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安心設計の勇者召喚もの

TS剣姫は勇者に靡かない

 王城のとある一室。二人の男女が密談していた。


「すまない。何を言っているのかわからない。もう一度、説明してくれないか?」


 困惑した表情をしているのは、剣聖と呼ばれる王国の騎士。


「近々、勇者を召喚するのはご存じですか?」


「ああ、噂には聞いている」


 魔王復活に合わせて勇者召喚をするのは、この世界では珍しいことではない。


「剣聖の英雄職を持っている、あなたの力をお借りしたいのです」


「勿論だ。魔王を討伐すれば良いのだろう?」


「はい。ですので、この性転換薬を飲んでください」


「だからどうしてそうなる!?」


「神託で勇者のお供として選ばれた英雄職が〈聖女〉〈剣姫〉〈賢者〉なのです。剣姫だけ見つかりませんでした」


「当たり前だろう。剣聖と剣姫は同時には存在できないはずだ」


 剣聖と剣姫は同一の加護を有するが、枠は一つしかない。男であれば剣聖、女であれば剣姫となる。


「剣姫が必要なのです」


「どう考えても勘違いだと思うのだが……」


「過去の勇者の傾向を調べたのですが、勇者は同性のお供を嫌うようです。格下だと排斥しますし、格上がいると過剰反応を起こします」


「面倒な奴だな。勇者は呼ばなくて良いのではないか?」


「国の方針で決まってしまいまして。私はあなたがいれば魔王を倒せると思っていますが、送還する手段がありますし、魅了の対策もしています。まあとりあえず呼んでみて、勇者本人が断るならそのまま帰って頂こうかと」


「……勇者が来てからでは駄目なのか?」


「女性の身体に慣れる必要があります」


「妻と年頃の息子と娘がいるのだが……」


「慣れないと戦闘に支障が出ますよ? お渡ししておきますので、ご家族の前で飲めば説明も少なくて済むと思います」


「…………」


 賢者め……憶えていろよ……。




「親父、だよな?」


「……ああ」


「お父さん可愛い」


「勘弁してくれ……」


 家族に事情を話し、俺は薬を服用した。

 短く刈り上げた金髪は、腰当たりまで伸び艶やかに輝いている。メリハリのついた身体だが、女性でも小柄な部類。容姿はちょっとつり目だけど娘に少し似ているらしい。

 父親似の娘だからな。そういうこともあると思うが。


「私、あなたみたいな子を産んだ憶えはないわよ?」


「俺も産んでもらった憶えはないな」


「とりあえず、口調から直しましょうか。マリーナちゃん」


「別に良くないか? あとマリスだ」


「駄目よ、マリーナちゃん! 女性らしさを身につけないと旅で苦労するわ。でも安心して。私はそんなあなたでもイケるから」


 手をワキワキしながら近づく妻に戦慄する。


「おい、待てよ……冗談だろう?」


 息子と娘を居間に残し、抵抗虚しく寝室に引きずり込まれた。


「やっ……ヴィオラ! 本当に洒落にな……ひぐぅ!?」


 このあと滅茶苦茶レズックスした。




 新鮮な日々だった。


 勇者を召喚したと連絡が入り、わたしは登城した。

 既に聖女と賢者は城にいるらしい。賢者は宮廷魔術師だから当然なんだけどな。


「はじめまして、剣姫のマリーナと申します。微力ながら、勇者タケル様の助けになれるように頑張りますので、宜しくお願いします」


「君が剣姫のマリーナか! よろしくな!」


 一見すると爽やかな美青年。礼を欠くのは、まあいいとして……目線を下に向けるのやめい! 気持ちはわかるけど、いたたまれないわ! お前もニヤニヤするな賢者、というかメルヴィ! あと聖女テレシア! 自分のと見比べてちょっと悲しそうな顔をするな! 泣きたいのはこっちだ!


 メルヴィもテレシアも知らない仲ではない。メルヴィは腐れ縁だし、テレシアは娘の幼馴染。この姿を見られるのは辛い。


「勇者様の訓練が終わるまで、あとひと月はかかるの。その間はマリーナにも城で過ごしてもらうわ」


「わかりました」


「マリーナ、一緒に訓練しような!」


「ええ」


 実力差がありすぎて訓練にならないと思うのだが。

 顔を背けて笑うなメルヴィィィッ!!




「あ、あの……タケル様」


「なんだい?」


 勇者の微笑みが眩しい。


「わたしは既に剣術は修めていますので、このような事をなさる必要はありませんよ?」


 背後から抱きしめるような体勢で剣の握りを修正してくる。剣で生きてきた人間なのだが。


「僕がこうしたいんだ」


 魅了対策のアミュレットがビンビン反応しているんだよ! 下心だけか!


