歯とバジリコ、そして……
よろしくお願いします。
意外な人物の登場です。
「兄貴ーー、マジで引きこもるのかよ?」
ヘイ、トム君。
俺は領主だ、この領地を治める者だ。
その領主に向かってそのシラーっとした視線……やめてもらえるかな?
だってさ、やるしかないじゃんね?
領民守るためにはさ?
やるしかないんだよ、分かるかい? トム君。
だからそんな目で俺を見るな。
俺、なんか間違ったこと言ったか?
「領地を壁で包み込むって、一体どうやんだよ!?」
「え? 魔法だけど?」
「そんなシレッとスゲーこと言ってんじゃねぇよ! 大体、囲んじまったら外に出れねぇし、中に入れねぇ!」
「別にそんな大したことは……ん? 出入り出来ない?」
さっきからトム君がやたら喧しいと思っていたが…………
はっはーん、そうか。そういうことか?
「トム君。君の商売の邪魔にはならないよ。大丈夫さ」
「……ギク!」
……
いや、そのギクってなんだよ?
分かりやすすぎるだろ?
「心配すんなトム君。ちゃんと出入り口は作るから」
「ーーホッ」
「その入り口の番は星屑の七星にしてもらうけどね。怪しい奴は全員ぶっ殺せって言っとこうかな?」
「……兄貴?」
とまぁ、そんな事を話しながら、早朝の街の中をテクテク歩き、街の門に着いた。
幸い、帝国軍はまだやって来ていない。
あの程度の壁を壊さないって、魔導師団は何してんだか……
まぁ、お陰で時間は稼げてるわけだから良いに越したことはない。
それにそても、相変わらずここボロいな?
おかしいな、フランの親方に改修を頼んでたんだけどなぁ。
「おい、兄貴! 街を囲んじまったら食い物とかはどうすんだよ?」
「トム様、そこら辺は問題ございません。このアルブラム領は、元々周辺に村はございません。この街以外は荒地が広がるのみにございます。幸い、ご当主が土壌開発に力を注がれていましたので、この街の食料自給率は帝国一でございます」
「爺さん、トドのつまり、どういうこった?」
「つまり、街を隔離しても食いっぱぐれないということでございます」
「へ、へぇ……。そうなのか? でも、ずっとそのままってのもなぁ。そのうち討って出るんだろ、兄貴!」
「馬鹿おっしゃいトム君。アルブラム領にそんな戦力はないさ。素人同然の領民が戦場に出たところで、蹂躙されておしまいだよ」
俺は門の周囲を見回しながらトム君の質問に答えていた。
「蹂躙って……、あの七人に頼めば、帝国軍なんざ」
「小早川殿たちには、基本的に警護を頼んでる。確かに戦闘能力はズバ抜けてるが、数で攻め込まれたらおしまいだよ」
「冒険者がいるじゃん?」
「冒険者は基本的に戦争にはノータッチだよ。冒険者は依頼を受けて動くし、ローリクスハイリターン希望が多い。よっぽどその地に思い入れとかがあれば分からないけど、自ら危険を犯さない」
トム君はまたしても「ふーん」て顔で聞いてるけど、実際そうだもんな。
報酬は高いけど危険を伴う野獣狩りとかよりも、帝都との往路の護衛(報酬プラス飯付き)の方が割りがいいから人気あるもんな。
これは実際ギルドで聞いた話だけど。
ちなみに、ギルド職員は、うちの領地の経営の人間以外は帝都から出向とかで来てる。
別に束縛する理由もないし、帝都に戻っても構わないって話をしたけど。
アルブラム領の方が、人も良いし、食べ物も上手いし、伸び伸び仕事が出来るから残るらしい。
ありがたい話だよ、全く。
ともあれ、入り口は解放するから、気が変わったらいつでも通って構わないことを伝えてある。
ただ、その際には手形が必要だから、俺に一声掛けて貰うことも忘れずに。
「ご当主」
「バイゼルか、進捗はどうだ?」
「はい。ご指示通り、門の両側から等間隔で魔力結晶を設置してまいりましたが……」
それを聞いて、トム君が訝しんで来た。
「魔力結晶って、何するんだよ? つーか、爺さんいつからいたんだ?」
「トム君、しばらく黙っていなさい」
「いや、無理だろ。ちゃんと説明してくれ」
「トム様、これをご覧下さい」
バイゼルがすかさず地図を広げた。
スゲーな、どこに仕舞ってたんだよそれ?
