領主なんて、俺には無理っすよ!
この俺が親父の後を継いで領主だと!?
バイゼル、それは何かの冗談だろ!?
冗談はヨシ子さんだ!
「いや! 無理無理無理無理! 絶対無理!」
俺はあらん限りの力を振り絞って両手をブンブンと顔の前で左右に揺らして見せた!
だが、当のバイゼルはどこ吹く風って顔をしている……
ていうか、やめて。口笛吹いて聞き流すのやめて!
それに、俺とバイゼルだけでこういった話を進めるのはまずい!
まずは、兄弟に伺いを申し立てねば!
「バイゼル! 俺に領主なんて無理だ! 第一、兄上が聞いたら何を言われるか……!」
俺には兄弟がいる。
兄が一人、姉が一人。
二人ともめーっちゃ優秀で、帝都の貴族学校を卒業したあと、兄は帝都の文官。姉は上流貴族に嫁ぐという、兄弟揃って将来安定間違いなしの出世コースに乗っちまった。
俺とは実力から言って雲泥の差があるよな、あの二人は。
それに、兄を差し置いて弟が実家を継ぐなんて……
前時代的かもしれないけど、さすがにそれはちょっとなぁ……
だが、バイゼルは……
「ご安心下さい、坊っちゃま」
とメチャクチャニコニコしてるバイゼル。
とても不安だ。不安で不安でしょうがない。
「ジュリアス様からのお返事ですが……」
あ、ジュリアスってのは兄貴ね。
こいつがまた、いい男でさぁ。
確か学校を卒業した後、結婚の申し込みが殺到したって聞いてる。
まぁ、兄貴はまだ嫁を貰うほどではないって言って全部蹴ったらしいけど。
仕事もできるし、領主になるには言うことなしの人材だ。
俺が太鼓判を押してやる!
で、そのお返事とは……?
「領主には興味なし。とだけお返事がございました」
……
は? 興味なし?
俺は我が耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待て。兄上は何て?」
「ですから、領主の仕事に興味はないと……」
フザケンナァァァァァァァァ!
あのクソ兄貴がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
本来なら長男であるお前がソッコーで戻って来てあれこれバイゼルと相談する立場だろうが!
それを、興味ないってどういうことだよ!?
「じゃ、じゃぁ姉上は!?」
「エミリア様は、元よりこの家をお出になった方ですから、元より思案しておりませなんだ」
うぇ……
マジか、マジか、マジかーーー…………
姉上め、もしこのことを見越しての早めの結婚だとしたら、なかなかに計画的じゃないか?
「因みに、先日届いた文によりますと、めでたくご懐妊されたということなので、ご当主名義でご祝儀を送りました」
は!?
ゴシュウギヲオクリマシタ?
な、何をやってるんだよバイゼルーー!
送ってる場合じゃないだろぉぉぉぉぉぉ!
ぐっはーーーーーーーーー!!
してやられた感半端ねぇーーー!
何のタイミングでご懐妊だよ!?
やっぱり計画的じゃねぇかー!
こりゃあれだな、兄弟で密かに結託してやがったな。
敢えて俺に何も言わず、全てを押し付けるという兄貴の画策か!?
頭の切れる兄貴のことだ。
十分可能性はある……!
おのれぇぇぇぇ……
クソ兄貴めぇぇぇぇぇぇ……
きっと今頃涼しい顔して書類にバンバン印鑑押しまくってるに違いない!
姉貴は姉貴で、お腹を撫でながら、
「早く産まれて、ベイビーちゃん♡」
と光悦とした表情で囁いてるに違いない!
責任逃れしやがったな、このファッキン兄妹め!!
しかし、そんなことお構いなしにバイゼルは話を進めていった。
「というわけでありまして、坊っちゃま」
「どういうわけだよ、バイゼル!」
「この家の家督、是非とも坊っちゃまに継いで頂きとうございます」
とバイゼルは深々と頭を下げた。
まー、そうなりますわな。
肝心の長男は継承を拒否するし、家の名を考えたら長女の嫁ぎ先を巻き込むわけにもいくめぇ。
がしかし、どうしたもんか……
宮廷魔導師をクビになったばかりで再雇用の斡旋はかなりありがたいが、いきなり領主って……
だいたい、解雇されたこと自体、言い出しにくいんだが。
よし、ここは少し返事を濁すべきだな。
あまりにも急過ぎる!
