【第10話】いくら年齢制限があったとしても、家に湿布がおいてあれば、とりあえずそれは貼ってしまうよね、きっと。
インディとデート前編です。
昨日はボルターと長々話をしたせいで、眠い。
セリは重い体をなんとか起こし、洗濯物を抱えて外に出た。
まだ夜明けの光は白くおぼろげで、見上げればわずかに星が見えた。
家のすぐ近くに小川が通っているので、洗濯はとても楽だ。
水に不自由しない生活の快適さを、ここに住むようになってセリは初めて知った。
キャラバンにいたときには、自分がこんなに潤沢に水を使って生活する日が来るなんて考えたことはなかった。
そして、自分が毎日同じ屋根の下で、温かい食事と、雨風をしのげる寝床を、当たり前のように享受できる生活を送ることになるなんて、やっぱり考えたことはなかった。
その生活に慣れ始めている自分を、時々強い罪悪感が襲うことがある。
たらいに川の水を汲み入れているときに、人が出歩く時間ではないにもかかわらず、気配が近づいてきた。
セリはすぐ動ける姿勢を取り、灯りを気配の方へ向けた。
その先に現れたのは、急に向けられた光に目を細めているレキサだった。
「……セリ姉、僕も手伝う」
「レキサ!? どうしたの? まだ真っ暗だよ、寝てなよ」
「セリ姉が起きるなら僕も起きる」
首をふりながら、レキサは洗濯を手伝おうと傍に寄ってきた。
嵐の日にセリが家を飛び出し、モンスターに襲われてから、レキサの言動や行動に変化がみられるようになった。
自分の主張をしっかりと持つようになったし、意見を相手の目を見て言うようになった。
セリの髪を引っ張った友達につかみかかったことも、今までのレキサからは考えられない行動だった。
セリはレキサの意思を尊重し、それ以上何も言わずに洗濯の続きを始めた。
うまく表現できないが、なんとなくセリは、レキサの変化がいい兆候のように感じていた。
「セリ姉が洗うと、いつもいい匂いがするよね。なにかヒミツがあるの? 僕も知りたい」
セリは少しだけ迷い、洗濯ものの中から塊を取り出した。
レキサが目を凝らして、その正体を探る。
「分かった、レモン?」
「正解。いい匂いがつくし、汚れもかなり落ちるんだ。これを絞って水に混ぜて洗うの」
「それだけ?」
レキサの問いにセリは目を伏せ、少し沈黙する。
「……やっぱり一番は、洗濯ダンスかな」
「せんたくダンス?」
レキサはセリが冗談を言ったのかと思って笑ったが、セリのいつもと違う表情に気づき、不安になった。
「見ててね」
セリはおもむろに裸足になり、スカートをたくしあげると、洗濯ものをいれたタライに足を浸した。
激しい水音が上がり、レキサは目を見開いた。
セリが踏み洗いをしているのだが、足の指で器用に洗濯物をつかみ、足を高く伸ばし、器用に広げたり、叩きつけたりと、ダイナミックな洗い方をしている。
こんな洗い方、レキサは生まれて一度も見たことがなかった。
とても激しく足を動かしている割に、水は決してタライの外にこぼれることはないし、上半身だけ見ていると、ほとんど上下していない。
小さな灯りがわずかに照らすセリの表情は、少し伏せ気味の視線で、口元に少し寂し気な微笑をたたえていて――、それを見ているとレキサは何故だか切なくなって、ただただ、その光景に目を奪われた。
呆気に取られているレキサの顔を見ながら、セリは思い出していた。
――思えば、自分も洗濯ダンスを教えてもらったのは、ちょうどレキサの歳くらいだったかもしれない。
キャラバンの子供は、こうやって洗濯という雑用をこなしながら、踊りに必要な脚力や体力を身につける。
慣れないうちは、足がつったり、筋肉痛で歩けなくなったりもしたけれど、これを乗り越えないと踊りを教えてもらえないのだ。
あの時も――。
あの日も、ちいさな子供たちを何人か連れて、離れた水辺まで洗濯に行った。
誰かが洗い粉を忘れたというので、セリ一人が水辺に残り水洗いをしながら、子供たちが戻ってくるのを待っていた。
でも、誰も――戻ってこなかった。
いつまで待っても。どんなに待っても。
――やめよう。今思い出すことじゃない。
セリは浮かびかけた光景を強制的に追い払った。
「最初のうちのコツはね、嫌なヤツのことを考えて徹底的に踏んづけるつもりでやるといいんだよ。
まあ、例えば、あんの変態オヤジ!! 人をおもちゃにするのもいい加減にしろ!!
