バイゼルは止まらないよ、どこまでも
帝国相手に、ふんだくりますよ作戦。
スタート!
「そ、そんな条件は……!」
「あ、飲めない? じゃ、この話はなかったってことで」
現在帝国側と、我がアルブラム領の迷宮の今後について交渉中。
交渉とは名ばかりで、帝国は迷宮の経営権をゲッチューして税収アップが目的だから、出してくる条件は全て帝国寄り。
バイゼルの読み通りだったな。
まず……
・迷宮の権利は帝国へ譲渡。
・譲渡後は冒険者ギルドの支社を設置し、冒険者や賞金稼ぎが滞在するための施設を建設。この費用は領地持ち。ギルドの職員は帝国本部より派遣する。
・迷宮でドロップされたアイテムの換金レートは帝国レート。
・迷宮の管理、維持の費用は領地持ち。
・迷宮周辺に設置する施設の管理、維持は帝国持ちだが、周辺の治安維持は領地持ち。
・迷宮の利用料については、潜る者のランクで変動。ただし、マージンは帝国八割、領地二割。
・なお、これら施設で働く従業員については、全て帝国本部より派遣する。領民の採用はない。
などなど。
これにはバイゼルも首捻ってるし、俺も「うーん」て感じ。
唯一の救いだった「迷宮の借用料」だが、帝国に権利を移譲する時点でアルブラム領の所有権は消滅する。
当然ながら、借用料なんて発生しない訳だな。
「この条件ですと、借用料すら出ないのは頷けませんな」
「いえいえ、帝国側に権利が移譲されますから、領地の負担は減るのですぞ?」
「それにしたって、ギルドや関連施設の設置費用、迷宮の維持管理は領地持ちなんだろ?」
俺は目の前に座るチョビ髭をジトーッとした目で見つめて見た。
「い、いえいえ! しかしながら、人の流動も視野に入れる必要がございます! そうなればギルドなどの施設も痛みが早くなりますから、その修繕は当然帝国側が行う訳で…….」
「それって一体いつの話だよ?」
「……それは……」
俺が聞き返すと、チョビ髭は目をクルクル回してしどろもどろになる。
ていうか、どんだけ帝国は儲けるつもりなんだよ。
「だいたい、迷宮の権利を移譲するなら、周辺の治安維持は帝国が行うのが筋じゃないのか? なんかあったら領地の責任にして、帝国は一切責任を負わないってことかよ?」
「あ、い、いいえ……」
「ハッキリしませんな」
隣に座るバイゼルがため息をついた。
話も平行線みたいな感じになってきたなぁ。
ここは一つ、相手の腹をつついてみることにしよう。
「この条件じゃ、うちとしては飲めないねー」
「そうですな。こんな条件では首を縦には振れません」
俺とバイゼルが口を揃えてそう言うと、チョビ髭は焦って声を荒げた。
「し、しかし! これまでの領地もこの条件で納得されていますぞ!」
「他の領地がどうだか知らんが、ここはアルブラム領だ。他と一緒にするな。詰まる所、結局は帝国が税収アップして自分らの懐を潤したいって訳でしょ?」
「い、いや、そういう訳では……!」
「では、どういう訳ですかな? 掲示されている条件は明らかに帝国優位。これでは辺境の暮らしなど向上する筈がないでしょう」
「そ、それは……」
「ともかく、この条件では飲めないね。俺の肩には、このアルブラム領の未来がかかってる。おいそれと、そちらの都合の良い条件を飲むわけにはいかないんだよ」
と、帝国側の条件では無理だとゴネてみせた。
これはバイゼルとの事前の打ち合わせによるもの。
バイゼルの計画その一。
それはまずーーー
ゴネる。
「だいたいさー、そんなに税収上げてどうすんの? どこに還元すんの? 誰が領民の生活を保障してくれんのさ?」
「そ、それは領主殿がお考えになることで……」
「はいはい、一にも二にも困ったら領主領主。あんたらの頭の中は、やっぱり金のことしかないんだね?」
まぁ、どこの領地でも行われていることだろうけど。
そもそも、帝国が自分たちに有利な条件を言い出すのは分かってたことだ。
それに、多少ゴネて掲示額の増減なんて、向こうも多分分かってるはず。
やれ譲歩だ、妥協だとしのごの言わせておきながら、あれやこれやと上手いこと言って領主がその気になったらシメたもんだ。
良い条件に乗せたと見せかけて適当に帳尻合わせた書面出せば、大概の奴らは首を縦に振るんだろうな。
お互いウィンウィンじゃん!
