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【第12話】ニトロソアミンが嫌なやつは、もう肉も魚も野菜も、何も食わなければいい。

 セリは吹っ飛ばされ、地面に背中を激しく打ちつけられた。

 息が止まり、視界が一瞬真っ白になる。


「よっわ。これで俺の、えーと39勝目か?」


「……兄さま、もう一戦……お願いします……」


 息をするのもやっとなセリとは対照的に、スズシロは顔色一つ変えず、むしろ冷笑を浮かべながら、倒れているセリを見下ろす。


「ボロボロだなあ、セリ。そんなんで俺に勝てるかのか?

 つーか勝たねえとだよなあ。

 俺が50勝する前に一回でも勝たねえと、怖~いお仕置きが待ってるもんなあ、そりゃあ、まずいよなあ」


 息も絶え絶えに、体を起こすセリにスズシロが音もなく近づき、思い切り蹴り倒す。

「これで40勝」


「……兄さま…っ、まだ……開始の、合図してない」


「あ? 油断してるお前が悪い」

 スズシロは、そのまま倒れているセリの胸に足をのせたまま体重をかける。


「ちなみに、あと10秒でこれ抜けられなかったら俺の41勝な」

 慌ててセリはスズシロの足をつかむが、全く動かせる気がしない。


「ふぬうぅう~!!」

「色気がない。3点」


 真顔の点数告知とともに、スズシロの手がセリの首のつかんだ。

「あと9戦残ってんだけど、もう面倒だし、お前これで落ちたら完全敗北な」

 頸部にゆっくりと、だが着実にかけられていく負荷。


 ヤバい。

 足も手も、どっちもびくともしない。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい!!


 落ちるっていうか――コレ死ぬっ!?


***


「っぷはあ~!!」


 あわててセリが飛び起きると、自分の部屋だった。

 まずスズシロの姿がないことに胸を撫で下ろしてから、セリは自分の布団の上に乗っている大きな白い毛玉に気づいた。


「――ナック!? ………ナック……なんだよね……?」


 久しぶりに見たナックは大きさがまた変わっている。以前見たときより一回り以上は小さい。

 そんなナックが、角をセリの口に一生懸命近づけようとしている。

 角の先をよく見ると、水滴のようなものが光っていた。


「なに? これ、口に入れろって?」

 なんとなくそう言われているような気がして水滴を指ですくってなめてみた。


 さっき見ていた夢の光景が鮮明に再現される。


「約束どおりの楽しいお仕置きタイムだなあ、セリ。

 このカードから好きなやつ抜けよ。

 この前みたいに、一枚だけありがた~いお仕置き免除のカード混ぜてやったぜ? 感謝しろよ?

 さあ引けよ……何が出るか、楽しみだなあ」


 悪魔の嘲笑を浮かべたスズシロの持つ5枚のカードの中から、セリは恐怖に震える指先で1枚選ぶ。


 真ん中のカードだけ、意図的に飛び出している。

 これをひけということなのだろうが、恩情か、それとも罠か。


 きっと罠だ!


 セリは一番右のカードを引いた。――裏に書かれていた文字は。



「――!? いやぁああぁぁぁっ!!!」



「おい!? どうした!?」


 悲鳴を聞いて、セリの部屋に飛び込んだボルターが目にしたのは、ナックを抱き締めながら、ふわふわの毛の中に顔を突っ込んで、ガタガタと震えているセリだった。


「…………なんでもない。今まで見た史上、最強に最恐なリアルで怖い悪夢をみただけ」


「……ならいいけどよ。お前この前から調子悪そうだし、疲れてんなら休んでろよ?」


セリはナックに顔を突っ込んだまま首をふった。

少しでも恐怖から逃れるため、とりあえずなんでもいいから気づいたことをボルターに話しかけた。


「ねえボルター。ナック、なんで今度は小さくなってんの? 毎日大きさ変わってるの? なんで?」


 ボルターは大きなため息をしながらセリの横まで来ると、ベッドに腰かけ、セリの頭に手をのせ、「なあ、セリ」と、話を切り出した。

 ボルターの真剣な声に、セリはナックのふわふわの隙間から、少しだけ視線を上げてボルターを見上げた。


「男ってのはな……デカくなるとマズい時に限ってデカくなっちまうような大胆な時もあれば、ここぞという時にデカくしたくてもできねえ時もある、すげえデリケートな生き物なんだよ……。