……とかね?」
思いっきりボルターの上着を踏みつけてから、セリは一呼吸ついた。
「セリ姉ってさ、前にさ、キレイな男の人が好きって言ってたよね?」
唐突に話題が変わり、セリは記憶からその情報をすぐに出せなかった。
「何それ、私そんなこと言ったっけ?」
「僕って大きくなったらお父さんに似ちゃうと思う? セリ姉、お父さんみたいな男の人は嫌いなんでしょ?」
しまった、嫌なヤツの例えが悪かった。仮にもレキサの父親だったのに。
セリは慌てて弁解する。
「あー、えーと、ボルターのことは嫌いじゃないよ、大丈夫。
でもレキサはなんかお母さん似って気がするな。お母さんがどんな人かは知らないけど、レキサはボルターよりもお母さんの方に似るんじゃないかな」
「ホント? 良かった」
レキサは胸に手を当てて、大げさに安心したようなそぶりをする。
「ねえ、セリ姉の好きなキレイな男の人ってどんな感じの人? 誰に似てる?」
やけにぐいぐい来るな、と思いながらもセリは団長の面影をこの町の誰かに重ねようと試みるが、とても難しい。
「うーんと、あんまりいい例えがいないんだけど。ベースはカロナ姉さまをもっと凛々しくたくましくした感じで、色気があるんだけどメフェナさんみたいなものすっごいお色気全開って感じでもなくて、ちょっと抑え目なんだけど、ここぞというときに色気があって、そんで迫力がある感じ?」
「……え、女の人なの?」
レキサは若干おののいたような表情になる。
うーん、説明が難しいか。
セリは適当に笑ってごまかすと、レキサに手伝ってもらって洗濯をいつもより早く終わらせた。
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「きっと断りづらかったかなって思ったんだ。でも、それも計算して誘ったんだって言ったら怒る? ごめんごめん、それだけ邪魔者なしでセリちゃんとゆっくり話がしたくて。
でも絶対セリちゃんが今日来て良かったって思える、最高に楽しい一日にするから期待しててよ」
待ち合わせ場所で合流した、インディの第一声である。
セリの頭の中で激しく警報が鳴った。
<気をつけた方がいい男チェック①>
【聞かれてもいないのに自分の弱味を勝手に白状し、さらにそれを利用してポイントをあげてくる男は要注意!】
「そうなんですか?」
キョトンとした顔を作って返事をしながら、セリは内心で一体何をゆっくり聞き出されてしまうのだろうとヒヤヒヤだった。
キャラバンにいた頃にスズシロの『男の座学』は嫌というほど受けたが、セリが実践で女慣れした大人の男性とたった一人で心理戦をするのは初めてだった。
最初の一声から警戒レベルが上がり、緊張が高まる。
行こうか、と歩き出した途端、インディは流れる動作でセリの腰に手を添え、すぐ隣を歩き出す。
<チェック②>
【すぐ触ってくる男に要注意!】
【そしてそれが嫌じゃなかったらさらに要注意!!】
天国の兄さま、やばいです。セリはどうしたらいいのですか? セリに力をお貸しください!
セリの願いを聞き入れてか、かつての兄弟子スズシロの声がセリの脳裏によみがえる。
『いいか、お前みたいな男嫌いなヤツが、たまたま男に触られたとする。
あれ? この人に触られても、あたし大丈夫かも……あれ? もしかしてこの人、私の運命の人? あれあれ?
