表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/54

虚しい抵抗

第三軍、強すぎるやろ……

 日が昇りきった頃。


 アルブラム領の街の前に広がる平原に、馬の足音が響き渡った。


 レスター率いる第三軍が、アルベルトの軍勢が駐屯している陣地に向かって進撃を開始したのだ。


「第三軍! 突撃体形を取れ!」


 レスターの号令で、第三軍は縦三列に並び始めた。

 第三軍は、総勢百人足らずの少数部隊だ。

 百人と聞けば、戦力として強大に感じることは少ない。

 人数が上回れば、逆に蹂躙できると考えるのが普通だろう。

 だが、第三軍の場合は違った。

 一人一人が猛者なのだ。


 剣、槍、槌、弓、無手。


 どれを取っても相手に引けを取らず、かつ、負け知らず。

 どんな戦場にあっても、第三軍が負けることはまずなかった。


 故に無敗、無敵、無死。


 しかし、単騎での戦闘力が高いが故に生まれるのは、他の者からの疎外感や畏怖の視線だ。

 第三軍のメンバーは、その誰もが修羅の如く強さを兼ね備えいる。

 しかし、その強さゆえに、他の隊の者たちとは相入れぬ距離感が自然と生まれてしまっていた。

 第三軍に入るまでは、皆、常に最前線で戦わされ、たった一人生き残ることはざらだった。

 そして、敬意ではなく、畏怖の念を向けられる。

 そうした中で生まれてくるのは憤りだけ。


 ーーなぜ、自分は死すら許されず戦うのか?

 ーーなぜ自分一人が生き残ってしまうのか。


 その想いが心を蝕み、やがて思考を支配していく。

 そこに主君に仕える喜びや忠誠心など皆無。

 戦いを求め、修羅と化し、欲望の求めるがままに血を求め、貪るように得物を振るう。


 戦いの中にだけ希望を見出す日々が続いた。


 レスターという、命を捧げられるに値する主君に出会うまでは……

 何故なら、レスターもまた。

 彼らと似たような経験を持っているからだった。

 戦いの天才、武神、羅刹。

 戦いにおいて、レスター程の才を見せた者は、皇族の家系では見たことがないと言われるほど。

 戦の神に愛されし皇子とさえ言われたが、レスターはそれを望んだわけではなかったのだ。

 戦いに出れば、自分は生き残り、仲間は死ぬ。

 戻れば、


「皇族だから生き残った」

「守られて戦っていた」

「自分だけ逃げ延びた」


 と何度も後ろ指を指され、陰口を叩かれた。

 それでも、レスターは笑顔であり続けた。

 皇族として、皇帝の顔に泥を塗るわけにはいかなかった。

 温厚であろうとした。

 しかし、母親のことまで引き出されては、流石のレスターも温厚なままではいられなかった。

 レスターも彼ら同様、生きた心地のしない毎日を、血を求めて、血にまみれて過ごしていた。

 そんな彼だからこそ、部下の思いは少なからず理解出来た。

 レスターを慕う者は徐々に増え、やがて第三軍を結成したのである。


 その第三軍は、軽快な轟を奏でながら馬の足を進めて行く。

 目指すはアルベルトの陣地。


「第三軍! 散開しろ! 右翼は敵陣の右側へ入り、陣地を抉れ! 左翼は後退、我々をバックアップ!」


 レスターは指示を出す。

 三列あったうちの右側は列を保ちながら隊を離れ、陣地の右側を目指して進んで行く。

 左側は速度を緩め、隊列の後方へと張り付いた。


「中央! 進路このまま!」


 そして、レスターは剣を抜き、前方へと突き出した。


「我に続けーー!!」


 レスターの雄叫びにも近い指揮に、後方から続く者たちも、


「「「ゥオォォォォォォォォ!!」」」


 と怒号を散らしながら、レスターの後へ続き、草原を駆け抜ける!




「防御結界を展開しろ! 絶対に奴らを通すな!」



 その様子を見ていたマイケルは慌てて魔導師たちへと指示を出した。

 陣地周辺に淡い光が灯り、陣地を包み込んだ。


「くっ! おそらく奴らは解除魔法(デスペル)を使ってくるはずだ! 何とか耐え切れ! 私はアルベルト様に報告へ行く!」


 と告げてその場を離れた。


(第三軍が攻めて来たか! まさか、本気でアルベルト様の首をお取りになるというのか? このままではまずい! 私の首が飛ぶ程度で済めばいいが、部下は何とかしなければ!)


 自身の保身よりも部下の身を案じながら、マイケルはアルベルトのテントへ向かい、その入り口をくぐった。


「アルベルト様!」


 テントの中へと入ると、そこには不機嫌そうな表情のアルベルトと……


 同じく眉間に皺を寄せながら苛立ちを浮かべているアデロが立っていた。


「あ、アデロ?」

「よう、戦友。調子はどうだい!」

「い、今はそんな悠長なことを言っている場合では……!」


「第三軍が出るとはな。全く、今頃になって腰を上げるとは。不届きな弟だ」


 アルベルトは憎々しげにそう呟くと、ダン! と机に拳をぶつけた。


「とにかく、なんとか退けろ! このまま私の味方に付くというのであれば看過してもいいが、もしもの場合は私の名誉に……」

「名誉で兵は救えませんがねぇ」


 アデロがアルベルトの言い分に皮肉を言った。

 それに、彼はアデロをギロリと睨み付けた。


「何だと……?」

「第三軍が出てきたんですよ。帝国一のならず者共が。ここは逃げた方が得策でさぁ。じゃねぇと殺されるだけですよ」

「お、弟如きに退けと言うのか!」

「第三軍は帝国でも最強の部隊です。アデロ隊長の言う通り、ここは一旦退いて……」

「ふざけるな!!」


 アルベルトは激昂し立ち上がると、また拳を机に叩きつけた。


「ここで退くわけには行かぬ! アルブラム領を我が手中に収めるまでは! ここから撤退などはせぬぞ!」

「ですが、第三軍が相手では、宮廷魔導師団と言えど……」


「黙れぇぇぇぇぇ!!」


 アルベルトは血相を変えて、そう叫びつつ、何度も何度も拳を机に叩きつけた!


