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【第11話】守備範囲が広い=守備力が高い というわけではない。


インディとデートの後編です。

「正直、お金には不自由はしていないんだ。

 実績があるからどこにいっても割のいい仕事はすぐ見つかるしね。

 だからある程度余裕ができると、しばらく仕事もしないで、のんびり過ごせる町や村なんかで贅沢するのが趣味でさ。

 今回はなんとなく、昔の仲間に酒でもおごってあげようかなって思って立ち寄ったわけだけど、どうせおごるならむさ苦しい男より、かわいいセリちゃんのためにお金を使った方が俺が楽しいし、そんなわけだから全然気にしなくていいんだよ」


 真っ白なワンピースを着たセリをまぶしそうに眺めながら、インディが説明する。


 セリの住んでいる町は、そこまで大きくはないのだが、インディに案内されてきた一画は、セリが一度も訪れたことのない場所だった。


 さっき服を買ってもらった店も、立ち寄り慣れている店の雰囲気とは異なり、高級感があって少し緊張した。


 高かったのではないかと心配になったセリに、インディが言ったのがさっきの台詞だ。

 つまり、金銭的な面は全く心配に及ばない、ということである。


「インディさんとボルターは昔からの知り合いなんですか?」


「まあね、ルーキーだったころからのつきあいかな。若いころはお互いよく張り合ってたよ。

 どっちの方がモンスターをたくさん倒したとか、どっちの手当ての方がよく効くとか、どっちの方が女にモテるかとか……セリちゃんはどっちの方がモテたと思う?」


 冗談めかして質問するインディに、セリは笑って答えた。

「インディさんの方じゃないんですか?」


 インディはお気遣いありがとう、とわざと気取った仕草で礼をすると、苦笑しながら続けた。


「相手がヒトだったら俺の勝ちかな。いや、ごめん。それでも互角だったかも。

 ただボルターの場合はさ、異種族、人外、何でもアリなんだ。

 モンスターだって、メスだと分かると口説いたりするんだよ?

 それで何度か全滅を免れたことがあって、あいつの女好きに命を救われた奴も結構多いんだ。

 口説き落としたモンスターから回復してもらったとか、よくわからないアイテム貢がせたとか、得体のしれないカードをもらって集めてたとか……落とす成功率はかなり高めだったな……」


 異種族、人外なんでもアリ…?

 聞き慣れないフレーズにセリは状況が想像できなかった。


「気になったらすぐにちょっかい出すんだ。ケガした獣とか、いや、ケガしてなくてもよく拾ってきてた気がするな。

 それも大体メス。ああ見えて世話焼きなんだよあいつ。

 それで森で見つけた――今はナックって名前つけてるんだっけ? 拾ってボルターのところに連れて行ったわけなんだけどさ」


 ということはナックもメスなんだろうか。

 言われてみれば最初からなにげにかわいがっていたし、今は仕事中も一緒にいることが多い。


 セリは、男女の関係になっているボルターとナックを想像しかけて、慌てて止めた。

 異種族、人外なんでもアリだからって……さすがにそれはどうなんだろう。


「仲間内でさ、もし世界に魔王が降臨しても、性別が女だったらボルターが一人で落とせるよなって話になってさ」


 なんだろう、その女好きに対しての仲間の絶大な信頼感。

 セリは話の展開についていけなくなってきた。


「でも魔王を手に入れたボルターって絶対もう誰も倒せないよねって結論になって、もし魔王が現れても絶対ボルターを討伐に行かせるの禁止な、ってみんなで固く誓い合ったんだ。