……なーんて思ったらお前、すぐ食われてポイだからな。
それは相手のスキルだ。女に触り慣れてる男なんてのはなあ、女の顔見りゃどこまで触ってOKかなんてすぐに分かるんだよ。
お前俺が触っても全然平気だろ? それと一緒だ。相手の警戒心を全く起こさせずに心の中にどんどんつけ込むスキルを持ってるやつだ。
セリ、お前みてえなぽけーっとしてるようなやつは、あっという間につけこまれるからな。
油断してタダ食いさせんじゃねえよ、セリ。
なあ、セリ。
もし、お前……俺がこんなに教えてやってんのに、そんなのに引っかかって痛い目見て帰ってきたら……そのあと、俺がお前にどういうお仕置きするか……わかってるよなあ?』
ひぃぃ! 分かってますぅ!!!
セリは恐怖のあまり直立で姿勢を正した。横で驚いた顔をしてインディが見ている。
しまった! リアルすぎる幻聴が恐ろしすぎて、頭の中での兄さまの顔が悪魔のそれと化している。
怖い。怖すぎです兄さま……。
死してさらに恐ろしい存在にレベルアップしてしまったスズシロに助けを求めたことを、セリは早くも後悔していた。
意識を何かに逸らそうと必死で話題を探していると、インディの方が先に話しかけてくれた。
「セリちゃんの服って、ボルターが買ってくれてるの?」
助かった! これ幸いと話に乗せてもらう。黙っていると幻聴がお仕置きを始めてしまいそうだった。
「いえ、これはご近所さんたちが着なくなった服をいただいてるんです。私は別に着るものにはあまりこだわりがないので」
セリの言葉にインディは意外そうな顔をした。
「ボルターだったら買ってやるって言いそうだけどね」
「ああ、それは私が断ったんです。買ってやるなんて言われて買ってもらうと、あとから恩着せがましく上から目線になりそうじゃないですか。だから買ってほしくないんです」
インディはへえ、とつぶやくと、目線をセリの高さに合わせて微笑んだ。
「じゃあこういうのはどうかな。
『姫、この私に貴方に似合う服を献上させていただく権利をお与えくださいますか?』」
胸に手をあて、恭しく屈むインディ。
めちゃくちゃ王子様だった。
【プライドの高そうな男が平気で下手に出てくるようなときは要注意!!!】
【特に女を姫とか普通に呼ぶやつ要注意!!!!】
【服を買って着せようとしてくる男は要注意!!!!!】
【要注意要注意要注意要注意!!!!!!!!!!】
お前、まさか……コロッとひっかけられたりしねえだろうなあ……?
ダメです兄さま、このままじゃセリは兄さまが恐ろしすぎて目の前の敵に集中できません。どうか魔界にお帰りください!
いや、インディさんは別に敵でもなければ標的でもないし、兄さまもいくら鬼畜だからって死んで悪魔に転生しているなんてことは絶対あってほしくないんだけど。
セリは頭の中で助けを求める相手を変えた。この人しかいない。
ナナクサ団長!!
「インディさんは……、私にどんな服を着せるつもりなんですか? ……変な恰好とか、やめてくださいね?」
ナナクサ仕込みの上目遣いで、小首もかしげてみる。
目は口ほどにものを言う。臆せず相手の瞳をのぞき込め。
あなたのことが知りたいの。教えて?
そうやって目を見れば、いくらでも男は言いなりになってなんでもしゃべる。
主導権はあっという間にこちら側へ……。
「俺の好みより、まず先にセリちゃんの好きな服がどんなか知りたいな」
インディはセリの視線を真正面から受け止め、至近距離で見つめ合う格好になる。
セリの方が負けた。主導権は未だインディのものだ。
ダメだ。ドキドキする。こうも見つめあっちゃった場合どうすればいいの? 無理!!
