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第6話 兄妹たちの旅立ち

「またおにーちゃんとおしゃべりできるなんて・・・」

「やっぱり天国は本当にあったんですね」

「いや、ここは天国じゃない。異世界なんだ」

「「えっ・・・」」


 ようやく落ち着きを取り戻した小春と木陰は同じように驚いた。

 どうやら二人はあの自称女神の女性に直接会ってきた訳ではないようだ。


「俺たちはこの新しい世界に転生したんだ」

「どういうこと、おにーちゃん?」


 理解してもらえるかはわからないが、二人には話しておかなければならない。

 俺が死んでからのことを。


 *


「俺は確かに死んだ、けど・・・」

「・・・」

「小春?」


 俺が話を始めると小春の瞳から一滴の雫が流れ落ちた。


「・・・ご、ごめんなさい・・・私が兄さんを・・・殺しちゃって・・・ごめんなさい・・・」

「違うんだ!小春を責めたい訳じゃない!ただ、俺が死んだ後、信じられない状況になって・・・」


 小春は再び泣き崩れてしまう。

 もう絶対に泣かせないと誓ったはずなのに・・・俺はなんて馬鹿なんだ。


「大丈夫。俺は生きてるよ」


 俺は小春を抱き寄せながら震える背中や頭をゆっくりと撫でた。


 *


 しばらくして、小春がなんとか落ち着きを取り戻すと俺は話を再開した。

 初めは呆気にとられていた小春と木陰だったが、俺が嘘をつくはずはないと思い込んでいる二人はすぐに信じてくれた。


「異世界に来て何をするの、おにーちゃん?」

「それは・・・まだ決めてない」

「でしたらまず、お家を探しましょう。私たちが一緒に暮らせるお家を」

「それがいいよ!また三人で生活ができるんだね!嬉しい!」


 小春はやっぱり頼もしい。

 それに、木陰の笑顔はいつも輝いている。


 異世界に飛ばされて気を動転させるどころか、二人はこの状況を俺以上に飲み込んでいるんだ。

 二人がいればどんな世界だろうと怖くない。

 それに、俺が小春と木陰を支える。

 一度目の人生で成し得なかったことを今度はやってみせる。

 もう少しで、後もう少しで言えそうなんだ。


 自分を抑え込むな。

 自分を否定するな。

 自分に素直になれ。


 小春、木陰・・・愛してる。


「そろそろ行こうか、小春、木陰。俺たち三人の旅立ちだ」

「わかった、おにーちゃん!」

「はい、兄さん!」


 元気よく返事をした後、小春は俺の右手を、木陰は俺の左手を強く握った。

 そして俺は二人の小さく柔らかい手を握り返す。


 不思議と不安や焦りはない。

 むしろ期待に胸を膨らませていた。


 俺たちはきっと鳥かごから解放された小鳥なんだ。

 本当の意味での自由を手に入れたんだ。


 さあ、旅立ちの時だ。


 * * *


 静寂に包まれていた黒き空間に足音が響き始める。


 あたしの空間に土足で入り込む奴なんて限られてる。

 ったく、迷惑ったらありゃしない。


「勝手に入ってこないでくれる」

「それはすまないが、勝手なのはお互い様だろ」


 男でも女でもない機械のようなこの声は本当に耳障り。


 こいつはあたしと同等の神。

 けど、名前はおろか、姿だってわかりはしない。

 徹底した秘密主義者。

 ほんと気にくわない。


「あたしのどこが勝手だって」

「むやみやたらと人間を転生させるのはルール違反だ」

「そんなルールは知らないね。あんたの勝手な思い込みじゃないの」


 こんな奴の相手をするだけ時間の無駄無駄。

 あっ、ぬれせんもいけるなこれ。


「三人も転生させて。一体何の思い入れがあるというんだ」

「さーね」

「・・・そちらがそのような態度をとるというのなら、こちらも自由にやらせてもらおう」


 自由だって?