 それもめちゃくちゃ真面目にね。なんてったって世界の平和がかかっているわけだから」


 当時のことを思い出したのか、インディが楽しそうに笑う。

「本当の話ですかそれ」

 だとしたら、ある意味魔王以上に魔王だ。そんな危険な人間、野放しにしていていいのだろうか。


 セリはもう、インディがわざと冗談を言っているようにしか思えなかった。


「本当本当、エヌセッズのみんなに聞いてごらん? みんな喜んで話してくれると思うよ」


 ボルターの話をしている時のインディは、セリに対してふるまう大人びた態度ではなく、少年がいたずらをしている時のような生き生きとした笑顔をしていた。

 今のインディなら、セリはあまり警戒しないでいられる。


「ボルターって、そんなにすごいんですか?」


 そう質問をして、また自分を見透かすような瞳でインディが自分を見つめたので、セリは自分が何かマズいことを口走ったのではないかと心配になった。


「すごかったよ。圧倒的に強かった。別格っていうのかな。

 あいつがいれば何でもできる、周りをそういう気持ちにする力があった……かな。

 鋼翼の帝王とか呼ばれてたりしてた時期もあったっけ」


「鋼翼の帝王?」


「あいつの武器、馬鹿でかい戦斧(バトルアックス)なんだ。しかもそれを二本も振り回すんだよ。

 それが鋼でできた翼に見えたとか言い出した奴がいてね。

 態度もでかいし偉そうだから『帝王』……さすがに年も年だから、そういう恥ずかしい名前とか、ボルターが嫌がるから本人の前ではもう言うやつもいなくなったけど」


 そこでインディは言葉を切り、目を伏せながら小さく笑った。


「…………ボルターの話ばっかりになっちゃったね?

 あ、ねえ、お腹すかない?

 せっかくセリちゃんが素敵な恰好をしてくれたから、ちょっとお洒落なお店で食べようか?

 そしたらこのあとはもう少し俺のことにも興味持って質問してくれると嬉しいな」


 そう言って笑うインディは、セリの警戒アラームを鳴らす大人の余裕顏に戻っている。


 でも、ボルターの話をしている時のインディさん、すっごく楽しそうでしたよ。


 そう言ったら、どんな顔をするんだろう。

 セリは興味を惹かれたが、なんだか自分がボルターの話を聞きたがっているように勘違いされるのも嫌なので黙っておくことにした。




*********



「ごちそうさまでした。おいしかったです……緊張はしましたけど」


 ナイフとフォークがたくさん並べられているという高級な場所ではなかったが、雰囲気はそれっぽかった。


 キャラバンにいた時に聞いた話では、高級レストランというところは、運ばれてきた食事にぴったり合うナイフとフォークの組み合わせを選ばないとお仕置きされるという、とっても怖い場所らしい。


 一度スズシロが練習しようぜと言ってきたが、セリは前菜とスープで1回ずつ間違え、その後二度とその練習はしていない。

 前菜のお仕置きは耐えられたが、スープのお仕置きには耐えられずギブアップした。


 料理が進行するほどに、間違えた時のお仕置きのレベルも上がっていくらしい。

 これがデザートまで繰り返されるなんて、とてもじゃないが食事どころではない。

 たぶんメインディッシュにたどり着く前に死んでしまう。


「雰囲気は慣れだよ慣れ。せっかくのデートだから雰囲気大事でしょ?」


「ありがとうございます。ああいう食事って初めてでした。

 自分じゃちょっと作るの難しそうですね」


 食材も香辛料も、あんまり市場で見かけないようなものが多いような気がした。

 盛りつけ方は目に焼きつけたので、自分で作るときに参考にしてみようと思う。


「雰囲気といえば、この一画はなんかおしゃれですね。

 用事がないのでこんなところまで来たの、初めてです」


「そうだね、どっちかというと富裕層向けの区画かな。

 俺の泊っている宿も部屋がいい感じだったよ」

「へえ、そうなんですか」


「高台にあって、窓から町が見渡せるんだ。すぐ近くだから見に来る? いい景色だよ」

「へえ、そうなんですか」


 流れでインディの泊っている宿に向かおうとしたその時――、


「セリリーン」

 陽気な声で名前を呼ばれ、セリはあたりを見渡した。

 大きく手を振りながら近づいてきたのはレヴァーミだった。


「セリリン、ほら見て! ラクタムで新しい武器強化してもらったんだ。

 念願の広域魔法(ブロードスペクトル)!」


 片手剣(ショートソード)を意気揚々とかざしてレヴァーミが報告してくるが、セリ的にはその話題はしばらく避けたい内容だった。


 もうやめて! 広域魔法(ブロードスペクトル)の話はもうやめて! せっかく忘れてたのに!!