一旦保留にしよう! そうしよう!
「バイゼル。申し訳ないが、ちょっと話が急過ぎて……」
「そうでしょうな……、私こそ気が早ってしまって……」
「お互い考える時間が必要だと思う。俺ももう少しここにいれるし、その間話し合うっていうことも出来るはずだ」
「ほう? どこかお戻りで? 確か、宮廷魔導師は解雇されたとお聞きましたが?」
……ん?
どうして知ってるの?
「いいい、いやまぁ、それはだな、おいおい話すとして……、兎にも角にも、こういうことは時間をかけてじっくりと話し合う必要があると思うぞ」
「それはそうですな。ですが、坊っちゃま。ご決断はお早めに……、先程も申し上げましたが、ご当主はもう長くはございません」
そう言ってバイゼルは額に指を寄せてふうっとため息をついた。
その顔からは少なからず疲れが見て取れた。
今日まで色々と親父の代わりに務めてきたことがあるのだろう。
思えば、バイゼルだけだった。
常に親父のそばにいてくれたのは。
俺たち兄弟も、小さい頃はバイゼルが遊び相手みたいなものだったしなぁ。
母親が亡くなった時、親父は丁度帝都に出張だったから、代わりに葬儀やら何やらと段取りで動いてくれてたし。
ほんと、感謝しても仕切れないよ。
そのバイゼルから見える疲労の影。
バイゼルには本当に苦労をかけっ放しだったんだなと、それとなく感じてしまった。
それが申し訳ないのと、この場に居づらいのが重なって、重苦しい雰囲気になってしまった……
「バイゼル、悪い。少し……外の空気を吸ってくる」
その雰囲気から逃げ出したくなって、俺はバイゼルの部屋から出ていった。
はぁ、これからどうしよう……
俺は何の当てもなく、屋敷を出て町の方へと足を向けたのだ。
ーー
ジェドが出ていったのを見送ると、バイゼルは掛けているメガネを取り、そのレンズを拭き拭きしていた。
「ふぅ、なんとかやり込めそうですな」
誰がいるわけでもなくそう口から溢れると、
「うーむ、まさか本当に宮廷魔導師を解雇されるとはなー。やるときゃやるじゃねぇか、あのボンクラ魔導師め」
バイゼルが振り向けば、そこには一人の男が立っていた。
「よろしいので? ご当主」
バイゼルは振り向かずに話し掛けた。
「あのままいけば、恐らくジェド坊っちゃまがアルブラム領を治めることになりましょう。ですが、例の負の財産をまるまる継がせることにもなりますが」
「構わんさ、どうせ帝国から見捨てられた領地だ。再興するも潰すも、ジェド次第だよ」
そこに立っていた男性は、先程まで執務室のベッドで息も絶え絶えに横になっていた、あの男であった。
「俺もちょっと疲れたからなー、帝国にいい顔しながら媚び売るのは飽き飽きだよ」
「その言葉、そのままジェド坊っちゃまにお聞かせ頂きとうございます」
「無理無理! あいつの魔力感じただろ? 絶対殺されるって! それにしてもふざけてるよな、攻撃・回復魔法はてんで落第点なのに、どうして補助魔法はS級になるかねー」
おかしな才能だと、ジェドの父、リチャードは肩をすくめて笑って見せた。
「あの分だと、町で何か起こしそうですが」
「いいじゃないか、若気のいたりだ。町の者に顔を売るのにもいい機会だよ」
そう言って、リチャードはその場からスッと消えるように姿を消した。
「やれやれ」
バイゼルはリチャードの気配が消えたのを見計らうと、ソファに深く背中を埋めた。
「かつてのS級冒険者がシャバに戻りますか。坊っちゃま、このバイゼル。最後までお仕えさせて頂きましょう」
そう言って、深くため息をついてから、バイゼルは目を閉じた。
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