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【第1話】メタ配置のクロル基が、強そうなおっさんが両手に持った斧に見えてしまったという話

1話平均6000~8000字ほどあります。

長めなのでお時間のある時にお読みください。


ストーリー構成の説明はあらすじ・シリーズ管理よりご確認ください。


「セリ姉、あのね、僕……、今日の晩ご飯のデザートに野イチゴが食べたいの」


 普段わがままを言わないレキサがおねだりをしたので、セリはレキサの手を引いて、背中にレキサの妹のロフェをおぶって、森の中に入ることにした。


 森に入ることをこの兄妹の父親に止められてはいたが、レキサが前に森へ入って野イチゴを摘んだことがあるというので、そこまで深いところまではいかないだろうとセリは判断する。


 ロフェの方はさっきまでご機嫌斜めでずっと大泣きしていたが、今は泣き疲れて眠っている。

 ようやくかんしゃく姫様が静かになって安心したところに、心を閉ざしがちな王子様が甘えてくれたのだと思うとうれしくて、期待に応えようという気持ちも強かった。


 セリはレキサとロフェの兄妹とはまだ一月ほどしか付き合いがない。


 それでもセリから見て、レキサがいつも我慢をしている子供だということはすぐに分かった。

 強く唇を引き結び、じっと耐える姿を何度か見かけたことがある。


 セリはそれを見るといつも痛々しい気持ちになるのだった。


 セリがここに来るまでは、まだ5歳になったばかりのレキサが、1歳半足らずの妹の世話をしていたし、男手ひとつで子供たちを育てている父親にも気を遣って甘えられずにいたらしい。


 たまたま行き倒れていたところを助けてもらった(えん)で、セリはこの家族としばらく暮らすことになり、家賃と食費代わりに子守をかって出た。

 もともとセリは子供が好きなこともあり、以前も子供たちの面倒を見る機会が多かったおかげで打ち解けるのはすぐだった。


 でも、甘えてもらえたのは今日が初めてだった。

 セリはそれがとてもうれしかった。


 たどり着いた森は、何か不思議な気配がした。


 嫌な気配ではないが、どこか自分の知っている森とは決定的に異なる()()がある。

 思わず二の足を踏んでしまうが、小さくて温かい手が「はやくはやく」と急かすので、一瞬わき上がった疑問を頭から追い払った。


 せっかくレキサがしてくれたはじめてのおねだりだしね。

 ここで叶えてあげなきゃセリ姉さまがすたるってなもんよ。


 まだ日が落ちるまで十分時間もある。そこまで深く入らなければ大丈夫だろう。

 セリはそう思いながら、森に入っていった。


 森の中は、冷たく澄んだ空気が心地よかった。

 ほどよく湿気もあり、苔の匂いがする。


 木々もそこまで鬱蒼(うっそう)と生い茂っているわけでもないので、十分に木漏れ陽も差し込んで、明るさも十分だ。


 それなりに人が立ち入った形跡もあり、まったく人が寄りつかないような危険な森ではなさそうだった。


 あの妙な感覚は気のせいだったのかも……。


 そう考えなおしたセリは、レキサに案内されるまま森の奥に進んでいった。


 お目当ての野イチゴもすぐに見つかり、セリは落ちていた小枝で(かご)を編んでやった。

 レキサが感嘆の声をあげるのを聞いて、少し得意げな気持ちで籠を渡す。


「ま、即席だけどこんなもんかな。これ山盛りにして持って帰ればみんなで分けるのに十分じゃない?」


 籠を受け取ったレキサが、こぼれるような笑顔でうなずく。

 来てよかった。セリもつられて笑顔になる。


 セリの背中をぽかぽかと温めている、かわいい小さな眠り姫が覚醒して荒ぶる邪神へと変化する前に、手早く摘んで帰ろうと半分くらい籠に入れたところで背中がざわつく感覚がし、セリは立ち上がった。


 ロフェがおもらしをした、というわけではない。


 何かが近づく気配。


 獣、とは違う。

 そもそも足音ではない。

 草の触れ合う音が、移動している。


 ――何が移動している……?


 注意深くあたりを見渡しながら、セリはおんぶ紐を解き、不安そうな顔のレキサの背中に結び直してやる。


「レキサ、家まで帰れるね? このまま振り返らないでお父さんのところに戻りな。

 ロフェと野イチゴまかせたよ」


 レキサが泣き出さないように。

 自分を心配して、ここに残ると言わないように。


 セリは力強く微笑むと、小さな兄の背中を優しく押した。

 けなげに言いつけを守って振り返らず走る背中を見届けて、セリは表情を戦闘モードに切り替えた。


 まったく攻撃力としては信用できないが、ないよりはマシ程度の、自分の腕と同じくらいの太さの木の枝をつかむと、セリは重心を落とし戦いに備えた。


 大きな芋虫のような生き物が姿を現す。


 高さはセリの肩くらいだが長さがあった。

 大小さまざまな塊が数珠(じゅず)のようにつながった形状をしている。

 塊の数は――素早く目を走らせ数えた。その数、九つ。


 ……見たことないモンスターだな。


 セリは冷静に観察する。


 キャラバンにいたころに、道中でモンスターに襲われた経験は0ではない。

 だから慣れというわけではないけれど、恐怖で体が動かないとか、足がすくむという事態にはならない。


 ただ、勝てるかどうかとなると別問題だ。

 最低限の身の守り方は教えてもらっていたが、セリはハンターではない。

 未知のモンスターと対峙した場合、経験や勘、知識もないセリにはまず逃げるという選択肢しかない。

  

