そして、領主になる
ここまでで第1章になります。
遂に新領主の誕生だー!?
屋敷に戻り、領主になる事をバイゼルに伝えると、バイゼルは俺をギュッと抱きしめてくれた。
親父の代わりに抱き締めてくれたらしいのだが、痛い。
ーー痛い痛い痛い!
ついでに言うと、髪の毛固めるポマードも臭い!
ーー臭い臭い臭い!
早く離してくれよ、もぅ!
どんだけ馬鹿力で抱きしめてくれやがるんだ!
それから、ポマードじゃなくてワックスで髪の毛を固めてくれたまえ!
俺は体良くバイゼルから体を離し、そのまま執務室へ向かった。
ベッドの上の親父は、変わらずドロリとした目をしていた。
それでも、自分の決意を伝えねばと、親父の傍に座ってその事を告げる。
親父はゆっくりと目を閉じて涙を一筋流し……
ーーそのまま息を引き取った。
そこからはなんだか慌ただしく、バタバタと時間が流れていった気がする。
葬儀の段取りして、あちこちに連絡を回して、教会の神父に鎮魂の言葉を頼んで(めーっちゃボッタクられた!)。
バイゼルがいてくれて良かった。
ほとんど彼の指示で、そつなくこなすことが出来た。
葬儀自体はこの上なくしめやかだったんだが、親族は俺一人のみ。
兄貴と姉貴は全く顔を出さなかった。
領民の参列もなく、親父がいかに慕われていなかったかを思い知った。
いや、慕われていなかったんじゃなくて、親父から歩み寄ろうとしなかったのかも?
今となっては分からない。
聞く相手は土の中だ。
それとも、反魂の法を使って魂を呼び戻して尋問するか?
いやいや、やめとこう。
第一、それ出来ないし。禁忌だから使ったら捕まるし。
領主継承の儀もつつがなく終わり(皇帝に交代届け出しただけ)、帝都からの許可証が届き晴れて俺がアルブラム領の領主となったのは、親父の葬儀から一週間が経過してからだった。
「バイゼル」
「はい、坊っちゃま」
「兄上と姉上から連絡はあったか?」
「いえ、何も……」
「……」
マジか……
あの二人は一体何を考えてるのだ?
父親が亡くなったというのに、どうして顔を出さない?
ましてや、二人の代わりに俺が領主となったのだから、せめて一言くらい挨拶があってもいいはずだが?
「はぁ……薄情だよなー、兄上も姉上もさ」
「と言いますと?」
「親父が危篤だっていうのに、領地に興味ないとか音沙汰なしとかさ。家族って、こんなもんなのかな?」
「お二人ともお立場等ございます。止むに止まれぬ事もありましょう」
「それにしたって……はぁ……」
愚痴っぽくなってしまった。
これ以上はやめとこう。 何も生み出さないし、時間の無駄だ。
もし俺が兄貴の立場だったとしたら、同じようになかなか時間が取りづらかったかもしれない。
宮廷魔導師を続けていれば、兄貴同様、電報の返事だけ返したかもしれないし。
人のことは言えないか。
「あれこれ言ってても何も始まらない。バイゼル、俺たちは俺たちで、これからの事を考えよう」
「さすがジェド坊っちゃま! では、領主たるや何ぞや? からお仕込み申したいところなのですが、なにぶん時間がございません」
と、どこから出したのか、バイゼルはぶっとい辞書十冊はあるだろう書類の束をドカッとテーブルの前に置いた。
「……バイゼルさん、これは何ですか?」
「たった今からジェド坊っちゃまはアルブラム領の領主でございます」
「そ、それは理解しておりますが……」
「故に今後はご当主と呼ばせて頂きます」
「はぁ……」
「ご当主、これはご当主が目を通されるべき書類でございます」
へぇ、そうなんですかぁ。
これを俺がねぇ……
ーーって何? こんなゴツい書類の束全てに目を通せってこと!?
