第十七話 伝え方
第十七話 伝え方
大学の大教室に大学関係者や企業の人間が集う。この部屋で研究会が行われているのだ。
前に出て発表していくのは、今まで自分たちがした研究。見ている側は発表について重箱の隅を突っつくような質問の嵐を発表者に浴びせる。質問が有益なものであっても、質問数が増えるほど自分の研究もしくは説明不足を疑いたくなる。
佐々木の発表についても質問がされた。ネットワーク上の掃除をしなくとも、従来のように自分だけを守れば良いのでは無いかという意見。無意味だと言われているようなものである。しかし、彼は落ち着いて回答した。現行システムの削除対象はネットワーク・トラフィックを著しく増加させるものでは無い。しかし、トラフィックを増加させる対象を削除対象に加えていけば、トラフィックの減少に有効であると答えた。他幾つかの質問を含め、質問者をどうにか納得させることに成功した。
佐々木は発表がすべて終り、懇談会の後列車に乗るために駅へと向かう。そこで、彼は荒谷に連絡を取ろうとしたが、すぐに止めた。すぐに伝えなければならない内容では無い。明日にでも伝えることにしよう。
佐々木は列車に乗って一度研究所に戻る。自分の研究室に入り、椅子に座ると大きくため息をついた。彼は椅子を座りなおすと、今日質問された内容を確認していく。あとはサポートから回された質問文を見ようとする。その時、手持ちの携帯電話が鳴った。作業を中断して電話をとる。
「佐々木君。今何処に居るんだい。」
電話の相手は大塚だった。声から何か何時もと違う気がした。背後から聞こえてくる音も気になる。佐々木はそれらの考えを一旦横に置くと、自分が今研究室に居ることを伝えた。また、今回の研究会の収穫について伝えようとした。大塚はそれを制して、続けようとする。
「テレビやウェブでニュースを見て居ないのかい。」
大塚の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。佐々木は話の変化に驚きつつ相槌を打つ。彼はすぐにウェブのニュースサイトを開こうとする。
「荒谷君の所に娘さんが居るだろう。」
佐々木は表示されたトップ記事を見る。彼は相槌を打ちながらも嫌な予感がした。その中の一つの記事を開く。
「今日事件があってね。その子も巻き込まれたんだ。」
大塚の言葉と目の前に開いた記事が重ね合わさる。佐々木はただ尋ねることしかできなかった。
事件は今日の午後五時ごろ。荒谷の住む地域の駅前で起こった。俗に言う通り魔だそうだ。男が駅前の人通りに突っ込み、刃物を振り回したらしい。人通りが多かったためか負傷者も多く、中には死者も出た。その中の一人が荒谷の所の娘さんだそうだ。彼女は荒谷の奥さんと一緒に駅前で買い物をしている途中だったらしい。そこで事件が起きた。記事によると、犯人は自分の人生と周りの環境に嫌気が差して行動したらしい。何かを変えるために行動したなら良かった。しかし、そうで無いのが残念だ。犯人は事件前にあるインターネット掲示板に犯行予告をしていたようだ。警察は犯行予告自体は住民から通報で把握出来たらしい。しかし、書き込みから行動に移すまでの速さに対応できなかったようだ。やはり、無数にある掲示板の何処に危ない内容が書き込まれてもすぐに分かるようにするにはまだ時間がかかりそうだ。かなり前にも同じような事件があって、お役所が頑張って感知ソフトを作ろうとしたらしいが、今だ世に出ていない。考えてすぐに出来るのなら、今回のような事件も起きなかっただろう。
佐々木は妻と共に斎場に着いた。息子は母方の両親に預けた。周りは黒の礼服を着ている人々。それ以外に人間じゃない人間も居たが気にしないことにした。言い出したらそれをネタにしてくるような奴らだ。本当は故人のためにも静かにしておいて欲しい。正直気分の良い物では無い。
受付をして中に入る。周りを見ればほとんどが面識の無い人々だ。だた、その中にも見慣れた顔があった。研究所の仲間たちだ。近付いてみるが、大塚は見当たらない。大塚の部下である菅谷の話では、荒谷の所に行っているようだ。佐々木たちも荒谷の所に行くことにした。
荒谷は泣き崩れていた。その体を大塚が支えている。佐々木は進みより、荒谷を抱きしめる。そして、小さな声で伝える。お悔やみの言葉、そして彼を元気付ける言葉を。荒谷はそれを聞くとゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫だ。ありがとう。」
荒谷は歩き出すが足元がおぼつかない。またすぐに倒れそうだ。娘が死んだのだ。無理も無い。自分の子供が死んだとして、平気な顔でいられる親なんて居ないだろう。
通夜の流れをすべて終え、親族だけが残る。佐々木たちも研究所の仲間も帰宅した。
佐々木は次の日の葬式にも息子は預けたまま行った。受付をして着席する。中には学生服の子達もいた。荒谷の娘さんと同じ学校の子だろう。僧侶の読経と焼香。弔辞奉読の後、彼らは焼香をしていく。
棺に入れられる生花。蓋をして棺に釘打ちをしていく。霊柩車への道。荒谷を先頭に歩き出す。涙を堪える姿が心に痛い。故人と親しかっただろう女子生徒たちが泣いている。
棺が霊柩車に載せられると喪主である荒谷が挨拶をする。これから火葬場に向かう。佐々木も火葬場へ向かおうと考えていた。故人と親しかったかについては少々怪しいが、それ以上に荒谷自身が心配だった。彼の言葉に荒谷たちも了承してくれた。
火葬場へ向かい、骨になるまで待つ。その時間がどうしようもなく辛い。周りの空気も重い。葬式とは重苦しいものだが、それ以上に重い気がした。相手が相手だからだと思う。
立ち上る煙、拾い上げる骨と化した少女。入れる骨壷。大きな体が、今では小さな骨壷の中に納まってしまっている。
佐々木たちはそのまま斎場に戻り、事を済ませるとそれぞれが帰宅する。
帰宅すると玄関にて塩で身を清める。塩を投げつける息子は楽しそうだ。この行為が意味することをあと数年たったらわかるかもしれない。
佐々木は家の中に入り、風呂に入るとソファにもたれかかる。そして、大きく息を吐いた。隣で息子がテレビをつける。しかし、彼は見ない。
テレビなんて見たくない。そう、見たくないんだ。