第五話 遭遇
第五話 遭遇
突如鳴り響く目覚まし時計の音。健一は布団から這い出るとスイッチを切った。唸りながらも起き上がる。
「おはよう。昨日は何時まで起きてたの。」
身支度をして一階に下りれば母親が聞いてくる。彼女は台所で食器を洗っているところだ。
「十二時には寝たよ。多分。」
健一はテーブルの傍に鞄を置くと椅子に座った。
目の前には野菜とハムを挟んだパンが二つある。健一は一つを取って口に入れた。
「勉強のほうは大丈夫なの。来年は受験なんだから、勉強もしっかりしなきゃ駄目よ。」
健一は無言で何度か頷く。しかし、重要であるとは認識していない。
「ごちそうさま。」
食後に歯を磨くと、鞄を持って家を出た。学校に着き、教室に入る。
「関谷、おはよう。」
既に来ていたクラスメイトが声をかける。健一はそれに応えながら自分の席に着いた。
今日もまた何時ものように知識を詰め込む時間が来る。
最後の授業終了のチャイムとともに、クラスメイト全員がそれぞれ動き出す。帰りの支度をしたり友達と喋りだしたりだ。
健一は佐藤の所に行った。彼は健一と同じく「ネットワークレジスタンス」で遊んでいる人間だ。
健一が始めるきっかけの一つが彼であると言えるだろう。誘えば一緒に遊べるかもしれない。
「武器と防具どっちもレベル1なのかよ。」
健一の言葉に驚く佐藤。そして、首を横に振る。
「俺とレベルが違いすぎる。悪いが俺と同じレベルになってからにしてくれ。」
彼のレベルは4。健一と3レベル差だ。差が有りすぎるのは良く無いのだろう。実際他のゲームでもそのぐらいの差があると一緒に遊ぼうとは思わないだろう。
「そういえば、青山が最近始めたとか言ってたな……って居ないや。」
佐藤が教室内を見渡すも青山を発見出来ない。
「まあ、あいつは一人でやりたいとか言ってたからな。話しかけるぐらいはしてみたらどうだ。」
健一は佐藤の言葉に応えると、帰りの支度をして帰路へ着いた。
帰宅すれば何時ものように母親対策に勉強を済ませる。
そして、そのままパソコンを起動して「ネットワークレジスタンス」を始めた。
ログインした先は昨日と同じ生活観の無い部屋。
昨日はなんとかレベル1の武器と防具の購入が可能になり、少ない資金を使って買い揃えた。その時、初めに貰ったお金を残しておけば良かったと思ったがもう遅い。
ケンは自分の部屋を出て門番の所に向かった。
レベル1の武器と防具が購入可能になったのは何故だかわからない。帰還時に購入可能であると言われた。どんな基準なのだろうか。倒した敵の数か、手に入れたお金の総額か。
何が作用しているか分からないが、とにかくレベル1の武器と防具が購入可能になったということだ。それだけだ。これで最低ラインを越えたのだろうか。
門番に話しかけると何時もの場所に転送される。周りを森に囲まれた草原だ。
何度も転送されているが、必ずこの場所に転送される。しかし、このフィールドから出た他のフィールドは毎回違う。多分、ここが自分のスタート地点なのだろう。このスタート地点を変える事は出来ないのだろうか。しかし、設定画面にそのような項目は無い。なぜ、何時もここからなのだろう。
真ん中に立って居ても面白く無いので一つの道を選んで歩き出した。そして、森に入る。
昨日遭遇したねずみを含む小さなモンスターがケンの行く手を阻んでいくが、一匹ずつ確実に攻撃を与えて倒していった。
すると、目の前に自分の身長以上の段差がある。段差を登って見るとまだ進めることがわかった。段差を越えて先に進む。
すると、目の前にフィールドの出口が見えた。
「なんだ。今日は早く見つけ……。」
ケンが出口を中心に周りを見渡すとある位置で動きが止まった。
そこに居たのは大きな狼男だ。しきりに左右を見ているがこちらには気が付いていない。
倒すか、倒さずに逃げるか。ケンはそう考えながらゆっくりと出口へ向かって動く。
その答えはすぐに出た。ケンが声を発してしまったからだ。これは健一の操作ミスである。
呼び声とともにケンのほうを向く狼男。口から見える牙が恐ろしい。
見つかっては仕方が無いので、ケンは狼男に向かっていった。