 お前がいい女になりてえんなら覚えとけ。

 男にデカくないとか、小さいとか、思ったより大したことないとか、そういうことは思ったとしても口に出すのはやめとけ。

 いいな? それが女の優しさってやつだ。

 ……まあ、俺だって、明日は我が身ってこともあるしな……考えたくねえけど」


 ものすごく真面目な顔で真面目な話をしていると思うのだが、セリは寝起きのせいなのかボルターの言いたいことがさっぱり理解できなかった。

 何故か途中でボルターの話に変わってしまっているのも理解不明だ。


「ナックってメスじゃないの?」

「は? こいつメスなのか?」


「え、分かんないけど。あんたが拾ってくる獣はだいたいメスだって、インディさんが」


「お前ら一体、二人で出かけて何、色気のねえ話をしてんだよ。

 ったく、あいつはあいつでくだらねえことばっか覚えてやがって。

 まあ、でも……ナックは、たぶんオスだろ?」


「そうなの?」


「寡黙で、芯が通ってて、ちょっと不器用なところなんか、いい男だと思うぜ?」

 ボルターから見たナックの印象にセリは驚いた。そんなふうにナックを見たことはまだない。


 自分の知らないうちにボルターとナックはずいぶんと親交を深めているようだった。

 異種族、人外なんでもアリ。インディの言葉がよみがえる。

――じゃあ性別は?


 セリは頭の中でまたしても、ボルターとナックの種族と性別を越えた『なにか』を想像しかけ、首をふってナックに顔を突っ込み直した。このふわふわ感が、なぜか異様に安心する。


「だいたいナック拾ったのは俺じゃねえし、俺が拾ったのっていえば……」

 ボルターはしばらく黙って記憶を(さかのぼ)り、思いついたように口にした。

「ああ、確かにお前もメスだな」


「メス? 今私のことメスって言った?」

「なんだよ怒んなよ。今まで拾った中じゃあ、お前が一番のべっぴんさんだぜセリ」


「動物やモンスターと比べられても嬉しくない!」

「んだよ、じゃあこう言えば良いのか?」


 ボルターはセリの後頭部をつかむと無理やり自分の方に向かせ、至近距離でささやいた。

「セリ、俺が今まで連れ込んだ女の中じゃ、お前が一番キレイだ……うれしいか?」


 バカ私!!! ここでドキドキするな!! 顔も赤くなるな!!


 心の準備のない状態で、ボルターのキメ顔とキメ声に接触寸前な状況で迫られ、思わず不覚にもセリは動揺した。


 絶対本気でそんなことは思ってないんだ。冗談で言ってるだけなんだからいちいち反応してたら相手の思うつぼだ。そもそも連れ込むって言い方がなんか嫌だ!


 悔しい。何か一撃返したい。何か弱点的なものは――、

 セリはとっさに閃いた言葉を口にした。


「奥さんは?」

 精一杯動じていないように取り繕って、セリはボルターをまっすぐに見ながら尋ねた。

「奥さんは、きれいな人じゃなかったの?」


 ボルターの顔から笑みが消える。


 と思ったのは一瞬で、すぐにいつもの不敵な表情に戻る。


「俺からそういう話を聞き出したいんだったら、もっといい女になって出直してきな。

 そうだな、あと十年くらいしたお前だったら、口を割るかもしれねえよ?」


 十年。


 自分の歳と、ボルターの歳にそれぞれ10歳プラスする。

 プラスしてから、『いやいやそんなに長くここにいるわけないでしょ』ともう一人のセリが自分に突っ込みを入れる。


 きっと、そのころの私は、もうここにはいない。


 セリは自分でもよく分からない不思議な感情が沸き起こるのを感じたが、でもそれをボルターには悟られないように、セリは強い口調で言い返した。


「悪いけど十年したら私、あんたみたいなおっさん、相手になんかしてあげないんだから!」


 ボルターは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにセリが身を引くくらいの悪い笑顔になる。

「……へえ、そうか。なら俺は十年したら本気で口説きにいってやろうか?」


 本気で口説くって、それはあの魔王すら落とすといわれている、伝説の女たらしスキルを発動させるということ?

