第十四話 厄介事と電気街
第十四話 厄介事と電気街
佐々木は大塚の研究室へのドアを勢い良く開いて中に入った。先ほど自分のコンピュータにて確認した質問の中に興味深いものがあったからである。既に大塚のほうに内容は送ってある。直接尋ねるのはその内容が稀であり、重要と判断出来るからである。彼は研究室内に入るとそのまま大塚の前へと進んだ。
「大塚さん。例の質問文読みましたか。」
大塚はじっとディスプレイを見ている。そこには佐々木が先ほど見た質問内容があった。
内容は今まで見たことの無いフィールドに出くわしたこと。そこでは二レベル差の二つのパーティが同時に同じフィールドで戦うことになったこと。フィールド間の洞窟が存在しなかったこと。これらの現象がプログラム側の不具合なのかどうかについての質問だった。
「外からの不正も考えられるな。」
大塚が佐々木を見る。質問で語られているフィールドは大塚たちが作成したものでは無い。その中で出現したモンスターも同じである。一レベル差の二つのパーティが同じフィールドで同時に戦うことは可能であるが二レベル差はシステム上現時点では不可能である。また、必ず各フィールド間は洞窟で繋がっているため、洞窟が存在しないということは通常のフィールドでないと考えられる。
「ユーザには今回の事はプログラムの不具合であり早急に対処すると回答しておきます。再び同じことが起きる前に本物を見つけて対処しましょう。私も研究会の準備の合間に調べてみます。」
大塚は佐々木の言葉に頷き、研究室内に居るほかの研究員を見る。各研究員も大塚を向き頷く。そして、各人それぞれの仕事に戻った。
佐々木も自分の研究室に戻り、締め切りの近い研究会用の原稿を書き始めた。すべき事を一言で表すことが出来るものの、その行為は意外と時間を費やすものである。
記述する内容は今回の研究についての目的、理論、手法とそれを用いた評価実験の結果、考察と課題である。実験データとそれをプログラムに投げて返ってきた結果はある。あとはそれらのデータを表にして、自分たちの手法で既存手法よりもこれくらい精度が良くなったと言えば良い。原稿はこれくらいである。あとは本番当日に使用するスライドの作成と偉い人たちからの質問攻めへの対処だ。「それって意味ないよね。」などと言われては今まで研究をしてきた意味が無い。重箱の隅をつっつくような突っ込みにも気をつける必要がある。考えるべき内容はいろいろとあるのだ。しかし、今は原稿を仕上げるだけで十分である。佐々木は画面上に表示された結果を見ながら、原稿を書いていった。
ドアをノックする音が聞こえる。佐々木はディスプレイを見たまま声だけで対応した。
「佐々木居るか。入るぞ。」
声から荒谷であることはわかった。そこで初めてドアを見る。ドアの前には案の定荒谷が立っていた。
「忙しいのか。こんな遅くまで居て。」
荒谷の言葉にはっとして時計を見る。既に八時を越えて九時になろうとしていた。
「研究会用の原稿を書いていたんだよ。締め切りが近いんでね。」
佐々木はそばに置いたコーヒーを一口飲む。冷たくてまるでアイスコーヒーと化していた。一気に飲み干してカップを空にする。
「そうか、頑張れよ。」
荒谷はそれだけ言うとドアを開けて研究室を出ようとした。すると、彼はそこで止まり佐々木を見る。
「原稿出した後で時間が空いたら秋葉原行かないか。」
佐々木は最近行っていないためかなんだか恋しくなっていた。たまには裏通りのパーツ屋やジャンクも見たくなる。
「そうだな。時間が空いたらな。」
荒谷は佐々木に頷くと研究室を出ていった。佐々木はすぐにディスプレイを見てキーを叩き始めた。
電車が止まる音、人で埋め尽くされたホーム。秋葉原駅はホームが各階にあり一階には改札口がある。エスカレーターを降りて改札を抜けると電気街。いや、今や聖地と呼ばれる地がある。なんの聖地かは佐々木と荒谷には分からない。二人とも基本的に電気街として見ているためである。北口を出ればメイドさんがチラシ配り、少し進めば何時も閉店セールと声を上げて時計やアクセサリーを売っている人たちが居る。何度も来ていたためか、何時ものことだと思ってその場を通り過ぎる。そして、大通りへと出た。やはり、日曜日の大通りは混沌という言葉が似合う。一度は歩行者天国があの事件で中止されたもののしばらくの後再開された。歩行者天国の無い日曜日の大通りなんて秋葉原らしくないとしか言いようが無い。それにいちいち信号待ちも面倒である。佐々木は道路の真ん中にたって周りを見る。表現しがたい快感が佐々木の中を満たす。そこへ、背後から声がした。
