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第七話  少女の現実

   第七話  少女の現実


 ホームルーム開始のチャイムが鳴る。その音が鳴り始まるが早いか晶は教室へと入った。

先生は晶を見るとすぐに出席表に目を落とす。今も高内にはチャイムが鳴り響いている。

「青山はセーフ、と。」

青山は先生に軽く頭を下げると自分の席に着いた。制服を指でつまんで風を作る。汗ばんだ体に心地よい。

先生が話を始める。来年度受験生だから今から頑張らないとダメだぞというお話をされた。そういえば、一年先輩方は受験戦争中だ。先生は今学期を三年零学期などと言って次の受験に備えるよう言っている。

そして、特に何も無く全ての授業が終了した。大学受験を考慮した授業に劇的な何かがあるとは思えない。

青山は荷物をまとめ始める。彼は部活などしていないため、帰って勉強をするか遊ぶしかない。

「あのさ、ちょっといいかな。」

青山は背後から聞こえる声に振り返った。そこには、クラスメイトの関谷が居た。

「何か用。」

青山は素っ気無く応えつつ帰るための準備を続ける。

「あのさ、青山君ってネットワークレジスタンスってオンラインゲームやっているんだってね。佐藤君から聞いたんだ。僕もやっているんだけど、今度一緒パーティ組んでやってみない。」

 青山の手が一瞬止まる。しかし、すぐに動き始めた。机の中の教科書類を鞄の中にしまい込む。

「いや、いいよ。お互い時間を合わせるの面倒だし。勉強もしなきゃね。」

 青山は鞄を閉めると右手に持った。彼は真っ直ぐに関谷を見る。あとはこの話を終わらせて帰るだけである。

「それじゃ、また。」

 青山はそれだけ言うと教室の出入り口へ向かった。背後から関谷の挨拶が聞こえてくる。

青山は教室を出て一人廊下を歩いた。そして、先ほどの関谷との会話を思いだす。関谷に言えるはずが無い。いや、クラスメイトに青山が女キャラでゲームをやっているなんて知られたく無い。知られたら、白い目で見るだろう。そしたら、今以上の孤立が待っているかもしれない。言えば孤立決定。いや、またそれも面白いのかもしれない。

「なんで男の格好をした女は理解できるのに、女の格好をした男は理解できないんだろうか。」

青山は近くにいる誰にも聞かれないように口の中で言った。昇降口を出て外に出る。吸い込む空気が冷たい。雪が降るかもしれない。そんな事を考えながら一人帰路へ着いた。

「晶。おかえり。」

 家には祖母が居た。洗濯物をたたんでいる。

彼女は晶と一緒に住んでいるわけでは無い。両親の誘いを断って祖父の造った家で一人住んでいる。そして、毎日晶の家に来るのだ。

「ただいま。」

晶はそのまま自分の部屋へと向かった。部屋に入ると、明日までにやっておくべき勉強を始めた。まだパソコンの電源は入れない。

しばらくすると、一階から微かに声が聞こえる。すぐにドアを開けた。案の定、祖母が帰るということらしい。晶は玄関まで行く。

「洗濯物こんどいたかんね。また明日来るよ。」

祖母は半キロ先の自宅から昼間誰も居ない晶の家に来て洗濯物を取り込んでくれる。あとは、草むしりとか色々。両親が共働きだから本当にありがたい。

祖母が家から出て帰路に着くと、すぐに玄関の鍵を閉めた。夜まで晶以外誰も帰って来ないためである。

鍵がかかった事を確認するとすぐに自分の部屋へと戻る。

晶はドアを閉め、残りの勉強を終わらせた。そして、椅子にもたれかかる。天井を見ながら一度大きく息を吐いた。

晶は男だ。両親も男として育てている。しかし、何か違うんだ何かが。

母親は晶を生む直前まで女の子だと思っていたらしい。今の技術ならお腹の中に居る状態で男か女かはわかる。だけど母親はそれを聞かずにどちらなのか楽しみにしていた。父親、兄と男が続いているからこのままでは男の中に女一人という形になるのが嫌だったのかもしれない。ちなみに兄は今県外で浪人生活だ。プライドと実力が合わなかったらしい。父親も同じく駄目だ。これじゃ先行き不安で仕方が無い。まともなのは母親ぐらいである。

色々とあるが、結果として晶は男として生まれた。彼は男に生まれた事について嫌だという感情は無かった。ただ、母親は女の子が欲しかったということだけは覚えている。それは小さい頃に晶に言ったからだ。その言葉が今でも頭の片隅に張り付いている。