赤くなって離れたセリに、喉の奥で笑いをこらえながらインディが声をかけた。
「早速だけど、セリちゃんに確認しておきたいことがあるんだけどいいかな」
「……なんですか?」
まだ顔が赤いので背を向けたまま答えた。
「すっごく大人っぽく見えるけど、実際はいくつなの?」
「推定12歳です」
「推定?」
ボルターに拾われたばかりの頃、セリは団長との約束を守るためにキャラバンのことをどうやって秘密にして素性を隠すか、どこまで言えば辻褄が合うかを一生懸命に考えた時期があった。
でも結局、ボルターに昔何やっていたのか聞かれたのは、ブラジーキと格闘していたのを見られた時の1回だけで、その後も拍子抜けするくらい、ボルターは何も聞いてこなかった。
「私、とても小さいときに両親が死んでしまって、身寄りがなくなったところをたまたま通りがかった『何でも屋のキャラバン』に拾われて育ててもらったんです。その時がいくつだったのか不確定なので、それで推定自称12歳なんです」
なんでも嘘で固めてしまえば、ぼろが出てしまうのは目に見えていた。
キャラバンの数自体は決して少なくはない。
暗殺請負の踊り子集団だということさえバレなければ、きっと問題はないはずだ。
何でも屋の集団で、多少の武術だけなら下働き時代に教えてもらったということにしておけば問題ないだろう。
前もって考えていたおかげで、動揺することなく答えることができた。
「ごめん、思い出したくない話をさせちゃったね」
「いえ、両親のことは全く覚えていないし、キャラバンの人たちには良くしてもらったんで。
それで、年齢がどうかしたんですか?」
本当はガランタの泉で両親を殺されたところを見てしまったが、それを話してしまうといろいろこじれてしまうので、あえて触れないでおく。
インディは自分の口元を指で触りながら、少し言いづらそうに続けた。
「俺は今年で27なんだけど……セリちゃん的には27歳の男性って、どうかな?」
「……どう、とは?」
「おじさんになっちゃうのかな? ちなみにボルターは28だから、ボルターよりは一つだけ若いよ」
ものすごく真剣な表情で聞いてくるので、セリは思わず笑ってしまった。
「インディさんはおじさんじゃないですよ。かっこいいし、素敵だし。
さっきからすれ違う女の人、インディさんのことチラチラ見て行ってますよ、とってもモテるんじゃないですか?」
「俺が聞いてるのはセリちゃんがどうなのかってこと。これだけ年が離れてると恋愛対象から外れたりするのかってこと」
レンアイタイショウ?
セリは頭の中で必死に変換を試みる。
恋愛? 誰と誰が? 本気? うそでしょ?
「俺はね、11歳くらいから全然平気。一人の女性としてみることができるよ」
インディの声で現実に引き戻される。
「……私はまだ子供なので、恋愛はよくわかりません。
インディさんが素敵なのはわかりますけど……たぶん私をからかうより、もっと大人の女性を誘った方がいいんじゃないですか?」
もう散々ボルターにからかわれているから分かる。
こういう大人の男の人たちは、自分みたいな何にも分からない女の子をからかって遊ぶのが好きなんだ。
そうやって思わせぶりな態度をとったりして、ドキドキさせたり、顏から火が出そうなくらい熱くなっているのを見て面白がってるんだ。
そっちは楽しいのかもしれないけれど、正直こっちは身が持たない。
インディは目を細め、セリを微笑みながら眺める。
ほら、その目だって。
ボルターも時々そういう顔をする。
品定めするような、見透かすような、大人の余裕面とでもいうのだろうか、そういういじわるそうな上からの笑顔。
だから嫌い。だから悔しい。子ども扱いしてさ………そりゃあ子供だけど、絶対いつか……。
「こういう話は嫌いかな。じゃあ話題を変えようか。ねえ、セリちゃん。この剣、使ってみてどうだった?」
インディが腰元に下げてある短剣を見せた。セリが以前、借りていたものだ。
セリは長らく借りっぱなしになっていたことと、ケガで直接返せずボルター経由での返却になってしまったことを改めてお詫びしてから、感想を伝えた。
「私にはちょっと短すぎて使いづらかったです。もっと長くて相手と距離をとりながら戦えた方がいいかなって思いました」
インディは微笑みながら頷くと、試すような視線でセリの顔をのぞき込んだ。
「この件には広域魔法のキノロンがかかっているって知ってた?」
「あ、はい。レヴァーミから聞きました」
