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遂に来ました、帝国軍

帝国軍がついにやってきました。

それを止めるのは……

だれだ!?

「いやいやいや……、嘘だろ、マジで来たのかよ……」


 アルブラム領の砦の見張り小屋の中で、望遠鏡を覗きながら俺は呟いた。

 砦と言っても、粗末な掘っ建て小屋に、粗末な門と丸太の塀。

 その中にはテントが数張り張られただけの、誰がどう見ても急ごしらえの陣地だ。

 潰すのは赤子の手を捻るより簡単だろうな。

 レンズの向こうには、相手の勢力が見えていた。

 先頭には歩兵隊、中堅を騎馬隊、その奥には弓兵か。

 当たり前っちゃー当たり前なんだが、問題はその数だな。

 総勢約一千名近い人数が動員されてるんじゃないのか、これは!?


「こりゃー、なかなかのもんだなぁ。いち領地を落とすのに、ここまでやるかね、普通……」


 俺は呆れながらも望遠鏡を目から外すと、横にいたバイゼルに手渡した。


「それにしても、何故進軍など……」


 バイゼルも俺に習って望遠鏡を覗き込みながら呟いた。


「知るかよ! こんな薄っぺらい紙切れ一枚で宣戦布告なんぞしやがって!!」


 俺は一歩下がったところの机に置かれていた紙を手に取った。

 その内容に余りにも腹が立って、すぐにグシャリと握りつぶしたが……


「あの能無し皇子め! 何が"アルブラム領でユリシーズが殺された"だよ! 当の本人は俺ん家で酔っ払って寝てるっつーんだ! 寝言も休み休み言えってんだよ! 能無しクソ皇子に昇格だチクショーめ!!」


 俺は溢れかえる怒りのぶつけどころが分からず、堪らず机に拳をゴン! 殴り付けた!


「割と小さい昇格でございますな、ご当主」

「あぁ!? っせーよ! 足りないならいくらでも付けてやる! クソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!」

「ハーッハッハッハ! 兄貴がクソクソ言ってるぜー!」

「その声は!?」


 出た!

 場の空気を読まない、ザ・マイペース・オブ・トム君!

 つーか、こんなところで何してんだよ!?


「トム君! ここはもうすぐ戦場になるんだぞ! 何考えてんだ!」

「んなこと言われてもよぉ。防具の発注あったから届けに来ないとよぉ」


 え? 発注? 防具?

 俺はバイゼルをジロリと睨み付けた。


「おい、バイゼル。備品はどうした?」

「長く使っていませんでしたからな。倉庫で埃を被っていただけなら良かったのですが、いささか破損が酷すぎまして。新調致しました」


 で、トム君が取り出したのが、黒光りしてて、肩周りとかガントレットに何故かトゲがいっぱい付いたやつ。


「バイゼル……、いくらなんでもこれは……」

「申し訳ございません。既に帝国全土に厳戒態勢が敷かれておりまして……。仕入れ先とのやり取りが出来なくなっておりました。これは知り合いのルートから仕入れたものでございます」


 バイゼルの知り合いに、こんな趣味のやつがいたのか?

 ちょっとヤバいだろ、これは……


「いやー、バイゼルの爺さん。いい人を紹介してくれたぜ! ほら、武器まで卸してくれたしよ!」


 ニコニコしながら、トム君はガチャガチャ音を立てる木箱を運んできた。

 てことは、そのルートをちゃっかりトム君が嗅ぎつけたのか?

 紹介とか言ってるけど、どうせ横から茶々入れたんだろうなぁ。

 一体いくらで交渉したんだ?


「あ、請求は兄貴にまわしとくぜ!」

「ブッ!? な、何言ってんの!?」

「当たり前だろ? 領地の一大事だ、領主が懐緩くしねぇとダメだろ?」


 うークソ! してやられた感半端ねぇ!

 トム君の良いカモにされてんな、これは!


「もう! バイゼル、勘定は任せた!」

「……トム様はなかなかの手腕でございました……」

「大方、イチャモン付けて値引きなり何なりしたんだろ! それは置いといて、今はあいつらだ!」


 俺はもう一度窓に寄って、望遠鏡を手に取って覗き込んだ。


 アルブラム領の先に広がる平原。

 地平線が広がるその先に、点々ととした影が見える。


「依然、動きなし、か。……ん?」


 何か動いた?

 平原はところどころ草が伸びてる程度の荒地だ。

 風が強い日は、当然むき出しの土から煙が立つ。

 今日も風は強く、土ぼこりが舞うんだが、その中で何かが揺らめいた。


「なんだ? 何が……」


 と、煙が揺らめいたかと思うと、白い何かが立ち上がった。


 あれは……


 サンダルみたいな履物に、黒くボテッとしたズボン。

 胸元を袈裟に重ねるゆったりとした上着を羽織り。

 腰まで伸びた黒髪は風になびく。


 腰には一本の長剣を下げていた。


 間違いない、あれは……

 あの人は……!


「こ!」


 貯水池の工事を手伝ってくれた、変な言葉遣いの!


「ーー小早川殿!?」


 帝国軍の前に立ち塞がった小早川五右衛門殿!


