宮廷魔導師長マイケル・バッカニア
日間ハイファンタジーランキング16位になっておりました!
ありがとうございます!
今回はちょっとした閑話的な部分になります。
ーー時間は少し遡る。
アルブラム領と隣の領地の境界線で、星屑の七星と帝国軍が入り乱れて戦闘を展開していた頃。
帝国軍の隊列の奥では、頭からすっぽりローブを被った連中が、何やらゴニョゴニョと口元を動かしていた。
彼らの足元には巨大な魔法陣が描かれており、その上で彼らは魔力を練り合わしていたのだ。
彼らはナザール帝国宮廷魔導師団。
ジェドの古巣でもある。
『連携魔法! グランドエクスプロージョン!!』
そして、彼らは声高らかに叫び、手を頭上に掲げた。
足元の魔法陣が光、真っ赤な光の帯が帝国軍の上空に放たれた。
先程と同じ名の魔法。だが、練られた魔力の質が違うため、先よりも威力が高い。
それは混じり合い、拡散していく。
目標は先程と同じ、アルブラム領の例の七人だ。
帝国軍は、初めこそ笑い飛ばしていた。
たった七人でけしかけるなど、なんと命知らずなことか、と。
しかし、いざ会敵してみれば、一人ひとりの戦闘力は凄まじく高かった。
並大抵以上の腕を持つ兵士であっても、あっさりと倒されていく。
唯一救いなのは、彼らが腕が立つことだ。
そのお陰で誰一人として死者が出ていなかったのだが、後方に控えていた宮廷魔導師団の初撃で、多数の死者が出てしまった。
味方を巻き込んでの攻撃だったのだ。
だが、彼らはその一撃を耐え切った。
だから、第ニ撃が放たれたのだ。
宮廷魔導師団を指揮する師長マイケル・バッカニアは、その魔力の束が目標へ向かって伸びていく模様を、険しい表情で眺めていた。
ーーまた、これで同じ帝国民が死ぬのか。
マイケルはギッと歯を噛んだ。
いくら命令とはいえ、味方を巻き込むなど言語道断。
だが、今この隊を指揮しているのはマイケルではない。
無能な上、その自覚がなく、一度前に進み出したら止まることを知らないことで有名な、あの第一皇子だ。
いくら宮廷魔導師長の立場が軍部の将軍クラスと同等と言われていても、皇族の発言には敵わない。
やれと言われれば、やるしかないのだ。
マイケルは歯痒さを噛み締めながら、魔力の光の行く末を眺めていた。
もうそろそろだな。ぶつかるのは……
今度の連携魔法は、先程よりも威力が高い。
何人の骸が果たして地面に転がるのか……
そう思った矢先。
彼の立っている大地が大きく揺れた。
「!?」
そして、 ズガーーン! という激しい音が耳を貫いた!
「な、何だ!?」
音が聞こえた方を向くと……
魔導師団が放った連携魔法が、淡い光によって受け止められていた!
それも広範囲に!
「あ、あれは……」
それは彼も見たことのある光だった。
だが、あの魔法は……
絶対障壁光の対象範囲はもっと狭い。
せいぜい三人程度が関の山なのだが、対象をあらゆる障害から絶対に守りきる、完璧な防御魔法でもある。
だが、彼の視線の向こうで展開される魔法は、同じ魔法とは思えない程の規模だった。
間違いない。
あんな規格外の補助魔法が使える人物は、彼が知るところ、一人しかいなかった。
「……やはりジェドか!」
マイケルは魔導師たちに指示を出した。
「今すぐに魔法陣を解除しろ! この場から撤退する! 陣地へ戻るぞ!」
これを聞いて、他の魔導師たちはどよめいた。
「師長! なぜ撤退するのですか?」
「そうです! 相手は少数なのですよ!」
「我らが今一度力を合わせれば、奴らなどーー」
「貴様らの目は節穴かーー!」
マイケルは怒鳴り、抗議をやめさせた。
「あれを見ろ! あれは絶対障壁光だ! 本来ならば、あんな使い方はせん! だが、向こうにはあれを大規模で使うことが出来る魔導師がいるのだぞ!そうなれば例え連携魔法と言えど敵を討つことなどできん!」
マイケルに言われ、魔導師たちは次々と連携魔法の行く先に目をやった。
マイケルの言う通り、隊列の向こうでは、淡いわ仄かな光が広範囲に展開され、彼らの連携魔法を受け止めていた。
その光景を目の当たりにして、誰もが我が目を疑い、息を飲んだ。
「あ、あれが絶対障壁光?」
「う、嘘だろ? あれが補助魔法だっていうのか?」
「いったい、誰があんなことをしたというの……?」
誰もが驚きを隠せない。
だが、マイケルの次の言葉が、それをさらに加速させた。
「あれを使ったのはジェドだ」
マイケルの言葉に皆が彼を見た。
「ジェド!? ジェドだって!?」
「ジェドって言えば、落ちこぼれで有名だったじゃない?」
「まさか! あいつに限ってそんな……、攻撃魔法も回復魔法も碌に使えないのに!」
「補助魔法だけが取り柄って言っても、ありゃ反則だろ!」
マイケルの言葉に皆驚愕した。
ジェドと言えば、宮廷魔導師きっての落ちこぼれと言われ続けてきたのだ。
それがここに来て、大規模に展開される魔法を目の当たりにし、それがあのジェドが行ったことだと言われても、到底信じられるものではなかった。
疑問の声がどんどんと大きくなっていく。
そんな時、
「無駄口を叩くなぁぁぁぁぁぁ!」
マイケルが声を荒げると、彼らの声はピタリと止み、その場にいた者の視線はマイケルに注がれた。
「……現実を見ろ。目に映るそれが全てだ」
マイケルはそれだけを言うと、彼らを残してその場を去って行った。
ーー
「して、撤退したと?」