 ……あー、なーんか……やな感じのくびれだなあ。

 これバラバラになっちゃったりして別々に襲ってきたらヤダなあ。


 心の中を読まれたのか、予想通りの展開となってしまう。


「うわあっ、やっぱりだよ!」

 くびれが切断されて、それぞれ独立した塊が、ボールよろしく転がりながら襲いかかってくる。


 とりあえずはレキサとロフェが家に無事に到着するまでの時間稼ぎをしないといけない。


 枝を振り回し、モンスターボールたちをさばき、牽制(けんせい)しながらセリはレキサを帰らせた方向とは逆の――森の奥へ走り出した。


 森の深部に行くにしたがって、樹木は入り組み、光は枝葉(えだは)に遮られ、暗く、足場も見えづらくなる。


 知らない森に突き進んでいくのは、セリとしてもできれば避けたいところだったが、意外にも入り組んだ木々や太い根を避けて転がるのは向こうにとっても不利だったようで、なんとか十分な距離は取れていた。


 もう少し暗くなるまで時間を稼いで、夜になる前に適当に撒いて戻ろう。

 そう目星をつけたところで、背中に小さな痛みが走る。


 転がっていた塊が、最初の数珠状態につながって、セリに向かって小さな針を飛ばしてきていた。


「うっわ、毒針とかだったら最悪すぎるんだけど!」


 枝を振り回すが、暗さと針の小ささのせいで、弾き飛ばすのは至難の業だった。


 服を突き抜け、腕や肩、足に次々と刺さる感触。

 刺さった場所が次第にジクジクと熱を持って痛み出す。


 痛みが徐々に加速しだし、セリは膝をついた。

 地面に汗が滴り落ちる。


 体が異常に熱い。


 やっぱ、毒針だったか……。

 こいつ、きっとこうやって毒で動けなくなった餌を喰っちゃうやつなんだろうなあ……。


 どこか達観した気持ちで現実を受け止めている自分がいて、脳裏に懐かしい顔が順番に浮かんでくる。


 キャラバンのみんな――。


 死に方は違うけれど、死んだらまたみんなに逢えるかな。

 私のこと、待っててくれるかな……。


 力を抜き、セリが成り行きにすべて任せようと決めたそのとき――、


「おうりやああああああああああああ!!」


 巻き舌気味の威勢のいい掛け声とともに、体格の良い男が芋虫モンスターを横一線に薙ぎ払った。


 芋虫はベチャベチャと青黒い体液をまき散らし、悶え、力尽きる。


 セリの体ほどの大きさの戦斧(バトルアックス)を二丁、それぞれ両手に持ったまま、男はセリの方に歩み寄る。


「セリ、俺言ったよな。森に入るんじゃねえぞって。帰ったら説教だ、わかったな!」


 (かす)んだ視界の中で、知った顔の男が偉そうに見下ろしている。


「……おっさん、レキサと、ロフェは……?」


「おっさんじゃねえ、『ボルターさん』だ! あいつらは留守番させてるに決まってんだろ!

 っとに、夕飯どきの忙しい時間帯に余計な手間かけさせやがって……」


 ボルターに頭を乱暴になでられながら、セリは二人を無事に父親のもとに帰せたことに安堵した。


 それから遅れて、痛みと熱が引いていくことに気づく。

 ボルターの手に吸い込まれるように、さっきまで自分を苦しめていたものが消えていった。


 頭と視界がクリアになったセリの目に、芋虫の死骸へ群がる、ドロドロの油のような生き物たちが見えた。


「ボルター! 後ろに新手!」


「てんめえ、今度は呼び捨てか! いい度胸だ!」


 言うが早いか、ボルターは驚く速さで二丁の両刃斧を振り回し、次々に集まってくる新手のドロドロモンスターを切り捨て、打ち払っていく。


 回転を利用し、遠心力によって敵をなぎ倒していく姿は――、


 喧嘩独楽(けんかコマ)みたいだな……。


 ボルターの一方的な暴れっぷりに、セリは子供のおもちゃ遊びの光景を思い出す。

 あまりにも圧倒的な状況で、ただただ見ていることしかできない。


 ドロドロモンスターの死骸は油脂状で、独特の臭気を放っている。

 あたり一面に残骸が飛び散り、それらが放つむせ返るほどの臭気を吸っているうちに、セリは胃が痛くなってきた。


 さっきまであんなに熱っぽかったのに、今度は逆に寒気がする。


「おいセリ、終わったから帰るぞ」


 目の前でボルターが仁王立ちで待っているが、セリは動けなかった。


「もしかして胃が痛えのか? なんだ、昼飯食ってきてねえのか?」


 セリにはボルターの言っている意味が分からなかったが、確かに昼食は摂り損ねた。


 レキサとロフェにご飯を食べさせて、(主にロフェの)大量の食べこぼしの後始末をして、さて自分の食事と思った矢先に、(主にロフェが)遊びに行く、今すぐ行く、とぎゃんぎゃん泣き叫び、人の髪を引っ張り、服を引っ張り首を絞め、挙げ句に腕を噛みだす。


