引きこもり宣言
さぁ、頑張っていきましょう!
「ご当主!」
俺が屋敷の玄関を潜ると、執務室からバイゼルが飛んで出てきた。
「バイゼル。みんな戻ってるか?」
「はい、戻っております」
「怪我人は?」
「今のところ、報告はございません」
「よし! 取り敢えず、うちの人間は大丈夫だったな!」
俺は胸を撫で下ろすと、執務室に入り、椅子にどっかりと座った。
「にしても、あのクソッタレ能無し野郎が。マジで軍隊送り込んで来やがった! こっちにゃ、満足に戦える兵士なんていねーんだぞ!」
「有言実行とは素晴らしい心構えですが、いかんせん、強引な手法でしたな」
「後先見ずに行動するのが、あいつのポリシーなんだろ」
「して、ご当主。あの壁はどれほど持ち堪えるでしょうか?」
痛い質問だ。
あの壁は土を魔力で硬質化して作り出したもの。
正直言って、三日は持つ!
と言いたいところだが、どうやら宮廷魔導師団も出張ってきてる。
連携魔法なら割と早めに崩すだろうな。
そうなると……
「三日…………と言いたいが、おそらく持って一日だろうな」
「ほう?」
「宮廷魔導師団が来てる。連携魔法を数打ちゃ、早めに崩せるだろうな。兵士も壁を崩そうと躍起になってるだろうし、時間がないのはたしかだ」
「となると、急いだ方がよろしいですな」
「あぁ、バイゼル。急いでみんなを集めてくれ。冒険者ギルドの前に、だ!」
俺は出された水を一気に飲み干すと、執務室を飛び出して、冒険者ギルドへと向かった。
ーー
冒険者ギルドの前にやってくると、既に群衆がひしめき合っていた。
とは言っても、みんな領民で顔なじみだ。
それに加えて冒険者ギルド関係の職員に冒険者がいる。
元々領民の数は少ないからな、精々二百人ってところか。
そんでもって、ギルドの前には何とまぁ大層な演説台が置いてある……
誰だ、こんなの用意したのは?
ふと視線を感じたのでそちらを見ると、群衆の中から、フランの親方と目があった。
親方は二の腕を曲げて力こぶを作ると、俺に向かってウインクかましてくる。
そうか、あれは親方の作品なんだな。
なんか、この後に高値で売り出されそうで怖いな。
『ジェド・アルブラムが使用した演説台』とかいうキャッチフレーズで、オークションとかに出品されたらどうなるんだろう?
値が付かずに落札されなかったら悲しいな……
まぁ、それはさておき。
「ゥオッホン!」
と俺は咳払いを一つした。
どこのおっさんの咳払いだよと突っ込みたくなるが、そうすることでみんなの注目が俺に注がれる。
「領主様だー!」
「ジェド領主様ー!」
「俺たちの英雄が来たぞーー!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ! 可愛いー♡ 結婚してー!」
領民は俺を見ると、腕を上げ声を上げ、俺を迎えてくれた。
凄いな、まるで英雄の凱旋みたいに歓声を送ってくれる。
ちょっと違うのもあるけど……
そして自然と領民の列が割れると、その先に演説台が見えた。
一本道だ。
俺は口を真一文字に結び、その歓声の中を進んでいく。
みんな、良い顔してるな。
まだ若い連中は少ないけど、この領地のために必死に働いてくれた人たちばかりだ。
この人たちを、俺は守らないといけない。
不思議と、握った拳に力が入った。
そして、演説台の上に立ち、少し高いところからみんなを見下ろす格好になった。
初めは、群衆の後ろからジャンプしてクルクルと空中で回り、シュタッ! と演説台の上に華麗な着地を決める予定だったんだが。
「仮に着地に失敗して無様な醜態を晒したら、それこそ末代までの恥となりますな」
とバイゼルに言われ(脅され)、止む無く断念!
仕方なく、一般的な登場の仕方で幕を開けたという訳だ。
演説台の上から俺はみんなを見た。
歓声は続く。
それに浸りたいが、時間がない。
俺は足早に計画を進めることにした。
「諸君!」
そして、俺は集まったみんなに向かって口を開いた。
俺の声が聞こえると、皆一斉に口を閉ざした。
「ここに集まってくれた諸君! いつもアルブラム領のために働いてくれて、領主である私としては非常に助かっている。この場を借りて、お礼申し上げる!」
俺はそう言って暫く頭を下げた。
するとまた、ワー! と歓声が沸き起こるではないか。
領民たちも、まさか俺が頭を下げるとは思わなかったんだろうな。
だけど、それくらいに、いや! それ以上に感謝しているんだ!
頭を下げるくらい、安いもんだよ!
それにしても、俺って人気者だったんだな!
頑張って来た甲斐があった!
「兄貴ーー! あんまり頭下げると、髪薄いのがバレるぜー!」
「バレるぜーー!」
「なんなら今度、育毛剤仕入れとくぜー!」
「仕入れとくぜーー!」
……若干、場違いな声が聞こえたが気にするな、俺。
あとで誰か突き止めてバイゼルに折檻させるとか考えるな、俺!
頭、そんな薄かったかなって、考えるな、俺ぇぇぇぇぇ!
今、この時に意識を集中するのだー!
とは言え、俺は顔をヒクヒクさせつつ頭を上げた。
気を取り直していこう。
「みんなも知ってのことと思うが……帝国軍が攻めて来た!」
そう言うと、今度はどよめきが起こった。
そりゃそうさ、まさか帝国軍が攻めて来るなんて誰が思うかよ!
俺だって思わねぇよ!