「こ、これは、何の書類なのかな?」
「この領地にまつわる全ての事柄にございます。主に金銭関係ですな。全て、領主の承認印が必要でございます」
「で、でも、俺はまだ自分の印章は持ってないんだけど?」
「問題ありません、すでに出来上がっております」
キュピーンと目を光らせたバイゼルは、懐からササッと黒光りする小さな棒を取り出し、俺に渡した。
うん、間違いない。
俺の名前がしっかりと彫り込まれた印章だ。
「……いつのまに」
「迅速、撲滅、解決。いずれもマッハがモットーでございますから」
いや、マッハって。
音速超えて仕事こなす意味、あるのか?
ていうか、迅速と解決は分かるけど、撲滅って何!?
「とにかく、お目通し下され! 坊っちゃま、いやいや、ご当主! うほん、あかんあかん。癖が抜けないのは良くありませんな」
長年の癖なんて、そうそう抜けるもんか!
全くバイゼルめ!
いくらなんでも仕事早すぎだろ?
「しっかし、これは……」
俺は目の前に積まれた書類の山を見て目眩を覚えた。
見てるだけでクラクラしてくる。
これはダメだ。
少し休憩が必要だ……
「バイゼル、ちょっと外の空気吸ってくるわ……」
「なりません、ご当主! 自覚をお持ち下さい! 今は公務でございますよ! まずは承認印を承認欄に押すのです! ささ、ズガーンと行って! ズガーンとぉぉぉぉ!」
「ひ、ひぃ!?」
「酒など仕事が終わってから嗜まれればよろしぃぃぃぃ! さぁ、早く! さぁさぁさぁぁぁぁぁ!!」
うぅ、バイゼル……
あんた、鬼や……
ーー
アルバラム領から遥か東の領地にある、美しく広がる湖畔。
その横に佇む、白一色で塗りつぶされた外壁の建物では、湖畔に張り出されたウッドデッキで二人の男女が茶を嗜んでいる最中であった。
二人とも整った顔立ちに着ている衣類は豪華絢爛。
優雅に振る舞うその仕草を含めて容姿端麗という言葉が似合う二人だ。
「全く、父上も人が悪いな。死んだフリしてジェドに領主を継がすなんて」
そう言ってはにかみながら茶をすするのは、ジェドの兄、ジュリアス・アルブラムだ。
その対面に座っているのは……
「ほんと、冒険者に戻りたいからって仮病なんて使わなくてもよろしかったのに」
ふんわりカールがよく似合う美女、エミリア・ローゲンベルフである。
「既成事実が欲しかったのさ、父上は。かねてより、冒険者に戻りたがっていたからね」
「でもジェドが継ぐなんて。お兄様がお継ぎになればよかったのに」
エミリアにそう言われて、ジュリアスは苦笑いした。
「はっはっは、私には無理さ。ジェドが適任だよ」
「どうしてジェドですの?」
「あいつの魔法。特に補助魔法がS級だからだよ」
「S……級!?」
ジュリアスの言葉に、エミリアは驚いてみせた。
いや、本当に驚いているのだ。
「そんな、どうして?」
「おや、エミリアは知らなかったのか? 恐らく、母上の血だろう。母上はS S S級の魔法使いだったからね」
ジュリアスは遠い目を湖畔に向けながらそう答えた。
「私たちには、その血が受け継がれなかったというのは皮肉かな。まぁ、受け継がれたところで、持て余すのは目に見えているがね」
自嘲気味に笑う兄を、エミリアは少し悲しそうな目をして見ていた。
本来であるなら、この兄ジュリアスがアルブラム領を継ぐはずだった。
だが、アルブラム領にはある秘密が隠されている。
その秘密を死守するためには、ズバ抜けた魔法の才能が必要なのだ。
だが、悲しいかな。
兄と姉に魔法の才能は発現せず、弟にのみ発現したのだ。
そのことを、兄は憂いていのである。
「可愛い弟に全てを託すことになるとは、兄失格だな」
ジュリアスはまた、遠い目を空に向けた。
かつて生まれ育った、荒れた大地が広がる故郷を思って。
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