 そんな暴君ならぬ暴姫のせいで、確かに食事はしていない。

 というか食べられるわけもない。

 どうしたらあんな怪獣(主にロフェ)が育つのか、親の教育方針を問いただしたい。


「プロスターグどもと戦うときは腹減らしてちゃマズいな。すきっ腹でアイツらの臭い吸うと、よく分かんねえけど胃にくるんだわ。

 つーか運が良かったな。ブラジーキ死んだ後でプロスターグどもが集まってきたから良かったものの、同時に遭遇してたらお前死んでたぞ」


 そう言うとボルターは片手でバトルアックスを二本持ち、もう片方の肩にセリを担ぐと軽々と歩き出した。


「……あんた、強いんだね」


 セリは担がれたまま、ボルターの顔を近い距離で眺める。

 日焼けした肌に、無数の古傷が小さいものから大きなものまで――。


 どれだけ戦ってきた人なんだろう……。


 エヌセッズというギルドのマスターだということは知っているが、それがどれだけすごいことなのかセリにはわからない。


「今度はあんた呼ばわりか」

 あきらめたようにため息をつきながら、ボルターは真剣な顔でセリを見た。


「それよりもお前、ずいぶん体の使い方ができてるな。ここに来る前、一体何やってた?」


 鋭い視線で覗きこまれる。

 圧に屈してしまいそうな迫力があったが、セリは言うつもりはなかった。


「別に……大したことなんか何もない。っていうかあんた、いつ、どこから見てたの一体」


「ん? 無謀にもお前が森の奥にどんどん突っ込んで走り出すあたり?」


 こともなげに放たれたセリフに、セリは反射でかみついた。


「ほぼほぼ最初も最初でしょーがよ、おっさん!

 そんなに早く間に合ってたんならなんですぐ助けないわけっ?」


「あーん? 人の忠告無視して森にはいったヤツが泣いて助けてーって言うまで出ていくわけねえだろうが」


「性格悪! 最悪! 人でなし! 私の頭に走馬灯が流れるぎりっぎりまで放置プレイってどういう神経してんのっ? 信じらんない!」


「おいおい、どこの悪い大人だ? お前に放置プレイなんていやらしい言葉を教えたやつは」


 ボルターは言葉とは裏腹に心底楽しそうに笑う。


「まあ、これが余裕のある大人の男のなせる技ってな。このギリギリ感が堪らなくクるだろ?」


「くるわけないでしょ変態!」


 担がれながら悪態の応酬を続けて、話がうまくそれたことにセリはそっと心の中で安堵する。



 (――ここでのことはもう忘れな……)


 大切な人の声が脳裏に響く。


 団長……ごめん。

 そっちの約束はちゃんと守るから。

 もうひとつの約束は……それだけは……。


 目の奥が熱くなる。

 涙が出そうになるのをこらえ、セリは気を逸らす何かを見つけた。


「てゆーか、おっさんの服? それ何巻いてんの」


 ボルターは、ん? と一度下に目をやってから、当然のように言った。

「プロスターグ狩りっつったら汚れちまうだろ? だからこれはお前の布団のシーツを巻いてきたんだ」


「……は?」


「あいつらの体液ときたら洗っても洗っても全っ然、これっぽっちも臭いがとれねーんだわ!

 一応捨ててもいい服に着替えてきたんだけどな、念には念をと思って一応な」


「捨てていい服着てるくせに人のシーツをわざわざ盾にするな!

 仮にも女の寝室入って、シーツ盗むなんて……っ」


「お、顏が赤いぞ? 一丁前に女の寝室にはいるんじゃねえってか?

 破れたりはしてねえから一応洗って返してやる。

 安心しろ、匂い嗅いだりなんかしてねえから」


「嗅がれてたまるか変態!

 見てろ! レキサとロフェにおっさんの悪口吹き込んで、いつかお父さん大っ嫌い、お父さんクサイ、お父さんの服と一緒に洗濯しないでって言わせてやる!」


「は! そいつは楽しみだ」


 大人の余裕というやつなのだろうか、ボルターは意に介した様子もなく豪快に笑っている。

 笑い声が聞こえたからだろうか、おんぶ紐でロフェを背負ったままのレキサが気づいて、泣きながら家から飛び出してきた。


 肩からセリをゆっくり降ろすと、家長が高らかに宣言した。


「何はともあれ飯にするか! 腹が減って胃痛がしてきたぜ!」


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