サイキョウと呼ばれる軍団
遅くなりましたが、よろしくお願い致します。
ーーところ変わって。
ジェドの行動から足止めを食っていた帝国軍は、ようやく例の壁を打ち崩し、進軍を再開していた。
「頑丈な壁だったな。崩すのに二日かかるとは……」
「あぁ、本当に厄介な壁だった。剣ばっかり振ってたからな、まさかツルハシ持つとは思わなかったぜ」
アデロとマイケルは互いに顔を見合わせてから口元を綻ばせる。
彼ら帝国軍は、ジェドが魔法で作り出した壁を破壊して後、予定通り足を進めてきた。
そして、アルブラム領の街が見えたころ。そこで足を止め、そこへ野営地を設置し始めた頃には、既に日が傾き始めていた。
夜が明け、薄暗がりの中で街の様子を確認したところ。
アルブラム領の街は、ジェドの魔法で造られた壁に取り囲まれていた。
「あれがアルブラム領の街か」
アデロは望遠鏡から、街を覗き込んでいる。
「思ったより小さいんだな」
「元々が辺境の地だ。それをわずか数年で、上位の領地に食い込ませたんだ。ジェドめ、恐れ入る」
「なんでそんな有能な奴を手放したんだ?」
「好きで手放したわけじゃない。事情があったんだよ」
「へぇ、そうかい。それにしたってあの領主。相当引きこもるのが好きなんだな」
アデロは望遠鏡のレンズに映り込む、街を目にしてそう呟いた。
「そうだな。宮廷魔導師の頃も、よく部屋に閉じこもって魔法式を解読していたよ」
マイケルは苦そうな表情でそう言った。
それを聞いたアデロは、望遠鏡を覗き込みながら肩をすくめて見せた。
「で、アルベルト様はなんと?」
「あの壁をさっさとぶち壊して、領主を引き摺り出せってよ」
アデロの言葉に、マイケルは眉間を指で押さえた。
ーーアルベルト様はやはり能無しか……
ちょっと魔法に詳しい者が見ればすぐに分かる。
あの壁には修復魔法が重ね掛けされており、壊したところ瞬時に修復されてしまうだろう。
魔法防御も恐らく施されているので、壁への攻撃となると、実質、魔法ではなく、物質による直接的な質量攻撃に頼らなければならない。
となれば、歩兵たちはそちらに集中し、いざとなれば、動ける戦力自体が欠けてしまう。
ーージェドめ、そこまで考えての戦略か?
はっきり言って、ジェドはそこまで考えていたわけではない。
たまたま、偶然が重なっただけなのだ。
思わず元部下の戦略に舌を巻くマイケルであったが、ジェド本人にそこまで深い考えはない。
ただ、街を壁で囲んでおけば大丈夫だろうという浅はかな考えである。
マイケルの盛大な勘違いなのだが、それが返ってジェドの評価を上げていた。
「まぁ、大将が壊せっつってるからなぁ。やれることはやるけどよ」
「……我々もなんとかして見よう」
どうせ、今更止まる筈がない。
止められるものなら止めていた。
だが、アルベルトの頑固さは帝都でも有名なものだった。
そう簡単に自分の方針は曲げないのである。
それが良い時もあれば悪い時もあるのだが、大概は決まって状況が悪くなっている。
そして、今回は後者だ。
マイケルはため息をついた。
「とりあえず、自分の持ち場に戻るよ。時間を取らせて悪かった」
「あぁ、気にするな」
そうしてアデロの元から離れようとしたとき。
マイケルの部下が息を切らして駆け寄ってきた。
「師長!」
駆けつけたのは女性の魔導師だったのだが、彼女の様子は誰が見ても慌てていた。
「ジェニファー、どうした?」
「は、早くお戻りください! 後方から何かが近付いてきます!」
「何だと!」
彼女の報告を受けたマイケルは、急ぎ魔導師たちの元へと戻った。
彼らの待機場所は陣地の後方にあり、そこへ着くや否や、マイケルは望遠鏡を手に取り、後方を確認した。
「七時の方向を確認して下さい!」
マイケルは言われた通り、七時の方へと望遠鏡を向ける。
ちなみに、アルブラムのの街は十二時の方向にある。
レンズの向こうに、暗がりの中で瞬く光が見えた。
松明だ。
炎が時折風になびき、ゆらめいている。
そして、松明のそばには旗が見えた。
その旗を見た途端、マイケルは全身に冷や汗が吹き出るのを感じた。
「あ、あれは……!」
マイケルは望遠鏡から目を話すと、すぐにアデロの元へと向かった。
陣地の後方からまた前方へと走る。
時たま誰かにぶつかりそうになるが、それも構わず、陣地の中央を駆け抜けていった。
ようやくアデロの元にたどり着いたときは、マイケルの全身汗だくになっていた。
「っはぁ! はぁはぁ、ア、アデロ!」
「どうした、マイケル? さっき帰ったばっかだってのに」
「後方にとんでもない奴らが現れた!」
「とんでもない奴ら? 誰だ、それは?」
「はぁはぁ! た、盾に……」
マイケルは息も切れ切れになりながらも、アデロに自分が見たものを説明する。
「盾に剣が刺さり、両翼に翼を広げた鷲だ!」
「は? な、何を言ってる?」
「何を、じゃない! もう一度言うぞ! 盾に剣が刺さり、その両翼を翼を広げた鷲が護っている旗を掲げているんだ!」
「盾に剣、両翼に……鷲!?」
アデロの表情が険しくなった。
「ま、まさか……、あの方が?」
「そうだ! あの方が動いたのだ!」
「だ、だが、あの方はすでに……」
「何をどう言っても仕方ないだろう! とにかく、もうここからは撤退だ! 彼らが……第三軍が来たら、魔導師団でも勝つことは無理だ!」
マイケルの言う通りである。
彼らに魔法は通用しない。
所属する全員が補助魔法の使い手で、身体強化を施した状態で敵陣へ突撃するのだ。
その足並みは早く、魔法の連打を浴びても、すぐさまクルリと翻り回避してしまう。
神速とも言える速さで敵の懐に潜り込み、かき回し、混乱させる。
そして、敵に反撃の機会を与えることなく壊滅させるのが、彼らの戦法だ。
故に揶揄される。
『第三軍は、サイキョウ(最強、最恐、最凶)である』
ーーと。
そして、その第三軍を率いるのは。
「レスター様が、今さら、何故?」
「分からん。だが、とにかく撤退をしなければ!」
アデロは神妙な表情で呟くと、マイケルもまた頷きながら声を大にしていた。
そのレスターは、馬に跨り、アルベルトの陣地を遥か後方からその視野に収めていた。
「どういたしますか、レスター様」
横に同じように馬に跨るベンが訪ねて来た。
「日が昇り次第、攻撃を掛ける。抵抗する者は構わず斬り捨てろ。抵抗しない者はそのまま捕縛だ」
「アルベルト様はいかがなさいますか?」
「本来であれば、即刻その場で首をはねてやりたいところだが、あれでも帝国の長男だ。連れ帰り、審問にかける」
「承知しました」
ベンはそう言って首を傾げながら後ろへと下がっていった。
レスターの目はそれを見送る筈もなく、ただ、先に見えるアルベルトの陣地を睨み付けていた。
「兄上。その愚策、弟である私が取り払いましょう」
レスターが出てきましたね!
さぁ、戦いもあと僅かでケリがつく!
筈!