けど、来ちまったものは仕方ない。
俺は続けた。
「もちろん、我が領地に攻め入られるような落ち度などない! みんなの生活が豊かになるよう、我々は一心不乱に改革に取り組んできた! その結果は? それはみんな知っているだろう? アルブラム領は豊かになった!」
領民たちはただ黙って聞いている。
「みんなが俺について来てくれたからだ!
なんの経験もない、領主の息子っていう理由だけで継いだこの俺を、みんなが支えてくれた! その結果、帝国にも評価され、アルブラム領はこの上ない発展を遂げることが出来た!」
俺がそう言うと、また歓声が起こった。
数人がウンウンと頷いているのが見えるし、ギルドの職員の中には拍手までしてくれている。
嬉しい限りだよ、これは。
けどな……
「だが、帝国は我が領地に攻め入って来た! それも、ある濡れ衣を着せて、だ! それはみんなも知っての通りのこと。だが、我々に罪はない!」
その罪とは、ユリシーズ殺しだ。
その汚名が被せられたことは、領民全員が知っている。
冒険者ギルドは帝国の施設だ。
帝国で起こったことはいの一番に掲示板で知らされる。
ユリシーズ殺しの件についても貼り出されていた。
それもデカデカと、掲示板のど真ん中に。
あろうことか、アルブラムの街に出てる店には全て!
「お前たちが犯人だ!」
と言わんばかりの文面でな。
だが間違っている。
ユリシーズは死んでもいないし、ましてや領内で殺人事件が起きたという事実すらない。
全ては捏造だ。冤罪だ!
ありもしない罪を被せられて、さらに生活まで脅かされている!
俺たちは怒っているんだ!
「そうだそうだ! 俺たちが何をしたー!」
「帝国め! 俺たちがどんな思いでここまで来たか、分かってるのかー!」
「ありもしない罪をなすりつけやがってぇぇ!」
群衆のあちこちから、帝国に対する不満がブチまけられた。
その横で、帝国から派遣されたギルドの職員たちは、肩身の狭そうな表情をしているが……
冒険者たちは取り敢えず一歩引いてくれてるか。
有り難いやら申し訳ないやら……
ギルド職員には、あとで説明をしておこう。
まずは領民からだ。
俺は続けた。
「俺は断固、帝国になど屈しない! 帝国が被せた我が領地の罪は、必ず撤回させる! 身の潔白を証明してみせる! そのために……!」
「戦うぞ! 未来のために!」
「伊達に毎日クワ振ってねぇぞ、バカヤロー!」
「こう見えて、昔は腕っ節が強かったんだー!」
「領主様! 共に戦おう! 俺たちは領主様についていくぜーー!」
会場のボルテージはマックスだ。
そこかしこから「帝国と戦うぞ!」コールが続いている。
そうだ、怒れみんな!
その怒りを帝国にぶつけてやれ!
俺たちの誇りを、奴らに見せつけてやるんだ!
けどな…….
「そのために、俺たちは!」
「「俺たちは!」」
「俺たちはーー!!」
「「「俺たちはーーーー!!」
「引きこもるぞぉぉぉぉ!!」
俺が声高らかにそう宣言すると、会場全体がズッコケた。
いや、実際ズッコケたわけではないが、そんな感じだ。
もう一度言ってみよう。
ーー全員、ズッコケた。
「ば、バカヤロー! 何言ってんだよ! どうして戦わねぇんだよー!」
「は? あ、いや、戦ったってどうせ勝てないし……!」
「腑抜けか、このバカ領主がーー!」
「誰が腑抜けだ、誰が!?」
「この腰抜け領主ーー!」
「んな! 俺は腰抜けなんかじゃなーい!」
全くもう。
こっちの考えも聞かずに言いたい放題か、君たち……
気が付けば、どよめきが罵声に変わってんじゃん?
一体、俺が何したんだっつーの!
そこでバイゼルがそっと俺に話しかけて来た。
「ご当主。収拾つかなくしてどうするんですか?」
「……面目無い…….」
「しばしお待ちを」
「……分かりました」
俺はガックリうなだれ、後ろに引き下がった。
「ウォッホンーー!」
そして、響く低音のよく効いたバリトンボイスで咳払いしつつ、バイゼルが演説台に立った。
あぁ、僕の仇を取ってくれるんだね、バイゼル……
「お集まりの皆さん! お静かに!」
だが、現場はドヤドヤが続く。
「皆さん、お静かに!」
「引っ込めジジイー!」
「もう領主なんてあてになるか! 俺たちだけで戦うぞ!」
「武器集めろー! あと人数もだー!」
バイゼルがどんなに吠えようとも、ドヤドヤは続くよどこまでも!
ーーところが!!
「テメェら! 一人ひとり背負い込んだ秘密をバラされたくなけりゃぁ、とっとと黙りやがれ!!」
とバイゼルがキレた瞬間ーー
……シーン。
ーー嘘だろ?
「ウォッホン。よろしい。では続きを始めましょう。ご当主、お願い致します!」
そして引き下がるバイゼル。
ていうか、変な雰囲気になってて余計やりにくいんですが?
「……バイゼル。昔、何してたんだ?」
「何も。ご心配なさらずとも、一線を外したことはございません」
それはどの一線なんでしょうか?
と、取り敢えず、バイゼルの行いを無下にするわけにはいかない。
気持ちを切り替えよう。
第二幕の始まりだ!
俺は再度、演説台に立った。
「皆、動揺させて済まない。だが、これかは行うことは、みんなの身の安全を保障することになるから安心して欲しい」
「それって、どんな保障だよ?」
領民からの質問に、俺はドーンと胸を張って自信マンマンで答えてやった!
「この街を取り囲むように、巨大な壁をおっ立てる!」
「「「「は?」」」」
領民たちから疑問が飛び交うが気にするな!
俺はやれることをやるだけだ!
俺にしか出来ないことをやり遂げる!
それだけのことじゃんね!
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