 それは、ちょっと正直、太刀打ちできる自信がない。

 ひるんだセリに、ボルターは満足した様子でベッドから腰を上げた。


「さて、腹減ったな。朝メシ、パンでよければ俺が用意しといてやるから、コーヒーだけ淹れてくれよ、頼むぜセリ」

「あ……うん。わかった」


 最近、考え事をして眠れず朝寝坊をしてしまうと、今みたいにボルターが朝食をセリに代わって用意してくれる。

 ありがたい反面、借金の返済ペースが落ちてしまっている。

 あとどれくらい残っているのか、ちゃんと計算しておかないといけない。


 もしインディについていくと決断するのであれば、借金はすべて完済しなくてはいけないのだから。


 セリは膝に乗せているナックが、じっとこちらを見つめていることに気がついた。


「……ナック、あの水、ガランタの泉の水だったんだね」

 ボルターが部屋から出て、十分に離れた気配を確認してから小声でナックにささやいた。


「泉に行かなくても、水さえ手に入れれば記憶が鮮明に甦るわけか……でも、あんまり思い出したくない記憶が出てきちゃうのも困りものだしなあ……」


 恐怖のあまり封印していた記憶も、今日をもってしっかり解放されてしまった。


 思い出しかけて鳥肌が立ってしまったので、セリはもう一度ナックのふわもこの中に顔を突っ込んだ。



*************



「ねえしぇり? おかしのにいに、もうこないの?」

 買い物中、思い出したようにロフェが尋ねてきた。


 ロフェの髪でキラキラと揺れている髪飾りは、以前セリが『おかしのにいに』こと、ラーニにもらったものではあるが、かわいらしいので今日はロフェにつけてあげた。

 ナックと久しぶりに一緒に散歩ができるので、小さなお姫様はおめかししたい気分なのだそうだ。


 ナックと久しぶりに町を散歩できるのは、ガランタツアーの客の一人が、連日ガイドとして酷使されているナックのことを心配して、休ませるように提言したことが影響している。


 ボルターは、動物愛護だの働き方改革だの、面倒な建前の多い世の中になったとか愚痴っていたが、「公然と間隔を延ばすにはちょうど良かった」とか言っていたので、文句を言いつつも事はうまく運んでいるようだった。

 本日休日中のナックは、黙ってロフェを乗せたまま買い物についてきてくれる。


 重いとか、疲れたとか言わないけど、大丈夫かなナック。


 ロフェをずっと担いでいるのは相当な重労働のように思えてならない。

 セリは、寡黙で不器用な男と称されるナックを心配しつつロフェに返事をした。


「たしかに最近鬼ごっこしてても、会わなくなったね。お仕事が忙しいのかもよ?」


「ろふぇはね、おかしのにいにがくれたね、かたいけどふわふわで、あまいけどしょっぱいのがね、またたべたいのよ」


「ええ? なにそれ? そんなお菓子もらったことあったっけ?」

 セリは不思議なお菓子の表現に思わず笑ってしまった。一体どんなお菓子だったのだろう。

 レキサがいたら覚えていそうだったが、ちょっと前に洗濯ダンスで足をつってしまって、今日は家でお休み中だ。

 

