てる覚悟と、添い遂げる気もねえ男と簡単に寝るんじゃねえってよ」
意外な返答にセリは真顔でボルターを見つめた。
あいつが奥さんと別れたのってさ……。
インディの言葉がよみがえる。
「なるほど。ということはボルター氏もいつかロフェちゃんに教育するわけですね!」
「甘いな。我が家はとっくに仕込み済みだぜ。
なあ、ロフェ! お前、どんな男がいいんだ?」
後ろ背にロフェへ向かってボルターが尋ねると、ロフェはおもちゃから目をそらさず、心のこもっていない返事をした。
「うん。おとーしゃんのよーなひとー」
「どーだ! この模範解答!」
会心の笑顔で女子二人を見下ろすが、一方の二人は半笑いだ。
「一番近づいたらいけない男の間違いでしょ……大変。後でロフェを改宗しないと危険かも」
「落ち着いてセリ。ある意味二人といないから遭遇率はほぼ0だし、安心っちゃ安心かもよ?」
「は! まだまだお子さまか。いい男を見る目がねえな」
でかい声出すなよ、と忠告を残し、ボルターはロフェのところへ戻っていった。
「で、どこまで進みなさった? セリ殿よ。なにもされずに終わったなんてことはあるまいな」
音量を気にしてか、今度は妙に渋い顔と声でチアムが聞いてくる。
セリは逡巡したのち、キスされたことと、旅についてこないか誘われたことを消えそうな声で白状した。
「キターーーー!! やっぱ舌テクすごかった? なめまわされた? 腰って砕けた? キスだけでイっちゃうってマジ? ちょちょちょちょ! 今ここで再現+実演プリーズ!!!」
セリは真っ赤になってチアムの口を全力で押さえ込んだ。
「静かにしてー! またボルター来ちゃうでしょーが!
おでこ! おでこに一瞬されただけ!」
「なんだい、お嬢さん。おどかすんじゃあねえよ。
なんだ……でこチューか、つまらん」
興奮のあまり、息遣いが激しくなっているチアムは、顏を流れ落ちる汗をローブでぬぐった。
「……ものすごい速さだったよ。全然反応できなかった」
あそこで反応できなかったのは、決して自分の油断や過失によるものではないと思ってはいるのだが、その日の夜は夢の中でスズシロにお仕置きフルコースを振舞われたことを思い出し、セリは体が寒気立つのを感じた。
「ちょちょちょちょ、やってみてやってみて。どんな感じ?」
セリはしばらくモジモジしていたが、意を決してチアムが油断した隙を見てインディにされたことをやってみた。
「キザーーーーーー!!!!」
「チアム!? 鼻血鼻血ー!!」
鼻血を噴水のように噴射してチアムはセリのベッドに倒れた。
「ヤバいぜ伝説の男……。こんなかすり傷でさえ致命傷とは恐れ入った。
で、お嬢さん。ついていくんですかい?」
もうキャラ設定が崩壊しているチアムに対しセリは突っ込みを入れるのをあきらめた。
「いつかは、もしかしたらとは思ってるけど。今はまだ違うのかなって思ってる」
ここにいるうちにやらなければいけないことが、セリにはまだあった。
「だよねだよね、まだ早いよね! だってついてったらさ~、毎晩毎晩伝説の男の伝説の剣のお相手しなくちゃだよ! やーん! 毎晩そんなに激しくされたらチアム壊れちゃーう!」
「…………ねえチアム、悪いけど布団弁償ね」
セリは血の海になった自分の布団で転げまわるチアムを疲れた表情で見下ろし、大きくため息をついた。
IUPAC命名法を呪文に使う→個人的に超やりたかったネタ。
【薬学雑学】第3世代セフェム系抗生物質は生物学的利用性能(BA)が低いため、『だいたいウン〇になる薬』と呼ばれている。




