働く人、募集します!
農夫のおっさんの畑に雨を降らすようになってから数日。
連日、屋敷の前には、話を聞きつけた農夫たちが、自分の畑にも雨を降らせてくれと頼みに殺到していた。
それを見て、バイゼルは「はぁ……」とため息をこぼしていた。
「どうした? バイゼル」
「どうしたもこうしたも、ご当主」
「何か悪かったか?」
「ああして毎日農夫がやって来て、いちいち畑に出て行かれては、他の業務に支障が出ますぞ」
「元より、どうして解決しなかったのかが俺には疑問だ。逆に不思議でならないんだが」
「……」
そう問い詰めると、バイゼルは口をつぐんでしまった。
と言うよりも、不貞腐れてしまったように見える。
何だよー、拗ねるなら最初から言うなよな。
しばらくして、バイゼルはモソモソと話し始めた。
「……雨を降らせるだけでは根本的な解決にはなりませんぞ」
「はて、それはどういう意味だ?」
「水不足については、我が領地最大の懸念の一つ。水があれば、乾いた土も幾らかは肥えましょう。ですが、いちいち雨を降らせるのは効率が悪すぎます」
「じゃ、どうすんの?」
「水源を確保するのです」
水源を?
「水源を確保するったって、井戸はあるぞ?」
「違います。生活用水ではなく、農業用水を確保するのです。そのための水源の掘削、水路の整備、各畑に流すための用水路の確保。水を確保すると簡単に言いますが、人工に道具に時間に金と……実際は実現困難な問題ばかりですぞ」
へぇ、ただ畑に水を引くのにもそんなにやることがあるのか。
領主ってのは、そういったことも考えて行動しないといけないわけね。
そっか、そっか……
でもそれ、できないことはないなー。
「水源を見つけるだけでも困難なのですが……」
「大丈夫、心配するな。すぐに見つけるさ」
「は? ご当主?」
バイゼル、そんな残念そうな目で俺を見るなよ。
これでも、元宮廷魔導師だぞ。舐めてもらっちゃ困る。
俺は本棚から領地の地図を引っ張り出した。
それを机の上に広げる。
「今、この領地の水源はここだよな?」
俺は指で山脈のあるところを指した。
その山脈は、領地の北側を走る尾根になる。
「そうでございますが、同じ水源から引けば、すぐに枯渇してしまいますよ」
「水源がないなら作ればいいんだよ」
「……ご当主。子供の遊びではございません」
だから、残念そうな目で俺を見るなって!
ちゃんと話を聞けよ!
「……いいか? まず、山の中にどでかい穴を掘る。貯水池だ」
俺は自分の考えをバイゼルに聞かせてみせた。
山に貯水池を使った後、そこから水が流れる水路を作り、領地へ繋ぐ。
領地まで伸ばされた水路から、今度は耕作地帯へと水路を枝分かれさせ、それぞれの畑は水を引いて行く。
と言うものだ。
「理屈は分かります。ですが、肝心の水がなければ……」
「そこで登場するのが、魔力結晶だ」
「魔力……結晶?」
魔力結晶、つまり、魔力を一定量閉じ込めておく結晶体のことだ。
魔法使いなら誰しも恐れることがある。
それは自身の魔力の枯渇だ。
魔法を行使する以上、避けては通れない問題になる。
だが、魔力結晶があれば、予め予備の魔力を注ぎ込み、枯渇しそうになった時にそこから補充ができる。
誰が考えたか知らないが、非常にグッジョブなアイテムなのだ。
そして、このアイテムは魔力の補充だけでなく、こんなことまでできる。
「あらかじめ、魔力結晶に『スプラッシュ』の術式を書き込む。あぁ、『スプラッシュ』てのは、井戸とか水源がない場所で水を作り出すっていう補助魔法なんだけど。魔力結晶に魔力が流れる経路を連結して延々と水を発生させれば、貯水池に水がどんどん溜まるって仕組みさ」
「……その魔力の補充はご当主が?」
「当分はなー、まぁ、魔力の補充は月に一回くらいで十分じゃないかなー」
「月に一回? そんなに保つのですか?」
「元々、消費が少ない魔法なんだよ、補助魔法ってのは。そこから発展したのが、攻撃魔法や回復魔法って言われてる」
俺はちょこっとだけドヤ顔で説明してやった。
うん、初めてバイゼルの上をいった気分だ!
「あとは水路の確保だなー」
「それには及びません。この領地には元々水路がございましたから、それを再利用されればよろしいかと」
バイゼルからそれを聞いて、俺は驚き飛び上がった!
「マジで! なんで使ってないの? ……あ、そっか……」
そこまで言って、俺はバイゼルが何を言わんとしたかを悟った。
以前より存在した水路が使われなかった理由。それは……
ーー水源が干上がったからだ。
バイゼルが顔をしかめる。
「ま、まずは貯水池の工事だなー。工員を見繕わないと」
「ですが、打って付けの人材となるとなかなか……」
「あ、大丈夫大丈夫」
そうバイゼルが心配するが、俺にはある宛があった。
ーー
「よう、領主の兄ちゃん!」
町の酒場に入ると、店主が気前よく俺に話しかけてきた。
「やめろよ、普通にジェドでいいって」
「そうも行くかい! このアルブラム領の領主なんだからな! 相応の呼び名で呼ばねぇとよ!」
その相応の呼び名が『領主の兄ちゃん』?
何かが間違ってないか?
「で、今日は何しに来たんだ?」
店主はそう言いながらカウンターにグラスを置いた。
何しに来たか聞いといて酒を出すなんて。
あんた、商売上手やねぇー。
「ん、ちょっと人探し」
出されたものは頂くってのが、俺のポリシー。
グラスを軽く煽ると、俺はお目当ての人間を発見した。
よし!
「やぁ、元気そうだな。三人とも」
俺が話しかけたのは、帰郷したその日に喧嘩を売って来た例の三人だった。
三人とも、顔から血の気が一気に引いて行く。
「あ、あの、あー」
「り、領主……さま?」
「な、な、な、なんのののの、よう?」
おいおいおい、普通に話せや、普通にー。
俺は手にしたグラスをテーブルに置くと、三人と同じように腰を据えた。
「お前らさー、暇じゃない?」
そう笑顔で問いかけると、三人とも勢いよく首を縦に振りまくる。
待て待て、犬じゃないんだからそんなことするなよな。
「よし! じゃぁ、この領地のために一働きしてくれ!」
俺の申し出に、三人は鳩が豆鉄砲食らったような、間の抜けた表情をして見せた。
「ん? 嫌か? あ、そうか。報酬がいるよなー。そうだなー……、仕事の間は、この酒場の酒が飲み放題ってのはどうだ? もちろん、俺のおごり。なー、店主ーー!」
俺がそう呼びかけると、店主は振り向かずともサムズアップ!
よし、交渉成立だ!
「そうしたら、明日の早朝! 町の門で待ち合わせだ! いいな!」
三人はまた、首を縦に振りまくった。
これで工員は確保した!
明日から忙しくなるぞー!
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