 一体何を企んでいるのやら。

 まっ、あたしには関係ないか。

 てかこんなに柔らかいと歯が弱りそうだな。


「では、失礼」

「二度と来んな」


 奴の気配が消えた。


 文句だけ言って帰りやがったな。

 ストレスたまるわ。


 そう言えば少年はちゃんと元気にやってるのだろうか。

 転生して早々妹たちに手を出してるかもな。

 ククク。

 子供が生まれたら顔でも拝んでやるか。

 それまでせいぜい死なないこったな。


 ・・・やっぱりせんべいは堅い方がうまいわ。


 * * *


「やっと街に着いたみたいですね」

「おっきな壁だねぇー」


 俺たちは小春の驚異的な勘に導かれるまますぐにこの世界の街へとやってこれた。

 木陰が驚くのも無理はないが、その街は大きな石造りの壁によって囲まれていた。

 門の前には人だかりができており、あちこちには商店らしきものが並んでいる。

 その光景は地球で見られるようなものと大した差があるとは思えなかった。

 ただ単に少し時代を遡ったくらいの感覚だろうか。


「お祭りでもやってるのかもしれないな」

「お祭り!楽しそう!私たちも参加しようよ!」

「そうしたいのは山々なんだが・・・」

「ダメでしょ木陰。私たちにはお金がないんだから。兄さんが困ってるわ」

「ご、ごめんね、おにーちゃん・・・」

「大丈夫だぞ、木陰。すぐに稼いで一緒にお祭りを楽しもうな」

「う、うん・・・」


 なんとか木陰は泣き出すのを我慢してくれたようだ。

 早いとこお金を手に入れないとこの先やっていけそうにないな。


「おや、そこのお兄さんも格闘大会への参加者だね」

「えっ?」

「受付はこの道をまっすぐ行ったところにあるよ。ほら、これはパンフレット」


 不意に話しかけてきた男性から一枚の紙をもらった。

 そこには格闘大会と呼ばれる催し物の説明が書かれていた。


「読めますか、兄さん?」

「ああ。どうやらこの街で格闘技による大会が行われるそうだ。優勝者には賞金がでると書かれてる」

「やったね、おにーちゃん!これでお金の心配をしなくてすむよ!」

「私は反対です。兄さんにもしものことがあったら、私・・・」

「心配してくれてありがとな。けど、俺は大丈夫だ。二人を置いて死んだりはしないさ。俺を信じてくれ」

「・・・はい。兄さんのことを信じています」

「がんばってね、おにーちゃん!」

「任せろ」


 俺は小春と木陰の頭をたっぷりと時間をかけて優しくなでた。


 よし。


 *


 受付で大会への申し込みを済ませてから十数分、ようやく俺の出番がきた。

 コロッセウムのような闘技場では何百人もの観客が試合を観戦しており、とてつもない熱気が感じられる。


 今大会はトーナメント戦で、4回勝てば優勝だ。

 初戦の相手は大柄な中年風の男性。

 俺とは比べものにならないほどの体つきをしている。

 これもまた現実世界とは違うところだな。

 だが俺のやることは変わらない。

 柔よく剛を制すだ。


『両者位置につきました!では、試合開始です!』


 ゴングの金が鳴る。


「おらぁー!」


 開始と同時に男は大きな腕を振り回しながらものすごい勢いで突進してくる。

 しかし動きはいたって単純。

 これならたとえ頭では驚きつつも、俺の身体は勝手に反応する。


「はあっ!」

「なんだと!」


 突き出された腕を捉えた俺が日々鍛え上げてきた一本背負いによって男の身体は宙を舞い、そして地面に打ちつけられた。


『勝負あり!』

『おおー!』


 盛大な歓声が沸き起こる。

 うまくいってよかった。


「おにーちゃん、すごい!」


 大きな声で声援を送ってくれる木陰に俺は大きくガッツポーズをした。


 *


 初戦を難なく突破した俺は二回戦、三回戦へと駒を進め、そして決勝戦。


『西の門から参りますわ、わずか17歳の小さな挑戦者。ニシキ』

『おおー!』

『東の門から参りますわ、元傭兵隊長を務めていたという強豪。ゼノン』

『おおー!』


 一番の盛り上がりを見せる中、俺は最後の相手と対峙した。

 他の試合も観戦したが、今回の相手はかなりの手練れだ。

 俺同様、武道を心得ている。


『では両者がそろいましたところで、試合開始!』


 ゴングの金が鳴らされるが、俺たちは動かない。

 まずは様子見からだ。


 睨めっこを続ける中、俺の口からは自然と笑みがこぼれた。

 この緊張感、この高揚感。

 強敵と戦えることの喜び。

 俺はうれしくてたまらなかった。

 どんな世界にきても、この胸の高鳴りは変わらない。


「何を笑っている」


 相手が動いた。

 俊敏な足裁きで距離を一気につめてくる。

