ユリシーズはどこにいる?
「とびっきりの上玉だな」
コンドルは持っていた短剣を彼女に向かって振り抜いた。
キィン! と金属の甲高い音がしたかと思えば、彼女を拘束していた鎖が断ち切られている。
女は重力に引っ張られ、その場に崩れ落ちるが、すぐに顔を上げた。
「あ、あなたは……!?」
「俺の名はコンドル。しがない冒険者だよ。それより聞きたいことがある。ユリシーズ皇子はどこにいる?」
「ユリシーズ様はここにはいません。いるのは私だけです」
「へぇ、そうか。そういやそうだったな。じゃ、質問を変えよう。ユリシーズ皇子の行方を知っている者はどこにいる?」
「……」
途端、女は眉間に皺を寄せ、口をつぐんでしまった。
沈黙は答えという言葉がある。
恐らく、この女性はユリシーズの行方を知っている。
これはコンドルの冒険者としての勘だ。
冒険者として生きてきた頃に培った、彼の直感だ。
何の確証もない。
が、彼は自分の直感は間違っていないと思っている。
この女は、皇子の居場所を知っている。ーーと。
コンドルは何とかして皇子の居場所を知る必要があった。
自分が味方である証拠は、現状を鑑みれば、この場で立証することはできない。
ではどうするか?
味方と思われなくとも、できることはある。
この女から、引き出せるだけ情報を引き出すのみだ。
「さっきも言ったが、俺はアルブラム領からの依頼を受けてここに来た。ユリシーズ皇子がこの場に囚われているということをある情報筋から聞いたんだが、来てみればいるのはあんただ。これはどういうことかな?」
「……」
「ダンマリを決め込むってことか。まぁ、会ってすぐに信用しろってのも無理な話だからなぁ」
「……」
「皇子の居場所を知りたい。なぁ、教えてくれ。それとも……」
コンドルは女へと詰め寄って行く。
「どうしても言えない理由ってのがあるのか?」
そんな時だ。
扉の向こう側が騒がしくなって来た。
ドヤドヤとした人の気配が扉の向こう側からヒシヒシと伝わってくる。
恐らく、コンドルのいた形跡が見当たらないのだろう。
コンドルが姿を消したのは、彼女が囚われていたこの牢屋の前だ。
一つ一つ探っていきながら当たりをつけたのかもしれない。
ーーここで捕まるわけにはいかない。
相手の素性や目的が知れない以上、無謀な策を講じるわけにはいかない。
目的を履き違えるな。
今回の目的は皇子の居場所を探り当てることだ。
敵の殲滅が目的じゃない。
コンドルはそう自分に言い聞かせ、扉へと移動した。
壁に背中を付けると、女に反対側へ移動しろと指で合図をする。
それを見て女は指示に従い、扉の……蝶番の向こう側へと移動した。
そこなら、扉を開けても死角になる。
相手の情報が乏しい今、素性は分からないが、丸腰の女がいては足手まといになる。
そう考えて、コンドルは女を扉の向こうへとやったのだ。
カチャカチャと鍵穴を回す音が聞こえた。
コンドルは短剣を逆手持ちに変え、扉が開くのを待った。
カチャカチャ、カチャリーー
ーー解錠され、扉が開く。
わずかに隙間を開き、中を覗き込んで来る者がいた。
(もう少しだ、もう少し開け!)
コンドルは壁にピタリと張り付き、仕掛けるタイミングを計っていた。
今は体を半分ほど滑り込ませられる程度の隙間だ。
半身が覗き込んでいるだけでは急所を狙うことは難しく、相手を確実に仕留めることは敵わない。
特に頭部。
今仕掛けても素早く反応されたら扉は閉められるだろう。
そうなると扉は外側から堅く閉ざされ、完全に閉じ込められることになる。
頭部を完全に室内に入れて中を覗き込まなければダメだ。
そのチャンスを、コンドルは息を殺して伺っていた。
隙間から見えた頭部は、何やら頭巾を被っているように見える。
相手の顔までは分からない。だが好都合だ。
こちらが分からないということは相手にも見えていない。
コンドルは静かに短剣を構えた。
そして相手が中の様子を探ろうと頭を中に完全に入れ込んだときーー
コンドルは仕掛けた!
だが……!
「んん!?」
相手に飛びかかり喉元を掻っ切る筈が、勢いがつき過ぎて一緒に倒れてしまったのだ。
だが、コンドルはすぐに起き上がって相手を組み伏せた。
その時だ。
相手の顔がポロリと見えたのである。
その顔とは……
「ユ……」
コンドルは信じられないという目を彼に向けていた。
目の前にいたのは……
ユリシーズ皇子だったのだ。
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