「レヴァーミか、どこにでもいるね君。

 ラクタムの広域魔法(ブロードスペクトル)ってことはペネムかな?」


「いやいやまさか、そこまでは手が出ないですって~。僕のはセフェム、セフェム~。

 なんか今セフェム強化が流行りみたいで、相場より安く強化してもらえたんですよ~」


「今度はセフェム耐性化(レジスト)か……」

 インディがため息混じりにぼやいたのが聞こえたが、セリはあえて聞こえないふりをした。


「ところで、珍しい組み合わせだね~。インディとセリリン、何してたの?」


「デート中だよ、邪魔者は早く退散して欲しいね」

 インディが手のひらを振って、レヴァーミをさっさと帰そうとしている。


「え~? そうなの~? じゃあセリリン気をつけて!

 人気の少ない道に連れていかれたり、自分の泊っている宿がお洒落だから寄っていかない? とか誘われたら、たぶん強制的に大人の階段登らされちゃうよ~!

 インディってストライクゾーンは広域魔法も真っ青なくらい幅広いし、手も早いから、絶対油断しちゃダメだよ~」

 

 インディは問答無用でレヴァーミの肩をつかむと、セリから離れたところへレヴァーミを連行した。


「え? ちょっと~、僕は大人の階段は間に合ってるけど?」


「粘液くん、邪魔しに来たのはボルターの指示かな?

 いくらもらったか、参考までに教えてくれる?」


 にこやかに笑っているが、つかまれたレヴァーミの肩がギリギリと音をたてる。

 レヴァーミもあははと笑いながらギリギリとインディの手首を握りしめる。


「やだなあ、インディにまでその呼び方されると思わなかったよ~。

 別に指示なんかされてないって~、僕にとってもセリリンはちょっと気になる女の子だから様子見に来ただけ~。

 だって心配でしょ? さらわれた女の子を貨物車ごと爆死させちゃったり、宝物欲しさに悪者につかまってる女の子を助けずに、猿ぐつわをはめ直して放置プレイしちゃうような男の人とデートしてるなんて聞いたらさ」


「……そのインディは俺じゃないよね。それに爆死はさせてない。彼女はちゃんと生きてる」


「でもそのあと放置プレイ」


「そのインディの話はもういい」


「そお? じゃあ僕ももういいや。セリリーン、そんなわけだから気をつけてね~」


 レヴァーミが現れた時と同じように陽気な声で手を振り去っていくのを、セリは呆然としながら見送った。


 行きそうになってた。普通に自然に行きそうになってた。

 よりにもよって宿屋に……。


 いつの間にかあれだけうるさく鳴っていた警戒アラームも、全くうんともすんとも反応しなくなっていた。


 いつから? どこから? 


 これが兄さまの言っていた心につけ込むスキル!? なんて……恐ろしい……。


 魔界に送り返したはずの恐ろしい男が、地獄の業火とともにセリの前に再び姿を現す。


 お前……危なかったんじゃねえ? 危なかったよなあ?

 危なかったってことは、もうそりゃあ……アウトだよなあ?

 アウトってことは、そりゃあお前……当然、罰ゲームだよなあ……?


 兄さま!!? 魔界にお帰りになったのではなかったのですか!?

 ごめんなさい許して! 次は絶対気をつけるから! もう油断したりしないから!

 だからお願い。お願いだから――!!