「あぁぁぁ~、ろふぇはねえ。あのおかしがまたたべたいのよおお」

 うっとりとした表情で、ナックの上で頬杖をつきながらロフェはつぶやいた。


 セリはそのしぐさがおかしくてたまらず、笑いをかみ殺しながら答えた。

「帰ったらレキサにどんなお菓子だったか聞いて、私も探してみるよ。そんなにおいしかったんだね」


「あ、おかしのにーに!」

 突然ロフェはナックから降りると、走り出した。

 セリが振り返ると確かにラーニの姿があり、ロフェを抱っこするとラーニはこちらへ歩いてきた。


 視界の端で、ナックの角が枝を広げるように変化した。

 それは威嚇(いかく)の仕草だ。

 セリの体に緊張が走る。


「久しぶり。ちょっと来てくれないかな。この子に怪我をさせたくなかったら」

 ただの挨拶をするかのような気軽さでセリに向かって笑うが、ラーニの目は笑っていない。


 セリは探るようにラーニを睨んだ。以前のラーニとは雰囲気が全然違っていた。


「一体なんなんですか? ロフェを返してください。

 ロフェを放してくれれば、ちゃんとついていくんで」


 しかしラーニはそのままロフェを抱えて歩き出す。

 セリは吐き捨てるように息をつくと、黙ってそのあとに続くしかなかった。ここで背後から襲いかかっても、ロフェに怪我をさせてしまうだけだ。


 隣のナックからも警戒の気配が伝わってくる。

 なんとなくだが、ナックから『抑えろ』と言われている気がした。


 ナックがいなかったら今ほど冷静じゃないかもしれない。

 セリは隣にいるナックの存在が、とても頼もしかった。


 森の中へとラーニは進んでいく。

 ガランタのツアーが休みのため、森に人の気配はない。

 人の気配だけでなく、鳥の鳴き声もしない。不気味なほどに森は静まり返っていた。


「エヌセッズのお姫様、ね。

 ギルドマスターのボルター、トレジャーハンターのインディ、地位があって、金持ちの男に気に入られて、オレみたいな小者は眼中にないってこと?」


 自虐的な笑みと言葉を並べるラーニに、セリは固い声で応じた。

「何言ってるんですか? 私はそんなこと思ってません」


「せっかくプレゼントしたのに、オレみたいな貧乏人があげたものは身につけたくもない? こんなチビにつけるくらいがちょうどいい?」

 ラーニはロフェの髪についていた飾りを乱暴にむしり取ると、その場に投げ捨てた。


「あー! ろふぇの!!」

「お前のじゃない!!」

 突然感情的になって、ラーニはロフェを地面にたたきつけた。


 ――!! この野郎……っ!!


 一瞬で頭に血が上ったセリが動くより早く、ナックの角が一気に伸び、ロフェを包むと素早く手元に救出した。

 形勢が有利になり、セリの怒りゲージはマックスから多少、降下した。


「ナイス! ナック!! そのままロフェ連れて家に帰って! お願い! 頼んだよ!」

 何が起きたのか分からず、茫然としているロフェを自分の体に乗せると、ナックは森の出口へ向かって駆けていった。


 ロフェが泣き出して大騒ぎする前に、この場から離れてもらえるとありがたかった。

 その方が守りに意識を向けずに済むし、集中して相手をボコボコにできる。


 無抵抗な子供に暴力をふるうような奴は、何をされても文句は言えない――これは誰が言っていたセリフだったっけ。

 ダメだ。今は、考えている時じゃない。


「最低。見損ないました。あんな小さい子にひどいことできる人、人じゃない」

 

「うるさいうるさいうるさい!

 なんだよ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」


 ラーニが剣を抜くのを、セリは冷たい目で見つめていた。


「そんな目で見るんじゃねぇ!!」


 セリは斬りかかるラーニよりも先に飛び込み、顔に思い切り肘をいれる。

 相手はギルドに所属しているプロのハンターなわけだから、手加減なしの全力だ。

 一切躊躇(ちゅうちょ)せずに急所を立て続けに狙って、戦意を削ぐ作戦をセリはとった。


 ラーニが怯んだ瞬間、腹に蹴りをいれ、続けざまに剣を持っていた手を狙い、剣を取り落とさせる。


 ラーニはさすがハンターだけあって、常人より反応も動きも速い。

 でも今日の朝、夢で見たスズシロの動きはもっと音もたてず俊敏(しゅんびん)で、鋭かった。


 スズシロより弱いのであれば、セリにも勝ち目はある。

 と、いうより勝たないとスズシロに合わせる顔がない。


 セリが、回を重ねるごとにターゲットを追いこみ、捕獲する技に習熟していく子供たちと、多対一でのハードな鬼ごっこを毎日自分に課しているのは、少しでもスズシロとの稽古に近い形を再現したかったからでもあった。

 