 一体、何を考えてるんだ?


 ーー


 小早川五右衛門は、アルブラム領の砦の先で帝国軍の前に立ち塞がっていた。

 彼が立っているところは、帝国軍が構える場所と砦の丁度中間地点。

 地図上で示されている、アルブラム領と隣の領地の境界にあたるところだ。

 そこで彼は、帝国軍へとその細い視線を向けていた。


 ナザール帝国軍第一騎馬隊隊長のアデロは、馬上から五右衛門を目視していた。


「何なのだ、彼奴は?」


 そう言ってアデロは五右衛門がいる方を睨み付けた。


「隊長、どうされますか?」


 彼の隣に、同様に馬に跨った騎士が現れた。

 彼は歩兵の指揮を取るための騎士である。


「ふん、どうせ皆殺しにするのだ。構わず進軍させよ」

「はっ!」


 アデロに命じられ、騎士は歩兵隊の後方へと馬を寄せた。

 そして腰に下げた剣を抜き、それを真正面に突き出した。


「歩兵隊、前へ! 足並み揃えよ! 進めぇぇ!」


 騎士の声に「オオゥ!」と怒号のような声が返ってきた。

 そして、歩兵隊は手にした剣を構えて、歩幅を揃えて進み始めた。


 それを見ていた五右衛門も、腰に手を回して剣を抜いた。

 シャランと小気味よく音を立てて、片刃のスラリとした細身の刀身が姿を現した。


「フハハハハ! なんだ、あのモヤシのような剣は!」


 それをアデロは笑い飛ばしたが、五右衛門は気にも止めていないようだ。

 特に構えるわけでもなく、剣をダラリと下げたまま。

 姿勢を変えず、近づく歩兵に目を向けている。

 そして、片手を前に出して、


「止まれよ!」


 その細身からは信じられないようなハリのある声を出した。


「ここから先は我が主人が治める領地! すぐに引き返されよ!」


 五右衛門はそう訴えかけるが、歩兵は足を止めない。


「聞こえなかったでござるか? すぐに引き返されよ! 今ならば、お主らを手にかけなくて済むでござる!」


 それを聞いていたアデロは、不愉快そうに顔を歪めた。


「チィ! 戯けたことを抜かす! 歩兵隊、足を止めるな! そのモヤシ野郎をボロ雑巾のように斬り裂いてやれぃ!」


 アデロが命じた通り、歩兵隊は足を止めることなく進み続けた。

 そして、五右衛門の近くになると動きを止め、先頭にいた五人ほどが五右衛門を取り囲んだ。


「……」


 五右衛門は細くて鋭い視線で、取り囲んだ歩兵を一瞥していく。

 そして、口を開いた。


「引き返せと申したはずでござるが……?」


 そう話しかけるが……


「隊長の命令だ。悪いが、お前が引き下がってくれ」

「痛い目に遭わずに済むぞ」

「この場で死ぬなら話は別だがな」


 そう言って、ニヤニヤしている者もいる。

 五右衛門はため息をついた。


「ふん、では仕方ないでござる」


 そう言って足をガバッと広げ、下げていた剣を両手に持ち替え、構えをとった。


「何が仕方ないんだよ?」

「どうやらマジで死にたいらしい」

「手間が省ける。さっさとやっちまおうぜ!」


 と五人が構えて飛び掛かろうとした時ーー!

 五右衛門が素早く動いた!

 剣を振るうがあまりにも速く、斬撃が見えない!


 ヒュンヒュン! と数回風を切る音が聞こえたかと思うと、五右衛門は取り囲んでいる歩兵達の外にいた。


「また……」


 そして、剣と鞘を合わせ、


「つまらぬ物を斬ってしまった……」


 ピシャリと鞘を閉じる音が響くと、歩兵たちの着けていた装備が砕け、服は斬り刻まれて宙を舞い、素っ裸にされた歩兵達たちは地面に倒れ伏した。


「ーーな!?」


「……案ずるな、峰打ちでござる」


 五右衛門はそう言うと、アデロは驚いた顔を見せた。


「み、峰打ちだと?」

「本気で斬り合えば、拙者が勝つのは当然。しかしながら、彼らも国に家族がおろう。死ねば家族は悲しむことになるでござる。何より、我が主人はそんなことを望んではおらぬでござる」

「な、何をグダグダと、御託ばかり並べおってぇ! 次! 次の者はさっさと前に出んかぁ!」

「ーー良いのか?」


 五右衛門は唾を飛ばながらまくし立てるアデロに向かって、鋭い視線を飛ばした。

 それを見て、アデロは固まり、思わず唾をゴクリと飲み込んだ。

 そんなアデロに構わず、五右衛門は問い掛けていく。


「良いのか? 次は斬り捨てるでござるよ」

「な、な、何を生意気な! 大体、いきなり現れて、な、何が目的だ貴様!?」

「目的? やれやれ、お主は物覚えが悪いでござるな」

「だ、誰が物覚えが悪いだとぉ!?」

「言ったはずでござる。引き返せ、とな」


 そして五右衛門は腕を組んで仁王立ちの姿勢をとると、アデロに向かって言い放った。






「ーーここから先は、拙者が通さぬ!」







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