「勝手に意識だけどっか行くな。日曜は面倒なんだからさっさと奥に行こう。」
佐々木が振り返ると荒谷が居た。佐々木は頷くと、大通りから裏通りへと入った。大通りよりも人数が減り、カードやディスクといったメディア類の値段に吸い寄せられる人たちを横目にさらに奥に向かう。すると、ある位置で周りに居る人の数が激減した。やはり、この先に用ある人間は限られているということだろうか。二人が着いた場所は電子部品の店である。例えばオペアンプやトランジスタ、ダイオードといったものである。正直確固たる目的を持った人間以外はこの店の中に入らないだろう。それに何時も混んでいる。
「ちょっと行ってくる。その辺で待っててくれ。」
荒谷は佐々木にそれだけ言うと、混みあう店内に突撃した。佐々木は店の前で荒谷が戻るまで待つことにした。彼も何か作る対象があるのなら店の中に突撃することも考えられるが、あいにく現在新たに必要なものは無い。
荒谷を待つ間、少し前に起きた不正について思い出した。あれから接続してくるアドレスを片っ端から収集して怪しいものを当たっていったが特に当たりは見つからなかった。あれ以来ユーザからの報告は無く、一時の不具合として片付けられそうである。報告はターゲット戦直前であり、それ以降報告が無い。だとすると、ターゲット戦の相手が行っていたとも考えられる。だとしたら、ナイスタイミングである。あとは研究会を無事に終わらせる事が出来ればうれしいところである。
「おまたせ。」
佐々木が声のするほうを見れば、荒谷が袋を持って店を出てきた。二人はそれから各PCパーツ店を回り、最終的にジャンク通りを覗いて末広駅まで到達する。ジャンク通りは文字通りジャンク品が大量にある通りである。メモリやHDD無しのノートPCが大量にあり、その中から良さそうなものを探す。ここでは荒谷の代わりに佐々木が動き回る。通りの両側にある店を行ったりきたりしてお宝を探すのだ。
「俺はこの辺りで待ってるよ。ゆっくり探してきな。」
荒谷はそれだけ言うと佐々木から離れた。佐々木はそれを確認すると再びお宝探しを再開した。ジャンクとして並べられているもののうまくすれば動く。というか安くて動かないと書いてあるのに簡単に動くものもある。よく分からない世界だ。本当にお宝としか言いようが無い。偶然見つけた黒いノートPCにあえてフラッシュドライブを積んでみたのも良い思いでである。今や大容量化低価格となったフラッシュドライブもその頃は発売したばかりで値段も容量も今思えば仰天ものであった。やはり時代が変われば周りのものも変わるのである。
佐々木は店の中を歩き回っていると、あるものに目を奪われる。デジタルビデオカメラである。しかし、電源入らないと書いてある。ワンコインぐらいなので駄目なら分解して遊ぼうと考え購入する。動くかどうかわくわくものである。
佐々木は袋片手に店を出て荒谷を探す。彼はすぐに見つかった。彼は通りを行きかう人たちをただじっと見ていた。佐々木は長く買い物をしていたのかと思い、走って近づく。
「ごめん。長かったか。」
佐々木の言葉に荒谷は首を振る。彼は通りを行きかう人々を観察していたというのだ。彼の行っている研究に新たな要素として追加していこうと考えているのかもしれない。
二人はそれから海鮮丼を食べると電車で戻った。お互い品物にお金をかけすぎて手持ちが無いという状態になっていた。使うお金、使える道があることは良いことである。
「そういや、お前のとこで作っているゲームやってみたよ。あれって意外と面白いのな。」
電車の音の中、荒谷の声が佐々木の耳に聞こえてくる。正直予想外であった。荒谷はゲームのことを知っているが、実際に遊んでみるとは思っていなかったのだ。
「そんなに暇なのかよ。することしっかりしろ。」
ゲームをすることは悪くない。しかし、それによって何か大切なものを失うことは良くない。ならば、すべてのことには何かしら得があると考えていれば、無駄に思える行為も何かの糧になるだろう。
「俺はやめるよ。俺はな。」
荒谷は窓の外に広がる景色を見ながら言った。佐々木は荒谷の「俺はな。」という言葉が気になった。しかし、世界に居る他のユーザのことを言っていると思い、それ以上の詮索は止めた。