アルベルト・フォン・ナザール
嫌な奴がやって来る……?
「大変だ、兄貴ー!」
朝っぱらから何やら騒がしい。
実業家トム君が、俺の屋敷の玄関を、勢いよく叩いていた。
あまりに強く叩くもんだから玄関の扉が壊れるかもって言って、バイゼルが対応したんだが。
心配するのはそこか?
「トム様、まだ早朝ですよ? どうされたのですか?」
「お、バイゼルの爺さん! 兄貴に伝えてくれ!」
「む、私は爺さんでは……」
「と、とにかく伝えてくれ! 帝国の奴らが来やがったぞ!」
「何ですと!」
トム君から事情を聞いたバイゼルは、すぐに執務室に入るやって来た。
「ご当主、一大事でございます!」
「あぁ、聞こえてたよバイゼル」
「兄貴ぃぃぃぃぃぃぃ!」
バイゼルの後ろから、トム君が殴り込んで来た!
いや、言い方には語弊があるかもしれないが、そんな感じで入ってきたのだ。
「……トム君、少し静かに」
「て、て、て、帝、ていこ、帝国ーー!」
もはや何が言いたいのか分からないくらい混乱しているようだ。
「まぁ、落ち着け。水でも飲んだらどうだ?」
と俺が水の入ったグラスを渡すと……
「ングングングング……!」
おぉ、一気に飲み干しやがった……
「ぷはぁー! うめぇな、この水。じゃなくてだなぁ、兄貴! 帝国だ、帝国の連中が乗り込んで来やがったんだ!」
それ、聞いたからね。
ちゃんとバイゼルから聞いてるからね。
俺は慌てる素振りも見せず、バイゼルに目配せをした。
バイゼルも頷く。
「まずは朝飯だ。帝国の奴らめ。朝飯前に乗り込んでくるとはな」
俺とバイゼルは執務室の扉を開けた。
「お、おい! 兄貴! 爺さん! どこ行くんだよ!?」
「決まってるだろ」
俺はトム君に振り向き、まだ歯磨きを済ませてない歯を見せつけてやった。
「朝飯さ」
ー
程なくして、またも屋敷の玄関が叩かれた。
規則正しくドンドン、ドンドンとーー
「どうやら来たようですね」
バイゼルは慣れた手つきでドアノブに手を掛け、そっと回した。
少しだけ扉を開き、その端は足で止める。
万が一踏み込もうと扉を押されても、足で支えていれば少しは持つ。
バイゼルは少しだけ開いた扉の隙間からそっと外の様子を伺った。
扉の前には、厚ぼったくて色とりどりの装飾が施された服を着た中肉中背が一名。
その後ろには馬が十頭。
武装した騎士が跨り、豪華な馬車を守るように囲んで付いて来ている。
側面の扉には皇族の旗が描かれていた。
どうやら、今回のメインゲストのようだ。
「ナザール帝国の使者だ。扉を開けよ」
「……帝国の使者が、なぜ?」
「既に書面で通達しているはずだ。本日は最終の謁見に赴いた」
「……」
使者の言葉を聞き、バイゼルは扉を開いた。
そして扉の横に立ち、深く腰を折る。
ガチャと馬車の扉が開く音が聞こえる。
ザッザッと地面を歩いてくる。
玄関前のアプローチを通り、ステップを登り、玄関を通り抜ける。
チャリチャリと、衣服にまとわり付く飾りが耳障りな音を立てる。
だが、バイゼルは顔を上げない。
屋敷の床を見つめたままだ。
足音が彼の前を通り抜けたあと、初めてバイゼルは体を起こした。
その視線の先。
執務室の前に立つ者の姿を見て、口元を綻ばせた。
「さて、喧嘩の始まりですかな」
そう零すと、バイゼルは颯爽と足を出し、執務室へと向かった。
ーー
「私がアルベルト・フォン・ナザールである」
執務室に入り、いの一番に応接セットのソファに座り込むと、奴は口を開いた。
アルベルト・フォン・ナザール。
ナザール帝国の第一皇子にして、第一皇位継承者。
又の名を、「能無し皇子」だ。
「何を立っている。碌に話が出来んではないか。早く座れ」
その高圧的な態度からして、如何にも「僕ちんお偉いちゃん」て感じがプンプンしてやがる。
この野郎、ユリシーズとはてんで正反対だな。