それと、昔から晶は体が弱かった。下手な食物を食べると戻す。体が受け付けないらしい。晶の体がグルメなのか、食べた食物自体が食べられたものじゃなかったのか。何時も廃れた店で食うと起こったから店のミスかもしれない。年齢によってそのようなことはだんだん少なくなった。今ではもう無い。

母親に言われる女の子という言葉。それがちょっとずつ自分の中に何か違和感を創り出したのかもしれない。

決定打はちょうど一年前。中学から好きだった子を何故か中学校に呼んだ。晶自身何故そんな事をしたのか今でも分からない。その行動自体自分がしたのでは無いような気がしてきてしまう。全く、何かに操られていたと言えば簡単な事だと思う。

当日二人が会っても、すぐに何か告白だとかそう言う事をしたかったわけじゃなかった。いや、そんなものが当初の目的じゃなかったのかもしれない。

ただ、何かに突き動かされるように二人は他愛もない話をした。ちょうどその時学校内に居た家庭科の先生が二人を見つけて中に入れてくれた。そして、手伝わされた。転任するらしい。ちなみにこの先生は、晶と仲の良い友達の母親だとか。世界は狭いと実感する。

手伝いの中、晶は彼女に告白した。いや、ただ大切な言葉は言わなかった。それを言う勇気が無かったのかもしれない。

手伝いも終わり駐輪場で再び会話が始まる。今度は会った当初とは違う重い空気だった。

彼女は一度もごめんなさいを言わなかった。ただ、「こんな私じゃだめだよ。」と言うだけ。そこで彼女の過去を思いだそうとした。ほとんどが昔聞いた噂の断片。あの頃は気にしていなかった事。

断片が集まり形を成し始めると、彼女の過去を思いだした。やりきれない思いと共に。

晶の口からは誰がなんと言おうと言いたく無い。自分の墓場まで持って行く事を決めた内容だった。

それでも良いと言った。だけど、肝心な事は言って無い。言えなかった。勇気が無かったのかもしれない。

それから彼女は少しだけ中学の頃の事を話してくれた。けど、それ以上はもう無かった。それからピアノのレッスンがあることと目的地への道が同じようなので途中まで一緒に行った。別れ際、別の子の話をされた。あの子のほうが良いよって。けど、晶は断ってそのまま家に帰った。

それから間もなく、彼女は事故で亡くなってしまった。

そして、もうすぐ一年が経つ。

彼女は色々と嫌な思いをして成るべき姿を何処かに置いてきてしまった。そして、その姿に成る事はもう無い。もう、彼女はこの世に居ないのだから。

晶は彼女が好きだった。中学の頃は一緒に色々やってた。部活だって同じだった。部長同士、だった。

そして、晶は行動を始めた。彼女が成るべきだった姿のほんの一部分でも良い。その姿をどこかにつくりたかった。

それが、晶の中だった。

名前は決まっていた。ある事で彼女から貰った名前。彼女をイメージした名前。さくら。

行動を起こしてからも、晶のしている事が良く無いことだってことは知っていた。

けど、彼女の姿を追い求めたわけじゃなかった。ただ、彼女の代わりに彼女の生きたかっただろう時間をほんの少しでも送らせたかっただけだった。それが自己満足だったとしても、それでも良いと思った。

だから、晶は今もさくらという名前でネットワーク上に存在している。晶では無い、さくらがそこに存在する。

「ただのネカマと一緒にすんな。」

晶の口からひとりでに出た言葉。ネットオカマが元だったと思う。そこで、彼は一人でに笑い出す。

「俺も所詮はネカマか。女になればネカマじゃなくなるのにな。」

晶は仮想空間のみで女性を演じていた。しかし、現実空間への影響が少しずつ表に表れ始めていた。

コンピュータを扱っている間は、特にネットワーク上に居る間は彼女になっていると思い始めた。

たまに考える事がある。夜眠って、朝起きたときに自分が完全な女の子になっていたらそれはそれで面白いと。

夢の中でも女の子と化す時があった。もう、危ないかもしれない。何かを目覚めさせてしまったのだろうか。

しかし、もう止める事は出来ない。

さくらが居ることで晶にとって良い事がある。そして、晶が居ることでさくらが生き続ける。

けど……。

「俺は、絶対体まで女にはならない。男としてこの一生を終える。決定済みだ。」

 晶はその言葉を自分へ言い聞かせるように呟いた。

 理由はお金がかかる事と、血の繋がった子供を持つことが難しいからだ。生半可な気持ちで越えられるほど男女の境界線は低くない。

晶は言い終えると体を起こし、パソコンの電源を入れた。今日もあのプレイヤーはログインしているだろうか。また、一緒に遊べれば良いな。

今日も晶はさくらになる。ただ、自分が求めた姿になるために。

彼は今もネカマなのだろうか。それとも、違う何かなのだろうか。

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