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第7話 常識

「これ美味しいよ、おにーちゃん!」

「確かに。小春も食べてみたらどうだ?」

「はい・・・」

 

 領主さんの話を聞き終えた俺たちは街中をぶらついていた。

 木陰がお祭りを回ってみたそうだったからだ。

 お金は十分にもらったため、存分に楽しむことができる。


 ただ、小春の表情はあまり晴れていない。


「小春が心配することはないんだぞ」

「ですが・・・不安なんです。兄さんがまた遠くに行ってしまうのではないかと思ってしまって・・・」

「まだOKを出したわけじゃないよ。それに、たとえどんな選択をしても俺が小春と木陰の元を離れるわけないだろ」

「はい・・・」


 小春が心配するのも無理はないか。


 俺たちは今、大きな分かれ道に立っているのだから・・・


 *


 今夜は領主さんの屋敷に泊めてもらうことになっているが、明日からのことについては未定だ。

 領主さんの私兵団に入れば、とりあえず生活して行くことはできるだろう。

 ただ・・・この世界では人殺しが当たり前のようだ。

 だから私兵団に入ることで俺の死ぬリスクが高まることを小春と木陰は危惧している。


 一度死んだからこそ、俺たちは命の大切さを知った。

 もう離れ離れにはならないと誓ったのだ。


 俺は悩んだ挙句、まずは私兵団を見学することにした。

 どんな人たちがいて、どんなことをするのか。

 それを知ってからじゃないと何も始まらない気がするし。


 ということで、俺たちはとある居酒屋の前にいる。


「ここにいるらしい」

「ギラギラしてるね」

「なんだか少し怖いです」

「小春と木陰は俺の後ろから離れるなよ」


 いかにもゴロツキの溜まり場になりそうなお店だ。

 俺も内心いきなり襲われるんじゃないかと震えてばかりだ。

 それでも、木陰と小春は絶対に守る。


 覚悟も決まったところで早速扉を開くと、


「失礼しま、す・・・」


 店の中では案の定いかつい男たちがたむろしていた。

 キツい酒のニオイが充満する中、大きな声で騒ぎあっている。


 俺は未知の世界にすっかり当てられてしまった。


 すると突然、


「あーん。ここはガキの来るとこじゃねぇぞ。さっさと帰んな」


 背中に大きな斧を構えた巨漢が迫ってきた。

 その威圧感に俺の手は震える。


「ここに、バスール氏の私兵団がいると聞いて来たんですが・・・」

「俺たちに何の用だ。まさか入団希望か。寝言は寝て言いな。お前みたいなガキを誰が雇うかよ」

『ハハハハハ!』


 男は馬鹿にしたような態度であしらう。

 周りの連中も大声で笑う。


 やはりこんな場所でやっていくの無理なのでは・・・


「あー!オメェは格闘大会の優勝者じゃねぇか!」


 急に大声を出してから近寄って来たのは俺と同じくらいの青年だった。

 赤い髪に好戦的な目。

 こいつも私兵団のメンバーなのだろうか。


「確かにそうだが」

「領主様はオメェを雇うばかりか、王都にまで行かせようとしているらしいじゃねぇか」

「それはまだ決まっていない」

「俺様は認めねぇぞ。テメェみたいなひよっこが俺を差し置いて王都に行こうなんざ一億年早いぜ」

「俺は別にあなたに認めてもらおうなんて思っていない」

「なんだとこらぁ!表に出ろ。その減らず口を二度と叩けねぇようにしてやんよ!」


 一体何の話だ?

 俺は訳も分からずその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 しかし青年の急な挑戦に、周りにいる男たちが歓声を上げ始める。