「何をしている。第一皇子である私が命じているのだ。座れ」
いちいちムカつくやろうだ。
上から目線のその口調。
だが、まぁいい。ここは言うこと聞いといてやるか。
「それは失礼しました。皇子」
「ふむ、案外聞き分けがよいのだな。ユリシーズの話ではかなりの頑固者と聞いていたが」
「皇族の方を前に頑固な態度は取れませんよ。ましてや、目の前におわすのは第一皇子であるあなたですから」
俺はそう言い返してソファに座ると大袈裟に足を上げて組んだ。
その仕草に皇子の眉がピクリと動く。
案外、小物だな。こいつ。
「さて、ではお話を承りましょう」
俺は背中をソファに押し付けた。
その態度を見て、アルベルトは「ふん」と鼻を鳴らし、手を上げる。
彼の横に、これまた厚ぼったい服を着た、中肉中背の偉そうな態度の奴が腰を下ろした。
「わたくし、帝国の財務担当をしております。シビアスと申します」
とゆったんゆったんした口調で言われたが、既に後半は聞き取れん。
なんて名前かは分からん。
まぁ、貴族だよな。
そのゆったんゆったんした貴族が数枚の紙を、対面する机の上に置いた。
「アルブラム領の収支報告書になります」
俺はバイゼルを呼び、確認させた。
バイゼルはそれらを手に取り、一枚一枚目を通す。
「間違いございません。我が領地の報告書になります」
と俺に手渡してくる。
俺も中に目を通した。
うん、何が書いてあるか、さっぱりだ。
書類の整理については全てバイゼル任せだからな。
俺は説明聞いて、疑問に思ったことを聞くだけに徹している。
あれ? 俺もこいつのことは笑えないな。
書類にハンコつくだけの能無しだ。
俺は一通り目を通す(フリをする)と、それを机と上に並べた。
「で、これに何か問題でも?」
「いえいえ、非常にご苦労されたと思います。貧乏領地だったアルブラム領を、まさかここまで建て直されるとは」
なんてゆったんゆったん言うが、それが俺の仕事だからな。
領地を、領民の生活を豊かにすることは、領主として当然のことだ。
「民のおかげですよ。俺は何もしていない」
「ご謙遜されるな。迷宮を発見し、帝国と上手く折り合いをつけた手腕は方々で耳にしますぞ」
「わが帝国を出し抜いた領主としてな。名は馳せている」
とアルベルトが口を挟んできた。
あー、やっぱそこが引っかかってんのか。
まぁ、普通は帝国に右倣えだろうからな。
それにあんな提案、普通なら即却下なんだろうが、あの時はユリシーズがいた。
彼が色々と手を回してくれたから通ったようなもんだからな。
状況が普通じゃなかったって言ったらそれまでなんだが……
だとしても、だ。
何故、ユリシーズじゃなくてこいつなんだ?
本来なら、あの案件の責任はユリシーズにあるはず。
浮かんだ疑問は、ぶつけネバなるまいて。
「ところで、今回の件ですが……、ユリシーズ殿下はいらっしゃらないのですか?」
俺がそう尋ねたら、貴族は居心地が悪そうに顔をしかめ、アルベルトは眉間にしわを寄せた。
な、なんだ?
明らかに不機嫌になったぞ?
「ユリシーズか」
そしてアルベルトが口を開いた。
「彼奴ならもうここには来れんぞ」
「はい?」
「ユリシーズ様は皇子にあるまじき事態を招かれてしまったのです」
ん? それはどういうことかな?
あるまじき事態とは?
俺が訳分からんて表情でいると、アルベルトは身を乗り出して俺に顔を近付けてきた。
しょ、正直……圧が凄いんですけど……
「ユリシーズは我が血筋から除名された。原因はこの領地だ」
「は? そ、それはどういう……」
「全てはこの報告書だ。奴め、ここから上がってきた報告書を捏造し、浮いた金を自分の懐に入れておったのだ」
「……え!?」
どうやら、帝国ではきな臭い何かが起こっているようだ。
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