アルベルトの思惑
きな臭ーい動きが見えてきましたよ…
「ぶえっくし!!」
なんだ? 急に鼻がムズムズとする……
花粉症にはまだ早いんだが?
「ん? 兄貴どうした? 風邪か?」
「何だろうな、鼻がムズムズするんだ」
「そりゃ、あれだな。誰かが兄貴のことを噂してんだよ。なぁ、アネッサ」
「噂噂ー!」
「まっさかー」
トム君、誰も俺の噂なんてしないだろ。
そうそう思い当たる節なんてものはないのだよ。
つーか、領主の執務室でよくくつろげるな。
ここは二人の憩いの場じゃねーっつーの。
俺はそう思いつつ、執務室の机で、膨大な量の書類にひたすら印鑑を打ち続けていた。
その時だ!
ドガシャーーーーン!!
と、屋敷は突然、地響きのような激しい衝撃に襲われた!
屋敷全体が地震のように揺れたのだ!
「ーーうわわわわわわわ!?」
「な、何が起こりやがったんだよぉぉぉぉぉぉ!」
「ダーーーーーーーーリン♡」
「アネッサ! こんな時に跨るなー!」
ちょっと突っ込みたい事案が発生したが、それは置いといて……
何だ何だ!?
何が起こったんだーー!
屋敷は1分程揺れた。
その後は何事もなかったかのように揺れは収まった。
俺たちは執務室の中で、それぞれが机やテーブルの下に入るなどの安全対策を取っていたのだが、揺れが収まったことが分かると、そこから這い出てきた。
「ふぅ、収まったか……」
「な、何なんだよ、何で地震なんか……」
「私はダーリンとピト虫できて、嬉しいにゃん♡」
「アネッサ……、よせよ。照れるじゃねぇか……」
おいおいおい、マジでぶん殴るぞ、てめーら。
お家の一大事に何イチャこいてやがるんだよ。
「もー! 何が原因だよ? 震源はどこなんだ?」
「ご当主ーーー!」
本やら訳分からんツボとかでとっ散らかった部屋でようやく体を起こしたら、間髪入れずにバイゼルがやってきた。
「何だよ、バイゼル。あいにく今は取り込み中だ」
「ユリシーズ様が発見されました!」
「何だとーーー!!」
バイゼルの報告に、それまで頭の中を支配していた地震が一瞬でユリシーズに置き換わった!
我ながら、切り替えの早さに惚れ惚れする!
俺は散らかった部屋の中をズンズン進みバイゼルに詰め寄った!
「どこだ!? ユリシーズはどこに!?」
俺がバイゼルに食って掛かる勢いで詰め寄ったその時!
「やぁ、ジェド。久し振り〜!」
バイゼルの後ろから、呑気な声と片手を上げながらユリシーズが現れたではないか!
その余りの能天気さに、俺は思わずズッコケそうになってしまった……
「ユユユ、ユリシーズ! ……様!」
「よせよ、取ってつけて外したような『様』なんてさ」
何だよ、その受け答えは?
せっかく気を使ったのに、サラッと流してんじゃねーよ。
「普段通り、呼び捨てで構わないよ。君と私の仲じゃないか」
「あぁ、そうか。なら遠慮なく……、じゃなくて! 何で? どうして? 行方不明じゃなかったの? どうしてここに!?」
「あぁ、それはねぇ」
「俺から説明させて貰おう。領主殿」
と、今度はエラくガタイのいい奴がヌッと現れた。
身長は高いな、俺は175センチくらいだから、その俺よりも高い。
体も筋肉で締まりまくってるな、腕なんてパンパンだ。
それこそ、シャツにピッタンコになるほど。
相当の修羅場をくぐってきたんだろうな。
素顔は見せないって主義なんだろう。
その目の部分が細く開いた仮面が不気味だ。
とにかくこいつはまぁ……凄い威圧感だ……
「彼の名はコンドル。私が雇いました冒険者にございます」
バイゼルの説明を聞いて、俺は合点がいった。
そういえば、冒険者を雇ったって言ってたな。
その筋に通じた、詳しい奴をって。
この変な仮面を被った奴がそうだったのか。
「なかなか骨が折れたぜ。なんせ情報屋とグルだったんだからな」
「だから、それは悪かったって言ってるじゃないか。それよりなんだ、腹も減ったし、座って話さないか。なぁ、ジェド」
ユリシーズ、ここは俺ん家なんですけど。
涼しい顔して主導権握るの、やめてくれないかなぁ?
と、俺がうんざりしたような顔でユリシーズを見ていると、
「ジェド! 気にするな! まさか君の家に厄介になろうとは考えていないよ! ちゃんと宿を取るさ! はっはっはー!」
なんて調子のいいこと言ってるが、結局宿は取れずに俺の家に泊まり込むことになったユリシーズ一行であった……
そして、毎日、やれ飲めや食えやの大宴会が営まれる……
そんなある日。
「ご当主……、食費が眼を見張る早さで消費されていきます!」
「バイゼル……、酒が……ストックがあれよあれよと言う間に無くなっていくぞ……!」
「兄貴ー! 太っ腹だなぁ! ユリっちたち泊めて毎日宴会なんてさー!」
「「ユリっち!?」」
どうやらトム君とユリシーズはかなり良い仲になってるらしい。
ていうか、なんでここにいるんだトム君?