「アルブラム領は、実は山々に挟まれた盆地にあるのです。ですので、冬は寒いし、日差しも悪く、地は荒れる訳ですな。言い換えれば、山々があるからこそ手出しもしにくい訳でございます。山の尾根が自然の壁となりますから。あとはこことここを塞いで仕舞えば……」
とバイゼルはアルブラム領を囲む山と山の先を指を走らせ、線で結んで見せた。
「アルブラム領の四方は壁で囲まれる。ということでございます」
「へぇ! そうか、上手いことできてんなぁ」
まぁ、偶然の産物ですけどね。
でも、今思うと、そういう場所だから迷宮が作られたのかもしれない。
地の利を活かした天然の壁があるわけだからな。
これを利用しない手はないだろう。
「よーし! そんじゃ、いっちょやってみっか!」
そう言って大きく伸びをしてから、俺は門の端へ行き、そこに設置されている魔力結晶に手をかざした。
「うまくいってくれよ。グランドウォール!」
俺が魔法を唱えると、魔力結晶はそれに応えるかのように光を放ち始めた。
上手くいったかな?
俺の懸念はよそに、最初の一つから光の線が地面を走り始めた。
それは次の魔力結晶目指して伸びていく。
しばらくして、空に向かって細い光の柱が立ち上がった。
あの光は、魔力の光だ。
魔力の線が次の魔力結晶に無事届いたってサインになる。
よし! 上手くいったな!
光の柱はずっと立ち続け……
最終的には山の麓あたりで止まった。
片方はこれでよし!
そろそろかな?
と思って柱を眺めていると、俺たちの足元を地鳴りが襲って来た!
「な、何だよなんだよ!? 地震かよ!?」
「っとと! 来たか?」
門の横に、それはそれは馬鹿でかい土の壁がズドーン! と立ち上がった!
……自分で言うのも何だが、ちょっとデカすぎないか?
土の壁は続け様に立ち上がり続け、片方の壁が完成した。
あとはもう片方。
同じように門の端の魔力結晶に魔力を注ぎ込み、地鳴りが起こって壁が立つ。
それが連なる。
街の前に壁が出来上がった!
うん、こうして見るとなかなか圧巻だな。
帝都の建物で言うと、……何階だ?
まぁ、五階よりは高いってとこか。
「す、スゲー!」
「門はちゃんと作るから、そこから出入りすればいい。ちゃんと通行手形も出すから、帝国軍に絡まれたらそれ見せれば大丈夫だ」
「……兄貴の許可した通行手形、大丈夫なのかよ?」
「……」
言われて思ったんだけど。正直言って、それかなり不安。
手形を見せても、
「アルブラム領の者は通さんーー!」
て言われるのがオチか……
いやいや、問答無用で斬られるかも……
しまった……、その事を考えてなかった。
「通行手形は使えないかもしれませんが、私がいくつか転送の魔法符を持っておりますので、そちらを使えばよろしいでしょう」
「マジで! 爺さん、さすがだなぁ!」
「数はあまりございませんので、そのつもりで」
「大きな取り引きだけにしとくよ! 商人には、いくらなんでも奴らは手出し出来ねぇだろうし!」
おー、トム君もなかなか考えてるようだな。
頭の回転が速いみたい。
お金のことに関しては……だけど。
「ところで、兄貴。この壁、どれくらい持つんだ?」
「ん? モつとは?」
「敵がここまで攻めて来たら、こんな壁、すぐに壊されんだろ!?」
「あー、問題ないよ。グランドウォール使う時には、一緒に修復系の魔法も重ねてるから」
「は? どうゆこと?」
「壁が壊れたら勝手に修復してくれる魔法が一緒に掛けてあるってこと。戦場じゃ防御も大事だからな。すぐ壁が壊れたら使う意味ないし」
とは言っても、元々は人間一人を対象にした魔法なんだけどな。
「マジか!? じゃ、最初の壁にもかかってんのか!?」
「あれは時間稼ぎのつもりだから余計なことはしてないよ。だから掛けてない」
それに、絶対障壁光とか使ったから、魔力もギリギリで余裕なかったのよね。
結構キツかったわぁ、あれは。
大規模になると、消費激しいからなぁ。
「へぇー、兄貴はやっぱスゲェなぁ! ここまで魔法を使いこなせる魔法使いなんて、そうそういねぇんじゃね?」
「馬鹿言うなよ、トム君。魔法使いってのは、攻撃魔法と回復魔法の両方が使えてやっと認められるんだ。俺なんて、補助魔法しか使えない半端者。しがない魔法使いなのさ……」
と哀愁漂わせてみる。
「……よく言うぜ。補助魔法をこんな使い方する奴なんて聞いたことねぇわ」
「相変わらず、ご当主の自己評価は低すぎでございます」
と、二人揃ってため息をついている。
何故?