 つんつん、と指で肩を叩かれ、セリは我に返った。


「…………送るよ」

 ちょっとふてくされたような、極まりの悪そうな顔をしたインディに、セリは思わず緊張が解け、苦笑した。


「インディさんって、今ので本気で悪い男の人じゃないんだなってよく分かりました」


 インディはこめかみを押さえ、自嘲的に笑うと、ため息をつきながら返事をした。


「ねえ、セリちゃんって……何歳なんだっけ?」


「自称推定年齢12歳です!」

 セリは小首をかしげて、うんと無邪気に微笑んだ。



*********



 帰り道は約束通り、インディに対しての質問をする。

 エヌセッズのスキルは実際どんな時に役に立っているのか、インディが今までやってきた冒険はどんな感じなのか、そんな話になった。


「エヌセッズは基本的に戦闘能力は高めだから、普通にハンターをやるには事欠かないね。

 でもやっぱり一番重宝されるのは『手当て』だね――でも現場では手当てなんて言葉は使わない。

 よく言われるのは、『痛覚マスキング』かな」


「痛覚マスキング?」

 聞き慣れない言葉を、セリは確認するように繰り返した。


「そう。別にね、俺たちのこのスキルは治療しているわけじゃないんだ。

 ただ痛みを感じなくさせているだけ。

 傷がふさがるわけでもないし、折れた骨が元通りになるわけでもない。

 でも、命がけで逃げなきゃいけないとき、モンスターに絶対勝たなきゃいけないときに、強い痛みがあると気持ちが負けてしまう。

 つまり痛みは戦闘の障害になるんだ。

 腕が食いちぎられたって、腹から内臓が飛び出したって、足を止めたら死が待っている。

 そういう時に俺たちのスキルが必要とされる。

 『痛くない。痛いのは気のせい』

 そう思えるだけで、生き延びることができるんだよ。

 それが、俺たちエヌセッズが必要とされる理由」


 どこか遠くを見ながら話をしていたインディが、真剣に話を聞いていたセリの方に目線を下げ、そっとセリの髪に触れた。


「そうそうその顔、俺が好きなセリちゃんの表情(かお)

 間近で見つめられ、セリは思わず息を止めた。


「セリちゃんは、やっぱりこっち側の人間だね。

 俺と同じで、ひとつのところで根を下ろせない、風属性の人間。

 俺と一緒についてくる? 手当ての仕方も、本当の戦い方も、俺が教えてあげてもいいよ」


 どうしよう。


 何かが警告している。

 この人についていきたいと思う気持ちと、同じくらい強く引き留める気持ちがある。

 

 この人についていったら、ふいに感じる罪悪感も、もしかしたらもう感じなくて済むのかもしれない。


 息が、苦しい。


 家が見えてきたところで、インディが優しく声をかける。

「たぶん、俺はそんなに長くこの町にはいないから。気持ちが決まったら、教えて」


 ――ここを離れる。


 もともと、そのつもりでいたはずなのに。

 急に提示された条件に、すぐに飛びつけない自分がいる。


 セリはインディの顔を見れず、下を向いたまま静かにうなづいた。


「あとさ……別にみんな知ってることだから言うけど。

 ボルターはやめといた方がいいと思うよ。

 あいつが前の奥さんと別れたの、あいつの女遊びがひどかったせいだって有名な話だから。

 本気で好きになる相手には、選ばない方が、いいと思う」


 何故、急にボルターの話が出てくるのだろう。

 セリは意図が分からずに、インディの表情をうかがった。


「え? どうしたんですか? なんで急にそんな話?」


「俺、結構心が狭いから」

 インディはセリの前髪をかきあげると、素早く額に口づけして微笑んだ。


 セリは全く反応できなかった。


「じゃあ、また。セリちゃん……」


 セリの目をのぞき込むように微笑んで、インディは去っていった。


 セリは力が抜け、思わずその場にへたり込んだ。


 速すぎて反応できなかった。

 ――これって、油断したことになるの?


 幸い、セリの疑問に答える鬼畜な幻聴は、今回に限っては返事をすることもお仕置きをすることもなかった。


 インディの去っていった先には、熟した(あんず)のような夕日が、ゆっくりと沈み始めていた。



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