「第三軍がなんだ! レスターがなんだ! あんな奴ら、私が皇帝になったあかつきには、二度と表へ出てこれぬようにしてやるわぁ」

「殿下。皇帝になる前に、今、どうするかですぜ?」

「うるさい! 貴様らは私の指示通りに動けば良いのだ! 兵が何人死のうが構わん! さっさと行けぇぇ!」


 それを聞いたアデロの眉間は、一層皺が深くなり、鼻っ面を持ち上げた。

 そして、アルベルトを睨み付けている。


「何をしている! さっさと持ち場に付かんか! 私の命令が聞けないのならば、いっそこの場でその首刎ねてくれようかぁぁぁぁぁぁ!」


 そこで、アデロは舌打ちをしてみせた。


「チッ、話にならねぇ。おい、戦友。俺の部隊は今すぐ抜けるぜ。こんな奴のために命を捨てられるかってんだ」

「何だとぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「今すぐ首を跳ねるだぁ? やれるもんならやってみろ。テメェの鈍刀(なまくらがたな)なんざ、返り討ちにしてやるぜ」


「ききききき、貴様ぁぁぁぁぁぁ……」


 怒りのあまり顔を紅潮させ、目を大きく見開いたアルベルトは、腰に下げた剣をシャランと抜いた。


「死ぬ覚悟は出来ているんだろうなぁ?」

「けっ、舐めてんじゃねぇぞ。こちとら、何度も死線をくぐり抜けてきてんだ」

「私もアデロに賛成です。殿下、申し訳ありませんが、部下の命には代えられません。宮廷魔導師団も撤退致します」


 そう言って、マイケルはアルベルトに踵を返した。


「マイケル! き、貴様までも……」

「あなたも誇り高き皇族であるならば、その自覚をお持ち下さい」


 マイケルはそれだけを告げると、アデロと共にテントから出て行った。


「ふぅ……」


 出たところで、アデロは大きくため息をつく。

 その肩を、マイケルは手を乗せた。


「見事な啖呵だったな」

「言うな。皇族に啖呵切るなんざ、らしくねぇ」

「だが、誰かが言わなければならなかったよ」

「しくじったぜ、さっさと逃げときゃ良かった。無事に帝都に戻れても、どうせ楯突いた罪で晒し首よ」

「まだ仕事は終わっていないぞ、アデロ」


 そう言ってマイケルは魔導師たちが展開している防御結界を見た。

 まだ結界の光は見えている。

 だが、()()()()()、だ。

 相手は第三軍。

 魔法攻撃すら効果を発揮しないと言われるほどの手練れの集団だ。

 あの程度の防御結界ではさほど持たないだろうということは予測できる。

 マイケルはアデロに顔を向けた。


「私の部下が時間を稼いでいる間に、お前の部隊は脱出しろ」

「脱出しろったって、後ろを詰められてるんだぜ?」

「部隊が二つに分かれたのを見た。恐らく右側から攻め込んでくるはず。この陣地の左側は切り立った崖があるからな。そちらから攻めるのは無理なはずだ。そこなら恐らくやり過ごせるはず。部隊を集めて陣地の左後方で待機していろ。万が一、第三軍と鉢合わせしても、部下には絶対に手を出させるな。彼らは敵意のない者には武器を向けないと言われている。陣地が攻め込まれて乱戦になったらチャンスだ。混乱に乗じて脱出しろ。逃げる者を彼らは追いかけて来ない」

「そうなのか……、お前はどうするんだ?」

「私にはまだ、やるべきことがある」


 マイケルは笑顔を作り、アデロの胸元に拳をコンと当てた。


「無事に帝都に戻ったら、二人仲良く首を並べようじゃないか」


 そう言って笑うマイケルに、アデロも同じように彼の胸元に拳を当てた。


「おう、戦友」


 そして彼らは別れ、それぞれの部下が持つところまで戻っていった。


 程なくして、陣地に第三軍が攻め込んできた。

 その圧倒的な戦闘力に、アデロはしばし呆然としてしまう。

 攻め込んできた兵達は強者揃いと聞いていた。

 アルベルトが率いてきた兵達も強者には違いなかったのだが、明らかに実力が違いすぎた。

 馬上から得物を振り回すだけで飛び散る血潮、肉、臓物……

 その圧倒的な力に蹂躙され、ものの数分と経たずに陣地の中は地獄絵図と化していた。


 ーーマイケルは無事か?


 アデロはマイケルの身を案じたが、まずは生き残ることが先決である。

 彼の指示通り、部隊を集めて陣地の左後方へ移動し、そこで待機した。

 マイケルの言う通り、第三軍は武器を向けたり、斬りかかるなどの戦う意志を見せなければ、アデロたちには目もくれなかった。

 まるで空気と言わんばかりだった。

 そのおかげで、待機場所までスムーズに移動が出来たのだ。


 アデロがふと空を見上げれば、そこにあった防御結界はすでに消え失せていた。


(マイケル……大丈夫なのかよ?)


 どうか無事であって欲しいと願いながら、アデロは身を潜め、戦いが通り過ぎるのを待ち続けた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング 「小説家になろう 勝手にランキング」に参加しています。 皆様からの清き1ポチをお待ちしています。よろしくお願い致しますm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