「何言ってんだよ? 俺みたいな奴、いくらでもいるだろ」
「「いやいやいや、いないいない!」」
二人ともやけに手をブンブン振ってるんだが?
まぁいいや。気にしないでおこう。
「それはそうと兄貴。壁が修復できるんだったら、奴らを取り囲んで、それこそ雨とか降らせば良かったんじゃん?」
「あー、それ無理無理」
「なんでだよ? 返り討ちにすれば良かったじゃん!?」
「奴らの後ろに宮廷魔導師団が控えてたからな。あいつらがいたんじゃ、俺の壁なんてすぐに壊されるよ。数の暴力には負けますねー」
「へぇ、そういうもんか?」
「それに、戦争が目的じゃない。奴らは武力行使してでもこの領地が欲しいんだろうけど。俺には領民を守るって使命がある」
そして、俺はトム君に振り返った。
「けど、残念ながら俺には戦う力は殆どない。星屑の七星もいるけど、彼らだって領民であって俺が守るべき人たちだ。だから、俺は自分に出来ることをする」
「兄貴……」
決まった……。
ちょっとカッコつけ過ぎたかなって思ったけど、決まったぞ!
歯の浮くようなクッサい台詞並べて、白い歯をワザとはにかんで見せて。
いやいやいや、褒めてやりたいよ自分自身を。
良くここまでカッコつけた!
じゃなくて。
良くぞここまで(補助魔法で)頑張ったって!
「よーし! そんじゃ一旦帰るとするかーー!!」
(爺さん! 朝、兄貴は何食ったんだ!?)
(はて、今日の朝食はスクランブルエッグだったかと)
(歯に青いのがいっぱい付いてたぞ!)
(恐らくバジリコでしょうな。たくさん振りかけてらっしゃいましたので)
(せっかくカッコつけても、バジリコで台無しじゃねぇか! 言えない、とてもじゃないけど、俺は言えない……)
こらこら、トム君、バイゼル。
何をコソコソ話してるんだ?
大事な話ならそんな場所じゃなくて、屋敷に帰ってからしようじゃないか。
ささ、帰るよー!
あ、そう言えば歯磨きしてなかった……
ーー
ナザール帝国の帝都から東へ少し進んだ森の中。
そのひらけた場所に一軒の小屋がポツンと佇んでいた。
「まさか、アルベルト皇子があんな暴挙に出るとはね」
ジュリアスは小屋の前に立つとそう零した。
「本当に。それ程までに権力が欲しいのでしょうか?」
妹のエミリアはその横でため息を漏らしていた。
「我がローゲンブルグ家も、今回のことには首を捻っていますわ。ユリシーズ皇子がそんなに妬ましいのかしら?」
「ユリシーズ皇子はやり手だからね。民からの人望もある。現時点で最も玉座に近い位置にいると言われてる程だ。アルベルト皇子はそれが解せなかったんだろう」
ジュリアスがそう言うと、エミリアはまたため息をついた。
「男って、本当にバカ」
「バカだから富や名声、権力にすがるんだよ。そんなものは自分の行動の後についてくるものだけど、それが分からないのさ」
ジュリアスは微笑みつつも足を進め、小屋の入り口の前に立った。
その後を、エミリアはついていった。
「そして、最もそういうことに興味のない人物が、今回の騒動を収める鍵になると、私は踏んでいる」
そして、入り口に付けられたノッカーを数回ドンドンと鳴らす。
「私たちが来たくらいで動いてくださるのでしょうか?」
「さぁね、それは分からない。けど、何もやらないよりはマシさ」
ジュリアスはそう言ってもう一度ノッカーを鳴らした。
しばらく待つと、ゆっくり扉が開かれた。
「一体何の用かな? 私はもう人には会わないと決めているんだが」
「申し訳ございません。ですが、是非とも殿下に聞いて頂きたい話がございまして」
ジュリアスが笑顔を崩さずにそう言うと、扉の向こうから、不機嫌そうな顔の男が姿を現した。
「友よ、私はもう……」
「ですからお話だけでも。レスター皇子」
ジュリアスとエミリアの目の前に現れた人物。
それは、ナザール帝国第二皇位継承者である、レスター・フォン・ナザールであった。
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