てしておいて、実は帝国側にデカいマージン乗せてたなんてことにするんだろうな。
「領地からは支出の増減と次年度の必要経費の予算を挙げて頂ければ大丈夫でーす」
なんて言っといて、正確な数字は全て帝国側で処理しとけば、まぁ多少訝しまれても大丈夫。
何かあったら、速攻で「消せば」いいだけのこと。
跡形もなく全て隠滅してしまえば、残るのは金のなる木だけってか。
すげーな、権力。
ていうか、それを涼しそうな顔で説明してくれたバイゼルの方がすげぇ。
そんなバイゼルの案だからな、ちゃんと聞きますとも。
ゴネますとも。
ゴネて相手の出方を見てやろうじゃないの。
「結局、あんたらは金が入ればそれで良いんだよな。金ねぇ、無い物に袖は振れないけど、領民のことを思うとなぁ……、この条件はなぁ……」
一頻り喋ってから、俺はため息をついた。
深く、長ーいため息を。
これにはこんな意味が込められている。
「はぁぁぁぁぁ……、そんな条件じゃ、無理ってもんだよ……」
ていう意味が。
で、バイゼルの言う通りにゴネてみたんだが……
思惑通り、場の空気は静まり、見た感じはお互い次に進みたいけど進まない膠着状態。
なんとなくだが、こちらの意図する通りに進んでるんじゃない?
後は相手が乗るかどうかだな。
しばらくの間、応接室はシーンと静まり返る。
その沈黙は、チョビ髭の苦しそうな一言で壊れることになった。
「……では、どういう条件ならよろしいので?」
こちらがゴネてゴネて態度を膠着させてると、相手がこちらの条件を聞いてきた。
俺は心の中でガッツポーズだ!
次の計画に行ける!
そして、バイゼルの計画その二。
相手を交渉の場に引きずりあげる。
相手がこっちの条件を聞いてきたからな。
これで土俵はほぼ一緒。
ようやく交渉の場に出てきやがった!
全く、時間かけすぎなんだっつの!
「まず、迷宮の管理、維持についてですが」
相手が話に乗ってきたところで、すかさずバイゼルが書面を出した。
「このようにさせて頂ければと」
それを見た使者達は目をひん剥いた!
「「「な、な、ななななな……!?」」」
「悪い条件ではありますまい?」
そう呟くバイゼルの横で、俺は頬をポリポリと掻いている。
「わ、悪い条件だと!? 貴様にはこれが良い条件に見えるのか!?」
「でなければ、このような提案は致しませんな」
「な、何だとぉぉぉぉ……!」
バイゼルに食ってかかったのは、見るからに上位貴族と言わんばかりの装飾品に身を包んだ、豚のような出で立ちの男だ。
いや、既に豚だな。
「あなた方の私腹を肥やすような提案は飲めません。我が領地、領民の生活を最大限に保証して下さるなら話は別ですが」
バイゼル、言うねぇ。
見ろよ、あのデブの顔。
赤くなり過ぎて親が沸騰してるみたいだぜ。
「へ、辺境の、それも僻地の領地如きが偉そうに!」
「そのようなことを申してもよろしいのですか? あの迷宮は恐らくS級に匹敵すると思われます。あなた方の態度次第では、あの迷宮は封印せざるをえませんが」
「ふ、封印だとぉ!」
デブが吠えるのも無理はないだろう。
未だかつて、帝国にこのような提案をした領地があっただろうか?
きっとないだろうな。
さらに俺は追い討ちをかけてみる。
「迷宮をその賃料で貸し出すんだ。悪い条件じゃないと思うけどなぁ」
そう、こちらの提案は迷宮を「アルブラム領の定めた賃料で貸し出す」こと。
帝国に迷宮を賃貸物件として貸し出ししちゃうのだ!
「賃貸料には迷宮の維持、管理費、その他の諸経費がもろもろ含まれています。帝国の負担を考えれば、悪い条件ではないと私は思いますがね」
「そうそう。うちから迷宮を「借りる」だけで、あとは何にもしなくていいんだぜ? めっちゃいい条件じゃん!」
「ば、馬鹿を申すな! それでは今までの帝国の体制というものが!」
「馬鹿を申したつもりはありませんがな」
豚の言葉に、バイゼルが殺気のこもった返事をした。
途端に場の空気がピキリと凍る。
「私はあくまで、お互いの利益になる提案をしているのですが、それがお分かりにならぬと申されるか?」
バイゼルさん。
ゆらりと立ち上がったかと思えば、殺気を振りまくんですか?
殺気はさっきの言葉だけで充分じゃない?
ほら見て見なよ。
さっきの豚のおっさん、すっかり顔が青くなっちまってるよ……
完全にビビってんじゃん。
だが、相手がビビりまくってもバイゼルは止まらないよ、どこまでも!!
こうなったら止められない!
雰囲気に飲まれてすっかり縮み上がっているデブ貴族に、バイゼルは鼻を近づけていった。
「それとも、我々の掲示した提案は難しすぎてそのオツムにはしっかり入ってこないのでしょうか? 金のことばかり考えていらっしゃるようですからねぇ」
うん、怖い。
あれは怖い……
それに加えて、普段からバリトンのように低い声がさらに低くなって、余計に怖い……
俺でもされたくねぇわ。
さてさて、ここから先はどうなるんだこれ?
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
これからもどうぞ、よろしくお願い致します!