 そう、兄さまはすごく強かった。


 本気を出したスズシロを、セリは一度も見たことはなかったが、ナナクサとは別の意味で見とれてしまう強さがあった。


 ――何だろう。何かひっかかる。すごく大切なことを忘れている気がする。


「畜生、畜生畜生ふざけんな! ふざけんなあああ!!」

 セリの小さな疑念は、ラーニの絶叫で中断した。


 ラーニに視線を向けると、体の中で、うごめく物体がいることに気づく。


 ――嫌な予感がする。


 セリはラーニの落とした剣を拾うと、ラーニの服を斬りつけた。

 ボロボロと球状の塊が零れ落ちてくる。


 ――やっぱり!

寄生モンスター(スタフィローム)!」


 手に妙な感覚を覚え、右手を見ると、自分の手にも剣を伝ってスタフィロームが這い登ってこようとしている。

 セリは悲鳴をあげて剣を放り出し、なんとかそれを振り払った。

 寄生される恐怖が自分を侵食しようとしている。


(あの男を助けるつもりがあるなら手を貸そう)


 強制的に頭の中へ問いかけられ、急いであたりを見回すと、なぜか大きさが2倍になったナックがいた。

 ロフェを家まで連れて帰ったにしては到着が早すぎるような気がしたが、それでもセリにとっては、ナックが戻ってきてくれただけで、圧倒的な安心感を得られた。


 寄生はまだ初期段階で、頭の中までは侵食していない。

 行動が攻撃的なのは、ラーニ自身の歪みが暴走している結果であって、その歪みにスタフィロームが寄生し始めているというのが、ナックの見解だった。


「また貼りつかれるのは怖いけど……ロフェのお気に入りのお菓子の情報も知りたいし、子供たちもみんな会いたがってるし……元に戻ってほしいって思うよ。

 助けたら前の優しいラーニさんに戻るんだよね?

 それなら、助けるよナック。私、何すればいい?」


 しばらく動けないように押さえつけて欲しい、とナックが指示を出す。

 押さえつけるだけでいいなら、とセリも心の中で返事をする。


 正直スタフィロームに接触するのは、寄生の危険があって怖い。でも、ナックがやれというのであれば、やってやろうという気持ちになった。


 昔スズシロから教わった無手での踊りの中に、取り押さえる動きがあったのを思い出す。

 今回は人型を保っている分、どこを狙えばいいかが分かりやすい。


 相手の死角を狙って回り込みながら関節を取り、回転の力を利用して、一応骨は折らない程度に加減してねじ伏せる。

 骨が軋む手応えと、ラーニの上げる苦悶のうめき声。


 多対一の特訓成果なのか、前よりも体がうまく使えるようになった感覚をセリは実感した。


「ナック!!」

 セリが叫ぶと、ナックの頭が突如、二つに割れた。

 中から真っ赤な口と細かい牙が並んでいるのが見えた。

 

 割れた頭から無数の枝が飛び出し、ラーニに付着しているスタフィロームを串刺しにし、つかみ取り、次々に口と思われる頭の裂け目へと飲み込んでいく。


「…………え? 口って……そこ、だったの?」


 だいぶ時間がたってから、ようやく状況が理解でき、呆然とつぶやくセリをよそに、次第にまどろっこしくなったのか、裂けたナックはラーニに裂け目を押しつけると直にスタフィロームを喰い始めた。


「え? え? ちょっと怖いんだけどこの光景。え? 大丈夫なの、これ」

 セリの言葉に返事を返してくれる者は誰もいない。


 ラーニの体が、スタフィロームの体液で真っ青に染まり始めたころ、ナックの体が大きく痙攣した。


「……ナ…………ック……?」

 セリが恐る恐るナックの体に触れようとした瞬間、ナックの体が弾け飛んだ。


「……え?」


 まるで、熟れた果実が地面に落ちて割れる瞬間のように。


 体が無数のかけらのように裂け、四方八方に飛び散っていく。


 中身のなくなった白い毛束だけが、わずかにそこに落ちていた。



 セリはすぐに理解ができず、そのままナックがいたはずの空間を見つめていた。




 認めたくなかった。


 もう、ナックがいなくなってしまったのだということを――。


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