「…………」


「駄目かい?」


 アミュレットの反応が激しくなってきた! いっそ清々しいな!?


「駄目です」


 首を傾げながら、勇者が元の訓練に戻った。

 本当にコイツと旅に出るのか? 不安しかない。




 セクハラを受けながら月日は流れ、わたしたちは旅立った。正直、家に帰りたい。


「ようやく魔物と戦えるのか。腕が鳴るな」


 この辺りは大した魔物はいないし、この勇者でも大丈夫だ。

 ん? 言ってるそばから出てきたな。なんだスライムか。

 これなら放置しても――


「危ない! マリーナッ!」


「へ……? きゃあ!?」


 勇者はマリーナの腰に手を回し、抱きかかえるような状態で横倒しになる。

 お前が危ない! スライムとか街の子どもでも木の枝で倒せるわ!


「大丈夫だったかい?」


「ええ、まあ」


 お前ホントいい加減にしろよ。


「そんなところで、いちゃついていないで早く行きましょう……ふふっ」


 コイツもう隠すつもりないな!?

 スライムはテレシアが杖で一応、駆除したようだ。先が思いやられる。


 しばらくすると、ゴブリンが現れた。勇者の初戦には良いのではないか?


「マリーナッ!」


 スッと避ける。


「タケル様? おいたが過ぎますよ?」


 驚いたような表情に、むしろ驚く。


 ゴブリンもテレシアが倒した。

 その後は勇者も真面目に? 戦い始め、街まで辿り着くことが出来た。


 宿は勇者と私が一人部屋、メルヴィとテレシアが相部屋を取った。

 部屋に向かう途中でメルヴィに呼び止められる。


「マリーナ、同部屋じゃなくて平気?」


「越えてはいけない一線はあると思う」


「そう、夜中は気をつけるのよ? こっちは魔法で【施錠】するけど、宿屋の鍵なんて信用できないわよ」


「本当に、あり得るの?」


「私たち三人の中では、今のところあなたが最有力よ。あなたが堕ちない限り勇者も調子には乗らないはず。街での様子は気をつける必要があるけど、マリーナなら何とかしてくれると信じているわ」


「責任重大ね」


 上手く乗せられているとは思うが、テレシアが襲われたら娘に顔向けができない。わたし自身も妻に顔向けができないことにはなりたくないが。



 深夜の宿。



 ガチャガチャ


 ……バレているぞ勇者。ベッドから起き上がり、解錠しながら一気に扉を開いた。


 ガッ


「どうされましたか? タケル様?」


「……部屋を間違えた」


 苦しい。その言い訳は苦しい。


「そうですか。次は間違えないでくださいね」


 ドスッ


 床に剣を突き立て、扉を閉めた。

 どうやら今夜は乗り切れたようだ。




 ◇ ◇ ◇




 魔王討伐に向かった夫から手紙とお土産が届いた。


 とにかく勇者が酷いらしい。愚痴が少し綴られていたあとは、家族の心配とお土産について書かれていた。せっかく各地に行くからお土産は今後も送るとのこと。お酒だけは帰って一緒に飲みたいようだ。あとは返送用の便箋と……ん? 金貨が数枚入っているわね。


《臨時収入があった。生活費の足しにしてくれ》


 馬鹿ね……あなたが一番大変でしょうに。王国から支給されているお金もかなりあるわよ?


 夫の旅の安全を祈った。




 夫が魔王討伐に向かって半年が過ぎた。手紙とお土産は未だに届いている。


 気の休まらない毎日のようだ。勇者に対する愚痴がすごい。風呂を覗かれたときは殺意を覚えたらしい。何それ許せない。マリーナちゃんは私のものよ? あっ……このお酒、気になっていたやつだ。憶えていてくれたのかしら。毎回、金貨が入っているわね。要らないって手紙に書いたのに。


《結婚記念日に家に居なくてすまない。帰ったら旅行をしよう。その資金ということで》


 奇遇ね、あなた。私も旅行用に貯めているわ。




 報告するために勇者パーティが王都に帰還するらしい。四天王は既に二体倒しているとか。夫の帰宅を待っていた。


「……ただいま」


「おかえ――」


 夫が死んだ魚のような目をしていた。


「どうしたの!?」


「…………」


 夫は俯き、その場に立ち尽くしていた。

 側に寄り、もう一度声を掛けようとしたところで、夫が私の腰に手を回し抱き着いて来た。


「もうお嫁にいけない……ッ」


 マリーナちゃんの頭を優しく撫でる。


「ごめんなさい。意味がわからないわ」


「……勇者に裸を見られた」


「大丈夫よ。あなたは既にお婿に来ているわ」


 なるほど。手紙に書いていた、アレね。ところであなた、男に戻れるの?