 俺が柔道を主体とするなら、相手は空手だ。

 俺に組まれないよう絶妙な距離を保ちつつ、拳や足で攻撃を仕掛けてくる。

 はたから見れば防戦一方だが、俺は一度しかないチャンスを狙う。


「逃げてばかりでは勝てないぞ」

「そっちこそ、勝つ気はあるのか」

「なんだと!なめるなぁ!」


 急に動きを緩めた男は俺の足を払いながら力強い右ストレートを放った。

 ここだ。

 バランスを崩しながらも俺は身を屈め、相手の懐に入る。


「はあっ!」

「これは・・・」


 相手の身体は宙を舞った。巴投げだ。

 だが、これで終わりじゃない。

 間をおかずに相手の腕を離さないよう股で挟んだ。


「ぎゃあー!」


 関節を完全に決められた男にはもはやなすすべなしだ。


『しょ、勝負あり!優勝者はニシキ選手!』

『わあー!』


 今大会一番の歓声とともに俺は体を起こした。


 めちゃくちゃ疲れた・・・


『優勝されたニシキ選手には格闘大会の主催者である領主様より賞金が与えられます!』


 盛大な拍手を受けた俺は審判の男に引っ張られながら半ば強引に階段を登らされた。

 その先では初老の男性が豪華な椅子に座していた。

 

 この人が領主?


「大変素晴らしい試合であった。ニシキ殿、まずはこれを」


 初老の男性から小さな袋を受け取ると、予想外の重さに俺は一瞬それを落としかけてしまった。

 一体どれほどの額が入っているのだろうか。


「さて、ニシキ殿。私はそなたの闘いぶりに感動した。是非、私の私兵団に入ってはもらえないだろうか」

「私兵団?」


 唐突な話題に俺は首を傾げた。


「まあ、詳しい話は我が屋敷でするとしよう」


 初老の男性はゆったりと立ち上がり俺の方を叩きながら階段を降りて行った。

 これはついて来いということなのだろう。


「その屋敷に俺の妹たちも連れて行って良いでしょうか」

「ああ、構わんよ」

「おにーちゃん!」

「兄さん!」


 俺が呼びに行くまでもなく、小春と木陰は俺の元に走ってきた。


「おめでとう、おにーちゃん!」

「ありがとう、木陰」

「それより、兄さん。今はどういう状況なのですか?」

「それが・・・」


 俺にもよくわからないのだが、とりあえずわかっていることだけを二人に説明した。


 *


 初老の男性に連れられた俺たちは街のはずれに位置する大きな屋敷にやってきた。


「さあ、中に入ってくれ」

「すごく広いねー」


 屋敷の広さに木陰は驚きをあらわにしている。


 俺たちは前を行く初老の男性について行きながら広く長い廊下を進んで行った。

 すると、角にさしあたったところで急に人影が現れた。


「お父さん、おかえ・・・えっ・・・お兄ちゃん・・・」


 まだまだあどけなさが残る少女。

 ポニーテールにまとめらた少女の髪は眩しいほどの綺麗な金色。

 俺の姿を見て驚きの表情を見せる少女は男性の後ろに隠れてしまった。

 それより今何かを言いかけたような・・・


「ほら、エリシア。お客様に挨拶をしなさい」

「・・・初めまして。エリシアです」

「かわいいね、おにーちゃん!」

「お、おい・・・」


 木陰は俺が止める暇もなくエリシアと名乗る少女に近付き、彼女の頭を撫で始めた。

 いきなりそれは失礼じゃないか?


「ほら、木陰。エリシアさんが困ってるでしょ」

「いやいや、エリシアと遊んでくれる者は大歓迎だ」


 確かに、エリシアちゃんは困っているというよりむしろ喜んでいるような表情をしている。

 小春と木陰がまだ小さかった頃をふと思い出した俺は少しだけ破顔してしまった。

 まずいまずい。


「ではこちらに来てくれ、ニシキ殿」


 俺は書斎らしき部屋に通された。

 小春と木陰は俺の隣に座ったが、エリシアちゃんはソファーの後ろに隠れてしまった。

 俺は避けられているのだろうか?


「すまない。エリシアは人見知りをするような子じゃないんだが。もしかしたら、ニシキ殿にウィルの面影を重ねてしまっているのかもしれない」

「ウィルさんとは誰のことですか?」

「ウィルとは私の息子ウィルバーのことだ。つまりエリシアの兄にあたる」

「面影ということは、まさか彼は・・・」

「そう。ウィルはつい先日命を落とした」

「すみません」


 男性の表情は一瞬険しさを見せるも、すぐに優しげなものへと戻った。


「いや構わない。それで早速本題に入りたいのだが、ニシキ殿をここにお呼びしたのもウィルの死が関係している」

「それはどういう・・・」

「ニシキ殿、どうか亡きウィルに代わって王都に向かってはもらえないだろうか」

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