領主、雨を降らせる!
いよいよ、領地改革です?
「うぇぇぇぇぇ……死ぬぅぅぅぅぅ!」
実家の執務室で書類の山に囲まれて生活すること一週間。
俺は今、猛烈に後悔していた。
何故、俺は実家を継いでしまったのだろうかと!
「ご当主。まだ問題が解決しておりませんぞ」
バ、バイゼル……
そ、その問題って、なんなんだぁ?
「まぁ、様々ですが……、やはり農耕関係でしょうな。圧倒的な水不足と日照、乾燥による土の栄養不足が解消されれば、領民の生活も多少は潤うのですが」
「栄養不足って?」
「アルブラム領の土は肥沃な土地に比べ、栄養が足らなさすぎるのです。現在は定期的な行商による買い付けで何とか食糧事情を補っておりますが……」
バイゼルのその言葉で俺はピンと来た。
貧乏、底辺、辺境の三拍子揃った最果ての領地にしては当然かもしれないが、食料関係でやけに金が飛んで行ってるのを、決算書を見たときに引っかかっていた。
なるほど、領内での生産力が低すぎるため、外部に頼ってるってことか。
「この辺りが解消されれば、資金繰りも多少は変わってくると思うのですが……」
「オッケー、分かった!」
「は? ご当主?」
俺は書類の一枚に承認印を突いてから、立ち上がった。
「要するに、自分ちでちゃんと食い扶持を稼げばいいんだな?」
「ど、どちらへ行かれるのですか?」
俺は机を離れ、入り口横に掛けてあったマントを羽織った。
領主としての証。
家紋が刺繍されたマントだ。
「ちょっと畑に行ってくる」
さて、まずは現状視察だ。
ーー
「何しに来やがった?」
ヘイ、そこの農夫さん。
いきなり鍬を突き出すのはやめて欲しいなぁ……
そして、何故に俺はそんなに敵視されるんだろう?
甚だ疑問だ……
「何しにって、畑の状況を見に来たんだが……」
とチラッと農夫の背中に広がる畑を覗く。
成る程、干からびた土に僅かに生えている草木。
聞くより見たほうが明らかな不毛地帯。
こりゃ、確かに作物は育たんわ。
「えーと、今は何を植えてるんだ?」
「今? 今の時期はトウモロコシだ。だが、生えてこねぇよ!」
「それはどうして?」
「どうしたもこうしたも、土だ! 土が悪いんだ!」
あぁ、やっぱり。
バイゼルの言う通りか。
肥沃な土地に比べ、我が領地の土は栄養が足りない。
成る程ねぇ。
どうして親父はこの問題を解決しなかったのだろうか?
「じゃ、今まで何が採れてたんだ?」
「干からびた土地でも少しは育つ。でも出来たところで痩せっぽちな野菜しか育たねぇから、売りも出来ねぇ! 分かったか? 分かったらとっとと帰りやがれ!」
「一つ聞きたい」
俺は唾を飛ばしてがなり立てる農夫に向かって、天に指を突き出して見せた。
「土が肥えたらどうする?」
「は? 何言ってやがんだ!?」
「だから、土が肥えたらどうするって聞いてるんだよ」
「そ、そりゃ、おめぇ……」
そう尋ねると、農夫のオッさんは急に内股になって、恥ずかしそうに手足をクネクネし始めた。
あんた、オネェか?
「う、植えるさ。食えるもんをドンドンな」
「じゃ話は早い。天候魔法『レイニークラウド』」
農夫の話を聞いてから俺は魔法を使った。
まずはこの畑のいっぱいに雨雲を発生させる。
おっと、魔力の操作に気を付けてっと。
よしよし、上手い具合に雨雲を作り出せたぞ。
「え? あ、雨雲?」
農夫は驚いているが、まだまだこれから。
天候魔法『レイニークラウド』は、元々、戦場で敵の視界を奪うために雨を発生させる魔法だ。
すなわち、戦闘補助魔法の一つ。
でも、殺傷能力なんてありゃしないから、そんなに重宝される魔法じゃない。
あまり活躍の場を与えられない魔法だが、畑に雨を降らすならうってつけだろう。
ネックなのは、俺が使うとどうしたって雨雲が広範囲になって、それこそバケツをひっくり返したような土砂降りになってしまうことか。
その辺りは魔力の調整で何とかなるんだが……
程なくして、畑にポツポツと雨が降り始めた。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
農夫はその場に膝をつき、声を上げ始めた。
「水の加減が分からん。適当なところで止めるから、教えてくれると助かる」
俺がそう話しかけるが、農夫は目の前の光景に夢中で見入っている。
そりゃまぁ、そうだろうなぁ。
元々、雨が降らない土地なんだから。
ありゃ、風向きが変わったか?
おわわわわわ!
な、何だよ、俺たちにも雨が降り掛かるじゃねぇか!
うわ、つ、冷たい冷たい!
おわー! 雷も鳴り出したじゃねぇか!
「の、農夫のおっさん! あ、雨に掛かっちまう! 濡れちまうぞ!?」
俺は雨やどり出来そうな場所をキョロキョロと探すが、農夫は微動だにしない。
仕方ないから俺も付き合うことにした。
お陰で俺もずぶ濡れだ。
それから三十分程して、魔力を引くことにした。
雨雲は姿を消し、残ったのは十分しっとりと濡れた土と、ずぶ濡れになった俺と農夫のおっさんだ。
「うひゃぁ……、見事にずぶ濡れかぁ。おっさん、大丈夫か……?」
そう話しかけると、おっさんは何故か目に涙をいっぱい溜めて俺の手を握り締めてきた。
「あ、あ、あぁ……」
な、何だよ、文句があるならさっさと言ってくれよ……
「あ、あんた、あんたは神様だ!!」
はぁ? か、神様?
「こ、この恩は一生忘れねぇ! ありがとう、ありがとう!」
「な、何言ってんだ? 領民が困ってるんだ。何とかするのは領主の務めじゃないか。あ、あんまり、気にすんなよ」
そう言うが、農夫は俺の手を握って離さない。
離さないどころか、ずーっとそうして俯いてるから、鼻水が俺の手に付いたんだけど……
ま、いっか。
「そらそら、おっさん。濡れた服、乾かさないと。『エアドライ』」
乾燥する魔法を唱えると、俺とおっさんのずぶ濡れになった服はすぐさまカラッカラに乾いた。
おっさんは不思議そうに服を触ってるな。
「す、すげぇ……、魔法か?」
「これからもちょいちょいだが、雨を降らしに来る。その方がいいだろ。あぁ、どの程度の量かはおっさんが判断してくれよ。後、この雨には栄養は入ってないからちゃんと肥料も撒いてくれよ。じゃあな」
と言って俺はその場を後にした。
ーー
後々、この畑の土は肥沃になり、トウモロコシだけじゃなく、芋やトマト、葉野菜なんかも作れるようになった。
それだけではない。
ジェドの噂を聞きつけた他の農夫たちが、我も我もとジェドへ頼んだため、彼は領内の畑全てに雨を降らせることになる。
その結果、アルブラム領は年中を通して作物が収穫できるようになり、これまで行商から食料を買い取っていたのが、逆に他の領地へと売りに行くようになったのだが、それはまた、後の話である。
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