そのままの勢いで剣を振り下ろす。鈍い音と共に狼男が後退する。その狼男にケンが再度剣を振ろうとする。しかし、その前に狼男の腕がケンに伸びてきた。そのままケンの体を引っ掻く。攻撃を受けた事により、ケンの攻撃が取り消される。
ケンは剣をしまって狼男から離れた。しかし、すぐ狼男は突進してくる。避けきれずに弾かれ地面を転がった。
ケンはゆっくりと立ち上がる。目の前には狼男が待ち構えている。狼男はケンが立ち上がるとすぐに体を掴み持ち上げた。
ケンはもう体力が少ない。このままではそのまま部屋に戻されてしまうのでは無いかと思った。
その時、狼男の背中に細いものが刺さった。
狼男は小さく悲鳴を上げるとケンを掴んだまま細いものが飛んできたほうに向いた。
そこには弓を構えた少女が居る。狼男はケンを地面に捨てると弓を持つ少女へと向かって行った。
弓を持つ少女は狼男の周りをぐるぐると回りながら隙を見ては弓を引いている。
しかし、この状況。ケンにとってはよろしく無い。女に助けて貰うなんてどうだろうか。
ケンは立ち上がると。ちょうど背中を向いた狼男へ向かって走った。
「負けてばかりじゃ嫌なんだよ。」
走った勢いそのままに狼男へ剣を振り下ろした。
狼男はそのまま地面に倒れ、ポイントが表示される。そして、すぐに消えてしまった。
「倒したのか。」
ケンはその場に座り込む。そして、すぐに回復薬で体力を回復した。回復薬までも残り少ない。
「大丈夫。」
ケンがその声に見上げれば、さっきの弓を持つ少女だ。いや、それ以外にこのタイミングで話しかけてくるプレイヤーは居ない。
近づいてわかったが、彼女の髪型はおかっぱのように揃えて切られている。髪色はブロンドで体を動かすたびに髪が揺れる。なかなかの再現度だ。感嘆の声をあげたいところだが状況がそれを拒む。
「大丈夫だよ。ありがとう。」
ケンは本心を押さえつつ礼を言う。そして、立ち上がった。
「君弱いね。でもレベル2なんでしょ。」
ケンは君弱いね発言に少々いらっとしたが、この状況では不利なので押さえた。
「いや、俺はレベル1だけど。」
ケンの言葉に弓を持つ少女は驚いている。何故そんなに驚くのだろう。
「あ、自己紹介がまだだったわね。私はさくら。あなたは。」
「ケンだよ。そういえば、なんでレベル1って言ったら驚いたの。」
さくらは名前を聞くと何度か頷く。
「さっきのはレベル2以上じゃないと出ないモンスターなの。だから、てっきりあなたがレベル2かと。」
驚くケンをよそにさくらは話を続ける。
「そういえば、このフィールドってあなたのものなの。」
さくらはそう言いながら辺りを見回す。
「あなたのものって、自分のフィールドがあるのか。」
ケンも釣られて周りを見る。とは言っても、木が沢山あるだけだ。
「ああ、知らないんだ。広場から転送された先が自分のフィールドだよ。何時も同じなの。あなたが広場から転送されたフィールドってここじゃないの。」
ケンはさくらの言葉によって理解出来た。やはり、ここが自分のフィールドでありスタート地点らしい。
「確かにここだよ。なら、ここが自分のフィールドだね。」
さくらはやっぱりという様子だ。ケンは彼女が先ほどから上から目線で見ているように思えた。さくらのほうがレベルが上だから仕方が無いのだろうか。
「それじゃあ。私はこれで。」
さくらはフィールドの出口へ向かって歩き出す。
「あ、あの。」
ケンは歩き出すさくらを呼び止めようとする。この場で呼び止めておかないともう二度と会えないと思った。実際、インターネット上で一度会った相手と再び会うなんてそうは無い。
「あっ。」
さくらはケンの言葉が聞こえたのか立ち止まる。いや、ただ何かを思い出しただけなのかもしれない。
そして、彼女は笑顔で振り向いた。
「折角会ったんだから、私とパーティ組んでみる。」
さくらの笑顔。ケンはそれがコンピュータで作られたものだとわかっていても可愛く見えた。
「うん。じゃあ、パーティ組もう。初めてだけど。」
ケンは恥ずかしくなりながらもさくらの傍に走り寄る。
さくらという名の弓使いの少女。初めてのパーティ。
ゲームが楽しくなりそうだ。