動き始めたコンドル
今回も視点がかわります。
あんまり変えるのは好ましくないと思うのですが、進行上、ご了承下さい。
「シビアス、ここへ」
アルブラム領の程近く。
となりの領地との境目に所狭しと並ぶテントの群れ。
アルベルトが設営した陣地である。
そこに戻ると、アルベルトはシビアスを自分のテントへと呼びつけた。
シビアスがテントをくぐると、アルベルトは設営地に似つかわしくない、豪華な肘置きが付いた椅子を勧め、彼はそのゆったんゆったんした体を椅子にねじ込むようにして座った。
「此度はご苦労だったな。お前の用意したこの紙切れが、たいそう役に立った」
アルベルトはジェドたちの前に出した、アルブラム領の報告書を指で摘み上げていた。
それを見て、シビアスはフンと鼻を鳴らし、
「あの執事はなかなか鋭いと思っていたのですが、案外、大したことはありませんでしたな」
と笑みを浮かべている。
「全くだ! まさか自分の作ったものと偽物の区別も付かんとは! だいぶ耄碌しているぞ、あのジジイ! くははははは!」
堪らず、唾を吐き出しながら、アルベルトは大声で笑い始めた。
テント中にその声が響き、こだましている。
ふとアルベルトがシビアスを見ると、彼はゆったんと揺れる顎に指を添え、何か考え込んでいた。
「しかし、どこかで聞いた名ですな。バイゼル、バイゼル……」
「もう忘れろ。我が手中にアルブラム領を収めた日には、お前が領主だ!」
その言葉に、シビアスは目を輝かせた!
「御意!」
「さて、祝杯でもあげるか! なぁ、シビアス!」
アルベルトはまた、笑いながら出されたグラスを握り、シビアスの前に置かれたグラスと軽くチンと重ね合った。
ーー
「やはり偽物ですな」
「ブフォォぉ!?」
アルブラム領の屋敷で、バイゼルはシビアスが差し出してきた報告書を眺めてそう言った。
それを聞いた俺は、口に含んだお茶を豪快に吹き出してしまった。
「ご当主。アルベルト様のお言葉を借りるわけではございませんが、いささか作法が過ぎるかと……」
「んなことはどうだっていいよ! それより、何て!? その報告書、偽物なのかよ!?」
「えぇ、私が使う書類には我が家の刻印を全て入れてあるのですが……」
とバイゼルは報告書を陽の光に晒してみせた。
「本来ならば、中央に薄っすらと現れる程度のものなのです。しかし、この報告書にはそれがございません」
「ちょっと待て、バイゼル。その報告書、あのデブ貴族が出してきたものだよな? いつの間に……?」
「盗ったわけではございません。そこらにあった同じ大きさの紙と挿げ替えただけでございます。その紙には魔法で内容を丸々写しておりますから、恐らくそう簡単にはバレますまい」
「……やってることがほぼ犯罪だと思うのは俺だけか?」
「それはそれ、これはこれです。しかしながら、ご当主。私はキッチリと収支計算を行い、次年度の予算と見込み額を盛り込んだものを帝国へ提出しております。不備はなく、帝国の財務担当者による我が領地の評価はすべからく高かったと記憶しています」
「その財務担当者が変な気を起こしたってことは考えられないのか? あのデブ貴族も、財務担当って言ってたぜ」
「推測に過ぎませんが、ユリシーズ様は何らかの陰謀に嵌められたと考えるのが妥当かと」
「陰謀?」
俺は身を乗り出して、バイゼルに詰め寄った。
「まだご当主には報告しておりませんでしたが、皇帝陛下がお倒れになったそうです」
それを聞いて、俺は勢いよく立ち上がった!
「バイゼル……!」
「報告が遅れ、申し訳ありません。ですが、そのような知らせは旧知の仲でいらっしゃるユリシーズ様から直接ご当主の耳へ入れられるだろうと思い、伏せておりました。そのユリシーズ様も、今は行方が分かりませんが……」
恐らく俺の形相は、不愉快なことを聞かされた時のように、かなりしかめっ面をしていたはず。
仕方ないだろう。
バイゼルが報告しなかったのが悪い。その理由も頷けるのだが、正直、一言言って欲しかった。
俺は奥歯をガリッと噛んだ!
「ユリシーズめ、どこに消えたんだ?」
「そのことについてはご心配なく。私の方で調査を進めております」
「バイゼルの方で? いったいどうやって?」
「そのスジに長けた冒険者が知り合いにおります。そこそこの報酬が発生はしますが、冒険者ギルドを通さない直接の依頼なので情報が漏れる心配はありません」
「へぇ、そんな奴がいたのか」
「ご当主、取り敢えずユリシーズ様のことは置いといて……」
と、バイゼルは両手で箱を持って横に置く仕草をしてみせた。
どこで覚えたんだ、そんなの。
「果報は寝て待てではございませんが、焦ったところで得るものはございません。ここは待ちましょう」
「待つ……か」
俺は執務室の椅子にどっかりともたれた。
天井を仰ぐが、別に大して代わり映えのしない、いつもの天井だ。
それを眺めていると、いつもと変わらない日常のはずなのに、おかしなことになっていると思わざるを得ない。
皇帝が倒れ、ユリシーズが行方不明になった。
第一皇子であるアルベルトがいきなりやってきて、あれこれイチャモン付けてきた。
どうやら俺たちは面倒くさいことに巻き込まれたようだ。
ーー
帝都ナザリオン。
ナザール帝国の首都であり、皇帝の住まう城が鎮座する街。
カラフルな屋根瓦が眩しいこの街は、ところどころ壁で仕切られている。
貴族や平民、商業や工業など、身分や職種によって住まう場所などを分けるためだ。
住む場所によって身分が分かるようになっている。
そんな街の片隅。
とある路地裏で、一般区と商業区を仕切る壁に隔たれた男が二人。
片方は冒険者コンドル。
もう一人は汚らしい格好をした、浮浪者というような出で立ちだ。
二人は壁にポッカリ開いた、手のひらほどの割れ目を介して何やら話をしている。
「これに全て書いてある。と言っても、俺が知ってる限りのことだがな」
と、小さな紙切れを指で挟んで片方の男に手渡している。
「十分だ」
壁の向こうで男はそう言い、割れ目から金貨を一枚手渡した。
「へっへ、ありがとよ」
「ところで、皇帝は暗殺されかかったのか?」
「……」
「返事がないところを見ると、当たりか?」
そう問われた男は煙草を取り出し口に咥えた。
火を付け、一息吸い込む。
「あんまり出回ってない話なんだがな」
男はもう一枚、金貨を渡した。
壁の向こうから手が伸び、催促されたのだ。
「能無し皇子が噛んでるらしい」
それだけ言うと、壁の向こうから気配が消えた。
立ち去ったのだろう、煙草の香りだけがその場に残っている。
「能無し皇子……か」
それだけ零し、コンドルは受け取った紙に目を通した。
そして、一瞬目を細めるとそれをしまい、その場を立ち去っていった。
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