第8話 副団長
風呂を済ませた俺たちは寝室にいた。
領主さんから借りたパジャマに着替え、一つしかないベッドに肩を並べて座る。
いつもは布団で寝てるから少し新鮮な気分だ。
けど小春と木陰の表情はわずかに暗い。
「・・・兄さんは私兵団に入ってしまうんですか?」
「それは・・・」
「危ないよ!」
「それは分かってる。けど、働かないと生活はできない」
「仕事なら他にもきっとありますよ。もっと安全なものにしましょ。私、兄さんにもしものことがあったら・・・」
「小春・・・」
震える小春の身体を俺はそっと抱きしめた。
「心配してくれてありがとな。でも、俺は生活だけのために私兵団に入りたい訳じゃないんだ」
「どういうこと、おにーちゃん?」
「二人はエリシアちゃんを見てどう思った?」
俺の問いかけに、小春と木陰は一度互いの表情を確認してから俺に再び暗い顔を向けた。
そして答える・・・
「明るく振る舞っていますが・・・とても無理をしているように見えます」
「エリシアちゃんはきっと泣きたいのを我慢してるんだよ。お兄さんが亡くなって、お母さんが寝込んじゃって、でもこれ以上お父さんを心配させないために・・・」
二人なら気付いていると思っていた。
家族を失うという同じ痛みを味わった者として。
「俺もそう思う。だから・・・その気持ちが分かる俺たちだからこそ、エリシアちゃんや両親の心を晴らし上げられると思うんだ」
俺はそう簡単にエリシアちゃんを見捨てることができない。
このまま行けばあの子も誰かに依存するようになってしまうのでは、そんな考えが頭をよぎるのだ。
それは余りにもかわいそうじゃないか。
救えるのなら、救ってあげたい。
それでも・・・もちろん俺が優先するのは小春と木陰だ。
二人が嫌だと言ったら俺は諦める。
「兄さんはどうするおつもりなんですか?」
「俺は・・・バスールさんに言われた通り、王都に向かおうと思う。エリシアちゃんのお兄さん、ウィルバーさんと同じように」
「それはつまり、兄さんが囮になるということじゃないですか!」
やはり小春は見破ってしまうか。
ウィルバーさんを殺した敵は何もウィルバーさんを個人的に恨んでいた訳ではないらしい。
バスールさんの領地を代表して王都に向かった者なら誰でも殺されていた。
なら、俺がその代表として王都に向かえば敵はもう一度襲撃してくるだろう。
「けど、これしか犯人を特定する方法が思いつかないんだ」
「そうかもしれませんが・・・」
「犯人がわかったらおにーちゃんはどうするの?殺しちゃうの?いくらエリシアちゃんのためでも、木陰はおにーちゃんにそんなことして欲しくないよ・・・」
木陰の言いたいことはわかる。
復讐のために人を殺すなんて百害あって一利なしだ。
それに、そんなことをしたってエリシアちゃんは喜ばないと思う。
あの子は優しい子だから。
「俺はただその犯人を特定するだけだよ。あとのことはバスールさんに任せよう」
「それがいいと思います」
「なら、小春と木陰は俺が私兵団に入ることに反対しないのか?」
「木陰はおにーちゃんがエリシアちゃんを助けたいならそれでいいと思う」
「小春はどうだ?」
「私は・・・兄さんの決めたことならなんでも従います。ですから、兄さんがエリシアちゃんのために無理をしても止めたりはしません。ただ・・・何があっても私たちのことを一番に考えて欲しいです」
「そんなこと心配しなくていいんだよ。俺にとっての一番は今までもこれからも小春と木陰なんだから」
*
こうして俺はバスールさんの私兵団に入る決意をした。
次の日の朝、その旨をバスールさんに説明すると大いに歓迎してくれた。
「・・・まさか王都にまで行ってくれるなんて」
「ウィルバーさんを殺した犯人を見つけ次第連絡させてもらいます」
「そこまでのことを・・・なんて素晴らしい青年なんだ。ありがとうニシキ殿」
俺はバスールさんが差し出した手を握り、硬い握手を交わした。
その後は旅に向けての相談を進めた。
ただ、この世界に来たばかりの俺たちには王都への行き方はおろか、一般常識も欠けている。
旅を始める前にまずその辺りのことについて勉強しなくてはならない。
「・・・ならば、出立は三日後ぐらいでどうだろうか。期限も迫っているのでな」
「それで構いません」
「では次に我が私兵団だな」
細かい話を済ませた後、バスールさんは俺を私兵団の訓練場に連れて行ってくれた。
屋敷の裏手、広々とした砂地では何人もの剣士や拳士が組み合っていた。
「彼が我が私兵団の団長だよ」
そう言って紹介されたのは一人の男性だった。
杖をつきながらゆったりと歩くその姿は他のメンバーとは一線を画するものがある。
「こんにちは。団長のアルバートです。君がニシキくんだね。昨日の戦いは見せてもらったよ。なかなかいい動きだった」
「ありがとうございます」
身振りだけでなく表情も穏やかで、とても人当たりが良さそうな人だ。
「今から他のみんなに君を紹介したいと思うんだけど、いいかな?」
「はい」
アルバートさんが号令をかけると訓練をしていた人たちがすぐに集まって来た。
昨日も酒場で見たが、いかつい人ばかり。
なんだかすごい圧迫感だ。
「新しいメンバーが入ることになった。ニシキ君だ」
「テメェは!よくも俺様の前にのこのこと現れやがったな」
昨日戦った赤髪の青年だ。
名前は確か、ラバズだったかな。
「ラバズとはもう打ち解けているみたいでよかったよ。他のメンバーとはおいおい親睦を深めていけばいいさ」
「ちょっと待ってくださいよ団長!誰がこんなやつと親睦を深めたって言うんですか!」
「黙れ、馬鹿ラバズ!団長に向かってその言い方はないと何度言えばわかる」
「グヘッ」
ラバズの頭を思い切りぶん殴ったのはなんと女性だった。
シルバーの甲冑をきちっと装備したまごうことなき女騎士。
この人も私兵団に?
「団長。彼の力量はいかほどなのでしょうか」
「そうか、レナータは見てなかったのか。ならちょうどいい。今からニシキくんと戦ってみてくれ」
「今からですか?」
「そうだよ。ニシキくんもいいだろ?」
「えっと・・・」
唐突な提案に俺はどう答えていいかわからなかった。
この女性と戦うって・・・
「テメェ。何レナータ姉さんをジロジロ見てんだ」
「私が女であるからといっても遠慮は不要。これでも副団長だからね」
この人が副団長!?
ということはラバズより強いってことなのだろうか。
「・・・わかりました。是非戦わせてください」
「いい目だ」
「テメェがレナータ姉さんに勝とうなんざ何億年経っても不可能なん、グヘッ」
「貴様はさっさと向こうへ行け」
レナータさんは再びラバズに鉄拳を食らわせた後、その身体を遠くの方に放り投げた。
すごい力だ。
「では早速始めよう。武器は持ってないのか?」
「武器は使ったことがないんです」
「そうか。なら私は木刀を使うことにしよう」
他のメンバーが見守る中、俺とレナータさんは対峙した。
武器を使う相手は始めてだ。
それに女性。
どう戦えばいいんだろう。
「準備はいいかい。では勝負、始め!」
アルバートさんの合図とともに俺とレナータさんは突撃した。