 息子と娘とも再会して正気に戻った夫はかなり慌てていたけれど、数日家で過ごし、元気に旅立っていった。




 それから暫くして届いた手紙から、勇者に対する内容が少し変わり始めた。《勇者は案外骨がある》《同情できる部分も無くはない》《もう少し女性の扱いを覚えれば良いのに……》少し擁護するようなことが書かれているわね。意外だわ。そして、あとはいつも通り。


《新しい家は欲しくないか? 子どもが増えたら手狭になる》


 甘いわね。その資金は既に貯まっているの。安心していいわ。

 でも大丈夫? その身体で。






 それから二年が経とうとした頃、魔王が討伐された。お土産のお酒は数百本にも及んだ。途中から、支給されるお金よりも夫からの仕送りの方が金額が上回ったのは驚いた。強い魔物の素材ってそんなに儲かるのかしら。


 祝勝のパレードが通りで行われるので息子と娘を連れて行こうとしたが、息子は嫌がったから置いてきた。知っているわよ? 前回、夫が帰って来たときに息子を構いすぎて、息子が顔を真っ赤にしていた。あれは辛いわ。


 勇者、聖女、剣姫、賢者――こうして見ると、とても元男には思えない。振舞いが板につき過ぎている。パレードも一段落したようだし、声をかけようかしら。人混みをかき分け、娘と夫の許に向かう。


「本当にマリーナは結婚しているのか?」


「はい。わたしには子どももいます」


 何やら勇者が夫に詰め寄っていた。


「なら連れて来てくれ。挨拶をしたい」


「いや、それはちょっと……」


「僕に嘘はつかないで欲しい。君のことが好きなんだ。どんな犠牲を払ってでも手に入れたい」


 何かしらこの展開。もうちょっと様子を見てみたい。


「ヴィオラ、来ていたのね」


「面白いことになっていて声をかけられないわ」


 メルヴィが側に寄って来た。テレシアちゃんと娘も会話に花を咲かせている。


 ドンッ


「僕の側にいてくれ……」


 マリーナちゃん壁に追い込まれてる! メルヴィがお腹を抱えて笑っているけれど、同意見よ! 絵面は良くても真実は残酷だもの。公衆の面前で顎クイも初めて見るわね!


 あっ、夫と目が合った。


「ごめんなさいッ!!」


 ――え? マリーナちゃんの身体がブレたと思ったら勇者が意識を失った?


「メルヴィ! タケル様、体調が悪いみたいなの!」


「わかったわ。早く安全な場所に送って差し上げましょう」


 勇者を担ぎあげた夫が王城に駆けていく。それにメルヴィが続いた。




 魔王を討伐した勇者は、彼の希望により元の世界に送還された。

 王国は勇者に感謝し、金塊と宝石を褒美として与えたという。






剣聖マリス/剣姫マリーナ:勇者と共に魔王を倒し、勇者から王国を守り抜いた。旅の間にアミュレットが七個ほど破損している。その都度、テレシアに窮地を救ってもらった。メルヴィが薬を準備しておらず、一年ほどそのまま過ごすことになる。息子をからかうのは流石に自重した。


賢者メルヴィ:ヴィオラからの依頼により、性転換薬を定期的に届けている。マリスを弄るのが生き甲斐になりつつある。自分の春はまだ来ない。


聖女テレシア:マリーナとの胸囲の格差に打ちひしがれていたが、久しぶりに会った幼馴染を見て安心した。テレシアは知らなかった。幼馴染はまだ成長の余力を残していたことを……。


ヴィオラ:少し時間は掛ったが、無事に男に戻った夫との間に三人目の子どもが産まれた。メルヴィ提供の性転換薬を隠し持っており、偶に夫に飲ませている。ネコのマリーナちゃんが可愛いらしい。


勇者タケル:魅了チートでハーレム願望あり。いつの間にか一途にマリーナに迫るようになる。着実に実力を高め、魔王を討伐することに成功。報酬でマリーナを要求したが心を奪えず、強制送還された。持たされた金塊と宝石を換金すると、一生遊んで暮らせる金額――のはずだった。川崎で〈夜の勇者〉と裏で名を馳せ、数年で身を持ち崩した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死ね魅了ゴミ
[良い点] この物語はもし寝取られ成功してしまったら、この家族の事情はすごく複雑になりますね。
[一言] 主人公とヒロインがケンカ ↓ ヒロインが間男に犯される ↓ 間男は実は両刀 ↓ 主人公メス堕ち ↓ ヒロイン腐女子に覚醒 見たいな話も見たいなー(チラッ)
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