第二皇位継承者
内政は難しい……
難しいですね……
渋々、レスターは二人を小屋の中へと招き入れた。
小屋の中は皇族が住むにはこざっぱりとしており、テーブルに椅子、ベッドと、生活に最低限必要なものがある程度で、簡素なものだった。
「で、私に話とは何かな?」
レスターは、二人に椅子を勧めた。
二人は慌てたが、当の本人は気にすることもなく。
客人は椅子に座りなさい、とでも言うかのように、自分はサッサとベッドに腰掛けていた。
ジュリアスは勧められた椅子に腰を下ろすと、グルリと視線だけ室内を見回す。
これといって変わった様子は見受けられない。
変わったことというと、レスターの横には、護衛のような者が立っているだけだった。
皇族だから当然ではある。
ジュリアスはレスターに視線を戻した。
「此度の兄殿下のことはお聞きでしょうか?」
ジュリアスがそう口にすると、レスターははにかみつつ、肩をすくめた。
この態度は耳にしているか、それともすっとぼけるかのどちらかだろう。
「兄上がどうかしたかな?」
澄ました態度でそう言うレスターに、今度はジュリアスが肩をすくめて見せた。
「ユリシーズ様の件で、我が故郷であるアルブラム領へ出兵された、ということなのですが……」
「あぁ……」
とレスターはまるで人事のように興味のなさげな返事をしてみせた。
「帝都から身を引いて久しいからね。そういう情報はあまり入ってこないんだよ。ただ、ユリシーズが死んだことは聞いているよ」
「そうでしたか」
ジュリアスはレスターの言葉にそう返事をした。
上手く話を進められない。
ジュリアスは貴族学校の頃からレスターとよく話をしていた。
二人は同じ学校に通っていたということもあり、顔を合わせて話をする機会も多かった。
その頃からである。
彼は本心をあまり語らない。
話が核心に触れそうになるとはぐらかす傾向にある。
その為、それまでのペースを崩されるのだ。
相変わらずの彼のペースに、上手く自分を合わせることが出来ない。
程なくして、レスターの隣にいた男がその場から離れたかと思うと、二人にお茶を差し出した。
「まぁ、美味しい」
一口付けたエミリアは、思わずそう漏らしてしまった。
彼女が飲んだお茶はとても芳醇で味に深みがあり、口にした温度も飲み頃であった。
「気に入ってくれたかい? ベンは優秀でね。彼が入れてくれるお茶でなければ、私はもう飲めなくなってしまったよ」
「未来の宰相候補……というところですか?」
「ジュリアス、冗談はやめてくれ。私はもう、政に関わるのはやめたんだよ」
はにかみながら、レスターはお茶を口に含んだ。
「うん、いい味だね。ベン」
レスターに言われ、ベンは小さく静かに首を垂れる。
「殿下。今、帝都は大変な混乱に陥っています。皇帝陛下が倒れられ、更にユリシーズ様のご遺体も発見されました。このままアルベルト様が皇位につかれたら、一層混乱が増すと思われます」
「……ふむ。そうだね」
ジュリアスの言葉に、レスターはのらりくらりとかわしていく。
そのあまりの手応えのなさに、ジュリアスはため息をついた。
「……殿下」
「殿下と呼ばないでくれ。悪いけど、私は本当に政にはうんざりしているんだよ。あの城の中は怨恨だらけだ。父上の失脚を狙ったり、取り入ろうと来て手ぐすねを引く連中もいる。とても醜いじゃないか。自分の力でのし上がろうとする者はいなかった」
「あなたが変えられればよろしいのでは?」
レスターはかぶりを振った。
「私はこのまま、ここで暮らしていくつもりだよ。何者にも邪魔されず、静かに息絶えるのが今の私の願いなのさ」
「レスター様……」
「力になれなくて済まないね、二人とも。さぁ、話は終わった。今日はお引き取り願おう。次は酒でも飲みながら楽しい話をしよう」
レスターは笑顔で話を打ち切った。
そう言われてしまっては、もはや二人にすることはない。
言われるがまま、ジュリアスとエミリアは立ち上がった。
これ以上話すことはないと言われたのだ。
長居する理由はない。
ただ……
