五年振りの帰郷
ナザール帝国領のちょい北に広がるアジラン地方。
その一角にあるアルブラム領が俺の故郷。
草木も碌に生えないほど硬い土の大地が広がり、夏でも気温はさほど上がらず、一年を通して、雨もそんなに降らない。
そのせいか、作物は満足に育たないし、他に領地の財源になるような産業なんてない。
おかげさまで領地自体の収入も少なく、人が住んでいるのが不思議なくらいだ。
そんな不毛かつ過酷な土地で、俺の家系は代々領主なんぞをやっている。
親父で何代目だったかな?
まぁ領主とは言っても、総勢二百人に満たない小さな集落は、町というよりも村に毛が生えた程度の集落に過ぎない。
そんな過酷な地だからだろうか。
好んで住む者などいるはずもなく、大概が曰く付き、札付きのならず者や流れ者の罪人とかがいるからタチが悪い。
おかげさまで、治安は最悪だ。
どこもかしこも、いつも喧嘩や騒ぎばかりで、自警団がいつも出動している。
そういえば、昔夫婦喧嘩が発展して家に放火したっていうのを聞いたな。
怒った嫁が旦那をマジで殺そうとしたって。
あの夫婦どうなったかな?
俺が里を出るときに起こった火事だったからなー。
仲良くしてればいいけど。
治安が悪いのは他にも理由がある。
それは……
行く宛のない者たちが巡り巡って最後に行き着くのが、我が領地ということになる。
前述した通り、住民の中には曰く付きの者が多い。
あっちこっちたらい回しにされた挙句、我が領地なら住む場所があるって聞きつけてやってくるらしい。
ーーまるで流刑の地だな……
しかし、そんな野蛮な連中をまとめていたんだ。
俺の親父の手腕も、なかなかのものだと思うんだがな。
魔法学校時代から宮廷魔導師をクビになるまで過ごした帝都から北へ、馬の足で一週間ほど進んだ距離に、俺の故郷はある。
せっかく荷物を乗せて帰るんだからと馬を買って帰郷することにしたんだが、この馬。
かなりの老馬だったようで、途中で何度も何度も立ち止まって喘ぐんだよなぁ。
それも苦しそうに……
むせたかと思ったら血反吐とか吐くし……
ていうか、それって病気じゃねぇか!?
値段は相場よりもかなり安かったし、それなりに歳食ってんだろうなぁと思ってたけど、まさか瀕死とは思わなかったよ。
良かった、荷車とか引かせなくて……
俺の荷物は大きめのカバン二つ程度に収められたからな。
五年も帝都に住んでてどうしてこんなに荷物が少ないんだろ?
それにしてもあの売主。
変にニコニコしてゴマ擦りまくってくるから、ちょっと怪しいと思ったが……
ーー恨むぜ、売主め。
回復魔法はそんなに得意じゃないんだけど、何度か魔法を掛けてるとそれなりに歩くようになったのは良かった。
お陰で故郷まで無事に着いたんだが、老馬の毛並みがツヤッツヤになってるのはどうしたことだ?
心なしか、体型も引き締まってないか?
鼻息も嗎も力強くなってるし、目つきも鋭くなっている気がする。
まさか、回復魔法掛けて若返ったとかないよな?
……
いやぁ、ないない!
そんな、若返る魔法って、どんなだよ!?
俺はただ、回復魔法を、ちーとも効果が見られない回復魔法をひたすらかけてただけだぞ?
アンチエイジングの付与効果なんて、聞いたことねぇわ!
さて、そうこうしているうちに、到着しましたよ。
我が故郷、アルブラム領。
帝都を出て約一週間めの昼過ぎ。
俺は町を見下ろせる小高い丘の上にいた。
そこから見える風景というと……
寄り添うように建てられたボロッボロの小屋。
町中を歩く人の姿はなく、どこかしら閑古鳥が鳴いているような光景は相変わらずだ。
ほんと、いつ見ても寒々とした光景だよなぁ……
ここが俺の実家の領地だなんて、だれが胸を張って自慢できるだろうか?
この光景を見て、友達を連れて来ようとかはさすがに思えないわ……
ごめん、親父……
ーー俺は胸の内で親父に謝りながら、馬と共に町の中へと進んで行った。
小さい領地ではあるが、人の集まる場所は当然ある。
酒場に飯屋に日用品を売ってるお店。
あとはマーケットだ。
そんな懐かしい光景を眺めつつ、俺は馬を進めていると、あることに気づいた。
いくら寂れてるとは言え、すれ違う人の目つきの厳しい……
しかも、ところどころでヒソヒソ話も聞こえてくる。
「おい見ろよ。領主んとこの坊主だ」
「宮廷魔導師とかになったんじゃねぇのか」
「あらいやだ、見ないうちに男になったわねぇ、ジュルリ……」
「言ってろババァ! テメェの干からびた体なんざ、誰が買うかよ! 汚ねぇから舌なめずりすんな!」
…………
なんか聞こえてくるのは凄い会話ばかりだ……
ここはサッサと通り抜けよう……
ずっといたら、あの婆さんが全裸で突っ走ってきそうだ……
俺はなるべく目立たないよう縮こまったが、馬の上なんだから目立ってしょうがない。
通りすがる好奇の目をバンバン浴びながら、町の通りをせせこまと後にした。
そして町中を抜け、ようやくたどり着いたのは我が実家である領主の館だ。
別にどってことない、普通のありきたりの二階建てだな。
そんなに部屋が多いわけでもないし、かと言って小さすぎるというわけでもない。
言ってみれば手頃な広さってところか。
雇ってるメイドだってそこそこの年齢の人ばかりだし、人数だって三人ほどだった記憶がある。
なんにせよ、貧乏領主らしい、慎ましい生活をしてるのが、俺の家族ってわけだ。
さて、こうして実家の門をくぐるのは、宮廷魔導師になってから初めてだな。
受かったってことを知らせたけど、大した返事もなかったなぁ。
まぁ、貧乏領主の次男坊なんて、そんなもんか。
ただの口減らし的なもんだったかもしれないし。
ーーなんて色々と過去を振り返りつつ、俺は実家の玄関扉を開いた。
これで親父が、
「おかえりー!」
なんて言って出てきた日には、ありったけの魔力をぶち込んでやる!
いや、ぶん殴ってやる!
なんて考えてると……
扉が開き、奥から出てきたのは……
「おぉ! 坊っちゃま! ジェド坊っちゃま!!」
親父ではなく、初老の執事、バイゼルだった。
バイゼルは俺の顔を見るなり、腕を掴むと、家の中へと引きずり込んだ!
いてててて?
爺さんのくせにどんだけ力あんだよ!?
「お急ぎを! 坊っちゃま!」
ん? なんか、焦ってないか?
「ご当主は、もうあまり長くはございません!!」
バイゼル、鼻息荒いよ?
こりゃ、ひょっとしてひょっとするってやつか?
親父はもう、死ぬんだな……?
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