部隊のさらに後方に設営された陣地では、アルベルト皇子のテントで、アデロとマイケルが先の戦闘の報告をしているところだった。
「我が帝国軍の損害は四分の一ですが、死傷者が出ています。対するアルブラム領の損害は……」
「ゼロです」
アデロがしどろもどろになっているところに、マイケルは鋭く言い切った。
それを聞いたアルベルトは、不愉快そうに眉をひそめた。
「ゼロだと?」
「殿下は、アルブラム領の領主はご存知でしたか?」
「当たり前だ。落ちこぼれの宮廷魔導師だろう? 補助魔法しか使えないと聞いている。攻撃魔法はおろか、回復魔法も使えん不良品だとな」
「確かにその通り。ジェドは長くそう言われていました」
「付け加えれば、余りの無能さにどこぞの師長が解雇したと聞いてもいるぞ。なぁ、マイケル?」
意地の悪い笑みを浮かべてそう言うアルベルトの言葉に、マイケルはくちびるを噛んだ。
「そ、それは……ですが、そもそもその評価が間違っているのです!」
「なに?」
マイケルの言葉に、アルベルトから笑みは消え、表情はさらに険しくなった。
「我々宮廷魔導師の仕事は、あくまで補助的なものなのです。普段の生活ならば、生活を豊かにするためのサポートを。いざ戦場に出れば、戦況が味方にとって優位に立つようサポートする。それが、我々宮廷魔導師の、ひいては魔法使い全般に言えること。しかしながら、昨今その考え方は……」
「私に対してそれは説教か? それとも講釈か、マイケル!」
「……っ?」
見れば、アルベルトの目は細く、突き刺すようにマイケルに注がれていた。
「だからどうしたと言うのだ? 戦況を優位に? 当たり前だ。そのために攻撃魔法がある。歩兵や騎馬隊では攻めきれないところは魔法で潰す。手足を潰され、腹を裂かれても回復魔法で治癒する。そしてまた、兵は戦えるではないか。何を当たり前なことを言っている!?」
「い、いえ! そういうことでは……」
「はぁ、黙れ黙れ。貴様の能書きはたくさんだ。今はあの壁を崩すことが先決だろうに、くだらんことを言うな! 兵たちには交代で作業に取り掛からせよ。今日は解散だ」
そう言ってアルベルトが手を叩くと、どこから持ってきたのか、豪華な食事と酒。
そして若く、スタイルの良い美女がテントへと入ってきた。
それを見て、アデロはゴクリと唾を鳴らした。
「……殿下」
「マイケル、アデロ。もう下がれ。私はお前たちの話を聞いていて疲れた。今日は休む。さぁ、こっちへ来い!」
そう言ってアルベルトは美女を近くへ呼ぶと、手を腰に回して抱きかかえ込んだ。
その光景を見て、マイケルはアルベルトに聞こえぬよう舌打ちすると、立ち上がり、テントから出て行ってしまった。
その後ろを、アデロが慌てて追い掛ける。
「お、おい! 待て、魔法使いの」
アデロはそう声を掛けるが、マイケルは振り向こうともしない。
「せっかくだ、一緒に飯でも食わんか?」
「何?」
その言葉に、マイケルはようやく立ち止まり、アデロに振り向いた。
だが、不機嫌そうな顔だ。
アデロは一瞬たじろいだが、何とか笑顔を作り出すと、戦闘時とは変わって砕けた口調で続けた。
「その、まぁなんだ。たまには飯でも、と思ってな」
「貴公は我ら宮廷魔導師を下に見ていると思ったが?」
「そ、そんなことはない!」
「ならば、昼間ジェドに言ったあの下劣な言葉はなんなのだ?」
「あー、あ、あぁ、あれはだな!」
マイケルが問い詰めると、アデロはまた、しどろもどろになってしまった。
「ちょ、挑発したつもりだったのだが……。あまり効いてなかったようだ……」
このアデロという男。
腕っ節は強く、性格もあっさりとしているため、下の者からは多少慕う者もいる。だが、考え方が短絡的だった。
敵は煽れば激昂し、突進してくるだけの獣か何かと思っている。
良き軍師が付けばいくらでも戦果を上げられる腕があるにも関わらず、彼はいつも貧乏くじを引いている。
今回もそうだ。
軍師は不在で、肝心の司令官であるアルベルトは酒と女に惚けている。
報われないアデロ隊長。
それがマイケルの、アデロに対する評価だった。
「ふん、ジェドの性格を知っていれば挑発などせん」
「やけにあの領主の肩を持つのだな? ならば、何故解雇など……」
「事情があってな。本音を言えば解雇などしたくなかった。彼は優秀だ。ただ、使える魔法が限られている。それだけだ」
「使える魔法か。補助魔法だけという噂は本当らしい。だが、正直度肝を抜かれたぞ。あれが補助魔法とは……、とても信じられん」
そう言って、アデロは腕を組み、「ふん」と息を抜いた。
「あんな物を見せられたらな……」
「彼の魔法は、他の者とは訳が違う」
マイルズは静かに口を開いた。
「訳が違う? そりゃ、どういうことだ?」
「それは知らない方がいい」
アデロの質問に、マイケルはそう返事をすると踵を返して歩き始めた。
「お、おい! どこに……?」
そう話し掛けられ、マイケルは振り向かずに返事をした。
「何をしてる?」
「は?」
「一緒に飯を食うんだろ? 貴公のテントに案内してくれ」
マイケルのその言葉に、アデロは顔をクシャクシャにして歩み寄っていった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
皆様のおかげでランキングに入っておりました!
評価、感想はとても励みになっております!
これからも応援、よろしくお願い致します!