レスターに踵を返したところでジュリアスは振り向きざまに口を開いた。
「ユリシーズ様は生きておられます。我が弟が、我が里で保護していると耳にしました」
「……」
「では、これにて」
再度踵を返したジュリアスは、エミリアと連れ立って小屋から出て行った。
「お兄様、レスター様はもう……」
「動くよ、間違いない。レスター様は動く!」
「?」
「ユリシーズ様が生きていると告げた時、レスター様の顔が一瞬だけ鋭くなった。レスター様も怒ってはいたんだ。だが、自分の立場では何も出来ない。何か理由がなければ……」
「ユリシーズ様が理由?」
「これで、アルベルト様を止められるな」
ジュリアスは満面の笑みでそう言った。
ーー
「……ベン、先の話、どう思う」
小屋の窓から去っていく二人の後ろ姿を見送りながら、レスターは横に立っている男、ベンに尋ねた。
「私はレスター様のご意思に従います」
「例の遺体の報告だが……」
「背格好はユリシーズ様とほぼ同じでした。ただ、潰された顔を修復した結果……」
ベンはそこで一旦、言葉を切った。
「ユリシーズとは別人だったという報告だったな?」
「左様にございます。恐らく罪人の首でも撥ねられたのでしょう」
「兄の考えそうなことだな、相変わらず、やり方が荒過ぎる」
吐き捨てるように言うと、レスターは目を閉じた。
何故こうなったのか?
何故、兄はユリシーズを亡き者にしてアルブラム領を手に入れたかったのか。
考え出せばキリがない。
権力や欲にまみれた人間は、何かを枷に更に高みを目指すもの。
兄にしてみれば、自分が去った時点で候補者は二人。
そこに来て父が倒れたとなれば、自分より秀でたユリシーズに目が集まるのは当然のことと理解はしていただろう。
しかし、タイミングがおかしい。
何故、父が倒れたと同時に弟が殺されたのか?
これは仮説である。
仮に、アルベルトが何らかの薬を何らかの方法を用いて皇帝の食事に混ぜる。
皇帝の食事は、とうぜん毒味役が口にしてから出されるが、その毒味役はアルベルトの手の者だった場合はその場で毒を盛ることができる。
皇帝はこれで倒れた。
ユリシーズは、普段は飄々としているが、取り分けこういうことに関しては鼻が効く。
恐らく何かを嗅ぎ付けたところをアルベルトに情報が漏れ、姿を消した。
巧妙に姿を隠したユリシーズを見つけることが出来ず、アルベルトは赤の他人の首をはね、あたかもユリシーズは殺されたかのように演出をした。
その罪をアルブラム領に擦りつけて。
これは仮説だ。
証拠はない。
だが、それは兄を問い詰めればハッキリすることである。
レスターは目を開いた。
「ベン。兄の軍勢は?」
「千人余りを率いて出兵されました。宮廷魔導師団も率いております」
「……千人程度、か」
そして、口元を手で抑え、目を細めた。
まるで目の前にある何かを見るように。
「兄弟の愚策を正すのは、兄弟の役目。か」
そう言うと、レスターはベンを振り返った。
「ベン。第三軍を出す! すぐに通達せよ!」
「はっ、出発はいつになさいますか?」
「準備でき次第、すぐに出る! これ以上、アルブラム領に迷惑を掛けるわけにはいかん!」
「宮廷魔導師団が後方におりますが」
「構わん。どうせピンポイントでの魔法攻撃しか能のない連中だ。機動力に勝る第三軍の敵ではない。歯向かうようなら蹴散らせばいい。それから、父上の容態は?」
「発見が早かった為、治療は順調とのことです」
「ならば、公務に戻られることも可能だな。父上の暗殺に関わった者は全て炙り出しておけ。後々尋問し、その後処理する。まずは愚兄を片付けなければな」
「御意」
そう言って、ベンは姿を消した。
小屋に残ったのはレスターのみ。
そのレスターの顔からは、先程までの笑みは消え去っていた。
代わりに、その表情はと言うと修羅のごとく険しいものへと変わっている……
「……兄上。皇家に塗った泥は、そうそうたやすく取れませんぞ」
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