「だからこのサイズなんだよ」
意味が理解できず、見上げるとインディは片眉を上げ、近くのベンチを指さした。そこで二人で腰かけ、講義を再開する。
「モンスターだって生きるために学習もするし進化もする。
魔法で強化した武器を使って攻撃しても、倒す前に逃げられて、その後に回復されてしまうと、その魔法が効きにくくなってしまうことがあるんだ。これを耐性化という」
「耐性化」
セリは真剣な表情で、インディの言葉を繰り返した。
「だからそうならないように俺の場合は、確実に弱らせて、確実に仕留める時にキノロン強化の剣を使ってるんだ。通常攻撃用は、何の強化もしてない槍斧があるからね」
セリは以前、酒場で初めてインディと会ったときに、立てかけてあった武器を思い出した。
「そうなんですか」
「例えばセリちゃんを襲った寄生モンスターとかはキノロンが効きづらい。
そういうことを知らない経験の低いハンター達は、どいつもこいつもみんな武器強化でキノロンを入れて、攻撃すればいいだろうと安直に考えすぎているやつが多いんだ。
確かに広域魔法なんて聞けば、何にでも有効と誤解してしまうのは仕方ないのかもしれない。
でもね、知識も経験もないまま、自分に不釣り合いの威力で敵をどうこうしようとして、やたらとデカい武器にやたらと広範囲の強化を施して、狩りの時に見境なくあたり一面にぶちかます身の程知らずがいるんだよね。
そうするとどうなると思う?
まき散らした魔法の影響が、周辺の生態に影響して、モンスターが全体的にどんどん耐性化してしまうんだ」
なんだろう。セリはだんだん居心地の悪さを覚え始めてきた。
「つまり未熟なルーキーが、知識も経験もないのに粋がって実力以上の武器魔法に頼って、無双だとか俺つええだとか、ふざけたことを言って暴れていると、モンスターをレベルアップさせてしまうわけさ。
そういう手に負えなくなったモンスターの退治依頼が増えてきていてね、本当に困ってるんだ」
セリはもう話を聞いていられず、思わず顔を覆った。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!
めっちゃ振り回しました。なんか一曲舞ったら恍惚状態入っちゃって、兄さま仕込みの怨讐乱舞とか、よりにもよって一番派手なやつを調子に乗って剣を振り回して踊り狂いました!
キノロンあちこちまき散らしました!
馬鹿なルーキーは私です。本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
「そういうところ」
苦笑混じりにかけられた言葉の意味が分からず、セリは顔を覆っていた手を離し、インディの方を見た。
「恋愛の話より、武器の話、戦い方の話、そういう話の方に真剣な表情をしてくるところ、好きだよ。
スタフィローム相手にこんな短い剣だけで奮闘したんでしょ? 大丈夫だよ、そんなに落ち込まないで」
優しく微笑みながらインディの手がセリの髪を梳く。
優しく微笑んではいるけれど、その眼は危険な甘さを孕み、セリの視線を捕らえた。
「剣術は誰から習ったの?」
「……え?」
「鬼ごっこのとき、わざと俺につかまった?」
「いえ、普通に本気でがんばりました!」
「じゃあ、転びそうになったのがわざとかな?」
「……そんなことは、してないです」
「俺の反応は、合格だった?」
目は口ほどにものを言う。
自分の目は、今どんな目をしているのだろう。
どこまでこの人に見透かされているんだろう。
もう、逃げた方がいいのだろうか。
自分のことが、全部この人に暴かれてしまう前に。
でも、目をそらすことができなかった。
「ごめん、いじわるしちゃった。そんな泣きそうな顔しないでセリちゃん。
なんとなく初めて会ったときから、俺と同じ匂いがするなって思ったから。
もしかしたら、この先いいパートナーになれるのかなって思ったんだ。詮索するつもりはないんだよ、全然。
セリちゃんが何者でも、別に俺は構わないから」
そういうとインディはセリの肩を軽く叩いて、ベンチから立ち上がった。
「この話はおしまい。デートの続きに戻ろうか。
じゃあ姫、そんな顔をさせてしまった償いに、素敵な服をプレゼントさせていただいて宜しいですか?」
優雅な仕草で手を差し伸べる。
相変わらず王子様な仕草だった。
危険だとずっと警告が頭の中で鳴り続けているのに――、
セリは迷いながらも、その手を取って立ち上がった。