『また始まったぜ。お前はどっちに賭ける』

『さすがにこれはラバズだろ。いくら格闘大会で優勝したとはいえ、あんなガキだぜ』

『いやぁ俺は大会を見ていたが、あいつもなかなかの戦い振りだったよ』


 なぜか賭けまで始まってしまい、もはや収拾がつかなくなっている。


「よし。この果たし合いは俺が取り持とう」


 なぜか先ほどの巨漢は気味の悪い笑みを浮かべながら俺とその青年を外に出した。


「ど、どうしましょう、兄さん」

「大丈夫だよね、おにーちゃん」

「落ち着いてくれ、小春、木陰。もしものことがあったら逃げるさ」


 今にも泣き出しそうなくらい不安げな表情の小春と木陰だが、俺は二人の頭をそっと撫でてやった。

 こんなところで死んでたまるものか。


「いちゃついてねぇでさっさとしやがれ!それと、オメェに逃げ道なんかねぇからなぁ!」


 ・・・どうやらそうみたいだ。

 いつの間にか俺たちは囲まれていた。


 はあ・・・腹をくくるしかないか。


「小春、木陰。行ってくる」


 小春と木陰から離れた俺はすでに構えをとっていた青年と対峙した。

 その構えからは彼がどれほどの修羅場をくぐって来たのかがすぐに感じられる。

 油断したらおそらく確実に殺されるに違いない。


「どちらかが降参するまで戦いは続く。準備はいいな」

「さっさと始めやがれ!」

「俺も構わない」

「では勝負、開始!」


 掛け声の瞬間、信じられない光景を目にした。

 いや、もっと正確に言えば()()()()()()


「どこに行った」

「おにーちゃん、後ろ!」

「後ろ・・・ぐはっ」


 振り向くよりも先に俺は重い蹴りを受けてしまった。

 反撃に出ようにも、青年はすでに距離をとっている。


「どうした。もう終わっちまうぜ」

「今のはなんだ」

「その身で味わいな!」


 また姿が見えなくった。

 透明化?瞬間移動?


「ぐっ」

「兄さん!」


 背中に強い衝撃。

 また後ろから・・・

 だが、振り向いた時にはもうそこにはいない。


 こんなの人間業じゃない。

 どうやって・・・


「おにーちゃん!相手がものすごい勢いで跳んでるよ!」

「跳んで、る?」

「チッ。俺様の動きが見えただと」


 どういうことだ。

 つまりあいつはただジャンプをしてるだけだというのか。

 あの足は化け物か。


「ハハッ・・・ハハハハハッ・・・」


 俺は自然と笑ってしまった。

 なんだか漫画みたいな世界だな。

 ほんと、笑うしかないよ。

 そうだよな。ここは異世界。なんでもありか・・・


「何笑ってんだよ!頭おかしくなってんじゃねぇのかよ!」


 確かに俺は今、頭がおかしくなったのかもしれない。

 だがそれは決して頭のネジが飛んだというわけではないと思う。

 この世界に適応したとでもいえばいいのだろうか。


 地球での常識は無意味なんだ。

 これからはこの世界で起きることが常識となる。

 俺はまだそれをわかっていなかった。

 こんなことでいちいち動転していられない。

 小春と木陰を守るために。


「全く見えてねぇな!ガラ空きだぜ!」

「そう何度も同じ手を喰らうか」


 相手が消えたと同時に俺は後ろへ振り返った。


「見つけた」

「捕まるかよ」


 それでも相手は俺に掴まれるよりも先に再び跳び上がってしまった。

 早すぎる。これでは手を伸ばそうとした時にはすでに逃げられる。


「ダメだな。テメェには勝ち目はねぇよ」

「どうかな。少なくとも一度は攻撃を止めただろ」


 たとえ不安があっても心を落ち着かせろ。

 冷静になれば必ず活路は見出せるはずだ。


「この野郎。調子にのるなよ!」


 再び姿が見えなくなる。

 だが相手の攻撃パターンは十分に読めた。

 どれだけ早かろうと俺に打撃を与えるには一瞬動きが止まる。


「・・・ここだ!」


 振り返った俺の顔面に相手の蹴りが直撃した。

 だが、これでいい。


「捕まえたぞ」

「しまっ・・・」

「はっ!」


 足を取られ、重心を崩した相手を俺はそのまま地面に押し倒した。


「クソが!だがこのまま終わるとおも・・・ぎゃー!」


 俺はすかさず相手の足を挟んで関節を決めた。

 これでもう逃げられまい。


「どうした。膝が壊れるぞ」

「こ、降参!」

『勝負あり』

『おお!』

『ラバズが新入りに負けたよ』


 俺は青年を解放すると地面に倒れこんだ。

 今回はかなり危なかった。

 もう俺は柔道の試合をしているのではない。

 命と命をかけた殺し合いをしてるんだ。


「兄さん!」

「おにーちゃん!」


 仰向けになる俺の胸元に小春と木陰が乗りかかってきた。

 少し重い。

 しかもこの体勢は二人に殺された時と同じだ・・・


「おにーちゃん、すっごくかっこよかった!」

「素敵でした、兄さん」


 しかし今回は木陰と小春の表情はとても晴れやかだ。

 本当に良かった。

 俺は二人を守れたんだ。

 きっと俺たちはこの世界でもなんとかやっていけそうだ。


「おい、テメェ。やってくれたじゃねぇか」


 足をもたつかせながらも赤髪の青年は仰向けになる俺の前に立った。

 まさか仕返しか。


「おにーちゃんに手を出さないで!」


 木陰が大きく手を開いて俺と青年の間に入る。

 

