表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/54

囚われの美女

アクセスが伸びています。

ありがとうございます!

 ナザール帝国の皇帝が住まう居城は、街の中心に、見下ろすかのようにそびえ立っている。

 その周囲は水が張られた堀があり、城の周囲を石積みの塀がぐるりと取り囲んでいる。

 その堀の向こう。

 塀の片隅に何やらガサゴソしている人影があった。


「いやはや、城に忍び込むってのは緊張するねぇ」


 コンドルは口元をニヤニヤさせながら、城を囲む石積みの塀の下に設けられた鉄の扉の前に立っていた。

 ここは扉を隠すように木が生い茂っているため、堀の向こうからは見え辛い。

 加えて夕方に差し掛かり、空も薄暗くなってきている。

 見張りも夜警に代わり手薄になる頃。

 忍び込むには絶好の機会だ。

 コンドルはドアノブの下にある小さな鍵穴へ針金を差し込むと、カチャカチャ動かした。


 ーーガチャリ。


 コンドルはその音を聞いて片眉を釣り上げた。


「よし、お邪魔しますよぉ」


 キイイと錆び付いた蝶番が軋む。

 鉄の扉はユックリと開き、その中には地下へと続く階段が伸びていた。

 コンドルはその階段を降りて行く。


「まぁ、忍び込むっつっても、牢屋なんだけどな」


 と一人ごちりながら階段を降りて行く。

 通路は薄暗く、先の見通しが悪い。

 外の灯りが差し込まないこの階段は、人が通るときには松明が灯るのだろう。

 壁には一定の間隔でロウソクを立てる燭台がある。

 だが、ロウソクが灯っていないところを見るに、今は人が通らないということか。

 それとも、普段からそうなのか。


 だがコンドルには関係ない。

 うっすらではあるが、夜目が効くし、仮面を付けている以上、視界に困ることはないからだ。


「さーて、辿り着いた先は地獄か。はたまた天国か」


 そう言いながら下り続け、やがて階段は終わって普通の平坦な通路が現れた。


「あぁ、どうやらここは……」


 鼻をつく異臭。

 聞こえてくるうめき声。

 吸い込んだだけで病気になりそうな、淀んだ空気。


 コンドルの目の前には、通路を挟んで対面する牢屋が並んでいた。


「地獄の一丁目ってやつか」


 そう言って、コンドルは一歩を踏み出す。

 まるで迷宮に入り込んだかのような圧迫感を覚えながら、コンドルは真っ直ぐ進んで行く。

 両脇に並ぶ牢屋の中には、囚人がいたり、死体や骨が転がっていたり、何もいなかったりする。

 動ける者は、彼の姿を見るなら鉄格子から手を出して声を張り上げてくる。

 かと思えば、ジロリと目だけ動かす者もいる。

 中には全く動かない者も……

 だが、コンドルはそんなことには目もくれず、ただひたすら進んで行く。


 進んで行くうちに、鉄格子の牢屋から石壁に鉄の扉が誂えられた牢屋へと変わった。

 扉には小さめの長方形をした覗き穴と、下の方には食事を通すための、これまた長方形の蓋がある。


(これじゃ、中は分からねぇなぁ……)


 コンドルがそんなことを考えながら歩いていると、一つだけ気になる扉があった。

 何の変哲も無い、他と同じような扉だが、中から伝わってくる雰囲気が違う。


「んー、あれかぁ?」


 コンドルは扉の前に立つとすぐに膝をついた。

 そして、扉の下の蓋を開けて中を覗き込んだ。


 陽の光が差し込まない地下だ。

 当然暗い。

 だが、コンドルにはそんなこと関係なかった。

 実はコンドルの仮面は魔道具(マジックアイテム)で、どんなに視界が悪かろうと、まるで昼間のように映し出してくれる投影装置となっていた。

 そのため、たとて深い闇の中であっても、彼にとっては日中とさほど変わらない景色が視界に広がっている。

 それを付けた状態で中を覗き込んでみるが、流石に狭く、手前の方しか覗き込めない。


 これでは探りきれないと考えたコンドルは、顔を上げ、声を掛けてみることにした。


「中にいるのは、皇子様かい?」


 そう話し掛けるが返事はない。

 コンドルは続けた。


「どうなんだ? 返事しろよ。親から名前呼ばれたら返事しろって教わらなかったか?」


 だが、返事はない。


「……皇子様じゃないのか?」


 コンドルは眉をひそめた。

 帝都の路地裏で情報屋から渡された内容と食い違っていた。

 あれには、ユリシーズはこの牢屋に入れられたと書かれていた。

 だが、実際に来てみれば返事はない。


 自分の冒険者としての勘が外れたのか?

 それとも情報屋は、金が欲しくて嘘をつく言ったのか?