君はアネッサと一緒にいるんじゃ?
カレンと楽しそうに談笑してるが、これをアネッサが見たら何というか。
「……ダーリン。他の女と楽しそうに喋ってる……,」
と、いつの間にか俺の横に立っていたアネッサは、額にいくつか青筋を立てている!
さらに亜麻色の髪の若干逆立たせ、手には魔力を溜め込んでいるではないか!
「ちょ、ちょっと待てアネッサ! ここでそれはヤバい!」
「アネッサ様! どうか、どうかお怒りをお鎮めください!」
「あの女、殺す! 殺す殺す! ダーリンを手球に取ろうなど、捨て置けぬ! チリに返してくれるわ!」
いや、キレてんのかよ!?
しかも、何でキレたら急に偉そうな言葉遣いになるのよ!?
トム君! いい加減、カレンから離れてくれ!
そんなトム君は、アネッサの嫉妬にまみれた怒りなど露知らず。
ノコノコとカレンを連れて地雷原に足を踏み込んで来やがった。
「お、アネッサ、どうした? 彼女を紹介するよ。今度一緒に仕事することになったカレンだ。仲良くしてやってく……」
「……ダーリン、ちょっとツラ貸せ。裏に来いや」
「……はい?」
ブチ切れたアネッサは、魔法こそ放たなかったものの、ニコニコるんるんで近くに来たトム君の襟首を掴んで、そのまま引きずって出て行ってしまった。
哀れトム君。
嫉妬は恐ろしい。
その後の断末魔は……、聞かなかったことにしよう。
そして、ユリシーズはと言えば……
「アルブラム領に栄光あれーーー!」
「……それ、お前が言うのかよ」
上機嫌なユリシーズの叫びに、ボソリと突っ込む俺であった。
ーー
ところ変わって、アルブラム領から南。
ちょうど、アルブラム領と帝都を結ぶ中間地点。
やや窪んだ谷の下に、所狭しと大小のテントが並んでいた。
アルベルトの設営した前哨基地である。
その中でもひときわ大きなテント。
アルベルトが常駐しているテントの中で、彼とその配下数名が、今後の動きについて話し合っていた。
そこへちょうど、帝都からの報告者がやってきていた。
「何? あの女が消えただと?」
「はっ。報告によりますと、牢屋から忽然と姿を消したということです」
「あり得ん。どうやって?」
帝都からの報告を聞いたアルベルは、カレンが消えた理由を考えていた。
「その前に、地下牢へ侵入した者がおりました。複数の目撃情報から、コンドルという冒険者のようです」
「冒険者がなぜあの場所へ行くのだ?」
合点がいかないアルベルトは、なおも報告者を問い詰めた。
報告者は、跪いたまま、しどろもどろになってしまった。
「そ、それは……」
「入り口には警報がなる魔法を施してあった。恐らくそれには引っかかったから、兵が向かったのだろうが……」
「その兵も殺されていたと聞く。複数人の仕業ではないのか?」
「何にしても」
部下たちのどよめきを、アルベルトは手を叩きつつ制止した。
そして、部下たちは再びアルベルトに注目した。
「何にしても、だ。これでユリシーズを釣る餌は無くなった。奴が逃げ出さなければ、あの女も拷問を受けずに済んだのだ」
そう言って、アルベルトは腕を組んで思案した。
キッカケだ、キッカケがあれば、ことを動かすことができる。
アルベルトはそう考えていた。
そして、一つの妙案を思いついた。
アルベルトは、部下の一人に声を掛けた。
「ユリシーズと背格好が似た人間を探し出せ。そうだな、罪人がいい」
「は、はぁ……」
「見つけ出したら、ユリシーズの服を着せて首を撥ねろ。顔は潰しておけよ、偽物とバレるからな」
「し、しかし、どうしてそのようなことを」
部下に聞かれ、アルベルトはニヤリと笑った。
「アルブラム領に押し付けるのだよ、ユリシーズ殺しの罪をな」
「「「えぇ!?」」」
テント内が再びどよめき始めた。
だが、アルベルトは気にする風でもなく、ただ口元をニヤニヤさせているだけ。
「皇族の者を殺めるのとは重罪中の重罪。アルブラム領がユリシーズを殺し、その遺体をさらし者にしたとなれば、十分攻め込む余地がある」
「ま、まさか殿下……!」
そこでアルベルトは立ち上がった!
座っていた椅子が、後方へ弾かれるほどの勢いで!
「アルブラム領を攻めるぞ! 我ら帝国軍で! そして、この第一皇子アルベルトの名において、弟の無念を晴らすのだ!!」
こうしてアルベルトが強引に作り出した理由で進軍を開始するのは、今から一週間後。
ユリシーズの偽物の遺体が発見された後だった。
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