「あんだ」

「離れてろ、木陰」


 俺は木陰の肩に軽く触れた。

 

 ・・・震えてる。


 無理はない。

 女子中学生がこんな高圧的な男を前に立つだけでも足がすくんでしまうものだ。

 それでも木陰は俺のために勇気を振り絞ってくれたのか。


「ありがとう木陰。だが俺はまだ戦える」

「おにーちゃん・・・」

「もう戦わねぇよ。だがな、こんなんで勝ったと思うなよ!俺様はまだ本気を出してねぇんだからな!」


 負け惜しみを吐きながら青年は行ってしまった。

 何がしたかったんだ・・・


「よぉ兄ちゃん。タフな試合だったな。見直したぜ」

「え、えぇ」


 今まで恐ろしいだけと思っていた巨漢にいきなり肩を組まれて俺は動揺してしまった。


「これほどの強さならうちでもやってけるぜ。そうだろ、オメェら!」

『よくやった!』

『いい戦いだったぞ!』


「俺の名前はジャック。兄ちゃんがさっき戦ったのはラバスってんだ。気性の荒いやつだが悪いやつじゃねぇ。それで、兄ちゃんはなんて言うんだ」

「俺は・・・ニシキです」

「そうかい。これからよろしくな」


 ジャックさんは右手を差し出した。


 これは握るべきなのだろうか。

 おそらくこれを握るということは私兵団に入るということだ。

 否が応でも戦いに巻き込まれる。


「その、決めるのは明日にさせてくれませんか」

「優柔不断なやつだな。領主様の私兵団に入団できるなんて名誉、普通なら飛びつくってもんだろ。まあいいか。よく考えてみな」


 *


 酒場を後にした俺たちはバズールさんの屋敷にやってきた。

 まだ私兵団に入るかも決めていないのに、なんとも図々しい限りだ。


「いらっしゃい、コハルお姉ちゃん、コカゲお姉ちゃん」

「あーエリシアちゃんだ!」


 満面の笑みで俺たちを出迎えてくれたのはエリシアちゃんだった。

 これまたいい笑顔を見せながら木陰と抱き合った。

 もうそんなに仲良くなったのか。


「あと、その、ニシキおにい・・・ニシキ、さんもいらっしゃい」

「お邪魔します」


 やっぱり俺は避けられているような気がする。

 年下の相手は小春と木陰で慣れていると思っていたんだが、少し凹むな。


「夕食は食べた?」

「おにーちゃんがお店でいっぱい買ってくれたからもうお腹いっぱい」

「ならお風呂に入っていいよ。もう沸かしあるの」

「本当!?やったぁ、お風呂だ!おにーちゃん、入ろ!」

「人様の家なんだからもう少し落ち着いてくれ」


 今日の木陰はいつも以上にテンションが高い。

 俺はもうくたくただよ。


「あの・・・木陰お姉ちゃんはニシキ、さんと一緒にお風呂に入るの?」

「そうだよ。ねぇ、小春」

「はい」

「そ、そうなんだ。仲がいいんだね」


 木陰と小春があまりにも平然と答えるため、エリシアちゃんは動揺してしまったようだ。

 いくら兄妹とは言え、どこの世界でもこの年の男女が一緒に風呂に入ることはおかしいことなんだな。


「エリシアちゃんも一緒に入ろうよ」

「それはさすがにないだろ」


 木陰の提案にエリシアちゃんの顔が真っ赤になる。


「わ、私はいいよ!」


 そう言いながら走って何処かへ行ってしまった。


「行っちゃった・・・」

「だめでしょ、木陰。あんなこと言っちゃ」

「しゅん・・・」


 小春に注意されて、木陰が少しだけ落ち込んでしまったようだ。

 今のはさすがに自業自得だと思うがな。


「さっ、二人とも。せっかく入れてくれたんだから、冷めないうちに入っちゃおうか」

「そうですね、兄さん」

「私も行く!」


 小春と木陰は俺と一緒にお風呂に入ることを恥ずかしいと思わない。

 俺のことを男として見ていないからなのだろう。


 いつの日か、二人が俺と入ることをためらう時がきて欲しいものだ。

 それはそれでさみしいかもしれないが・・・

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