 どちらにしても、これでは無駄足だったということになる。

 コンドルは舌打ちした。


「ちっ! どうやら違ったか……。バイゼルに何て言うかなぁ……」


 そう言ってその場を立ち去ろうとしたその時だった。


「ーーま、待て!」


 扉の奥から聞きなれない声が聞こえて来た。

 コンドルは足を止めて考えた。


(んー? 女の声だぞ? ユリシーズって、おとこじゃなかったっけ?」


 コンドルはもう一度鉄の扉の前に立つと、扉の向こうにいると思われる人物へと話しかけた。


「……ユリシーズ皇子じゃねぇのか?」

「ーーで、殿下は」


(こんな時になんだが、聞いていてとても気持ちの良い声だ)


 コンドルの、彼女に対する第一印象はそれだった。

 よく通ると言えばそうだし、響きが良いともとれる。

 しいて例えるなら、劇場の舞台に立つ女優に似通った声とも……


 その声の主人は、扉の奥からコンドルへと返事を飛ばしてきた。


「殿下はここにはいらっしゃらない!」

「なら、何処にいる?」

「そ、それは……」


(俺が誰か疑わしいって感じだな。そりゃそうか。ユリシーズを探しに来たってことは、俺がユリシーズを殺す可能性があるってこと。そりゃ言わんわな)


 コンドルはしばし思案した。

 状況が状況だ。

 まずは、危害を加えないということを理解してもらわねば……


「俺はアルブラム領から来た。領主からの依頼でな、皇子を探してる」

「アルブラム……領!?」

「そうだ。ユリシーズ皇子はあの領を気に入ってるんだろう? 連中も皇子の行方を気にしていてな。探し出してほしいと頼まれた」

「……アルブラム領……ジェド様が、ユリシーズ様を……」

「なぁ、頼むよ。教えてくれ」

「ーーあ、あなたが何処の誰だか存じませんが……。ユリシーズ様の味方であるという証拠はあるのですか?」

「しょ、証拠ぉ?」


 そう言われ、コンドルは戸惑った。

 証拠も何も、そんなものある筈がない。

 念のためにとバイゼルから渡された依頼書があるが、捏造されたとでも言われれば終わりだ。


(やべぇ、どうすりゃいい?)


 そんな時だ。

 ヒュンという、甲高い音が耳に入った。

 コンドルは咄嗟に体勢を逸らし、自身に迫ったものを素手で掴んだ!

 コンドルが掴んだもの……


 ーーそれは矢だった!


(ヤベェ! まさか、潜り込んだのがバレたのか!? つーか、こんなとこで矢を撃つのかよ!)


 耳をすますと、弓を引く「ギリリ……」という音が聞こえた。


 そしてまた、ヒュン! と音が聞こえた!

 コンドルは腰に忍ばせた短剣を引き抜くと、素早く逆袈裟に振り抜く!

 スパーン! と放たれた矢が真っ二つになって床に落ちた。


「ちっ! 俺が見えてるのか? 嬢ちゃん、悪いな、入るぞ!」


 コンドルはそう言うと、短剣の鞘に添えていた針金を素早く取り出し、ドアノブの下に開けられた鍵穴に差し込んだ。

 数回捻ると、カチャリと小気味好い手応えを感じ、ドアノブを捻った。

 扉はゆっくりと開き、その開いたわずかな隙間にコンドルはその身を滑り込ませると、静かに扉を閉め、鍵をした。

 しばらく扉の側に立ち、外の気配を伺っていると……


「その扉は分厚く出来ています。外の様子は、恐らく分からないでしょう」


 部屋の奥から声が聞こえた。

 通路で聞いた声と同じ、心地の良い声が。

 コンドルは奥に目をやった。

 そして、ピュウっと小さく口笛を吹いた。


「こいつは…….」


 コンドルの視線の先は薄暗く、普通ならば目を凝らしてもよく見えない。

 だが、コンドルは仮面を付けている。

 だから、彼にはよく見えていた。

 両腕は天井から伸びた鎖に括られており、爪先がようやく床につく程度の高さまで釣られている。

 スラッとした肢体を包む衣類は恐らく下着なのだろう。

 ところどころ破け、肌が見えており、拷問を受けたのか。

 体のあちこち傷や痣があり、出血の跡もあった。


 腰のあたりまで金色の髪が伸び、スッと通った鼻筋にパチッとした二重まぶたの顔は小さめで、年齢は定かではないが、童顔に見える。

 こんな牢屋でなく、街の中であれば、すれ違う者は必ず振り返るだろう。

 そんな美女があられもない姿でコンドルの視線の先に現れた。


「とびっきりの上玉だな」

「くっ……、一体どうやってここに?」

「ゆーっくり聞かせてやるよ。まずは皇子の居場所を聞いてからだがな」


 そう言って、コンドルは彼女の近くまで行くと、短剣を逆手持ちに構え、彼女目掛けて短剣を振った。

ここまでお読み下さり、ありがとうございます!


これからもどうぞよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング 「小説家になろう 勝手にランキング」に参加しています。 皆様からの清き1ポチをお待ちしています。よろしくお願い致しますm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